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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第166話 満面の笑みの悪魔

 王子三郎(42)は、どう治めたものかと思案していた。


 シャポーの師匠である魔導幻講師ラーネからは「魔法を破壊すれば『めでたし』になる」と教えられていたが、どうやら事はそう簡単に運ばなかった様子だった。


「ところで、私をこの場へと案内するよう指示されたのは、どなたでしたか」


 全員の注意が、三郎の指し示した照明器具に向けられたことで、場を支配していた言い争いの空気が途切れる。その隙をついて、三郎は別の話題を差し込んだ。


(平行線で言い合いをしてる時ってのは、そこで思考停止してる場合もあるからなぁ。まずは、落ち着いてもらおうかね。俺もワンクッションおきたいし)


 三郎は穏やかな表情をつくると、机を挟む双方に視線を向けた。


 三郎の左手側には、天啓十二騎士のリーダーを含む七名が立っており、対する右手には、椅子に座るギレイルの背後に五名の騎士が控えている。


 正しき教えの司祭が三郎を呼びに来たことから、この中の誰かが命じたのだろうと考えられた。


 だが、答えを返したのは正しき教えの者ではなく、三郎の隣に立っているカーリアだった。


「私と高教位ギレイル殿の提案で、サブロー理事殿に急ぎ来ていただくことになりました」


 カーリアの言葉を聞き、ギレイルは瞑っていた目をゆっくり開くと、三郎へ姿勢を正して深々と頭を下げた。


 口を真一文字に引き結んだギレイルは、深く神妙な面持ちをしている。


「本件について、新たに表出した魔導行使法等に抵触する事案であると考えた次第です。まずは、正しき教え査察の責任者であるサブロー理事殿にご裁量願い、その上で政府機関への報告をすべきかと」


 朗々と読み上げるように言うカーリアの話しを聞き、三郎は(なるほど、そういうことか)と納得した。


 テスニスで起こっている一連の騒動において、責任者が三郎となっている。そのため、教会の管理体制コムリットロアに名を連ねている教会評価理事との立場もあり、カーリアには三郎に対する報告義務があるのだ。


 騎士個人による『思い出した』と言う曖昧な情報ではあっても、魔導行使法に違反している可能性が生じたため、カーリアは三郎への報告を第一と考えたのだった。


 三郎の記憶している限り、魔導行使法の中でも人に対する精神操作魔法の違法な使用は重罪だったはずだ。カルバリの貴族が流刑地送りになったという話を、シャポーか誰かから聞いた覚えがある。


 だが、三郎の覚えは正しくなかった。


 精神操作の軍事的な魔法ともなれば、被害の拡大を抑える為、罪人をその場で処断することが往々にしてあるのだ。精神に作用する魔法とは、それ程までに恐ろしいと考えられている。


