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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第160話 迎えの者

 三郎は、思った以上にすっきりとした目覚めで朝を迎えた。


 昨晩、正しき教えの兵士による『襲撃未遂』があったため、トゥームやシトスそしてムリューにカムライエといった戦闘に秀でている面々が、交代で警戒の番に当たることとなった。


 シャポーも警戒する一員に加わると言っていたのだが、間欠泉に仕掛けられているであろう魔法の発見と解除の時にメインとして働いてもらうのを理由に、皆から十分な睡眠をとるよう勧められて警戒のメンバーから外れていた。


 三郎はと言えば、侵入者の気配を察することが出来るわけでもなく、シトス達のように耳が良いわけでもない。寂しいことに、頭っから警戒の人員に数えてもらえなかった。


 布団に潜り込んだ際、三郎の胸中には少しばかりの申し訳なさと『襲撃があったのに呑気に寝れるわけないよなぁ』という気持ちがあったのだが、ぐっすりと深い眠りについてしまうのだった。


 壁にかけられた時間計に目をやると、三郎はその視線を窓へと向ける。カーテンの隙間からこぼれる優しい光が、広がる青空を想像させた。


(俺も神経図太くなったもんだよなぁ。朝日が出て少し経ったくらいかぁ、正にグッドモーニングって気分だよ。いやいや、これは仲間への信頼あってこそでございます、ありがたやーありがたやー)


 三郎は、自分の図太さを棚に上げながら、大きく伸びをしてベッドから出ると着慣れた司祭服に腕を通すのだった。




「あら、おはようサブロー。早かったわね、よく眠れなかった?」


 一階のダイニングルームで朝食の支度をしていたトゥームが、起きてきた三郎に声をかけた。


「んや。おかげさまで十分な睡眠をとらせてもらったよ。トゥームは寝不足とか大丈夫か。朝食の支度までしてもらって悪いな」


「寝れたのなら良かった。私は、短い時間で質の良い睡眠をとる訓練を受けているから問題ないわ。誰かさん二人に挟まれて、いびきと歯ぎしりを一晩中聞かされた時よりは、よっぽどね」


 トゥームは悪戯っぽい笑顔を見せると、食器を並べるのを手伝い始めた三郎に背を向けて台所へと姿を消した。


 扉の向こうからは、パンの焼ける香ばしいかおりが漂ってくる。


「ははは、シャポーと俺のワイドサラウンドは、鍛錬された修道騎士様でも耐えられなかったか」


 深き大森林に行った時、中継基地で一泊したのを思い出しながら、三郎は八名分の皿をテーブルに並べた。


(普段は、森林の観光用に使ってる施設だってパリィが言ってたよな。騒動に一段落ついたら、のんびり森林浴に行くってのもおつだなぁ。森の様子も気になるし)


 運ぶものは無いかと思い、三郎が台所へ足を向けると、シトスとトゥームの話す声が聞こえてきた。


「シャポーなんて歯ぎしりの合間に寝言を挟むんだもの、大丈夫かなって心配になっちゃったわよ。キリキリ『解析するのです』キリキリキリって」


「そうでしたか。それ程シャポーさんは、我々を助けに来るのを責任重大だと考えてくれていたのでしょう」


「考えすぎな程にね。向かってる馬車の中から緊張してたもの」


 シトスとトゥームは、朝食の支度をしながら他愛ない会話を交わしている。


 調理台の上には、野菜を煮込んだポタージュスープが大鍋の中で湯気を立てていた。人参が主として使われているのか、薄い紅色をしたスープは、パンの焼けるにおいと相まって食欲を駆り立てる香りを三郎の鼻に届けた。


