第175話 豪華さに慣れる瞬間
三郎達の姿は、数日前にキャスールを旅立ち、既にテスニス首都にある王城の一室にあった。
来賓用とおぼしき応接室には、七宝調で細かに紋様を描かれた壺や技巧を凝らした彫刻など、高価な装飾品の数々が置かれている。
(世界が違えど、人の価値観ってのは同じもんなのかねぇ)
三郎は、椅子に座ったまま首を動かし、装飾品をぼうっと眺めて何とはなしに考えていた。正面へ視線を向けると、これまた一目で高価な物だと理解できる机が目に飛び込んでくる。
部屋の中央に置かれた机は、並べられている装飾品に引けを取らぬ程の豪華さだった。その表面は螺鈿風で彩られ、三郎に物を置くのもはばかられる思いを抱かせた。天板を囲むのは、見事な彫刻を施された幕板であり、実用性よりも見た目を重視しているのだろう。
(この豪華な椅子もセットなんだろうね。程よい硬さのクッションで、座り心地は最高なんだけど、部屋の空気と相まって居心地的には最低だわ。いや、俺が庶民すぎるのかな・・・)
背もたれに少しばかり体重を預け、三郎は小さくため息を吐いた。
部屋の中では、トゥームとシャポーとムリューの三人が、輝く宝石のあしらわれた指輪や首飾りを楽し気に見て回っている。シトスは、ゲージを取り出して、普段通りの様子で情報収集をしていた。
そして、机に肘をついて大きなあくびをもらしているのは、シャポーの師匠であり魔導幻講師と呼ばれるラーネだった。
(皆さん、よくこの豪華な雰囲気の中で普通に過ごせますよねぇ。俺なんかが動き回ったら、壺とか皿とか服に引っ掛けて壊しちゃいそうで怖いもん。カムライエさーん、早く来てくれぃ。この部屋、俺には肩がこりすぎる)
三郎が心で叫んでいる通り、彼らは城の応接室にあってカムライエを待っていた。
再びため息をつくため、三郎が息を吸い込んだと同時に、応接室の両開きの扉が音も無く開いた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。同席したいという閣僚らを抑えるのに、少々時間がかかりました」
扉が閉まるのを確認すると、カムライエは苦笑交じりに頭を下げた。
「外野がいたら、まともな話なんてできないからね。さぁ、さっさと話を終わらせようじゃないか。あたしゃ、早くキャスールの温泉に入りたいんだからさ」
ラーネが待ってましたとばかりに座りなおして言う。
だが、その言葉を聞いて、席に着き始めていた全員の目が疑問符を浮かべてラーネを見つめていた。
「師匠、温泉に行かれるのですか。シャポーはてっきり、セチュバーへ一緒に来てくれるものだと思っていたのです」
皆を代弁するように、弟子であるシャポーが問いかけた。
「一緒に行ったとしてさ、あたしが魔法を使うことにでもなってごらんよ、クレタ山脈の向こう側で魔人族どもが大騒ぎになるさね。まかり間違って、攻めてきたらどうするんだい」
ひらひらと手を振ってラーネが答える。
「むむー、確かにです。勇者も召喚されたと知られてるでしょうから、魔人族との戦争になりかねないのです」
シャポーが腕を組み、なるほどと頷いた。
二人の会話に違和感を覚えたのか、カムライエが手を上げて疑問を差し挟んだ。
「深き大森林を攻撃したのは魔人族だったと聞いています。セチュバーのみならず、既に魔人族との戦争にもなていると言えるのでありませんか」
不安げな表情のカムライエに、答えたのはシトスだった。
「かの魔人族は、メーディット・ロエタ国という極北の国の者でした。その中でも、クレタスを植民地にと考えていた一部の者がセチュバーに協力したのであり、他の魔人族の国々やメーディット・ロエタ国全体の総意ではなかったとのことです」
「深き大森林で捕えたという魔人族の指揮官から得た情報ですか」
「ええ、相手が優れた精神魔法の使い手で、情報を引き出すのに時間がかかってしまっていますが、ここまでは確かなようです。カムライエさんが来られる前に、この場の皆さんには先にお伝えさせてもらっています」
シトスは手に持っているゲージを示してカムライエに言った。
キャスールにおいて、シトスがセチュバーの兵士を尋問する手際を目の当たりにしていたため、エルート族の聴き出したことなら間違いないだろうとカムライエはすんなり納得した。
「侵略者の洞窟に隣接してるあっち側の国にゃ、あたしから『国境の管理をしっかりやれ』って伝えといたげるよ」
手を振りながら言うラーネに、再び皆の目が点になって集まった。
「師匠は、魔人族にお友達がいるのですか」
「お友達なんて生ぬるいもんじゃないよ。五百年前に本気で殺し合いをした顔見知りってだけさね」
