第170話 修道騎士の小さなため息
「軍への再編・・・サブロー理事殿は本気でおっしゃられておられるのですか」
疑問の声を口にしたのは、正しき教えの者達ではなく、三郎の隣に立っていた修道騎士のカーリアだった。
直立の姿勢のまま、首だけを傾けて三郎を見つめる。その眉間には深い皺が寄り、隠しきれない猜疑心が浮かんでいた。
「当然、本心から言っています。私も我が友であるグレータエルート族の前で、嘘偽りを語ることなどできませんからね」
三郎は笑顔のまま答えた。
その中で、あえてグレータエルート族の存在を強調することで、自身の言葉の真偽をも彼らは監視しているのだと印象付けるのだった。
「失礼を承知の上で申し上げますが、先ほどまでのお二人の話し合いにおいて、疑うべき箇所が存在するのをお気づきではないのでしょうか」
カーリアは、表情を更に曇らせて言う。
「いずれかありましたか」
「市井の臣に対し剣を向けていないと、ギレイル殿は申されました。しかし、我々修道騎士を捕虜とした際、人質にとった者達の事をお忘れではないのですか」
穏やかに聞き返す三郎に対し、カーリアはギレイルに向けて語気を強めて言った。
カーリアの言う通り、正しき教えの兵士が一般市民を人質にして修道騎士へ武装解除を要求したのだと、三郎の耳にも届いている。
「それは・・・」
ギレイルが、さも言い難いといった表情で声を絞り出した。
「推測になってしまいますが、私から説明した方が良いかもしれませんね。誤りがあれば訂正をお願いします」
三郎は、ギレイルの言葉を右手を上げて制すると、二人のやり取りに口をはさんだ。
ギレイルを見据えていたカーリアの険しい視線が、そのまま三郎へと向けられる。
「我が友の『真実の耳』に、ギレイル殿の言葉が偽りとして聞こえなかった。そこから察するに、人質とされた者達は『正しき教え』に傾倒している者だったのでしょう」
「・・・御明察のとおりです」
三郎の言葉を聴き、ギレイルは深く頭を下げて粛々と答えた。
「なっ」
そこまでの罠にはめられていたのだと知り、カーリアは声を詰まらせた。そして、確認するようにグレータエルートの二人を振り返る。
シトスが頷いて「偽りは聴こえません」と返事をすると、カーリアは小さなため息をついて姿勢を正した。
「そうでしたか。サブロー理事殿とグレータエルート族の方々が申されるならば、間違いはないのでしょう。考えがいたらず、余計なお時間を取らせてしまいました」
カーリアは自分を納得させるかのように言うのだった。
「では、話の続きをしましょう。当然ですが、再編にあたってはテスニス政府の承認を得なければなりません。しかし、まずはギレイル殿や天啓十二騎士の方々の意思確認をさせてもらいたいのです」
ギレイルは、三郎の言葉を受けて天啓十二騎士達と視線を交わす。
難色を浮かべた表情の騎士もいたが、三郎の意見に対し声高に異論を唱える者はおらず、ギレイルが代表として口を開いた。
「許されるのであれば、再編のご提案を考えさせていただきたい。我々が意図せぬとはいえ、魔導行使法などの法を犯す形となっている今、理事殿の恩赦ともいえるご裁量にお任せいたしたく」
そう言い、ギレイルは己について罪人としての処罰は免れないとの覚悟をしていた。天啓十二騎士の面々も、その罪を問われることになるだろう。
だが、正しき教えに集った者達の命が救われそうだという、一縷の望みが残されたように感じていた。
この目の前にいる教会評価理事こと『首切りの理事』は、先ほどまで『正しき教えの者全員が処罰対象になる』と言っていたのだ。
(話し合いのどこで風向きが変わったのか、正直なところ私自身も定かではない。緊張が極限であったため覚えていないのか。いや、理事殿の表情や態度などの変化が殆どないのも理由だろうな。今の話しの様子なら、さもすれば十二騎士の幾人かは命を落とさずに済むやもしれん)
そう考えると同時に、異議や意見などを申し立てれば『では、全員処罰で』と笑顔で言われかねないと、ギレイルは恐ろしさも感じていたのだった。