「お早うシトス。美味しそうなスープだな」


 三郎が声をかけると、シトスが振り向いて挨拶を返した。


「ニンジンのポタージュですよ。他にも色々と野菜が入っていますので、朝食の栄養バランスにはとても良いものです。エルートの間では朝の定番の家庭料理ですね」


「シトスが作ったのか。へぇ~」


 三郎が、鍋を覗きこみながら意外そうな声を上げる。


「その声の響き、サブローは料理があまり得意ではないんですね。味見してみますか」


「いや、後の楽しみにしておくよ」


 三郎の感嘆の声を聞き、シトスが嬉しそうな表情でつまみ食いを勧めて来たが、三郎は手を上げて断った。皆が揃ってから食べた方が、美味しさも倍増するだろうと考えたのだ。


「楽しみって言うなら、こっちも中々のものよ」


 トゥームが口の端をにやりと上げて、三郎にある物を見せてきた。


 その手に乗せられているのは、調理された一塊のブロック肉だった。


「ウェルッカの肉かな。大きいな」


「ふふふ、単なるウェルッカじゃないのよ。キャスール産のウェルッカ、ブランド名ウェスール肉よ」


 トゥームが得意気に語る。が、三郎はキョトンとした顔で肉を見つめた。


(あー、何々牛だの何とか豚だのって産地でブランド肉があったな。こっちの世界にもあって当然か。キャスールって観光地だけど、畜産も盛んなのかねぇ)


 三郎は自己解決すると「特産品の美味しいウェルッカ肉なんだな、そりゃぁ楽しみだ」と言葉を返した。


「ちょっとサブロー、反応が薄すぎるわ。最高級のウェスール肉のブロックなのよ。カムライエが変に気を利かせて買っていなかったら、絶対に私は買わないお肉なんだから」


 トゥームは諦めた表情で首を振ると、まな板の上にブロック肉を丁寧に置いた。


「そんな珍しいものなのか」


「そんな貴重なお肉なのよ」


 三郎の声にこたえながら、トゥームはミートフォークとナイフを巧みに扱い肉をスライスしてゆく。


「お見事な包丁さばきで。よくその速さで、同じ厚さに切れるな」


 トゥームの腕前に、尊敬の眼差しを向けながら三郎が言う。


「当然。この厚さに切れば、贅沢にパンに挟んでも良し、そのまま食べるも良しでしょ。朝食だからあまり厚切りだと重すぎるしね」


 三郎に片目をつぶって見せると、トゥームは再び手を動かし始めた。


(クレタスだとウィンクは『任せろ』って意味なんだよなぁ。分かってるけど、おじさんドキドキしちゃうわぁ)


 三郎はトゥームの包丁さばきに目を奪われながら、心の中で肩をすくめるのだった。


 キッチンで三人が朝食の支度をしていると、順に皆が顔をそろえてきてダイニングルームが賑やかになってゆく。


 ミケッタとホルニは、馬車の整備とクウィンスの世話を既に済ませており、誰よりも早く起床していた様子だった。


 それもそのはず本日の予定は、天啓騎士が案内役として三郎達を迎えに来ることとなっている。彼らに連れられて、教会の馬車で間欠泉『竜の咆哮』まで向かうのだ。迎えの騎士達が到着する前に馬車の準備を整えておくのは、御者として当然の仕事と言えた。


 午後は、昨晩の騒動も含めた話をするため、再びキャスール教会でギレイルと会う約束となっている。襲撃の後、窓口となっているカムライエにギレイル本人から連絡が入ったのだ。


 最後に起きてきたのはシャポーだった。寝ぐせもおさまらぬ飛び跳ねた髪で、目をこすりながら部屋に入って来た。


「みなさん、おはやいのです。しゃぽー、遅くなったみたいですか。おはようございますなのですよ」


「時間は大丈夫よ。ちょうど支度が終わった所だから」


 あくびの出そうなゆっくりとした物言いのシャポーに、トゥームが椅子を引いて座るのをうながす。


「おねぼうしたかと、思ったのですよほ。ふぁ、よかったのです」


 配膳されている美味しそうなスープに顔をほころばせながら、シャポーは眠気さめやらぬといった表情で言うのだった。


 朝食が始まると、話題は昨晩の襲撃についての話しとなった。


「天啓騎士団から連絡が入っておりまして、兵士達を襲撃に焚き付けたのは、ルバリフ商会の商人だそうです。正しき教えがキャスールを支配地域に置いてから、物資を都合している出入りの商人のようですね」


