表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
162/312

第161話 巨大すぎる湯の柱

 カムライエとシトスが玄関へと近付いた時、再びドアノッカーが鳴らされる。


 三郎達は、玄関ホールから二階へと続く階段の下に集まり、迎撃の態勢を整えていた。


 なぜなら、シトスとムリューが耳を澄ませても、雑談一つ聴き取ることが出来なかったのだ。微かに拾えた呼吸の音からも、緊張だけが強く響いてくると言う。


 そのため敵とも味方とも判断できず、昨晩と同様で室内を利用した迎撃が妥当であると判断したのだ。仮に邸宅の裏手から逃れても、馬の脚で追いつかれるのは明白といえた。


 トゥームは、玄関ホールの真ん中に立つと、馬車から外しておいた修道の槍を構えて扉を見据える。御者であるミケッタとホルニも、三郎の前に並んで立ち、剣を抜く構えをとっていた。


 外の軍勢は、建屋を取り囲む動きを見せるでもなく、車寄せも兼ねた正面敷地内に整然と並んだままでいる。跨る馬も、軍馬としての訓練を受けている様子で、騎手に従い大人しくしていた。


 グレータエルートであるシトスとムリューの耳には、時折馬が鼻を鳴らす音だけが一際大きく聞こえてくるのだった。


「大軍を率いられている様子。理事殿の案内にしては多いと感じますが、何事かありましたか」


 扉を開けぬまま、カムライエは外にいる人物へ言葉をかけた。


 外には三人の気配があり、カムライエの質問が予想外だったのか、返答について一言二言確認し合っている。


「敵ではないですね。我々を警戒させたことに、今しがた気付いた様子です。昨日お会いした天啓十二騎士のうちの三名ですよ。声に聞き覚えがあります」


 シトスは肩の力を抜くと、表情を和らげて聴き取った内容を伝えた。


 三郎達が高まる緊張から解放されたと同時に、カムライエの質問に対する答えを見つけたのか、天啓十二騎士から言葉が返された。


「失礼いたしました。昨日お目にかかりました天啓十二騎士の者です。手違いとお考えいただきたいのですが、当方兵士による襲撃があったと報告を受けており、教会評価理事殿の警護に万全を期すため天啓騎士団を伴い参上いたしました。高教位ギレイル様より、くれぐれも間違いのないよう言いつかっております」


 その緊張した色合いの濃い声には、三郎も聞き覚えがあった。天啓十二騎士の中でもリーダー格であった人物の声だ。


 内容に偽りがないか、カムライエは確認するようにシトスへと視線を送る。


 シトスが、大丈夫だと深く頷き返した。


「左様でしたか。ご苦労様です」


 カムライエは言いながらも、腰の剣に手を添えたままゆっくりと扉を開けた。


 扉の前には、天啓十二騎士の鎧を着た三名が、背筋に針金を入れられたかのように真っ直ぐな騎士の礼をとって立っていた。


「ちょっと考えれば、私達が警戒するって分かりそうなものよね。シトス達がいなかったら、無理にでも軍を引かせてるところだわ」


 トゥームは、三郎の傍まで近寄ると呆れ顔を浮かべて言う。


「確かに昨日の今日だし、連絡の一つも入れておいてくれれば、こっちも安心したのにな。その辺のちょっとした心配りとか、ギレイルさんって出来なさそうな感じだよな」


 話しの後半を小声にして、三郎はトゥームに返した。


「ほんとよね。まったく」


 三郎が同意したことで留飲を下げたのか、トゥームはため息混じりに玄関の方へと歩き出した。


 ミケッタとホルニは「驚かさないでほしいぜ」だの何だのと溢しながらも、馬車の準備をするために小走りに出て行くのだった。




(昔の参勤交代の大名行列って、実際こんな感じだったんかね。いや、あれは何千人規模とか教わったから、もっと凄いのか。しかし、これはこれで目立つよなぁ)


 三郎は、乗り慣れたクウィンスの牽引する馬車に揺られながら、後方に続いている馬の隊列に目をやった。


 教会馬車の前には、天啓十二騎士の三名が先導するかたちで馬を進めている。


 一行はキャスールの街中を通ると、北西にある門から出てクレタ山脈を目指した。


 緩やかに続く上り坂は、広葉樹の森の中を通っていた。観光地なだけあって、道はきれいに整備されており、二列縦隊で進む天啓騎士団も横幅に余裕をもって進むことができた。


「この広葉樹林帯はですね、クレタ山脈から吹き下ろす強い風を和らげる働きをするのですよ。数ある間欠泉から吹きあがる大地の栄養素が、風に乗って森を豊かにしているのです。ここはクレタスでも一番標高の高い森と言われていてですね、森と風と大地が絶妙にバランスを取って形成されているのです」


「そう言われてみれば、首都からキャスールにくるまでの道は、こんな森みたいじゃなかったもんな」


 瞳を輝かせて説明するシャポーに、三郎が頷きながら返事をする。


「栄養素の行き渡る範囲や寒暖の程度などなど、植物学的にも地質学的にも興味深い場所と言われているのです」


「本当、豊かな森であるのは間違いないみたい。風の精霊も楽し気に舞っているし、森の精霊達もいきいきとしてる」


 得意気に知識を披露するシャポーに、ムリューが窓外の森を見ながら目を細めて言った。


「ってことは、そろそろ葉も色付き始めて紅葉がきれいな景色になったりするのか」


 三郎が、夏も終わりに近かったなと思い出して言う。


「葉も色付き始めるなんて、サブローにしては洒落た表現でいうじゃない。確かに、もう少しすれば赤一面に彩られることで有名なのよ」


「俺にしてはって酷すぎじゃないですかね」


 トゥームが頬杖をついて言うのに対し、三郎がおどけながら文句で返した。


「落葉広葉樹の森ですので、それはそれは色とりどりの紅葉が目白押しなのですよ。葉が落ちるとキャスールの町は風が強くなるので、北西側の壁は防風のために有ると言っても良いのです。そしてですね、ちょうど森と風と大地のバランスが崩れるラインがそろそろかと・・・」


