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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第158話 異文化コミュニケーション

「サブローから、あのように剣呑とした言葉が出るとは、いささか驚かされましたね」


 シトスは、キャスール教会の姿が町並みに隠れ、しばらくたってから口を開いた。


 クウィンスの引く馬車は、滞在先と決めている邸宅への帰路を軽快に進んでいる。日もとっぷりと暮れて、淡い街路灯の光がキャスールの町を夜のとばりの中に浮き上がらせていた。


 避暑地として名高いキャスールだが、情勢のため旅人の姿はなく、開いている店もまばらとなり静かな夜を演出している。


 先にシトスが指して言ったのは、当然ながら『ギレイルの首一つでは不足だ』との意味でとらえた三郎の言葉についてだった。


「剣呑としたこと・・・俺、何か言ったっけか」


 街灯に照らされ、後方へと過ぎ行く店並みをぼんやりと見ていた三郎は、振り向いてシトスに聞き返した。


 三郎が疲れた様子で窓外を眺めていたのには理由がある。高教位ギレイルの謝罪を受け入れた後、慌ただしく動き回るはめになったからだ。


 ギレイルと三郎の間で、捕虜となっている全ての修道騎士を解放する約束が交わされると、その場でカーリアの手足の枷は外された。剣などの装備も無事にカーリアのもとへと戻される。


 魔法陣の仕込まれていた照明器具は、正しき教えの兵士達によって撤廃の作業が早々に開始され、キャスールの教会建屋は再びの喧騒に包まれるのだった。


 三郎はといえば、どんな状況であろうと修道騎士全員の様子を確認しなければならない立場であることに変わりなかった。


 騒動によって押してしまった時間で、残る十七名もの部屋を訪問しなければならなくなったのだ。ちょっとばかり体内魔力制御が出来るようになってきただけのおっさんにとって、なかなかの運動になったのは言うまでもない。


(ギレイルさんとカーリアさんも、一緒に回ってたのにすました顔してたな。最後の方は、まじで足が棒みたいになってたんだけど、こんなの俺だけでしょうねぇ。体内魔力の操作ってば、すげぇ羨ましい)


 三郎は思い出したかのように、疲れて硬くなっているふくらはぎを無意識に撫でていた。


「今の言葉からも、疲れの色こそ伺えますが、至って普段と変わらぬ穏やかな響き。首一つでは足りないと言った時も、本心からだったのですね」


 シトスが、興味深げな表情で三郎の顔を見る。


「血を流さずに済めばと言っていたから、私も少し驚いたけれど。責任の所在を明らかにして、厳罰を与える姿勢には賛同するわ」


 シトスに続いて、トゥームが三郎へ頷きながら言った。


 三郎は「あー、あれのことか」と返す。


「サブローも厳しい時には厳しくできるのね。でもさ、千年生きてたとしても、あそこまで穏やかに『首を斬る』なんて言えないかも。あっちの騎士達の呼吸音から、もの凄く緊張してるのが伝わってきてたし」


「サブローさまは、常人以上の胆力があるのですね。魔導師として見習いたいのです。そうすれば、どんな状況でも落ち着いて魔法が行使できると思うのですよ」


 ムリューが肩をすくめて言うのに対し、シャポーは尊敬のこめられた眼差しを三郎に向けていた。


 二人の物言いに、三郎は心の中で『おやぁ?』と呟きながら首を傾げる。仲間たちとの心のすれ違いを感じ取ったのだ。


「剣を持つ我々を、信じるが故に落ち着かれていたのでしょう。私は自分に誇らしさを覚えますよ」


 カムライエが満足そうな顔で付け加えた。


「えっと、何だか実際に『首を切断する』みたいな話しになってないか。それ違うからね」


 三郎が全員の顔を見回し、両眉をオーバーな程歪めて言った。


「そういう意味以外に何があるって言うのよ」


 トゥームが訝しむ表情を浮かべ、三郎の顔をのぞきこむ。


「再び耳を疑いましたよ。サブローは別の意味で、あの時の言葉を言っていたのですね。私も背筋に悪寒を感じたくらいに、サブローの声色が穏やかだったので、まさかとは思っていましたが」


 冷静なシトスにしては珍しく、驚きの表情をありありと浮かべながら長い耳を手で撫でて言った。


 三郎が実際に首をはねるつもりではなかったと、今の言葉ではっきりと聞き取れたのだ。


「首ってアレよ。ギレイルさんが代表の座から降りて正しき教えを解散させるとか、解散は無いにしても責任をとって辞任するとか、そういう意味だからね。あの場で首を差し出せなんて、さすがに言えないだろ。正面からぶつかり合うことになっちゃうしさ」


