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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第165話 件の照明器具

 三郎達がキャスール教会の前に到着すると、司祭服に身を包んだ男が慌てた様子で出迎えた。


 胸には、教会シンボルの上下を逆にした正しき教えの印が刺繍されている。正しき教えの司祭であることが一目で理解できた。


「教会評価理事サブロー様、お疲れのところ大変失礼いたします。どうか、急ぎ中へとお越し願いたく」


 馬車後方へと駆け寄った司祭の男は、頭を深々と下げながら三郎に申し入れるのだった。


 それに気付いた天啓十二騎士のリーダーが、馬の首を回して駆け寄って来る。


「何事か、理事殿は視察を終えたばかり。ご休憩いただき、午後には高教位様と会談の予定となっている。急ぐ理由を言わぬのは失礼であろう」


 司祭の男に、天啓十二騎士は険しい口調で言った。


「申し訳ありません。私めも、何とご説明すれば良いのかも分からずでありまして」


 司祭は、困り果てた表情を隠すこともせず、馬車の中の三郎へ再び頭を下げるのだった。


「教会内で揉め事が起こっているみたいですね。声の響きから詳細までは測りかねますが、サブローに何らかの仲裁をお願いしたいのでしょう」


 シトスが三郎へ耳打ちする。司祭の言葉から、助けてほしいという感情を聴き取っていたのだ。


 謀の類は無さそうだと、シトスは最後に付け加えた。


「理事殿の身の安全を優先するため、我々は武装したまま教会へ入ります。それでもかまいませんか」


 馬車からひらりと降りたトゥームが、修道の槍を引き抜いて司祭に言った。


「もちろん問題ありません。修道騎士団の方々も立ち会っておいでですので。ささ、案内させていただきます。こちらへ」


 安堵の表情を浮かべた司祭は、キャスール教会へと促すように手を動かし、先を歩きはじめるのだった。


(揉め事の仲裁、まーじーかー。修道騎士も既にいるとか、意味わからんのだけど。てか、理事にもなると単なる観光が『視察』とか言われちゃうのね。アタクシってば、格調高くなったもんだわぁ)


 三郎は馬車からいそいそと降りつつ、胃が重くなるのを感じながら、不安を誤魔化すように内心呟くのだった。


***


 案内されて向かっているのは、ギレイルと最初に話し合いを行った会議室のようだ。


 部屋前の廊下には、十名以上の修道騎士が思い思いの様子で立っていた。中には、どうしたものかと話し合っている者も居る。


 教会評価理事である三郎の姿を確認すると、壁際へと速やかに整列し、敬意の込められた騎士の礼をとるのだった。


(カーリアさんは廊下に居ないみたいだな。立ち会ってるっていうのはカーリアさんなのか)


 三郎は、修道騎士達へと軽い会釈を返しつつ足早に通り過ぎる。なにせ、案内を申し出た司祭の男が小走りに駆けて行くので、三郎達もおのずと急ぎ足にならざるを得なかったのだ。


 竜の咆哮に同行していた天啓十二騎士の三名も、三郎達の後に続いている。


 司祭の男が会議室の扉を開くと、最初に聞こえてきたのは天啓十二騎士の問い詰めるような声だった。


「私が最初の勇者からお告げを受けた日、寝入りの際にカルジオーネリーファスの香りがしたことを思い出したのです」


 会議用の大きな机を挟み、右手側に立っている騎士が大きな声で言った。他にも四名の騎士が険しい表情をして立っている。


 相対しているのは、椅子に座る高教位ギレイルを中心にした四名の天啓十二騎士だった。


「今更何を。我々は崇高なお告げの導きにより、ギレイル様のもとに集ったのではないか。『思い出した』などと、不確かな世迷言をこの場で口にするほうがどうかしているだろう」


 黙ったまま目を閉じているギレイルにかわり、その背後に控えていた騎士が声を荒げた。


「その導きに、疑問が生じている。ご説明を願いたいと先ほどから言っているのです」


「説明も何も、突然言い出したのは貴方であろう」


 騎士達の睨み合う机の真ん中に、三郎にも見覚えのある照明器具が置かれていた。


(照明器具の調べが進んだのかな。その中で、花の香りがしたのを思い出したとかって揉めてる感じだなぁ)


