第167話 工作用カンパニー
おっさんは、悪魔のように認識されていることを、甘んじて受け入れねばならない状況だなと考えていた。
首の意味として、文化風習から説明をすれば、どこから中央王都に居る勇者テルキやその取りまき達の耳に入り『勇者と故郷が同じなのでは』と疑われかねないのだ。
武士や侍といった諸々のキーワードをオブラートに上手く包みながら、さらっと納得させる自信なぞ三郎にはひとかけらも無かった。
(うん。こうなったら、飴と鞭でいうところの『鞭』を手に入れたと考えよう。そうしましょ、そうしましょ。さてと、これからどうしましょうかねぇ)
きょとんとしてしまっていた表情を、普段の営業スマイルへと戻し、三郎は自分に言い聞かせるように心の中で呟くのだった。
三郎の目の前では、ギレイルが机に額を押し付けたままの姿勢で動きを止めている。
「ギレイル殿、頭を上げてください。それ程に恐縮されたままでは、話しも出来ませんから」
相手に無駄な緊張を与えないよう、三郎は静かな口ぶりで言った。
「は、はい。申し訳なく」
ギレイルは微かに震えながらゆっくりと姿勢を戻した。大粒の汗を額に浮かばせ、変わらず青ざめた顔色をしている。
ギレイルの様子を見て、三郎はそこまで追い詰められているのかと、疑問を感じずにはいられなかった。
(正しき教え勢力のど真ん中で、こっちはトゥームを入れてもたった十九人の修道騎士しかいないんだよな。あーそっか、シトスとムリューが加わるとギレイルさん達にとっては未知数な戦力になるのか。シャポーも見習い魔導師なのに、照明器具の魔法陣をあざやかな手際で見抜いちゃったもんなぁ)
三郎は八割がたの正解を導き出すのに成功していた。
加えるなら、コムリットロアに名を連ねる教会評価理事であれば、高司祭クラスの熟練した教会魔法の使い手であって当然だと考えられているのだった。防御や治癒に特化している教会魔法は、兵士が少数であってもその戦力を何倍にも引き上げることが可能なのだ。
正しき教えの立場からすれば、捕らえていた修道騎士を解放した時点で、キャスールの街のパワーバランスは良くても拮抗、悪ければ三郎側へと傾いている。
しかし、そんな三郎が教会魔法の『きょ』の字も使えないなどとは、正しき教えの面々が分かるわけもなく。当の三郎も、勘違いされているなどとは露ほども知らない。
「先ほどの会話で、照明器具とルバリフ商会の調査が進んでいると理解しました。詳しくお聞かせ願えますか」
三郎の落ち着いた声と穏やかな笑顔は、ギレイルに有無を言わせぬ圧力となって伝わった。
「はい。修道騎士の方々が正しき教えの活動を阻止するように動いていると聞きました際、その身柄をおさえる作戦を立案いたしました。その中で、取引のあったルバリフ商会の口利きで、堅牢な牢を設置できる業者を紹介された次第です。牢への改修にあたり、照明器具も新たに取り付けられたとの所まで確認がとれています。現在、改修工事を行った業者との連絡を試みていますが、所在も掴めぬ状況となっております」
「牢の施工業者が照明器具も取り付けたと、そういう事ですね」
三郎は、ギレイルの説明にふむふむと頷いた後、内容を再確認するように返した。
「はい」
「ルバリフ商会の詳細と、連絡はどうなっているのでしょう」
神妙な声で答えたギレイルに、三郎は新たな疑問を投げかける。そこに「その件に関しましては、私の方からご報告いたします」と、ギレイルと机を挟んで反対側に立っている騎士から声が上がった。
三郎が向き直り「お願いします」と答えると、騎士は敬礼を返してから再び口を開いた。
「ルバリフ商会の代表は、商業王国ドートの商工組合に籍を置く商人です。昔からクレタス西方を主として商売をしており、キャスールにも長年に渡り出入りしている商会の一つです。キャスール駐留のテスニス軍とも取り引きがあった為、我々との面識があり物資の補給を一任しておりました」
「古くから付き合いのある商人だった、という分けですね」
「おっしゃられる通りであります。現状ですが、改修の業者と同様に連絡の取れない状況となっております。ドートの商工組合に確認を行っている最中です」
「ドートに籍の有る商人というのは事実なのでしょうか」
三郎は、ドートの名が出たことに違和感を覚えて聞き返した。三郎達が推理を巡らせていた中では、セチュバーとの繋がりが色濃い商会なのではと考えていたからだ。
「その点については確認済みです。ドートの商工組合に所属しております」
