第172話 食事も喉を通らなくなるおっさん
捕らえられた三人の男は、キャスール教会の前まで連行されると、枷をはめられ手足の自由を奪われた。
そして、意識を取り戻させられると、シトスとムリューから尋問を受けることとなった。
「緊急時ですからね、少々手荒になりますよ」
言葉の丁寧さとは違い、射貫くような視線でシトスは男たちに言う。
自害しないようにと、口に轡もはめられていた三人は、ただ黙ってシトスを睨み返すのだった。その眼には、答える気など無いという決意がありありと浮かんでいた。
だが、その態度も長くは続かなかったのである。
投げかけられる質問を無視していた三人であったが、そのたびに精霊魔法によって神経系への痛みを与えられて苦悶の声を上げた。
どんなに精神修養を積み重ねた者でも、神経に直接痛みを与えられて耐えきれるものではない。
グレータエルートの二人は、苦痛の声からも質問の正否を聴き分け、賊の三人を精神的にも追い詰めて行った。
「神経への痛みが永遠に残ってしまう前に、すべて話す気になったほうが良いと思いますよ」
涙と鼻水で表情をぐしゃぐしゃにした三人の内、一人の男がシトスの言葉を聞いて「うー、んうー」と降参の意思を必死に訴えた。
シトスやムリューとて、拷問のような真似を好んでするわけではない。苦痛に喘ぐ声は、質問に対する答えを彼らの耳に届けるのだが、それ以上に吐き気をおぼえるほどのつらい響きとしても聞こえてくるのだ。
エルート族の中には、専門に尋問の役を引き受けている者達がいるほどで、グレータエルートと呼ばれる戦闘を専門とする二人にとっては決して快い行いではなかった。
「素直に答えてくれるのなら、話は速いですね」
表情も声色も変えずに轡を外してやるシトスだったが、内心ではこれ以上の苦痛を与えずに済むとほっと胸をなでおろしていた。
シトスの聴き出した情報では、彼らはルバリフ商会の者であるとのことだ。
セチュバーの軍からの指示を受け、正しき教えの兵士に誤った情報を流し、昨晩の襲撃を画策したのも彼らだった。更に、今朝ほどになってから、教会評価理事を亡き者にするよう命令が下されたのだと言った。
命令の意図などは知らされておらず、自分達は実行に移す一兵卒にすぎないとも言う。
セチュバーと関りの有るルバリフ商会の残党の数や隠れ家などについても、洗いざらいシトスに吐かされると、三人の男達はキャスール教会の牢へと運ばれてゆくのだった。
尋問の一部始終を見ていたギレイルとカーリアが、残党討伐を三郎に申し出てきた。
教会の理事である三郎を危険にさらしておきながらも、即座に対応できなかった自分たちに、汚名返上の機会を与えてほしいと言うのだ。
(うわ、二人ともすごい圧力だなぁ。汚名だなんてオーバーに言いすぎじゃないっすかね。残党を討伐するって、これはあれだ、確実にやっちゃうって勢いだわぁ)
確かに、残党はセチュバーに関係しているのは明らかであり、討伐対象となるのは間違いではない。だがなと三郎は考える。
「先ほどの三名が知り得ていない情報を持っているかもしれません。そのため、身柄の確保を優先してもらいたいのですが、可能でしょうか」
引き下がりそうもない様子なので、三郎は二人に問かけた。もし不可能なら、トゥームやシトスにも動いてもらわねばならない。
「理事殿の要請でしたら、修道騎士団としてお約束いたします」
カーリアは微笑み返して承諾した。
場所や人数も把握しているのだ。修道騎士の実力であれば、何の問題もなく遂行できる任務と考えられた。
「サブロー殿のお言葉、ごもっとも。命に代えましても、捕らえるよう厳守させます」
ギレイルは厳粛な面持ちで答えを返す。
