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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第一章 異世界の教会で
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第16話 静かなる騎士の礼

「ラルカのシチュー、美味うまいなぁ」


 三郎はシチューを一口食べると、感想の言葉が心の底から出てきた。ラルカは、嬉しそうな笑顔を返してくる。


 ウェルッカ肉のシチューは、クレタスの一般的な家庭料理だ。広く親しまれる料理なだけに、家ごとに少しずつ味付けが違っている。


 ラルカは、肉の下ごしらえに少し手間をかけて作る。脂の乗ったウェルッカ肉を、野菜と共に果実酒へ漬け込み特別な容器で圧力をかける。一時間ほどしたら、漬け込んだ肉に薄く片栗粉を振り、弱火で焼き色をつけてから煮込んでいく。片栗粉を程よく振ることで、ウェルッカ肉の旨みと柔らかさを際立たせ、何ともいえない食感になるのだ。


 三郎の元居た世界と同じように、シチューの素となるルゥも売っているのだが、ラルカはそれを使わずに、色々な調味料を煮込む時間に合わせて加えていく。ラルカいわく、煮込み時間が短いと主張しすぎる物や、長いと風味が減ってしまう調味料がある、との事だった。


「ほんほにほひひーでふぅ~」


 三郎の横に座ってシチューをほお張っているシャポーが、何やら三郎に同意しているようだ。ティエニやリケも、シャポーにつられて一所懸命に食べていた。


「今日は気合入れすぎて、いっぱい作っちゃったから、おかわりしてね」


 ラルカは、シャポーの食べっぷりを見て更に笑顔になって言った。


「ラルカちゃんは、お料理がホントに上手いのですね。お宿のごはんより、とってもおいしーです」


 もしゃもしゃと兎のようにサラダを食べながら、シャポーはラルカを褒める。三郎は、金欠のせいでチンピラに絡まれてしまっていたシャポーの口から、宿のごはんなどと言う単語がでたので、ふと疑問が沸いた。


「そういえば、シャポーは宿代とか、大丈夫なの?結晶の代金じゃ、そんなにもたないだろ?」


 三郎は、親心とも言えるような心配を口にした。野菜を咀嚼そしゃくしながら、シャポーは目を丸くして少し考えるが、すぐに得意げな顔になって胸を張る。


「ふふふーん、シャポーは一度習った事は、実践できる子なのですよ!サブローさまにご教授いただいた、顧客ニーズを考えて、ソルジの町なので『水護すいごの指輪』を装具のお店に持ち込んだのです。良い値段がついたのですよ」


「水の護りが付いた指輪ですか、シャポーさんは大層な物を持っているのですね」


 どや顔で言うシャポーに、スルクロークが感心したように声をかける。三郎は、実際の物が分からないので「へー」としか返事ができない。


「シャポーは外見だけじゃなく、中身もすごいのです」


 食事の前に、シャポーとスルクロークは互いに自己紹介をしており、その際、スルクロークが『かわいいお嬢さんが増えると、食卓も華やぎますね』などと言った為、シャポーはとても気分を良くしていた。


「ソルジの漁師は、海に出る時に水の護りが付いた物を身に着けたりするのよ。指輪は身に着けやすくて売れるから、装具屋も欲しがるわ」


 トゥームが、理解出来ていなさそうな三郎を察して、説明してくれる。そして、水の護りがあれば、熱いお湯で火傷をしにくくなったり、冷たい水でこごえにくくなったりと、水に関する耐性が上がるのだとも加えた。