ふむと満足げに頷く三郎の横で、考えに浸っていたカムライエが静かに声を上げた。
「教会の理事殿にご判断が任せられているとはいえ、テスニス軍への再編ともなれば処罰無しには行えません。その点についてのお考えをお聞かせ願いたいのですが」
三郎にとっては、大方予想していた質問であった。
テスニス軍にも軍規はある。正しき教えの兵士は、テスニス軍を無断で抜けるかたちで天啓騎士や兵士となっているのだ。規則に抵触しているのは明白で、何事もなく戻れるとは三郎も思ってはいなかった。
「誤解のないようお伝えしておきますが、私は正しき教えとテスニス政府に『解決案』を提示するのであって、結論を言い渡す立場ではないのは承知しておいてください。その上で申し上げます」
三郎は、自分が教会の所属であることを明確にしておく必要があるなと考えて、前置きをする。場の空気が、あたかも三郎の判断で全てが決定される雰囲気となっていたからだ。
カムライエとギレイルから、了解した旨が返される。
「無条件と言うわけにはいかないでしょう。正しき教えの解散はもとより、ギレイル殿には集った者達へ『その解散の周知徹底』をしてもらう必要があります」
「・・・当然のご提案と受けさせていただきます。内乱に利用される組織なぞ、我々は望んではいませんでしたので」
ギレイルの返事に、三郎は(利用をしようとはしてたけどねぇ)という突っ込みを心の奥底に押し込めた。
「処罰の程度については、再編された後にテスニス軍内部で決定してもらうのが妥当でしょう。元の処遇に戻されることは無いものと考えておくべきでしょうね。減俸など覚悟しておくことです。再編に当たり、禍根をいかに減らすかというのが大切だと思ってください」
諭すように言ってから、三郎は何度か頷いて見せた。
カムライエとギレイルが、じっと三郎に注目して次の言葉を待つ。
会議室は、束の間の静寂に包まれるのだった。
「サブロー殿、それだけ、ですか」
「ええ」
カムライエの疑問の声に、三郎は営業スマイルのまま答えた。
カムライエが呆気にとられた声になるのも無理はなかった。軽い処罰で再編し、以後はテスニス軍に任せますと、三郎が丸投げしたようなものだったからだ。ギレイルの処罰についての言及もない。
「私が言うのもどうかと思いますが、軽微すぎるのでは」
ギレイルも目を瞬かせて聞き返した。
「ふむ、では『全員の首を』とでも言えば、納得してもらえるのでしょうか。そうしますか」
三郎が表情も声色も変えぬままに、さらりと言う。
ギレイルは、はっと息を飲みこみ口を閉ざす。
「そこまで極端にとは言いません。しかし、サブロー殿は視察の裁量を中央王都及び諸国の王より一任されています。方々が納得するとは思えないのです」
言葉の意味を知らされていたカムライエは、落ち着いた口調で訂正した。
「では、立ち位置を変えて説明しましょうか」
三郎は机に両肘をつくと、口の高さに手を組み合わせて言う。陰謀を巡らせる軍師みたいな感じになるかと思ってのポーズだ。
「お願いします」
カムライエは(多分、すごい立ち位置の変化なんだろうな)と思いながら、真面目な表情を作って言うのだった。
「テスニス軍は、現時点で一つの損害も出ていない軍隊だと言えませんか。ドートやカルバリの軍は、中央王都奪還において多大な犠牲を出しています。中央王都においては、王国の盾の壊滅を受けて、半分以上の兵力を失っているのは事実です」
「はっ!」
思っていた以上に真面目な答えが返され、カムライエは背筋を正す。
「要塞国トリアから行軍しているとの軍ですが、長距離の移動をしていますから、いざ戦いとなった際に士気の低下なども懸念されると思っています。兵を休めるだけの時間が有るセチュバーとの戦いですからね、不安材料といえるでしょう」
三郎の言葉を、口を一文字に引き結んだギレイルが真剣な眼差しで聞いていた。
