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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第159話 クレタスの人の顔

 異変を察知したのは、仮住まいとしている邸宅に戻り、夕食をとり終えて一息ついた頃合いだった。


 三郎とシトスとカムライエの三人は、テーブルの上に広げたキャスールの地図を見ながら、竜の咆哮と呼ばれる間欠泉の位置や仕掛けられた魔法が見つからなかった場合にはどうすべきかを話していた。


 変化にいち早く気付いたのはシトスだった。邸宅の敷地内に何者かが侵入した気配を、優れた聴力で聞き取る。


「スィーチッチッチッ、スィーチッチッチッ」


 シトスは、虫の鳴くような音を口から発すると、手近に置いてあった剣を手繰り寄せた。


 台所でトゥームやシャポーと一緒に後片付けをしているムリューへ、グレータエルート族の間で交わされる警戒の合図を送ったのだ。


「サブロー、身をかがめてソファの裏へ。窓から見えない場所に隠れてください。侵入者です」


 三郎が頷いて移動し始めると、シトスは音もたてずに窓の傍へと歩み寄った。


 シトスが警戒しているのは、邸宅正門の方向だ。カムライエも別の窓へと身を寄せて同じ方向を確認している。


(カムライエとシトス、何だか素早い手の動きで自分が確認した侵入者の数を伝え合ってるのか。耳が良いんだから小声で言えばいいんじゃ・・・あー、そうじゃないのか。シトスが外の様子を耳も使って探ってるから、手で合図しあってるんだなぁ。素人のおっさんが口を挟むことじゃないわな)


 隙間から二人のやり取りを見ていた三郎は、軍人でもあるカムライエと戦闘を得意とするグレータエルートのシトスにこの場を任せることにして、すごすごと頭を低くするのだった。


「裏手からの侵入者はいないわね」


 台所へとつながる扉から、ムリューとトゥームが低い姿勢のまま音もたてずに三郎の隣に移動してきた。


 その後には、四つん這いのシャポーがもぞもぞとうごめきながら近づいて来るのが見えた。


「・・・確認している数は九人みたい。身を隠しながら、こっちへ近づいて来てるって」


 シトスの送ってよこした合図を読み、ムリューが三郎とトゥームへ伝えた。


 ちょうどその時、もぞもぞシャポーが三郎のもとへと到着する。その頭の上では、ほのかがもぞもぞを真似して遊んでいた。


「て、敵なのでしょうか。裏の扉や窓には、閉鎖の魔法を発動させておいたのです。二階は出かけた時のままなので、この家のエネルギー結晶が空にならない限り侵入は出来ないと思うのです」


「シャポー助かるわ。ここで三郎と頭を低くしておいて。状況によっては裏手から外へ出ることになるから」


 トゥームは、緊張した声で言うシャポーの肩を、安心させるように軽く叩いた。


 既にムリューは、シトスのいる窓へと移動して外の様子をうかがっている。


「ミケッタとホルニは、馬車の整備に行ってるけど大丈夫か。敵がまだ遠いなら、呼びに行った方がいいのかな」


 三郎が、ふと気にかかったことをトゥームに聞く。すると、三郎の耳元にシトスの声が、小さな音で届けられた。


「二人には、いつでも馬車で逃げられるようにと伝えておきました。敵は確実に我々を狙って向かってきていますので、馬屋の方が安全かと思いますよ」


 三郎はその答えに(さすがシトスさん、ワタクシが心配することは何もありませんね。ってか、ムリューっていつの間に移動したんだ)と心の中で呟いて口を閉じるのだった。


 敷地へ踏み込んだところから、シトスに気取られた程度の腕の者達なのだ。九人と人数こそ多いが、トゥーム達四人の敵ではないと判断できた。


 建物に侵入してくる者から順に『音もさせず』捕らえてしまえば問題ないだろうと、シトスは全員に伝える。


(音もさせずってことは、大気の精霊魔法で音を消すってことか。敵さんも、最後の一人になる人は、相当恐ろしい思いをするんだろうなぁ)