「そんな指輪を売って良かったのなら、何で結晶を売ってたんだ?」


 三郎は、片眉をあげながらシャポーに問う。街角で売れにくい結晶を売らずに済んだ上、チンピラに絡まれる事も無かったのだ。


「持っていた事を、忘れてたのですよ」


 シャポーは、少し恥ずかしそうに言って舌を出して見せた。


 実は、シャポーが簡単に『水護の指輪』と言って売ってしまった物は、かなり強力な指輪なのだが、この場に居る誰もが知らない事実であった。




 食事が進むと、話題は修道騎士が明日到着すると言う事へ移っていた。


「隣の宿場まで来ていると連絡が入ったので、明日の夕方には到着するでしょう」


 スルクロークが、ラルカの言った問いに答えた。ラルカは、トゥームに修道騎士達の夕食をどうするかなどと話を振る。


 三郎と言えば、二杯目のシチューを味わいながら、修道騎士が到着したら旅に出る予定だった事を思い出していた。


「スルクロークさん、中央王都に行く件なんですが・・・どうしましょうか」


 三郎は今朝まで寝込んでいた為、体調的に長旅へ出る自信が無く、スルクロークに聞いてみる。


「そうですね。三郎さんの体調を、三日ほど様子をみてから、中央王都への出発を考えても良いかもしれませんね」


 察しの良いスルクロークが、三郎の懸念をくみ取り返事をかえす。三郎は、そうさせてもらう旨を伝え、スルクロークの心配りに頭を下げた。


 スルクロークと三郎の話に聞き耳を立てていたシャポーが、鼻息も荒く突然立ち上がった。


「サブローさま、中央王都へ旅にでるのですか!?」


「お、おぉ、近々ね」


 シャポーに覗き込まれるように迫られ、三郎はうろたえながらも返事をする。シャポーの大きな目は、真っ直ぐに三郎を見つめて、輝きを放つようにイキイキとしていた。


「そういうことでしたら、是非是非、シャポーをお連れくださいですよ」


「はぁ?」


 トゥームの声が、シャポーの言葉へ間髪を容れずに響く。が、シャポーは意に介さない。


「今回の様に、お怪我をされては大変です。シャポーがお供し、お守りするのです」


「あ、いや・・・ははは」


 三郎は、参ったなと言わんばかりの表情で、助けを求めるように視線をめぐらせる。スルクロークは、穏やかな笑顔をたたえたまま助ける様子はない。トゥームは、自分で何とかしなさいと言わんばかりの視線を返すだけだった。


「シャポーは、旅に慣れ・・・ていませんが、少なくとも、この町まで旅してきました。旅の先輩と言っても過言ではないのです」


 シャポーは、有無を言わせない勢いで三郎に詰め寄る。


「あの、シャポーさん、心配してくれるのは、とても有り難いのだけど・・・」


「有り難いのですね!了解ですよ」


 三郎の日本人特有の遠まわしな断り方が仇となり、シャポーは完全に行く気満々となってしまった。


「あ、いや、その・・・」


 鼻歌交じりに食事へ戻ったシャポーに、三郎はそれ以上何も言えなかった。どうしたものかとトゥームの方を見るが、知らないわよと言ったように視線を逸らされてしまうのだった。


 そして、シャポーは帰ってゆく。夕食の後片付けもしっかり手伝い、上機嫌に「旅の支度は、ばっちりしておきます」と言い残して。


 玄関でシャポーの背中を見送りながら、トゥームが三郎に呟いた。


「サブロー、あなたって『様』付けで呼ばれるのがお好みなのかしら」


「え?あれは、助けてもらったから、普通だとか何とか・・・」


「そんな大げさな『普通』あるわけないじゃない」


「あ、やっぱり大げさなのか」


***


 シャポーが嵐のように帰った日の夜中、皆が寝静まった頃、三郎は咽が渇いて台所に居た。


 三郎が、ガラスのコップを吐水口へ近づけると、透明な水が注がれる。一応説明はしてもらったのだが、いまだに水の出所と水の出る仕組みが不思議でならなかった。


 食事を取ったおかげで、体の調子はすこぶる良く、寝込んでいたせいもあり目が冴えてしまっていた。


 水を口に入れると、程よい冷たさで、心地良く咽を通り過ぎる。


 三郎は、シャポーが旅についてくると言っていた事を思い出していた。


 後になってスルクロークと話をしたのだが、楽しい旅になりそうで良かったですねと言う始末で、特に問題視する様子は無かった。


 三郎が、別大陸からの漂流者だと徹底して、『迷い人』である事さえ知られなければ良いのだ。スルクロークは言う「変に言い訳を考えて、言葉の端からボロが出してしまうほうが怖いと思います」と。


 スルクロークにそう言われると、シャポーが旅について来るのを断る理由は思いつかなくなった。三郎が身分証を持っていない事も、秘密にする必要が無い。


 コップを洗おうとしたとき、三郎は廊下を誰かが歩いてくる音に気がついた。足音は、スルクロークの執務室の方から向かって来ている。


(これは、トゥームだな、タイミング悪かったなぁ)


 三郎の思ったとおり、台所の入り口に現れたのはトゥームだった。乳白色の明かりの下に入ってきたトゥームの頬は、少し朱が差しているように見えた。


「何か、目が冴えて、咽が渇いてね」


 三郎は、何となく気まずさを感じて、無意味な説明を口にした。


「そう・・・部屋まで付き添うわ」


 トゥームは口数少なく言うと、三郎がコップを洗い終わるのを待って、三郎を部屋まで送る。


 特に会話も無く部屋の前まで来ると、トゥームは三郎に言う。


「眠れなくても、体を休めないとだめだからね」


「ありがとう、そうするよ」


 三郎は返事をすると、部屋に入っていった。


 扉が閉まるとトゥームは背筋を正し、握った右手を左肩へ当てた。


 三郎が、この礼の意味を知るのは、まだ先の話である。

次回投降は12月17日(日曜日)の夜に予定しています。

また題名が思いつかず、アップが遅れてしまいました。申し訳ないです。

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