 遅かりしかな。三郎は慌てて、仲間の誤解を解くように説明するのだった。


 車内が一瞬しんと静まり返る。


「ぷっ、あはははは。言い回し、言葉遣いの違いなのね。本気として響いてたのは、確かに本気で言ってたからなんだ。あー面白い、グレータエルート二人の耳を騙すなんて、サブローやるじゃない。あはは、笑える」


 ムリューが足をばたつかせ、大きな笑い声をあげた。


「ぱぱぱぱぱぁ」


 ほのかがムリューの横で真似をして、足をばたつかせて見せる。


「俺が、穏やかな顔してそんな物騒な事言える分け・・・あっ、ということはだ、ギレイルさんとか天啓十二騎士の皆さんとかも勘違いしてたのか。いや、今も勘違いしてるのか」


 三郎が、まずいなと言った表情をうかべると、確認するようにトゥームへ顔を向けた。


「でしょうね。私も今の今まで、そう思ってたんだから」


 トゥームは右手で額を押さえると、ため息交じりに返した。


「サブローさまは凄いのです。魔法も使わずに、言葉一つで相手を操ってしまったのですね。防御魔法でも回避不可能なのです」


 尊敬というフィルターのかかったシャポーは、三郎が言葉巧みに相手を誘導したと受け取ったようだ。瞳をらんらんと輝かせている。


「サブロー殿の中で間違いだったにしても、正しき教えの者達の態度を引き出したと言えます。大きな、いや大きすぎる成果だったのではないでしょうか」


 カムライエは落ち着いた様子で状況を分析し、深く頷いて言うのだった。


「でもなぁ、穏やかに恐ろしい事を言う人物だと思われてるんだろ。明日からどんな顔してればいいのか分からなくなるな」


「ちなみに、カーリアもそう思ってるわよ。彼女の口から、修道騎士達にも伝わってるでしょうね」


「おぅふ」


 三郎のぼやきにトゥームが追い打ちの一言を入れる。三郎は、両手で胸のあたりを押さえてのけぞるのだった。


 カーリアや捕らえられていた修道騎士達がこの場にいないのは、ギレイルの申し出とカーリアの政治的判断があったが為だ。


 ギレイルは意図していなかったとは言え、捕虜となった修道騎士を精神操作の魔法が発動する危険な部屋に入れてしまったのだ。


 正しき教えの贖罪として、修道騎士の身の自由を保障するのは勿論のこと、全員に一所の宿に集まってもらい客分として扱わせてほしいと申し出てきたのだった。


 悩む素振りを見せた三郎に、カーリアは更に『条件』を付け加えてギレイルの申し出を受けると言う。それは『正しき教えの勢力下において修道騎士の行動が制限されない』というものだった。


 ギレイルは、隠すものなど一つも無いと胸を張り、カーリアの条件を二つ返事で承諾する。これにより、修道騎士は高教位の執務室からキャスール地方の全域に至るまで、自由な行動を約束されることとなったのだ。


 だが、カーリアの出した条件には、それ以上の意図が含まれていた。


 全てが落ち着いた別れ際、カーリアは三郎の耳に口を近づけ『理事殿の懸念の半分ほどは、出した条件と、申し出を受けたことで解決すると思いますが』と囁く。


 にこりと笑って見送るカーリアに、三郎は教会の印をつくって深く頭を下げた。


 正しき教えが条件をのんだことで、表明している主義主張の下に集った団体であり、裏に別の面を持っていないことを示唆していた。


 その上、客分として受け入れた修道騎士に襲撃などの事件が起きれば『正しき教え』を盗賊の類と断定する材料ともなる。


 カーリア含む十八名の修道騎士達は、危険性も残っている正しき教えの勢力下で、見張りの役割を買って出てくれたのだ。


「正しき教えの人達にはこのままの方が良いのは分かる。が、せめて修道騎士の誤解は解いておきたいかも。今後もさ、何かと顔を合わせるだろうから『斬首の人』みたいな目で見られるのって嫌だなぁ」


「どうやって説明するのよ」


 三郎の小さな願いを、トゥームが鋭い一言ですっぱりと両断した。


 トゥームの言う通りだなと、三郎は馬車の天井を仰いだ。文化の違いから長々と説明せねばならないし、その話が勇者テルキの耳に入ってしまえば三郎が『迷い人』だとばれてしまう可能性も考えられる。


(ハラキリ、セップク、まじ異文化だわ。首の皮がつながるとかって表現も変に思われるんだろうな。一応ここに居る仲間には、後で説明しとこう)


 説明した後、更に奇異の目で見られることを、今の三郎はまだ知らない。

次回投稿は9月20日(日曜日)の夜に予定しています。

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