「テスニス軍が憂いなく動けるなら、それだけでセチュバーにとっては脅威になると考えられませんか。それも、武力決起したはずの正しき教えが再編されたともなれば、更にセチュバーの士気を下げる効果が見込めますよね。何せ、裏で工作をしていたはずの勢力が取り込まれたのです、上の者は疑念も抱くはず」
カムライエは一理あると納得して頷いた。セチュバーで竜の咆哮の件を知っている者ならば、尚更不可解だと考えるのは明白なのではないだろうか。
「ここで主たる者達に処断を言い渡すのは簡単です。が、一度灯された火はくすぶるものです。テスニス国内の不安の芽となるでしょうね」
「故に、ギレイル殿に正しき教えの者達を説得してもらい『不安の芽』を小さくしておけと」
「その通りです」
カムライエの言葉に、三郎は営業用ではない普段の笑顔で答えた。
目を細めたカムライエは、テスニス軍部や政府の者達をどう納得させるかとの思考へと舵を切っていた。
セチュバーとの戦争が続いている間ならば、三郎の言った内容を落としどころとできるだろう。だが、戦後になってからテスニスの情勢不安を招いたとして、正しき教えに所属していた者への断罪を申し立てて来る者が出ると、カムライエはテスニス政府内の数人に目星をつけていた。
恐らく、戦いの後にそのような事態となるのは、三郎も望むまいと考えてのことだった。
カムライエが思慮を巡らせている時、ギレイルは神妙な面持ちで三郎に問いを投げかけた。
「私は元々テスニス軍の所属ではありません。私の処分についてお伺いしても」
「ギレイル殿には自治軍の指揮官となってもらうのが最良と思っています。しかしながら、それを決定するのはテスニス軍の上層部の仕事でしょうけれどね。進言だけはさせてもらうつもりです」
ギレイルの真剣な言葉に、三郎はいたって穏やかに返した。
「ですが、私は教会とは違う『教え』の解釈を掲げ、正しき教えを立ち上げた者です。失礼ながら、教会の理事として厳しい処罰を与えるのが本来あるべき姿かと」
「さて、教会は平和についての『教え』を広める組織です。意見が違うからといって排除するところではないと、私は考えますよ」
三郎の答えにギレイルが眉をひそめる。
「私は司祭になれぬと『排除』された身です」
「聞いた限りで答えるしかできませんが、司祭には推薦できないと言われた貴方は、自らキャスール教会と距離をとったように伺いましたが」
「解釈が違うと言われましたので」
「教会とは、最初の勇者が残した『教え』を広く長く人々に伝える役割を持った組織です。その役を担う司祭においては、出来る限り一貫性があり普遍的な解釈を持たなければならないのは必定だと思いませんか」
「教えについて、司祭によって伝える内容に齟齬が出てはならぬと」
「ええ。平和の理念を学ぼうとする者が、解釈について迷ってしまうことに繋がりますからね」
三郎は、以前に読んでいた理事としての『要項』の内容を思い出しながら、ゆっくりと語った。
「私は、教会に拒絶されたと思っています」
「受け止め方だと言ってしまえばそれまでですが、少なくとも私は、人の持つ意見の多様性は大切だと考えていますよ」
三郎の言葉に、ギレイルの眼が微かに見開かれる。
「私の解釈を、否定されないのですか」
「武力をもって他を制圧するのは間違いです。ですが、様々な不平等が存在するのもまた事実です。セチュバーによる内乱の原因もそこにあると聞いています」
三郎は瞑目して答えた。そこに笑顔は微塵も無い。
(サブロー理事殿は、内乱を鎮静化させるという一点を見据えて進んでおられるのだな。グレータエルート族に優秀な魔導師を連れ、秘書官を修道騎士が担っているなぞとは聞いたことがない。この様な人物であるからこそ、優秀な者達が集まっているのだろう)
ギレイルは三郎への認識を新たにしていた。ただ恐ろしいだけではなく、先の先を見ているような頼もしさすら感じるようだった。
(あっぶね、理事の要項読みなおしといてよかったぁ。ギレイルさんて、すごく『教え』とか教会について勉強してるんだよな。これ以上踏み込んだ質問されたら、ボロでちゃうかもしれない)
三郎は瞑った瞳の裏で、情けないことを考えていたのだった。
「サブロー理事殿」
