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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第169話 「は?」と言われるおっさん

 高教位ギレイル・アガユアは、必要以上に入っていた肩の力が抜けるのを感じていた。硬い表情を浮かべていた口元や目元も自然と緩み、胸にため込んでいた空気を、抱えていた感情と共に外へ出すように大きく息を吐いた。


(サブロー殿は、我々が集った経緯について肯定も否定もされないということか。しかし、正しき教えがセチュバーの内乱に乗じて決起したのも事実。テスニスを混乱させ、テスニス政府や軍の動きを封じたことに変わりはない。ルバリフ商会の件も含め、セチュバーと内通していたと見られても言い逃れできんな)


 覚悟を決めた顔となると、ギレイルは三郎へ向けて居住まいを直し口を開いた。


「教会評価理事殿、申し上げておかねばならないことがいくつかあるのですが、よろしいでしょうか」


「・・・伺いましょう」


 三郎は少し間を置くと、やさし気に微笑んで答えを返す。


 三郎の脳裏をかすめたのは『血を流さずにどう終わらせるか』ということだった。トゥームが、ほんの些細な三郎の一言を守るよう行動してくれていたのだ。当の本人が破ってしまっては元も子もないだろうと、三郎は考えていた。


(さて、ギレイルさんが何を言い出すかによって、俺も慎重に言葉を選ばないといけないな。嘘が混じれば、シトスが知らせてくれるだろうし、俺はこの対話に集中しますか)


 目の前のギレイルと同じく、三郎も腹を据えて話を聞く心構えをするのだった。


「まず、正しき教えが修道騎士を捕らえ、キャスール地方を占拠した経緯についてです」


「勢力として決起した際のことですね」


 ギレイルは頷くと言葉をつづける。


「我々は早い段階でセチュバーが諸王国会議に合わせて内乱を起こすという情報を入手していました。当時はまだ、テスニス軍所属の身であった兵士が、軍上層部の執務室の前で漏れ聞いたと、報告があったのです」


「軍の上層部ですか」


 三郎がカムライエにちらりと視線を向ける。カムライエは否定するように微かに首を振って返した。テスニスの軍部は把握などしていなかったと伝えたのだ。


 ギレイルの話しでは、セチュバーによる内乱の有る無しにかかわらず、正しき教えは行動を起こす予定であったと言う。情報源の特定には至っていなかったが、諸王国会議のためにテスニスのジェスーレ王が国を空けるのは好機と考えられた。


 もし内乱が本当であれば、混乱を利用してより多くテスニス領を掌握できるとも考えた。よって、時を合わせるように準備を進めていたのだった。


 中央王都の様子を注視していた矢先、セチュバー軍が中央王都を制圧したとの情報が入る。


 ギレイルは迅速に指示を出し、修道騎士の身柄をおさえると、キャスール地方を中心に多くの領土の制圧に成功する。テスニスの教会も政府も、セチュバーの内乱に加えて正しき教えの武力行動が重なり、情報が錯綜として対応しきれなかったのだ。


 セチュバーが勝者ともなれば、現教会勢力に代わる新しい『教会』として認めるよう働きかけるつもりであったと言う。セチュバー敗北の際には、テスニス政府に新しい教会勢力と認めさせ、それを足掛かりにクレタス全土へと広める計画だったとも言った。


(ということは、テスニス政府との対談を教会の理事がセッティングしたってのは、正しき教えの計画通りだったということか)


 三郎は半ば感心しながらギレイルの話を聞いていた。


「セチュバーとの繋がりを疑われることでしょう。しかし、我々は決して内乱に加担するために武器を手にしたのではないと、我々の信ずる事の為であったのだと知りおいていただきたいのです。結果的に、セチュバーを助ける形となっているのは、言い訳などいたしませんが」


 隠し事をする気などないことを伝えるため、ギレイルは三郎を真っ直ぐに見据えて言った。それ以上に、エルート族の存在を前に虚偽の言葉など吐ける分けもないのだと、ギレイルは理解していたのだった。