騎士は深く頭を下げると言葉を締めくくった。ギレイル側の騎士から反論が出ていないところを見ると、正しき教えが持っている情報として間違いはないのだろう。
「ルバリフ商会が、最後にキャスールを訪れた日時については」
ふと湧いた疑問を三郎は口にする。連絡が付かなくなったというなら、その前後に何らかの事件や異変はなかったのだろうかと思ったのだ。
三郎の問いに、別の騎士が答えた。
「取り引きがありましたのは、ちょうど三日前になります。教会のご一同様が到着される一日前です。しかし・・・」
騎士は言い淀むと、他の者達と目配せを交わしあった。
「何か問題でも」
首を傾けて聞く三郎に、騎士は直立不動の姿勢を取り直して答えを返した。
「はっ、申し訳ありません。昨晩、理事殿の逗留先を襲撃しました兵士によれば、ルバリフ商会縁の者から話を聞いて事を起こした次第であるとのことで、調べを進めているところであります」
騎士は緊張を強めた表情で、三郎と視線が合わぬよう天井へ目を向けた状態で口を閉じた。
突然、昨晩の襲撃事件にも言及することとなり、心の準備ができていなかったのだ。
「話、ですか。伺ってもよければ、どのようなものか教えてもらえますか」
三郎は、何となく予想出来ていながらも、興味本位で内容をたずねた。
(教会の理事が、厳しい処罰を下そうとうしているとか何とかって、焚き付けられたんだろうなぁ)
聞き返された騎士は『終わった』とでも言いたげな表情をした後に一瞬目を強く瞑ると、覚悟を決めたと言わんばかりの顔になった。他の騎士達は、不安気な表情をしている。
「兵士の話しでは『高教位ギレイル様と天啓十二騎士に対し、教会の理事が問答無用で処断を決定した。その理事は首切りの理事の二つ名で呼ばれるほど残忍で、処断は間違いないだろう』と、酒場で仲間と飲んでいた際に吹き込まれたとのことです」
「首切り・・・そ、そうでしたか」
三郎は絶句しながらも、何とか営業スマイルだけは取り繕った。
天啓騎士達の間では、ひそひそと「生真面目にそのまま伝えすぎだ」だの「もっと柔らかい表現で言え」だの「二つ名のくだりはいらなかっただろう」だのと、報告した騎士を非難する声が飛び交っていた。
「正直に教えていただき、ありがとうございます。言いにくいこととは知らず、すみませんでしたね」
三郎はいまだに天井を見つめている騎士を(この人は真面目なんだね)と思いながらフォローの言葉をかけるのだった。
(ってか、二つ名ってどういうこと。斬首のイメージだけじゃなく、異名までついてるんか。まさか、正しき教え全体に広まってるなんてこと・・・いや、噂って速く伝わるからな、ありえるわぁ)
時は既に遅く、そのまさかとなっているのだった。
「サブロー理事、ルバリフ商会について報告が入りましたので、お伝えしてもよろしいでしょうか」
三郎が自分の二つ名にショックを受けていると、後ろに控えていたカムライエから声がかけられる。
シトスの精霊魔法を通してではなく、部屋全体に響いていた。
「んぉ、ええ、はい、お願いします」
動揺していた三郎は、裏返った声で返事をしながら振り向き頷く。
三郎が待ち望んでいた、カムライエの統括する機関からの情報が入ったのだ。
カムライエは、個人用の物より一回り大きめな事務用のゲージを手に、三郎の横へと進み出た。
「ルバリフ商会は、確かにドートに籍を置いています。先の話しにも出た通り創業以来、クレタス西方を主力市場として商売をしていますね」
三郎の前にゲージを置くと、カムライエは添えた手から魔力操作をおこないゲージに表示された文章の重要箇所に印を付けて行く。
三郎と、隣に立っていたカーリアがゲージを覗きこんで、カムライエの話しに相槌を打った。
「クレタス西方で商っていたのは、天然のエネルギー結晶。中央王都が人工のエネルギー結晶への移行を決定した際、巨額の負債を抱え込んでしまったようです」
「良質な天然のエネルギー結晶を大量に仕入れた後、さばけなくなったということですね」
カムライエの指さした箇所を見て、カーリアが眉根を寄せて言う。そこには、多くの数字が横並びに表示されていた。
日常では見かけない桁数が、負債の大きさを物語っている。
「その時、ルバリフ商会の立て直しに出資した商人がいました」
ゲージ内の文字をすっと先に送ると、カムライエは一人の人物名の所で止めた。
「この人物、セチュバー財務局の幹部です。名を変えてはいますが、テスニス情報機関にリストが残っていました」
カムライエの言葉を聞き、正しき教えの者達がざわめくのだった。
次回投稿は11月22日(日曜日)の夜に予定しています。




