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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第162話 眼ビーム二人

 三郎達が馬車から降りたのは、まだ少しばかり竜の咆哮まで距離のある停車場であった。


 巨大な湯の柱は、停車場に着くころには青空に湯気の痕跡だけを残し、大気を震わせるような轟音もおさまっていた。


「ここからは徒歩になります」


 馬車から降りた三郎に、カムライエが細い遊歩道を手で示す。


 停車場といっても、岩場の中に平地として整備されただけの開けた場所で、三郎の思い描くような観光名所という雰囲気ではなかった。当然、土産物屋の一つも見当たらない。


 周囲に見えるのは、蒸気が吹きだしている岩の割れ目や、源泉の成分によって変色している岩々ばかりだ。


「まだ、けっこう距離がありそうだけど。水柱も終わったばかりだし、見れるのかな」


 三郎が示された遊歩道の先へと視線を送って言った。


 その道は、なだらかな坂道の向こうへと姿を消している。


「整備できるような平地が、ここしか無いのが理由ですね。その勾配の先に、竜の咆哮を一望できる場所がありますので、歩く時間は心配されるほど長くはないですよ。竜の咆哮も、再び吹き上げる頃合いかと思います」


 つぶやいた三郎に、カムライエが笑って答えた。三郎は(あんな規模の間欠泉が、そんなに頻繁に上がるのか)と内心疑問に思うのだった。


 三郎以外の面々も馬車から降り、各々歩く支度を済ませている。


「トゥーム。修道の槍、持っていくんだ」


「当り前じゃない。私が貴方の『剣』だってこと、忘れてもらったら困るんだけれど」


 三郎の目の前には、専用のグリーブと籠手を装備し、修道の槍を右手に持ったトゥームが立っていた。方眉を上げて、三郎をうかがう表情をしている。


「忘れたわけじゃないけどさ」


 トゥームの後方にいるグレータエルート二人にも、三郎は目を向けた。


「昨日の今日ですからね。何があるか分かりませんので」


 シトスとムリューも携帯用の腰袋を身に着け、戦場さながらの格好をしていた。


 政府の役人としてついてきているはずのカムライエも、あからさまに帯刀しているのだった。


(観光って感じじゃないよな。正しき教えの人達も、何だか二つの部隊に編制しなおしてるし)


 天啓騎士団は、停車場を護る部隊と三郎達を護衛する部隊とに分かれ、下馬した部隊が馬を繋ぎ場に止めている所だった。


「シャ・・・シャポーも、備えをしておくのです」


 周囲の雰囲気にのまれたシャポーが、慌てて馬車へと引き返す。


 何をするのかと皆で眺めていると、おもむろに自分の大きな旅用バックパックを引きずり出して背負おうとした。


「いや、シャポーさん、荷物全部はいらないと思うよ」


 三郎は近づくと、なだめるようにシャポーの肩に手を置いた。


 シャポーの旅用バックパックには、着替えや食料、お菓子などなどが詰まっているのだ。


「必要な物だけでいいのよ。ほら、降ろしなさい。魔法を見つけたり解除する道具があるのなら、それだけ持てばいいから」


 そう言い、トゥームが荷物を馬車に戻すのを手伝う。


「そ、そうでした。必要な準備はもうしてあるのでした」


 シャポーは、ぴんと立てた人差し指で、何度も自分の頭を指さした。頭の上では「ぱぁぱぁぱぁ」と嬉しそうな声を出し、ほのかがシャポーの動きを真似していた。


(自分の出番だと思って、また緊張し始めちゃったのか。こめかみを何度も叩いてるけど、大丈夫かなぁ)


 鼻息も荒く気合の入った魔導少女に、おっさんは微かな不安を覚えつつ出発するのだった。


 見えていたゆるく長い坂の遊歩道を登りきると、景色は様変わりする。


 お椀の底状の大きなくぼみが眼前に広がり、その中央にぽっかりと地下へと続く穴が口を開けている。


 巨大な穴からは蒸気が立ち上り、煮えたぎる湯の音が低くぼこんぼこんと辺りの地形に木霊していた。


「おおー、凄い眺めだな。竜の咆哮ってクレーターの中心にあるのか」


 三郎が感動の声を上げる。三郎達が立っているのは、お椀の端に位置する展望用の場所だ。


「えぐられた様な形をしてるのね。私も初めて見るから、これ程大きいとは思ってなかったわ」


 トゥームも、眼下に広がる光景を見て感嘆の声を上げた。


「これはですね、吹き上がる大量の湯水が侵食して、お椀状の地形になったのですよ。元は平地で、大地の亀裂から吹き上げる間欠泉だったとの論文が出ているのです。お椀の底の方は、クレタスの結晶構造の岩盤の一部が露出して見えていてですね、クレタスの地質学的な歴史が一目で解る場所だと言われているのですよ」


 シャポーが、絶景に目を輝かせながら知識を披露する。


 目を凝らすと、お椀の内側は何種類もの地層が積み重なり、美しい縞模様をつくりだしているのが分かった。


 地質的な浸食速度の違いによるものなのか、所々岩の崩れた斜面も散見され、三郎はシャポーに言われなければ、自然の作り出した模様にも気付かないところであった。


「まぁ、これだけ開けた場所なら探し物も見つけやすい・・・。というか、下に降りる道がないような」


 三郎は、護衛の天啓騎士に聞こえないよう小声で言いながら、はたと気づいて周りを見渡す。


 展望スペースは腰高の柵で囲われており、窪地の底へと続く道はないようだった。


「窪地の地下は、巨大な空洞が幾つも広がっていると言われており、展望台より先は立ち入り禁止となっているんですよ」


 カムライエもお椀の底を見下ろしながら言った。


「それって、あれか。自由に歩き回って調べられないってことになるよな。え、どうすんの」


 三郎は口に手を当てて、小さいながらも焦った声色で言葉を返す。


 事前の打ち合わせでは、竜の咆哮へ近づいて、シャポーが魔力検知の視力を使って魔法を見つけ出し、秘密裏に法陣を破壊するという手筈になっていた。


 大々的な解除魔法等を使えば『教会の査察団が、正しき教えを貶める魔法を竜の咆哮に仕掛けた』と言われかねないと考えたためだ。


 三郎は、間欠泉の近くを歩き回って捜索するものだとばかり思っていたのだった。


 立っている場所から竜の咆哮が吹き上げる穴までは、その直径の倍以上離れているように見えた。三郎が元居た世界で考えれば、短距離のトップアスリートでも九秒はかかる距離だ。


「サブローさまは何を言ってるのですか。竜の咆哮に『これ程』近付いているのですから、問題ないのですよ」


 笑顔で振り向いたシャポーの両目は、薄緑色の光を放っていた。


(こわぁ!)


 目を発光させるシャポーを、間近で直視した三郎の感想がその一言だった。笑顔だから尚更怖い。


「私も手伝いますから時間はかかりませんよ」


 三郎が声の方へと振り返ると、青白い光を目から発するシトスの笑顔があった。


(こっちも、こええわ!)


 三郎の恐々とした心を余所に、眼からビームコンビが竜の咆哮へと向き直る。


「天啓騎士が気付きそうになったら知らせてください」


 シトスの使った小さな精霊の囁きに、ムリューとトゥームが了解の合図を返した。


 同時に、響いていた湯の沸く音が大きくなると、竜の鳴き声とも評される巨大間欠泉が空高く吹き上がるのだった。


次回投稿は10月18日(日曜日)の夜に予定しています。

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