「そうですか、正しき教えもまたセチュバーを利用した、と言うことですね」


 三郎はふむふむと頷きながら言葉を返す。その言葉は、場の空気を重々しいものへと変えるのに十分な意味を含んでいた。


 セチュバーと協力関係ではなかったとは言っても、内乱を助長する一役を担っていたと言われたに他ならない。


「教会評価理事殿のおっしゃられる通りです」


 ギレイルは頭を下げた。全ての策謀は、己が立てたものだと自白したも同然であり、テスニスの混乱を大きくしたことは事実なのだ。


 顎に手をあて、しばらく考える素振りを見せた三郎は、一つ頷いて言った。


「私からも質問をさせてください。私の聞く限りでは、正しき教えによって死傷者が出ていない様子なのですが、本当なのでしょうか。兵士や民間人を問わずにです」


 三郎の記憶では、修道騎士が捕らえられた後、キャスール地方から教会と政府の人間は『追い出された』と聞いていたはずだ。


「野盗討伐の際に、我が方の兵士や賊の者に負傷者を出してはいますが、一般人など武器を持たぬ者に剣を向けてはいないと認識しています」


「ああ、盗賊である当人達から聞かされましたね。ということは、無用な殺生はしていない・・・と」


 シトスへと振り向き、三郎は確認するように言った。シトスは深く頷いて嘘偽りの響きが無いことを示す。


 次に、三郎はカムライエへと顔を向けた。


「カムライエさん、テスニス政府でも同じ認識でしょうか」


「はい、暴行や略奪といった情報は入っておりません。しかし、避難者への対応は相当数にのぼっており、混乱を極めているとの報告が上がっています」


 カムライエがちくりと刺さる一言を付け加えて答えた。テスニス首都の緩衝地帯となった地域では、多くの国民が避難を余儀なくされているのだ。


 三郎はカムライエの気持ちをくんで、そうでしたねと苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「さて、ここから『本題』に入らせてもらいたいと思います」


 営業スマイルをきっちりと作り、三郎は『本題』を強調して言った。


 会議室に居る全ての者が、本題と言った三郎の言葉に疑問を浮かべた顔をする。満場一致で思い浮かべた心の声は『今までの話し合いは本題ではなかったのか』という思いだった。


 シトスやムリューも同様の表情を浮かべて目配せを交わしていた。なぜなら、三郎の声には本心からの発言であるという響きが含まれていたのだ。


 唯一、トゥームだけが、何か考えあってのことだろうと気を取り直すのだった。


 人々の醸しだす不安げな雰囲気を余所に、三郎は続く言葉を口にする。


「視点を変えて考えてみましょう。一般市民に武器を向けていないうえ、敵対すると考えられる教会やテスニス政府の者へも、退去するよう命じただけで武力衝突はしていませんね」


 にこりと笑って言う三郎の話を、ギレイル含む天啓十二騎士達は一瞬理解できなかった。同席するカーリアも、何を言い出したのかと方眉を上げる。


「死者を出していない。これは非常に重要だと思いませんか」


「・・・そ、それは、後に我々を認めさせるためにと考えた故であり、武力衝突も辞さない覚悟であったのは間違いなく」


「結果として、死者はでていないのでしょう」


 正しき教えを擁護するかのごとき三郎の物言いに、カムライエは(理事殿、視点を変えすぎです)と内心突っ込んでいた。


「野盗をキャスール地方から排除した。これも、後々には地域の安全を確保する布石になります。私の口から功績だとは申せませんが、大変有用であったと言えるのでは」


 実質、功績だと言ってしまっている三郎に、正しき教えの者達は形容しがたい不安を覚える。無暗やたらと褒め始めるというのは、貶めるための前置きとも考えられなくはない。


「修道騎士を捕らえた手腕も頷けるというもの」


 カーリアへ笑顔を向けながら三郎は言う。


 カーリアは、一瞬引きつった表情を見せたが、頭を下げて即答した。


「我々の不甲斐なさかと・・・」


「いえ、不甲斐なくはありませんよ。市民に被害が出なかった要因でもありますからね。間違いでは無かったと思いますよ」


 笑顔の裏で(カーリアさん、後できちんと謝ります。変なこと言って、本当にごめんなさい。マジ、ごめんなさい)と三郎は繰り返していた。


 そして、三郎は一呼吸間を置くと『血を流さないための一手』を打ちに出た。


「しかしながら、セチュバーによるテスニスへの工作に利用されたのは変わりありませんね」


 正しき教えの者達は、やはり来たかと身を固くする。


 ギレイルにいたっては、極刑を言い渡されるのならば自分だけに留めなければと、決意を固くしていた。


 そんな空気感の中、三郎は変わらずの営業スマイルを浮かべ穏やかな口調で言った。


「よって、どうでしょう。キャスール地方自治軍としてテスニス軍に再編してみては」


 三郎の左右に立っていたカーリアとカムライエから「は?」という小さな声が漏れるのだった。

次回投稿は12月6日(日曜日)の夜に予定しています。

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