皆の心を代弁したシャポーの言葉に、ラーネは両手を広げると笑って答えた。
その表情を見て、三郎は(こういう人は、敵にまわしたらヤバイ人だ。多分、戦う時に頭ぶっとぶ系だ)と心密かに思うのだった。
「んなことより、あたしゃキャスールでどんな感じだったのか聞いてないんだけど。シャポーが竜の咆哮の魔法を吹っ飛ばしたって連絡をよこした後、風に乗って流れてくる魔力素の量が急に増えて、フィルタ魔法の調整で大忙しこの上なかったんだからね」
ラーネが身を乗り出して強引に話題を変えた。
「それについては、私とムリューが大気と風の精霊に、流れを強めるようお願いしてしまったのが原因でしょう。お手数をおかけしてしまいました」
「違和感のない風の強まりだったから、そんなこったろうとは思ったけどね。やることをやった結果だから謝ることはないさ。でもね、魔術師のあんたは一報入れるのがスジってもんだろ。解ってりゃ多少の準備もできたってのに」
シトスを許しつつも、ラーネは隣に座るシャポーへ向き直ると文句を言った。
「ししょーなら問題ないと分かってたのです。弟子ですので」
シャポーは胸を張って即答する。
「なーにーがー『分かってたのです』だい。この口か、この口が言ったのか。まーったく、偉くなったもんだよ」
「はひゅ、ひゃめるのでしゅ、ひひょー、やめひゅのれす」
ラーネは笑顔のままシャポーのほっぺたをぐりぐりとこねくり回した。シャポーの頭の上では、ほのかが自分のほっぺたをこねくり回して「ぴゃわぴゃわ」と真似をしていた。
「それでだ、まぁ無事に帰って来たんだから、上手くやったてのは顔を見りゃ分かるけどね」
シャポーの柔らかい頬をいじりながら、ラーネは心なしか嬉しそうに言う。
カムライエが引き継ぐように、キャスール教会での話し合いや襲撃にあったことなどを手短に伝えた。もちろん、次の日に行われた正しき教えの解散についても話は及ぶ。
「よくもまぁ、正しき教えに傾倒してたって者達が、大人しく解散を受け入れたもんだねぇ」
ラーネが感心した声を上げる。
「実際、我々もスムーズに運ぶとは思ってなかったのですが、ギレイル殿の演説が良かったのでしょう」
「そりゃ聞く価値がありそうだね。どんな内容だったんだい」
カムライエの話しにラーネが興味を示す。
「要約になりますが、天啓十二騎士がギレイル殿の下に集うこととなったお告げから話し始め、そのお告げが真に示していたのはサブロー理事に自分達を巡り合わせる運命であったのだと確信をもって伝えていました」
「飛躍はしているけど、あながち戯言だともいえないってところかねぇ。そのギレイルとかいうのを信じてたんなら尚更か」
ラーネは口の端を上げ、鼻で笑い飛ばすように言った。
「話が上手だったのもありますが、ギレイルさんが心から信じて発した声であったため、人々の心に届いたのだと思いますよ」
シトスが補足するように言葉を加える。
ラーネは「エルート族が言うなら、確かなんだろうさ」と言って肩をすぼめるのだった。
「ギレイルさんの演説までは良かったのだけれど、その流れで話を振られたサブローがねぇ」
意味深げな笑いを浮かべ、トゥームが三郎の顔を覗き込むようにして言った。
「いやいや、運命だのって話から、天啓騎士団の名前を『ご許可頂いた』とかって場が盛り上がってただろ。そこからの『理事様にお言葉を頂戴します』って突然お鉢を回されたら尻込みもするって」
三郎が言い訳がましく言い返した。それを見て、ラーネがにやにや顔で「なんだ面白そうだねぇ」と言って先を促がす。
同じようなにやにや顔でトゥームが続ける。
「聴衆の前に歩み出るには出たんですけど、私達の方へ助けを求めて振り向いたんです。その顔が、絵に描いたような情けない表情で、危うく吹き出しそうになってしまって。緊張していた私達を、笑わせようとしてるのかと思ったほどだったんですよ」
「今もかなり情けない顔をしてるけどね。これ以上だったのかい」
三郎が「いや、まぁ」と渋い顔をするのを見て、ラーネが半笑いで言う。
「その後の演説も、ボロボロだったのです」
ほっぺたを解放されたシャポーが、得意気にとどめの言葉を言い放った。
「うあぁ、もう忘れさせてくれぇ。あんなに大勢の人が居て、一つの音もたてずにじっと見つめてきたら、凡庸な人間は頭の中が真っ白になるもんなんだよぉ」
おっさんは、キャスールで唯一おかした失態を思い出させられ、頭を抱えながら呻くのだった。
悲しいことに、高価な調度品の並んでいる部屋に気圧されなくなった瞬間でもあった。
次回投稿は1月17日(日曜日)の夜に予定しています。
今更なのですが、当小説の「ジャンル」をハイファンタジーに修正させていただきました。