 カムライエは、ゲージを取り出して天啓騎士団から送られていた情報を伝える。


 カムライエの前にあるスープ皿は、あっという間に空となっていた。


「ルバリフ商会?聞き覚えのない名ね」


 そう言うと、トゥームがパンを小さくちぎって口に入れた。


 トゥームに聞き覚えが無ければ、当然ながら三郎も知らぬ名だ。三郎は同意するように肩をすぼめる。


「グレータエルートの我々は、グランルートのように人族の商人との交流をもっていませんので」


 シトスやムリューも、知らぬ名だと言って首を横に振った。


 シャポーは、まだ眠た気な様子で、平和な表情を浮かべながら食べ物を口に運んでいる。その前で、眠そうなシャポーの顔を真似したほのかが、野菜をもぐもぐと頬張っていた。


「私も聞かぬ商会だと思い、機関に調査を命じておきました。昼前には、情報の有無に関係なく報告をいれるようにと伝えてあります」


 カムライエは答えると、スープ皿を片手に台所へと向かった。大変気に入った様子で、お代わりをよそって来るつもりなのだろう。


「ルバリフ商会ですか、頭に入れておくことにしましょう。竜の咆哮への道行きでも、何事か仕掛けて来る可能性はありますからね」


 シトスは、自分のゲージを取り出すと素早く操作して言った。グランルートの族長に、ルバリフ商会という名に覚えが無いか連絡を入れたのだ。


「しかし、昨日の今日なのに、天啓騎士団もよくそこまで聴き出したな。襲撃を未然に防いでくれたし優秀なのか・・・って、あれか。元はテスニス軍所属の人達なんだっけ。なら、頷けるか」


 戻ってきたカムライエを見ながら、三郎は勝手に納得して言った。


「いえ、軍属とはいっても正しき教えに加わったのは、まだまだ若い者達ばかりです。経験も浅く、私が言うのも難ですが、世辞にも優秀というほどではないと思います。一通りの訓練は終えているでしょうが」


 すました顔でカムライエはスープを口に運ぶ。喋ってはいるが、その手の動きは速い。


「ふーん、そうなのか。じゃぁ、嘘だって教えられて素直に口を割ったのかね」


 三郎もスープを口に運びながら何気なく聞く。


「いえ、サブロー殿の功績かと」


「ごほっ」


 カムライエの答えに、三郎がポタージュを吹き出しそうになった。


「昨晩、理事殿の意向として襲撃者たちの命を短慮に奪わぬよう言っておきました。どうやらそれが功を奏した様子です」


「ん?俺、何も言ってないよね」


 変わらぬ表情をしたカムライエに、三郎が驚きの隠せぬ顔で聞き返す。


「私がサブロー理事の心を忖度させていただき、人命を軽んじるなとの教えを伝えたまでです。我々に敵意を持っていた兵達は、理事殿の考えに感銘を受け、仔細を話す気になったのかと。出過ぎたまねでしたら申し訳なく」


 カムライエは、食事の手を止めて三郎に頭を下げた。


 クレタスの人族の尺度で考えれば、襲撃した者達はその場で処断されても文句の言えない立場だったと言える。口を割らせるために、凄惨な責めを受ける可能性もあっただろう。


 だが、カムライエが三郎の考えであると天啓騎士に伝えたことにより、九人は即座に処罰されるのを免れたのだ。


「役立ったなら、いいんだけど」


「そう言っていただけるなら、私もサブロー殿から少しは学べているのだと実感がわきます」


 喜びも隠せぬといった様子のカムライエに、三郎は複雑な表情を返すしかできなくなる。


(カムライエさん、いまだに俺を過大評価しすぎてる。本当、平和を愛する一般人ですからね。マジで、肩書だけが何歩も先を歩いてるだけですからね。そろそろ、気付いてくれてもいいと思うんだけどなぁ)


 と、三郎は心の中でため息をつくのだった。


 朝食の跡片付けを終える頃、天啓騎士が三郎を迎えに邸宅を訪れた。


 当然なことに、三郎達は彼らが敷地内に入って来るところから、その存在を知り得ていた。シトスやトゥームが、気配を察知していたからだ。


 だが、三郎達は同時に警戒心も高めることとなった。


 予定では、数人の天啓騎士が迎えに来る手筈となっている。


 しかし、シトスやトゥームの感じ取った気配が、中隊とも呼べる規模の百名近い数だったのだ。邸宅の正面に、無言のまま整然と並んでいる。


 ドアノッカーの鳴らされる音が、邸宅の中に低く響き渡った。

次回投稿は10月4日(日曜日)の夜に予定しています。

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