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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第163話 唇

「うおお、こいつは圧巻だ」


 三郎は、巨大間欠泉『竜の咆哮』を見上げながら、感動の声を上げていた。


 地表から空へと逆流する滝のごとく、竜の咆哮は凄まじい音を轟かせて、三郎達の前にそびえ立った。


 自ら吐き出す蒸気をも巻き込み、落下しようとするものを更に突き上げ、巨大な湯の柱は天を貫く。


 三郎のあげた大きな声は、竜の咆哮のたてる音に飲み込まれ、簡単にかき消されてしまうのだった。


(エルート族って、こんな轟音の中でも耳は大丈夫なのかな。人族より良いってことは、俺達よりも更に大きく聞こえちゃうんじゃないか)


 今更ながらに思った三郎が、シトスやムリューの様子をうかがう。


 シトスは、シャポーと竜の咆哮の吹き出す穴付近を指さして、目に付いたものを平然とした様子で確認し合っている。


 ムリューはといえば、三郎達から数歩引いた場所に立ち、トゥームと並んで竜の咆哮の雄姿を見上げていた。当然、二人の意識は天啓騎士達の動きに向けられており、竜の咆哮に目を奪われている『ふり』をしているのだが。


(優れた聴力ねぇ・・・単によく聞こえるってだけじゃないってことですか。御見それいたしました)


 心の中でぺこぺこと頭を下げながら、三郎は竜の咆哮へと向き直る。


 その時、三郎は自分も含めてシトスやシャポーと一緒に、柵の傍にいたはずのカムライエの姿が消えているのに気付いた。


(おんやぁ。今までそこに居たのに、どこへ行ったんだろう。って、天啓十二騎士のリーダーさんと談笑してる。シトスが『怪しまれそうだったら教えろ』みたいに言ったから、自分の役割を把握して即座に動いたのね。相手の注意も引けるし、変化にもすぐに気付けるってところか)


 仲間の優秀な立ち回りに、自分の仕事は無さそうだなと考え、三郎は肩をすくめて竜の咆哮を再び見上げるのだった。


 そんな三郎の背後に、トゥームがすっと近付く。


「ちょっとサブロー、ちらちらと周りを確認してたら、それこそ怪しまれちゃうわよ」


 落ち着きのない三郎を見かねたトゥームが、三郎の耳元に口を寄せて囁いた。トゥームの視線は、竜の咆哮へと向けられたままだ。


(近ぁっ。口が耳にくっつきそうな距離、おじさんどきどきしちゃうだろ。不意打ちで耳に息がかかるとか、心臓に悪すぎるって。まぁ、トゥームは無意識なんでしょうけどねぇ)


 ちらっと目の端に入ったトゥームの艶やかな唇から視線をそらし、三郎は(思春期かよ!)と自分に喝を入れながら返事をする。


「いや、ははは。皆がどんな顔して、この絶景を見てるのかなって」


「ぷっ」


 三郎の言葉を聞き、離れた場所にいるムリューが吹き出した。思春期かよと内心で叫んでいる三郎の声音が、彼女のツボに入ったようだ。


 幸いなことに、竜の咆哮から響く音にかき消され、誰にもムリューの笑い声は聞きとがめられなかった。


 だが、ムリューのちょっとした変化に気付いたトゥームは、疑問の浮かんだ視線をムリューへ向ける。


「何か面白いことでもあったのかしら。ムリューってば、すごい笑顔向けてくるんだけど」


「注意されるおっさんが微笑ましかったんだろ。な?」


 最後の『な?』に、ムリューへ向けた『そういうことにしといてください』という響きを含ませ、三郎はムリューへ笑顔を返した。


 微笑み合う二人を見て、トゥームが「ふーん、そう」と納得したような相槌をうつ。


 そして、三郎の背中に軽く手を添え、再び至近距離で囁いた。


「それじゃ、気をつけてね」


「うおう」


 思わず身震いして返事をする三郎に、トゥームは知ってか知らずか笑顔を残して戻って行くのだった。


(トゥームさん、実は分かっててやってないかい。おっさんをからかっちゃいけないぜ、ベイビー)