 四人の戦闘能力を信頼している三郎は、既に勝った気持ちになって、相手を気遣ってさえいた。


 危うくなれば、シャポーも何らかの魔法を発動させてくれるだろうとも考えていたのだ。


 だが、事態は急変する。


「前方の家から、複数名の兵士が出てきました。ムリュー、裏手の確認を」


 シトスの緊張した声に、ムリューは了解の合図を返すと、音も無く台所に続く扉へと姿を消した。


「二十・・・鎧の音から察するに、二十名の兵士で間違いないでしょう。近付いていた九人の気配が止まりましたね。合流するつもりでしょうか」


「裏の家から十四人の兵士が出てきた。こっちに向かってる」


 耳を澄ませていたシトスが、皆に声を届かせて情報を共有する。同じタイミングで、裏の確認から戻ったムリューが状況を伝えた。


(正面に九人いて、二十人加わって、更に十四人が裏から来てるのか。うん、簡単な足し算だね。四十三人に増えたってことだな・・・)


 シトスとムリューの声が、普段とあまり変わらぬ口調だったので、三郎は事態が悪化したことを瞬時に把握することができなかった。


(いやいや、まずいだろ。普通に「兵士」とか言ってるわりに、二人とも冷静すぎませんかね)


 三郎が心の中で突っ込みを入れている横で、もう一人冷静な人物が口を開く。


「建物を利用するしかないわね。上への階段で数の優位をとらせないようにしましょう。サブローとシャポーを先に移動させるわ」


 そう言うと、トゥームは部屋の出口へ低い姿勢で移動し、三郎とシャポーに来るよう手で合図を送る。


「裏手はシャポーさんの魔法ので侵入してくるのが遅くなるでしょうから、正面の入口で相手の不意をつきましょう。階段での戦闘はそれからでも遅くは無いと思います」


 カムライエは、外から見られぬように移動しながら言う。


「う、裏からの侵入は、壁を壊さない限り無いのです。と申し上げるのです」


 シャポーが情けない声で頼もしい返事をした。


 三郎が四つん這いで移動する後ろに、シャポーはもぞもぞとうごめきながら続いている。


「しばらくは、正面側の敵だけを相手すればいいってことね。階段を登りきる前に対処出来ればいいけど」


 ムリューが、建物内ではあるが一応の安全確認をするため、部屋を先に出ながら言った。


「正面玄関で私とカムライエさんが最初に対応しましょう。ムリューは、他方からの敵が無いか注意をお願いします。トゥームさんは、階段の下で我々と入れ替われるよう準備しておいてください」


