第168話 おっさんのはかりごと
カムライエの報告では、ルバリフ商会の背後にセチュバー商人の存在があるとのことだった。それも、セチュバー政府の人間だという。
「我らがセチュバーと通じていた、とでも言いたいのか」
ギレイルの後ろに控えていた騎士が、腰の剣に手を添えると、凄味をきかせた低い声で言った。机を挟み相対している天啓十二騎士と言い争っていた人物だ。
「私は上げられた報告をそのままお伝えしたまで。この場で判断なさるのは、あくまでも教会評価理事サブロー殿。剣を抜くならば、相応の覚悟を持たれよ」
騎士へ向けて、カムライエはすっと鋭い視線を送ると、感情の類を一切含まない声色で返した。
あまりにも冷たい視線に、騎士は「ぐっ」と小さく呻いて歯を食いしばるのだった。
(この騎士のおっさんは、血の気が多いのか何なのか、根性だけは座ってるよなぁ。見た感じ、天啓十二騎士の中では一番年上みたいだし「頑固おやじ」とかって言われてそう。まあ、確実に俺よりも若いんだろうけどね。ってか、そんな事じゃなくてだ・・・)
二人のやり取りをちらりと見ながら、三郎は考えを巡らせる。
(結局、ルバリフ商会ってのはセチュバーの息がかかってたってことか。竜の咆哮に魔法の細工をしたのも、ルバリフ商会がやったか、もしくは手引きしたって感じだろうね。昔からキャスールで商売してたっていうし、天啓十二騎士の見た最初の勇者の夢についても、一枚も二枚もかんでるんだろうなぁ。うーん、駄目もとで質問してみるかねぇ)
三郎は、粗々考えをまとめると「ふむ」とわざとらしい程の鼻息を吐いて皆の注目を集めた。顔に営業スマイルを浮かべるのも忘れない。
「天啓十二騎士の方々にお聞きします。三年ほどさかのぼりますが、最初の勇者が夢に出てきたという日より以前に、寝室などの改修や転居したということはありませんでしたか」
三郎の問いかけに、頑固な騎士が反論しようとしたが、カムライエの視線に圧倒されて開きかけた口を閉ざすのだった。
他の天啓十二騎士達は、互いの顔を見合わせて首を振ったりしている。
「では、そちらの騎士殿から答えてもらえますか」
三郎が最初に手で示したのは、天啓十二騎士のリーダーの男だった。
「はっ。転居はしておりません。改修などをした覚えもありません」
リーダーの騎士は、背筋を伸ばすと迷いのない声で答えた。
続いて三郎に促された騎士達も、次々と「改修などしていない」との答えを返してゆく。
「我々の受けた啓示を、何者かの策謀であったとでもしたいのか」
最後に残った頑固な騎士が、三郎に促されると憎々し気に答えた。
「事実確認を行っているだけですよ。それとも、何か思い当たる節でも」
「有る分けがないだろう。他の騎士と同じだ」
三郎が笑顔で煽ると、頑固な騎士は売り言葉に買い言葉で答えを返すのだった。
『嘘偽りの響きは、誰からも聞こえませんね』
その時、シトスの声が三郎の耳に届けられた。三郎は、呼吸に混ぜて「スィ」と了解の合図をシトスに送る。
「では、ギレイル殿にお伺いします。三年前、彼等十二名があなたの下に集うことを既知としていませんでしたか」
三郎の言葉を聞き、天啓十二騎士全員の様子が張り詰めたものになる。
「ギレイル様が、策を弄じたと」
頑固騎士が再び腰の剣に手をかけた。ギレイルの後ろに立っている他の騎士からも、三郎は剣呑とした目で見られている。
だが、三郎へと注がれていたのは、その視線だけではない。
三郎の左手側に居る騎士達も、険しい表情を三郎へと向けていたのだ。
(武器を持った十二人に睨まれるとか、生きた心地がしないんですけど。多分斬りかかられても護ってもらえるだろうけど、万が一ってこともありますし。ギレイルさん、答えをはよっ、はよぅ)
ギレイルに穏やかな笑顔を送りながら、三郎は心の中で冷や汗を流していた。
「信じてもらえるかは分かりかねますが、知り得ていなかったと申し上げておきます」
ギレイルは、三郎の質問の意図が分からぬとでも言いたげな表情で答えるのだった。
三郎の耳に、シトスから偽りの響きは聴こえないとの囁きが届けられる。
「さて、ギレイル殿の答えを聴き、一つ問題が解決しましたね」
三郎は表情を変えることなく人差し指を立てて言った。
「解決とは、どういう」
ギレイルが微かに身を乗り出し、三郎を覗きこむようにして聞き返す。
「二手に別れて花の香りがしたのしないのと、仲間同士で押し問答をする必要がなくなったのですよ」
「は・・・」
三郎が両手を広げて言うと、天啓十二騎士の中から気勢を削がれた声がもれた。
「家の改修などによって、夢見の魔法でしたか、そういったものが仕掛けられた覚えもない。更に、ギレイル殿も彼らが集うとは知らなかったと言われました」
「はぁ」
ギレイルが三郎に、一応の相槌を返す。
三郎の耳元で「ゆめみの『香』なのれす」とシャポーのかすれた声が囁かれた。間違いを指摘せずにはいられない魔導師のサガだ。
「お告げが魔法によるものなのかそうでないのかも、今となっては確認しようもないと思いませんか」
「我々の家の調査などは、行わなくても良いのですか」
天啓十二騎士の一人から疑問の声が上がる。三郎があまりにもあっさりと彼らの言葉を信じた様子だったので、逆に不安を感じたのだ。
「調べるのも良いことでしょう。そちらについては、正しき教えの方々にお任せいたします」
だが、三郎は笑顔のまま答えるのだった。
「は、いや、理事殿は何を言ってらっしゃるのか。我々の言葉を信じすぎではありませんか」
リーダーの騎士が、あまりの展開に本音を漏らした。
だが、三郎は表情も崩さずに訂正の言葉を吐いた。
「あなた方を信じているわけではありません。私は、我が友であるエルート族の『真実の耳』を信じているのですよ」
「今のところ、偽りの響きは聴こえていませんね」
三郎に合わせたかのように、シトスが半歩前に出て言った。
ギレイルと天啓十二騎士の脳裏に『エルート族は真実を聴き分ける』という迷信じみた言葉が浮かんでいた。
中には、ぞくりと身を震わせる者もいる。今までの会話において心を見透かされていたのかと、過度な怯えが生じたのだ。
高原国家テスニスは、クレタス内でもエルート族の住まう深き大森林と遠く離れた場所に位置する。
商業王国ドートのように、グランルート族と交易があるわけでもない。その為、三郎に言われるまで、エルート族の存在をあまり強く意識していなかった。
正しき教えの者達の言葉に、三郎が疑問一つ抱かない態度を見せたことで、更に彼らの畏怖の念を助長してしまっていた。
三郎としては、嘘をついても分かってしまいますよと伝えたかっただけなのだが、テスニスの地理的な風土によって予想以上の心的効果を高めてしまったのだった。
「そういう、ことでしたか」
首を横にゆっくりと振り、ギレイルは呟いた。
(この理事殿には敵わぬな。勝算ありきでキャスールに来たのだろう。竜の咆哮を観光したいなどと、我々を油断させる余裕すら見せたのだ。セチュバーの影があることも、読んでいたやも知れんな)
ギレイルの態度を見て、三郎は(さすがエルート族だなぁ。ここまで尊敬されてるのかぁ)と勘違いを深めるのだった。
次回投稿は11月29日(日曜日)の夜に予定しています。