 三郎達のやり取りを余所に、シトスとシャポーは真剣に『違和感』を探していた。


 シトスは、精霊達の動きを頼りに、仕掛けられた魔法の有無を見極めようとする。シャポーは、純粋に大気や大地の魔力の流れを追っていた。


「精霊が近付いていない場所は三つほどのようですね。シャポーさん、あの三点の地表付近が見えますか」


 シトスが、蒸気で霞む先を指さして言う。


 その場所は、湯の吹き出している穴を中心に正三角形を形成していた。


「シャポーの眼にも三つの岩付近の魔力の流れが、自然の状態とは異なってるのが見えました。あそこと、あそこと、あそこなのです」


 シャポーも、シトスが示した付近に人差し指を向けて答えた。


 シトスの精霊魔法によって、二人は轟音の中でも小さな声でやり取りすることが出来ていた。


「水の精霊の様子からして、間欠泉の湯の中に違和感は無さそうですが」


「ですです。岩に内在させた三点の法陣によって、点と辺の数を乗算した九深度の魔法が仕掛けられているのですよ。他の座標にベクトルを向けた魔力の流れが見られないので、法陣は三つだと考えられるのです。間欠泉と垂直に交わる平面が形成できるので、位置も間違いないのです」


 互いの見立てが一致したのを確かめると、シトスとシャポーは眼の光を消した。 


「サブローさま、魔法の仕掛けられた場所が分かったのです」


「んお、おお。魔法の有無だけじゃなく、場所まで特定できたのか。二人とも流石だな」


 竜の咆哮を見上げていた三郎は、シャポーの声で我に返ったように返事をする。


 トゥームに注意された後、ここでの役割の無い三郎は、ただ竜の咆哮を見上げて(長いこと出続ける間欠泉ですねぇ)などと考えていたのだった。


「さすがなのですよ。えへへへー」


 三郎に流石と言われ、シャポーが嬉しそうに笑った。


「ちなみに、どこら辺に・・・って、俺が聞いても意味無いか」


「そんなことは無いのです。場所はですね、あそこと、あそこと、あそこの同じ形をした大きな岩なのですよ。岩自体が法陣を形成するようシンボライズされているのです」


 シャポーの指し示した場所には、周囲よりも一回り大きな岩があるのが三郎の目にも見て取れた。


 だが、岩と岩は離れた場所にあり、教えてもらわなければ同大の物だとは気付けそうもない。場所によっては、それらよりも大きな岩が張り出している場所もある。目を離せば、景色に紛れてしまいそうだなと三郎は思うのだった。


「遠目だけど、そこそこ大きな岩だよな。傍に行ったら俺の背丈よりもありそうだ」


「かもですね。間欠泉の振動で動かない程度の重量が必要だったのでしょう。それにですね、場所に固定化させる魔法もかけられていると考えられるのです」


 三郎とシャポーは、眉間にしわを寄せて、展望台から一番近場にある岩を観察するように見ながら言葉を交わす。


「ラーネさんは、ぶっ壊しちゃえとか言ってたけど。それ程簡単にいかなそうだよな。頑丈そうだし」


 剣も魔法も使えない三郎には、岩を破壊する手立てなど浮かびようも無かった。


 だが、隣の魔導師少女から「ふっふっふっ」と思わせぶりな笑い声がもれる。


「今こそ、サブローさまに教わった成果を見せる時なのです」


 得意気に言うシャポーに、三郎はきょとんとした表情を返した。心の中では『何か教えましたっけ?』と疑問符が飛び交う。


「音を隠すには、音の中なのですよ」


 そう言ったシャポーは、唇を突き出した形に固定すると、見ていた岩に向けて照準を合わせた。


(教えたって、口笛のことか。太古の魔法とか何とか言ってたっけ。練習、頑張って続けてたのね。何て偉い子なんでしょうか)


 相も変わらず、顔全体に力が入っているが、しわくちゃという程ではなくなっている。


 目標を定めたシャポーの口から「ッヒュー!」と、お世辞にも上手いとはいえないながらも高い音が放たれた。


 シャポーの口笛は、即座に竜の咆哮の上げる轟音に飲み込まれたが、太古の魔法は確実に効果を発揮する。


 口笛の音が消えたと同時に、狙っていた岩もどこぞへと消え去っていたのだった。


 魔法の効果の凄さとは別に、おっさんは思いをはせる。


(唇ねぇ。色っぽさの違いなのかなぁ)


 突き出したままのシャポーの唇を見ながら、三郎はとても失礼なことを考えるのだった。

次回投稿は10月25日(日曜日)の夜に予定しています。

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