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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第171話 空腹と襲撃

 三郎は、かなりの空腹感に見舞われている。


 ギレイルとカムライエは、今後の方策だけでも粗々に決めてしまいましょうと言い、向かい合わせの席に着いていた。


 その話し合いは熱をおび、教会としての意見を求められたカーリアもそこに加わっている。


 取り囲む天啓十二騎士達は、真剣な表情で食い入るように話し合いの行方をうかがっていた。


 三郎は彼らを笑顔で見つめてはいたものの、机に隠れた部分では腹の虫が大きな音を出さないようにと腹筋に力を入れているのだった。


(昼飯食べる前に呼ばれちゃったからなぁ。みんな、お腹減ってないのかね。いや、今後の行く末がかかってるんだから、そんな場合じゃないんだろうけどさ。俺は役目が終わった感じになって気が抜けたんだな。まじで、すげぇ腹減っちゃってるんですけど。情けないわぁ)


 三郎は若手社員だった頃を何となく思い出していた。上司が昼時ひるどきにもかかわらず会議を続行し、昼食を取り損ねたという経験が何度もあったのだ。


 変にヒートアップした上司に、若手が『お昼になりましたよ』などと言い出せるわけもない。三郎の中には、会議の内容よりも集中力が削がれてしまい辛かったな、という記憶だけが残っている。


 結局、自分が中堅社員になって気付くのだが、長引く時間と比例して会議の無駄さ感がアップしていたのではないかとほろ苦く思い出される若き日々なのだった。


 三郎としては、部下を持った際に反面教師的な経験として役立ったような気がしているので、全てが無意味だったとは思いたくないところではあった。


 そんな思いに浸っている三郎だったが、現在目の前で行われているのは、多くの人々の今後を左右する重要な会議だと理解している。三郎の思い出とは比べるべくもない。


 流石と言うべきか、優秀な三人の話し合いでは次から次へと方針や処遇が決定されてゆく。


 現在の天啓騎士団や正しき教えの兵士は、全員が自治軍として再編される約束が交わされ、テスニス正規軍の軍規を基に新たな規則が設けられることとなった。


 正しき教えとしての勢力の解散は、明日教会前の広場に人を集めてギレイルが発表すると決まり、三郎やカーリアも立ち会う運びとなったようだ。


 天啓十二騎士達は、各々の部下へ本日中に再編についての伝達を終え、明日の解散集会を速やかに執り行う準備へとかかるように指示が出されている。


 ギレイルが対セチュバー戦への参加を申し出たのだが、カムライエからキャスール地方及びテスニス国内の治安維持につとめるようにと言われ、引き下がる場面があった。カムライエの意図として、正しき教えに傾倒していた者が妙な気を起こさぬよう監視する役割を負わせる意味も含まれていた。


 セチュバーによる情報工作が再び行われ、暴動などが起きるのを懸念しているのだ。昨晩という前例もある為、ギレイルとしても引き下がらざるを得なかった。


 教会や行政機能も正常に戻される日程が大まかに決定されるなど、諸々の内容は『理事を案内するだけの一役人』が判断を下せる域を優に超えているように思えた。


(凄い勢いで色々と決めてるけど大丈夫なのか。そう言えばカムライエさんって国王代行としても動いてるんだっけ。ジェスーレ王の懐刀みたいなもんなのかね。そっか、そうだった、腰の低い感じで接してくれてるから忘れがちだけど、カムライエさんって国の偉い人なんだよな。うわぁ、いまさら感)