「・・・はい」
ギレイルの声に一段と決意の込められた空気を感じ、三郎は一瞬間をあけて返事をする。
「自治軍の指揮官となるよう進言いただけるのであれば、一つお聞き入れ願いたい事があります」
「・・・なんでしょう」
教会や『教え』についての質問ではなかったことに安堵しながらも、三郎は嫌な予感がしてまた返事に一瞬の間があく。
「ぜひサブロー理事殿に自治軍の代表、叶わぬならば相談役としてその名をおかりしたい。再編が許された後の話ではありますが、私も御名の元で働きたく」
突然の申し出に、三郎はフリーズした。
混乱した頭の中で考えたのは、教会の理事が軍に名前をかせるのかという実務的な疑問と、ギレイルに気に入られたようだなという他愛ない思いだった。
三郎が停止していると、隣から手を打ち鳴らす音が響く。
「それは良い考えですね。サブロー殿は、中央王都奪還の際には総指揮官となられていました。魔人族との戦の一端として、その名を自治軍を統括するためにお借りすることもできるでしょう。いえ、その方が後々も何かと都合がいい」
手を打ち鳴らしたのはカムライエだった。迷走する思考のピースが揃ったかのような顔をして、名案だと言わんばかりの声で言う。
「えっと、ですね。少々待ってもらっても・・・」
三郎は振り向くと、トゥームを慌てて手招きする。
『ちょっとトゥームさん、なんか「名案です」みたいに言われてるんだけど、可能なのですかいね』
『セチュバーとの戦いが続いてる最中だから、教会の理事として軍の指揮権は認められるわ。政府からの要請があれば尚更にね』
小声で聞く三郎に、トゥームも小声で答える。
カムライエはテスニス軍の情報機関のトップだ。軍の幹部が要請したともなれば、問題は何一つ存在しない。
二人の小さな声でのやり取りを、耳ざとく聞いていたカムライエはにやりと口元を歪めた。
「サブロー殿、私からもお願いいたします。テスニス軍の所属にはなっていただけませんが、自治軍のお目付け役としてお名前をお借りしたい。そうなれば、私としても今後ともお付き合いが続けられますからね。喜ばしい限りです」
後半に自分の本音を駄々洩れにしながら、カムライエは珍しく笑顔で語るのだった。
『ま、この場が丸く収まるなら、良いんじゃないかしら』
トゥームも微かに口元に笑いを浮かべて、無責任なことを小声で言った。
『トゥームがいいって言うなら、仕方ないかなぁ』
三郎がぼそりと呟きながら、ギレイルへと向き直る。
後ろに居るトゥームのきょとんとした表情を、三郎は見逃してしまうのだった。
「お目付け役ならばという事になりそうですが、それでも良いですか」
「有難くも、もったいないお言葉。再編のかなった暁には、何卒」
三郎の言葉に、ギレイルは机に額を擦りつける程頭を下げる。天啓十二騎士も騎士の礼をとって三郎に向き直った。
そんな中、カムライエが一番満足そうな表情を浮かべているのだった。
「先々の話になりますが、自治軍となりました際には、その名を何と改めれば良いでしょうか」
顔だけ上げたギレイルが、三郎に聞いてくる。
(気が早っ。真面目なのかせっかちなのか、はたまた両方なのか・・・。名前とか付けるの苦手なんだよなぁ)
「そうですね『天啓騎士団』の名をそのまま使うというのは駄目なのでしょうか」
三郎は思いついたままに答える。
「あっ」
同時に、三郎の背後からトゥームの声が漏れるのが聞こえた。
「天啓騎士団。使わせていただきます」
ギレイルは再び机に頭をこすりつける。
『なに、俺なんか不味い事言ったか』
トゥームの声を聞いて、三郎が振り返って疑問を口にした。
『後で説明するわよ。とりあえずこの場を治めなさいってば』
三郎の顔を手でぐいっと押して、トゥームは前を向かせる。
(まったく。ほのかの件といい、警備隊の長官の件といい、ちょっとは学習しなさいよ。名前を与えるって事の意味をもう少し考えてよね)
トゥームは小さなため息をもらしながら思うのだった。
次回投稿は12月13日(日曜日)の夜に予定しています。