 言いながら、シャポーが窓から顔を出して前方を確認する。


「シャポーさんは、本当に広い分野で博識なのですね。言われている通り、程なく森を抜ける頃合いだと思いますよ」


 カムライエが、シャポーの知識に感心しつつ言った。


 ちょうどその時、窓の外の景色が一変する。


 草木の生えない土が見えたかと思うと、次には岩肌の荒々しい様子へと変化した。


「うお、本当に突然森を抜けたな」


「興味深いのです」


 驚いた三郎は、シャポーと同じように窓の外に顔を出すと、馬車の前方の景色と後ろに遠ざかる森を交互に見比べた。


 進行方向には露出した岩がごつごつと並び、その後方にクレタ山脈の雄々しい姿がそびえ立っている。


 岩の隙間やくぼ地からは、所々に湯気が上がっており、風向きによって硫黄の香りが漂っていた。


「硫黄泉なのかね」


「キャスール地方の温泉は、様々な成分を含んだ多種多様な源泉が吹き出しているのです。硫黄泉は、中でも数が少ない方かと思うのです」


 三郎の呟きに、シャポーが律儀に答えを返す。


 シャポーの言葉通り、赤い酸化鉄系の色をした岩地や、湯の流れている周辺が白い成分で固まってしまっている浅い川もある。そうかと思えば、硫黄が吹き出している黄色い岩地も遠くに見え、他に青や緑といった様々な色の池があちらこちらにみられた。


「おお、ファンタスティック源泉地帯。こんなに色んな成分の温泉って、一部の地域で出るもんだっけか」


「それはですね、クレタスの誕生から今の形になるまでの過程と、クレタ山脈の稜線の向こう側に理由があるのです。ご説明すると、地質学やらクレタスの歴史やら科学的な成分の結合に至るまで、とぉーっても長いお話になるのですが・・・」


 三郎の何気ない質問に対し、シャポーは空中に視線を漂わせて、多岐にわたる分野の知識を引っ張り出しながら言った。


 説明好きのシャポー大先生が『長くなる』と豪語するのだから、それはそれは長くなるのだろうと三郎は察する。


「手短にお願いします」


「んーっと・・・ですね!クレタスを形成する硬い岩盤層の細かなひび割れから高温の源泉が出ていて、山脈の向こう側の成分や大昔海底であった頃の地質により、多種多様な成分が溶け出しているのです。元素や魔含元素が混ざりあうことで、その数も増えているのです」


 三郎の無茶な注文に、シャポーは『閃いた!』といった顔をして答えるのだった。


「へぇ~って、大昔海底だったの?」


「ミソナファルタの大隕石が衝突して生まれた頃は、クレータの内部に大量の海水が流れ込んでいたと考えられているのです。地下の石灰層はその頃に出来たと言われていま・・・はひゃぁぁ!」


 更なる質問に答えていたシャポーが、突然大声を上げて身をすくめた。


 三郎も「うおお!?」と言って窓の縁にしがみつく。


 馬車を震わすほどの轟音とともに、大地が揺れたのだ。


 大地の揺れは、ほんの一瞬でおさまったが、空気が震えるような轟音は鳴り響いている。


「おいおいおい、この音は、やばすぎるだろ」


 血相を変えた三郎が、馬車の中に向かって大声をあげた。しかし、半笑いのトゥームと目が合った。


「竜の咆哮なのです。突然なのでびっくりしちゃったのです。かなり近くまで来ていたのですね」


 興味津々といった声で言うと、シャポーが再び窓の外に顔を出す。


「竜の咆哮って、間欠泉の音、なのか」


「とても『有名』な観光名所だからね、いつ吹き上がるのか楽しみにしてたくらいよ」


 椅子からずり落ちる三郎に、トゥームが笑いながら言った。いまだに轟音は鳴り続けており、馬車がそれに向かって進んでいるのが分かる。


「知ってたのかぁ。教えておいてくれても良かったのに」


「ちょっとはびっくりしたのよ。でも、サブローのリアクションの方が、思ってた以上に面白かったわ」


「・・・さいですか」


 恥ずかしそうに頬をかく三郎に、トゥームが笑いながら返すのだった。


 シャポーののぞいている横から顔を出し、三郎も音の方向を確認する。


 大量の蒸気を巻き上げて、太い柱が天へと伸びている光景が飛び込んできた。


(心臓飛び出すかと思った。まだ近くでもないのに凄い音だなぁ。湯が上がる音と落ちる音、風や蒸気を巻き上げる音とか、色々混ざってるみたいだ。ん?って、うそだろ。あの間欠泉、超巨大じゃね)


 三郎の向かう先には、直径五十メートルにも及ぶ湯の柱が、大きな唸り声を上げてそびえ立つのだった。

次回投稿は10月11日(日曜日)の夜に予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