 シトスは、最後まで外の様子を確認しつつ、的確な指示を皆に飛ばした。


「了解。こんなことなら、修道の槍を馬車に置いたままにしておくんじゃなかったわ」


 扉を押さえていたトゥームは、三郎が横を通り過ぎる時に、珍しく後悔するような苛立たし気な口ぶりで言う。


「剣が手元にあるだけ、大したもんだよ」


 三郎は、トゥームの左手に握らた剣を見て、何気なく言葉を返すのだった。


「・・・ならいいけれど」


 トゥームは口元をほころばせると、三郎に二階へ急ぐよう促した。


 三郎達のいた部屋は、少しばかり広い玄関ホールと繋がっている。来客を迎えるための、応接室としても使われる部屋だったのだろう。


 玄関ホールは、修道の槍を振るうには十分な空間を有している。三郎は、修道の槍さえあればホールで敵を足止め出来たと、トゥームが考えたのだなと察した。


 ホールには外からの視線が入る窓は無い。


 三郎は、這う姿勢から立ち上がり、ホールの奥にある階段へ向けて駆けだそうとした。


「待ってください。外の様子がおかしい」


 シトスの声に、三郎はつんのめりかけながらも何とか転ばずに踏みとどまった。


「新手と思われた二十名の兵士達は、先の九名と争っていますね」


 シトスは聞き耳を立てて、争う声の内容を聴き取ろう試みる。


「裏手の十四人だけど、この家を迂回して正面に急いでる。扉や窓を開けようともしてないみたい」


 シトスと同じように耳に意識を集中していたムリューが、家の外を駆ける足音を確認して言った。


「サブロー、シャポー。一応、階段の近くまで移動しておいて」


 トゥームは、シャポーが立ち上がるのを手助けしながら、顔を玄関扉へ向けたまま二人に言う。


 しばらくすると、三郎の耳にも剣と剣のぶつかり合う金属音が響いてきた。


 その音の数は、徐々に少なくなってゆく。


「どうやら、最初の九名が我々を襲おうとしていた者の様子ですね。後から現れた兵士達は、正しき教えの天啓騎士のようです」


 シトスが、ゆっくりとした足取りで玄関ホールへ出てくると、声を小さくすることもなく皆に伝えた。


「おお、十二騎士さん?いやいや、数が多すぎないか」


「違いますよ、我々をキャスールまで送ってくれた方々かと。天啓騎士団の団員と言った方が伝わりやすかったでしょうか」


 三郎の勘違いに、シトスが笑顔で言い直した。


「あー、彼らね。テスニス軍の鎧に正しき教えのシンボルを付けてた、彼らのことね」


 手の平を拳で叩き、三郎が納得した声を上げる。


 シトスは、外で起きている騒動の中から『我々は天啓騎士だ!神妙に縛につけぃ!』といった内容の言葉を聴きとっていたのだ。


「罠の可能性は?」


「無いでしょう。天啓騎士の声に任務を遂行する者特有の響きがあります。我々に向けられた害意は、九名の声からのみ聞きとれています」


 念を押すようなトゥームの質問に、シトスは穏やかな普段の口調で返した。


 三郎がほっと胸をなでおろした時、正面玄関の扉が叩かれる。


 三郎とシャポーの二人だけが、びくりと体を震わせた。グレータエルートの二人は勿論のこと、トゥームとカムライエも近付く者の気配に気付いていたのだ。


 扉の近くに立っていたカムライエが、ゆっくりと扉を開く。


「夜分に失礼いたします。天啓騎士団の者です」


 開けられた扉から一歩距離をとり、天啓騎士は騎士の礼をとって立っていた。


「全員捕らえた様子ですね」


 カムライエは、抑え込まれている九人を確認して天啓騎士に言う。


 九人全員が武器を取り上げられ、後ろ手に枷をはめられている所だった。深手を負っている者もいるようだが、全員が生きて捕らえられていた。


「・・・状況を、把握しておられましたか」


 天啓騎士は、玄関ホールに集まる三郎達を見て、迎え撃つ準備がされていたのだと見て取った。自然と天啓騎士の背筋がしゃんと伸ばされる。


「彼等の素性と行動の理由は」


 カムライエは軍人の表情になって、天啓騎士に情報を求める。


「はっ!彼らは正しき教えの兵士です。何者かに『理事殿がギレイル高教位の首を跳ねるつもりだ』との情報を吹き込まれた様子であります。これより身柄を移し、更に詳しく取り調べを行います」


 天啓騎士は、上司に報告するかのように簡潔明瞭な答えを返した。


 カムライエが、偽りがないかと確認するようにシトスへ視線を送る。


 シトスが頷くと、カムライエは凛とした表情のまま天啓騎士に向き直った。


「事は詳細に調べてください。それと、深手を負っている者も居るようですね。治療も十分に行うようお願いします」


「はぁ、十分な治療ですか。罪人相当の扱いはいたしますが」


 天啓騎士は、カムライエの十分と言った加減を量りかねて、疑問符の浮かんだ表情で言葉を返す。


「教会評価理事殿の願いとして聞いてください。命を落とすことが無いよう、重ねてお願いします」


 シトスを振り返った時に、カムライエの眼の端が三郎の姿をとらえていたのだ。


 テスニス領に入ってから、三郎が野盗をも人として扱ったという記憶が、カムライエの頭の片隅をよぎっていた。


「はっ!」


 理事の肩書を出された天啓騎士は、背筋を再び伸ばして敬礼を返すのだった。


(あれ、あの騎士さん、どっかで見た顔だよな・・・えっと。歳のせいか、思い出せん。うーん・・・あっ、思い出した。首都からキャスールまで案内してくれた三人の内の一人じゃん。クレタスの人の顔覚えるの苦手なんだよなぁ。まぁでも、思い出せたしまだまだ大丈夫だな)


 三郎が呑気に『思い出し脳トレ』をしている間に、九人の命は救われることになるのだった。

次回投稿は9月27日(日曜日)の夜に予定しています。

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