 三郎は、カーリアとギレイルに対して「早急なご報告、ありがとうございます」と伝えながらも、内心では(こじれてる、こじれてるよ)と嘆くのだった。


「では最初に、花の香りを思い出した、という方々からお話を伺いましょうか」


「はい。我々が午後に行われる会談の準備としまして・・・」


 三郎の投げかけに、一人の騎士が敬礼をしてから口を開く。しかし、その言葉を別の声が遮った。


「お待ち願いたい。照明器具やルバリフ商会の報告を受け、それに合わせるかのように『思い出した』などと言い始める輩の話なぞ、信ずるに値せぬと考えますが」


 声の主は、ギレイル側で先ほどまで声を荒げていた騎士だった。


「なっ、信ずるに値せぬとは、無礼にも程がある。私は説明をと求めているだけ」


「無礼なのはどちらのほうか。説明などと言ってはいるが、我らの旗色が悪いとでも考え、罪の軽減でも願うつもりで言い出したのだろう」


「それ以上の愚弄は、同じ天啓十二騎士とて許さんぞ」


「許さぬのはこちらの方よ」


 互いの剣に手をかけ、二人の騎士は一触即発といった雰囲気で睨み合う。


 周囲の騎士達は、二人に剣を抜かせないように手で制してなだめるのだった。


「・・・さて、私に対する回答を遮った。それがどういう意味か、熟慮して発言されたのでしょうか」


 三郎の静かな声が会議室に響く。その顔は満面の笑みを浮かべていた。


「熟慮も何も、導きに従った騎士としてあるまじき・・・」


 声を荒げていた騎士は、三郎の異様なまでの笑顔を見て言葉の最期を飲み込んだ。


「熟慮して発言されたのでしょうか」


 三郎は、冷静に話し合いをしましょうと暗に含めたつもりで同じ言葉を繰り返す。


「いや・・・それは」


 再びの問いかけに、騎士は言い淀んでしまった。天啓十二騎士達の中で密やかに呼んでいた『首切りの理事』という、三郎も与り知らぬ二つ名を思い出してしまったのだ。


 そんな騎士の狼狽ぶりなど知らない三郎は(お、動揺してる。これは押すチャンスだな)と考えて言葉を続けた。


「一つだけ言わせてもらいます。査察における判断は、中央王都及び諸国政府より一任されています」


 営業スマイルを崩すことなく、三郎は落ち着いた声色で言う。


「魔導行使法違反ともなれば、天啓十二騎士団として全員が同等の処罰を受けるでしょう。事の仔細が分からなければ、正しき教えに傾倒した者達も、同程度の罰が下る可能性も出てしまいます。この場での言動が、多くの者の行く末を決めるということを忘れてはいけませんよ」


 三郎の話しに、カーリア含む修道騎士達と正しき教えの者達の表情が強張った。


 三郎としては『責任ある立場なのだから、発言には気を付けないと下の者まで巻き込んでしまう』との注意喚起のつもりだった。


 だが、首切りの理事というイメージを持ってしまっている者の耳には『正しき教えに従う全ての者を片付ければ解決するのですよ』と聞こえなくもなかった。


「サブロー理事殿、ご判断は慎重に下されるのがよろしいかと・・・」


 流石に驚いたカーリアが、三郎に小声で進言する。


「大丈夫ですよ」


 三郎の変わらぬ営業スマイルと穏やかな口調に、カーリアが戦慄を覚えたのは言うまでもない。


 それまで、終始口を閉ざしていたギレイルが、血の気の失せた顔をして声を張った。


「教会評価理事サブロー様、全ては私の不徳の致すところです。どんな厳罰も受ける覚悟は出来ています。彼らも含め『正しき教え』に集った者へ、寛大な裁きをお願いいたします」


 机に額を擦りつけながら、ギレイルは三郎に懇願するように言う。


 三郎の後ろに控えているエルート族や魔導師のすました表情でさえも、居合わせている者達の恐怖を助長させていたのだった。


「いえいえ、そういう事では無くてですね。事実を知ったうえで、正しき判断をしたいと言っているのです。責任を取るから許せというのは、極論だと思いませんか」


(カーリアさんが囚われてた部屋で、照明器具の件が発覚した時もそうだったけど、ギレイルさんとか天啓十二騎士の人達は、心の浮き沈みが激しくて話が進めにくいよなぁ)


 三郎は心の中で参ったなと考えながら、両手を振ってギレイルに答えた。


「責任も、取らせて頂けない・・・」


 ギレイルの額が押し付けられた場所から、汗がじわりと机の上に広がってゆく。


 その時、三郎の耳元にシトスの声が届けられた。


「サブロー、ギレイルさんの声から霞が消えています。これならば、真偽を聴き分けることが容易でしょう。ちなみに、三郎の言葉の正しい意図を仲間には伝えておきました。我々は勘違いすることはありませんので、存分に話し合ってください」


 ギレイルの声から、魔素の影響が無くなっていることをシトスが聴き取って伝えてくれたのだ。


(そっか、嘘か本当か聴き取れるなら話は速いな。勘違いしないように、正しい意図を伝えてくれたんなら・・・って、正しい意図って何のことだ)


「んん?」


 三郎は、思わずきょとんとした顔になって小さな唸り声を上げる。


「彼らは、正しき教えの全員が斬首の刑に処されてしまうと思っているようです。カーリアさんも含めてですが」


 シトスの優しい助言を聞き、三郎は昨日のことを思い出した。


(斬首のイメージ持たれてるのすっかり忘れてた。うわぁ、やっちまった。もしかして、全員斬首にしても良いんですよって、満面の笑顔で言った感じになってるのか。悪魔じゃん)


 心の中で頭を抱える三郎の耳に、シトスの小さなため息が聞こえるのだった。

次回投稿は11月15日(日曜日)の夜に予定しています。

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