 三郎は視線だけを動かせて、両者の様子をうかがいながら考えるのだった。


「双方、一度言葉の剣を鞘におさめてください。教会評価理事サブロー殿が到着されていますよ」


 部屋の奥から、なだめるような女性の声が発される。


 机の奥には、修道騎士カーリア・アーディが腰を下ろしており、数名の修道騎士が彼女の後ろに立っていた。


 言い争いをしていた天啓騎士達は、三郎の到着に既に気付いていた様子で、カーリアの言葉に唸るような返事をすると口を閉ざした。


 カーリアは「サブロー理事、こちらへ」と言って立ち上がると、座っていた椅子を引いて見せた。


(あ、はい。この場をどうにかしろと、そういうことですね。一応、どうしてこうなったのか説明くらいはしてくださいよ、カーリアさん。いやまじで)


 三郎はトゥームへと視線を送る。トゥームに頷き返されると、観念してカーリアの席へと進むのだった。




 カーリアの説明によれば、修道騎士達は午後の会談に備えて、安全を担保するためにキャスール教会へと入ったのだと言う。


 話し合いの準備は粛々と進められており、照明器具やルバリフ商会の調査についてや、昨夜三郎達を襲撃した兵士の聴取の進捗報告などなど、カーリアはギレイルから直々に会談の流れを確認していた。


 その時、三郎達が『竜の咆哮』の視察を終え、帰路についたとの報告が入れられた。


 会談の準備も整い、カーリアも教会の建屋内に危険は無いと判断していた矢先、天啓十二騎士の数人が集まって何やら言い争いが始まった。


 ギレイルが仲裁に入るも、天啓十二騎士達は二手に別れて現在に至っているとのことだった。


 片方は「勇者の夢を見た夜、カルジオーネリーファスの花の香りがしたのを思い出した」と言い、片方は「そのような覚えはない」と言う。


「照明器具に仕掛けられていた法陣には『最初の勇者』という文言が組み込まれていたと、正しき教えの魔導師の報告にあったようです。猜疑心がそこから発生したのかもしれません」


 カーリアは、テーブルの上にある照明器具を指して報告を終えると、三郎の座っている椅子の横で直立不動の姿勢となって背筋を張った。


「そのようなことが、あったのですね」


 三郎はゆっくりと双方を見比べると、テーブルに肘をついて目を閉じた。


 口元に手をやると「そうですか、そうですか」と言って、ぶつぶつと考えを巡らせている『振り』をして独り言を呟き始めた。


(ああ、お昼を食べながら皆と打ち合わせしようと思ってたのになぁ。ぶっつけ本番になったぁ。カムライエさんの部下からの報告も来てないってのに)


 そう心の中で泣き言をいいながらも、三郎は呟きの中に混ぜて仲間に話しかける。


 三郎の声色から「助けてぇ」というメッセージを聴き取ったシトスは、声を届かせる精霊魔法の準備を終えてくれていた。


『シトス、シャポー。魔素って、もう、キャスールは、通り過ぎてるのかな』


『無いと思いますよ。我々に先んじて風と大気の精霊は流れていきましたからね』


 シトスから、小声とは思えないほど滑らかな言葉が返される。


『ましょ、み、みぃあたら、ないでぅ』


 シャポーが必死に唇を動かさず「魔素、見当たらないです」を伝えようとしてきた。


『ありがと』


 なんとかシャポーの言いたいことも聞き取った三郎は、二人に了解の意味を込めて礼を返した。


(やっぱ、シトスは腹話術だな、後で絶対やってもらおう。この場を上手くおさめたら、ご褒美にみせてもらうとしよう。だから・・・頑張ろうかね。はぁぁ、気が重い)


 三郎は、心の中で大きなため息をついてはいたが、表面上はポーカーフェイスで取り繕う。


「さて、予定通り会談という雰囲気ではないのは、カーリア殿からお聞きして、大まかではありますが理解しました。そちらに立っているお三方は、どちらに」


 扉の近くで立ち尽くしている三人の騎士に、三郎は話を振った。


「我々、は」


 天啓十二騎士のリーダー格の男が言い淀むのを余所に、一人の騎士が迷いなくギレイルの後ろへと進む。


 三郎の促がす仕草をさらに受けて、残った二人はギレイルとは逆の方へと歩みを進めるのだった。


「お前達、導きに従い集いながら、何と言うざまだ」


 ギレイル側で先ほど声を荒げていた騎士が、二人の行動を非難する。


「待ってください。まず矛先を向けるべきは、そこにある物へではないのですか」


 三郎は大きく手を振りかぶって声を張った。


 その手の示す先には、カーリアが閉じ込められていた部屋から取り外した、件の照明器具があるのだった。

次回投稿は11月8日(日曜日)の夜に予定しています。

ちょっと時間早めですが、長くなりそうなので区切りの良い所でアップさせてもらいました。

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