「いや、こちらの命も大切にしてくださいね」
三郎は慌てて両手を振り、ギレイルの言葉を訂正するのだった。
「・・・は!恐れ入りましてございます。カーリア殿と密に打ち合わせ、被害の無いよう努めさせていただきます」
ギレイルは恐縮した表情に変わると、深く頭を下げるのだった。
***
「ふぁぁ、お昼ご飯と夜のご飯が一緒になってしまったのですぅ」
ダイニングテーブルに突っ伏したシャポーが、弱々しい声を上げた。
「午後も、なんやかんやで忙しかったもんな。ルバリフ商会の残党の取調べとか、色々あったもんな。まぁ、俺は立ち会っただけで実働したわけじゃないけど」
三郎も、シャポーと同じような姿勢で答えた。
現在、三郎達は拠点としている邸宅に戻り、夕食の支度をしている所だった。
お腹がすきすぎて力の出なくなったシャポーと三郎は、出来上がるまで座って待ってて良いと言われ、その言葉に甘えることにしたのだ。
「それをいわれますと、シャポーも大して働いてないのです。ただ、お腹がぺこぺこなだけなのです」
「いやいや、シャポーは竜の咆哮で悪い魔法をぶっ飛ばしたんだから功労者でしょ」
「でしたらです、サブローさまこそ揉め事を解決されたのですから、十分に働いた功労者なのですよ」
「そう言っていただけるなら、本望でございます」
「シャポーもでございますです」
並んで突っ伏したまま、ごにょごにょとやり取りしている二人のお腹が「ぐぅぅぅぅ」と大きく鳴った。
「ほら二人とも、出来た料理並べるから場所あけてちょうだい」
両手に皿を持ったトゥームが、厨房から出てくるとあきれ顔をして二人に言った。
「ご、ゴハン」
「うう、めしぃ」
シャポーと三郎が、弱々しくテーブルから上体を起こす。
「まったく、戦場ともなれば何日も食べれないことだって想定できるんだから。少しは訓練しといた方がいいわよ」
料理を置きながら、トゥームは二人にいう。
「トゥームは、何日くらいなら耐えられんの」
「二日か三日は大丈夫なように訓練しているわね。さすがに、その後は戦闘のパフォーマンスが落ちて行くけれど」
トゥームは笑って返すと、厨房の方へ戻って行った。
「二日とか三日だってさ。まぁ、命のやり取りなんだから、そういう場面も頭に入れといた方がいいんだろうな」
三郎はため息交じりに呟いた。
「ですねぇ。今日のサブローさまみたいに、暗殺者とかに命を狙われている時に、のんびりゴハンなんて食べていられないのですぅ」
「だねぇ・・・」
力なく言うシャポーの言葉に、三郎は何気なく相槌を打った。しかし、昼の現場を思い出して三郎は考える。
(・・・あれ、そういえば俺って、命狙われたんだよな。あれ、普通に護ってもらえたから、スルーしちゃったけど、暗殺ですよね。暗殺計画の標的ですよ、ワタクシ)
いまさら、不穏な単語に恐怖を抱いて、三郎はぽかんと口を開けるのだった。
「どうしたのサブロー、口が半開きになってるわよ。お腹でも空きすぎちゃったのかしら」
再び皿を両手に入ってきたトゥームが、呆然としている三郎の顔をみて不思議そうに言った。
「あー、いやぁ。よく考えたら、俺ってば命を狙われたんだなと思って」
「よく考えなくても、そうじゃない」
何を言っているんだとでも言いたげな表情で、トゥームは三郎に返事をする。
「ですよねー」
棒読み状態で三郎は答えた。
(暗殺の対象になるとか、信じられないんだけども。トゥームにさらっと言われても、全然信じらんないんですけども)
その後、やっとありつけた夕食が、なかなか喉を通らなくなってしまうおっさんなのだった。
次回投稿は12月27日(日曜日)の夜に予定しています。