 三郎は、カムライエの政府要人としての一面を見た思いがするのだった。


 そんな三郎とは違い、ギレイルは既にカムライエが単なる一役人ではないのだと理解しており、相応の対応で話し合いに臨んでいた。


 営業スマイルの裏で、関係ないことをあれやこれやと考えている三郎の横に、人影がすっと現れる。


 その人物は、両手をちょこんとテーブルに添えるとその場にしゃがみ込んだ。頭の上にはぐったりと倒れた(振りをしている)精霊が乗っていた。


「シャポー、どした」


 大事な会議が行われている手前、三郎は小声でシャポーに話しかける。


「大切な話し合いだとは分かってるのですが、そのですね、お腹が鳴ってしまいそうで困ったのです」


 机で口元を隠し、とても小さな声でシャポーは三郎に訴えた。


「・・・ですよねぇ。実は俺も鳴りそう」


「・・・なのですね」


 話しも大詰めといった雰囲気なので、昼休憩を言い出すにしても切れが悪い。


 大人しく待つしかなさそうだなと、三郎とシャポーは小さなため息を吐いた。


 その時、三郎も同じなのだなと思って、いっしゅん気の緩んだシャポーから「ぐぅぅぅぅ」と大きな音が鳴り響いた。


 タイミングの悪い事に、カムライエ達の会話の隙間に流れ込んだサウンドは、部屋の隅にまで届けられてしまった。


 会議に集中していた全員の視線が、音の鳴った方へと向けられる。


「ひゃばぁぁ」


 シャポーは小さな悲鳴を上げると、恥ずかしさのあまり机の下に顔を隠した。


「いや申し訳ない。昼食も取らずでしたので『私の腹』が鳴ってしまいました。今少し決めることがあるのでしょう、どうか続けてください」


 営業スマイルを浮かべたまま、三郎は両手を広げて咄嗟に言う。


 三郎へと皆の視線は集まり、その言葉は信じられたようだった。


「これ以上の話しは、再編の後に詰めても問題ないでしょう。時間も考えずに話を進めてしまいました。こちらこそ申し訳ないです」


 カムライエが言うと、ギレイルも同意を示して頷いた。


「いえいえ、大切なお話ですからね」


「ざぶろ~ざばぁ~」


 穏やかに返している三郎に、机の下から半泣きになったシャポーの小さな声が聞こえてきた。


 三郎は他の人から見えないようにして、シャポーへと親指を立てるのだった。


***


「私どもの方で、何か準備が必要なことはありますか」


 会議室から出た三郎は、教会の正面玄関へ向かって歩きながらカムライエに尋ねた。


 三郎の口調が丁寧な理由は、ギレイルや天啓十二騎士が見送りをすると付いてきているからだった。


「昼食を取ってから、私の方でジェスーレ王へのご報告とテスニス政府内の調整を行います。サブロー殿は、明日に備えて体をお安めになっていただければよいかと」


 カムライエも、今後部下になるであろう者達の前であるため、おのずと口調が硬くなっていた。


 先頭を歩く三郎に付き従うように、修道騎士も含めた大人数が、教会建屋の広い廊下をぞろぞろと移動している。


(ドラマとかで見たことある、大きな病院とかの教授の回診シーンみたいになってそうだな)


 三郎は後ろを確認したいという興味を抑えつつ、歩みを進めるのだった。


 玄関から外へと出ると、清々しいまでの青空が広がっている。そして、見慣れた教会馬車とクウィンスの姿が目に入った。


(すごい勢いで実感ないけども、テスニスの問題が一件落着ってことなんだよな。・・・ふっ、青空が祝福してくれているようじゃないか。とか格好つけて言ったらどん引きされそう)


 青空に向けて伸びをしたい気持ちになりながら、三郎は数段ある階段をおりはじめる。


 その時、複数の鋭い風切り音が三郎へ向けて放たれた。


 三郎の目には、向かい来る影が一瞬映りこむ。


 声を上げる間もない速度で、三郎の額と喉と胸に向けてその物体は飛来した。


 次の瞬間、金属のぶつかり合う音が辺りに響き渡る。


 そして、三郎の目の前に現れたのは、修道の槍を振り抜いたトゥームの背中だった。


 トゥームに叩き落とされた遠距離武器のボルトが三本、地面に打ち付けられて鈍い音を上げていた。


「正面屋根上です」


 シトスは叫ぶと同時に駆けだす。ムリューも遅れずに飛び出した。


 シトスの向かった四階建ての家、その屋根の上に三人の人影が見えた。


 トゥームは、後方へちらりと視線を送ると「任せたわ」と言って地面を蹴る。


 振り向いたトゥームが確認したのは、防御魔法を展開するシャポーの姿だった。幾重にも展開した魔法の盾が、三郎を護るように空中に浮かべれていた。


「家の中に入りましたね」


 精霊魔法を使い、シトスは賊の動きをトゥームに共有する。


 シトスとムリューは、大気中に見えない足場を作り出すと、人影のあった屋根の上へと飛び上がった。


「追います」


 屋根へと乗った勢いのまま、シトスは裏に設置されていたバルコニーへ移動した。


「スィ!」


 トゥームから了解の合図が返される。トゥームは建物を迂回し、敵の逃走経路であろう裏手へとまわるようだ。


 開け放たれた窓から、風のようにシトスが室内へと侵入する。


 そこへ向けて、鋭い斬撃が襲い掛かった。


 待ち構えていた賊の一人が、シトスの首を狙って剣を振るったのだ。


「っんな、何だ」


 だが、その刃がシトスに届くことはない。剣を持つ手にぐにゃりとした感触が伝わり、賊は気持ち悪さに思わず剣を引く。


 大気の精霊魔法によって、シトスは敵の斬撃を鈍らせたのだ。


「準備もせず飛び込むわけがないでしょう」


 シトスの冷たい声を聴いた瞬間、賊は頭に強い衝撃を受けた。


 ムリューの振り抜いた足が、賊の頭を打ち抜き意識を刈り取ったのだ。


「トゥームさん、二人、外に出ます。目の前です」


 足音から、残り二人の賊の位置とトゥームの位置を確認すると、シトスは精霊魔法でトゥームに会敵を知らせた。


 シトスとムリューは、再びバルコニーに向けて身を翻した。


「了解。気配をつかんだ」


 トゥームは走りながらシトスに返事をした。


 その刹那、家の扉が勢いよく開き二人の男が姿を現す。


「な!もう回り込んだか」


 一人が驚愕の表情で叫び声を上げた。


 だが、もう一人の男は声を上げることすら出来なかった。


 トゥームの修道の槍のヴァンプレート部が、男の腹部に深くめりこんでいた。


 悶絶の声も出せず、男は地面に崩れ落ちる。


「くっ!」


 残った賊の男は慌てて剣を振り上げる。だが、振り下ろすべきトゥームの姿を見失っていた。


 目の前にいたはずの修道騎士が消えたのだ。


「え・・・」


 男はその呟きを最後に意識を手放す。


 トゥームの掌底が男の顎先をとらえていた。


 最後の賊が倒れるのと、シトスとムリューがバルコニーから地面へと降り立つのはほぼ同じタイミングであった。

次回投稿は12月20日(日曜日)の夜に予定しています。

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