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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第157話 首を斬る

 シャポーが『夢見の香の法式』だと断定したことで、正しき教えに所属する魔導師達も、速やかに調査を進めることができた。


 通常であれば複雑な手順で行われるはずの魔法調査だが、シャポーが答えを出していたことで『確認作業』の体で行えたのだ。


 他二つの館についても調べは進み、修道騎士の捕らえられている部屋の照明全てに、光源魔法の下に隠された精神操作の魔法陣が発見された。


 日の傾きかける頃には、三郎達のいる部屋の前も慌ただしさが収まりつつあった。


「そうか。ご苦労だった、この結果は高教位ギレイル様へも報告を頼む」


 最初に指示を出し、三郎達のいる部屋を護るように立っていた天啓騎士は、兵士や魔導師から調査結果の報告を受けると、淡々とした口ぶりで新たな指示を与える。


 三郎達に対して事実を隠す様子は一つもなく、部下の兵士が部屋の中を気にする素振りを見せた時も「問題ない」と言って話の先を促すのだった。


 他の天啓十二騎士達の態度からも、三郎はこの騎士が隊長格なのだと察することができた。


 そんな中、報告を受ける騎士の横をすり抜け、一人の人物が部屋の中へと入って来る。状況を見極めたカムライエが戻ってきたのだ。


「調べはほぼ終わり、どの部屋も照明に法陣が仕込まれていたようです。調査に当たっていた者達は、動揺を隠し切れないといった表情でした。正しき教えが仕掛けた魔法ではないように、私の目には映りましたが」


「確かに、報告に来た方々の声からも、そのような心情が響いて聞こえていました。カムライエさんの見立てで間違いないかと」


 カムライエの言葉にシトスが同意を示すように頷き、三郎へ見聞きしたものを伝える。


「カムライエさん、お疲れ様。そうすると、故意ではないにしろ捕虜の扱いに不当なところが見つかった、となれば修道騎士の身柄を引き渡してもらう正当な理由だと主張してもいいんだよな」


 三郎は、トゥームへ確認するような視線を向けて言った。


「魔導行使法は、クレタスの人族が順守すべき法の一つよ。新興の勢力が支配する地域だからといって、クレタス内部である限り例外は認められない。教会として、交渉する以前の問題であったと言わざるを得ないわ」


 眉間を微かによせて、トゥームが感情を挟まない口調で教会の立場としての答えを返した。


「交渉するよりも前の話しだってことは・・・」


「教会は『正しき教え』とういう集団を野盗の類と位置づけ、武力による排除を行使するわ。諸国も同様の判断を下すことになる」


 トゥームは三郎の言葉に続けて言うと、視線をすっと冷たいものへと変えて部屋の入口を見据える。


 既にシトスやムリューも腰の剣を手で探りながら、扉を正面に構えをとっていた。


 ちょうどその時、高教位ギレイルが部屋の前に姿を現したのだ。その背後には、天啓十二騎士の全員が控えていた。


「修道騎士殿のおっしゃられる通り、我々が精神操作の魔法陣を仕掛けたのならば、断罪されるべき対象となるでしょう。私も同意を示すところです」


 ギレイルは、厳しい表情をして重々しい口調で口を開いた。


 そして、剣を抜ける状態で身構えている者が居る部屋の中へ、ギレイルは構うことなく足を一歩踏み入れる。


 ギレイルの後ろに控えている騎士の数人が、緊張で身を硬くするのが三郎の目にも入ってきた。


 己の勢力の指導者が、無防備に相手の懐へと入って行ったのだ。斬られる覚悟をもって踏み込んだと、言われずとも理解できようものだ。


「声の響きに霞がかかったままなので、本心かどうか判然としませんね」


 シトスがいつも以上に声を抑え、三郎の耳元に囁きを届けた。


(ギレイルさんの声から、嘘をついていない響きの一つでも聴き取れてたら、変に腹を探りあう必要もないんだけどなぁ)


 三郎は残念に思いながらも、まずは相手の出方を見ようと心に決めるのだった。


 部屋の出入り口は一つであるし、カーリアは手足の自由が鎖によって制限されてしまっている。いくら修道騎士とは言え、そんな状態で戦闘に加われば命を落としかねないのは、素人の三郎にも分かるところだ。


 シャポーはと言えば、ベッドに横たえられたまま存在感を消すかのように息を潜めていた。


 その上哀しいことに、三郎が非戦闘員として一番のお荷物になることは請け合いと言えてしまうのだ。


(出来れば穏便に運びたいな。いや、さすがに無理かぁ)


 部屋の外で待機している天啓十二騎士の様子をちらりと確認して、三郎は心の中で呟く。


 さもすれば、精神魔法の存在を隠蔽するため、三郎達をこの部屋に閉じ込めることも考えられる。最悪の場合、口封じに命を奪おうとしてくる可能性すらあるのだ。


 戦いになってしまった場合、三郎は自分が無事に切り抜けられる光景が欠片も浮かんでこなかった。


 そうこう考えているうちに、ギレイルは三郎の顔が見える正面の位置に立っていた。当然、三郎とギレイルの間にはトゥームが隙無く身構えている。


 ギレイルは、扉の傍に立つムリューに無防備な背中を晒していた。


 その背中が、ゆっくりと曲げられてゆく。


「申し開きのできない事態。この責は、高教位を名乗る我が身が負うこと。正しき教えに集った者達は、一切関りの無い所とお考え願いたい」


 深々と頭を下げたギレイルは、謝罪の言葉を口にした。


 三郎がシトスに視線を送ると、シトスは微かに首を横に振った。真偽のほどが、声色から判断できないのだ。


「謝罪は謝罪として聞いておきます。しかし、ことの顛末についてご説明願えませんか。責任の所在は、その後の話しかと思いますよ」


 穏やかさをなんとか取り繕って言う三郎に、ギレイルが頭を下げたままの姿勢でぴくりと静止する。


 三郎の言った『責任の所在』との言葉に反応したのだ。


「・・・責任は全て私にあると、重ねて申し上げさせていただきたい。厳罰は重々承知しております」


 ギレイルは清々しいまでに、全責任を負う覚悟であると繰り返す。


 勢力の代表者として、立派な態度と受け取ることも出来ただろう。だが、三郎は眉根に深いしわをつくると、天井を仰ぎ見て大きなため息をついた。


(違うんだよなぁ。この際、誰が責任をとるとかどうでもいいんだよ。この様子だと、ギレイルさんも知らない所で魔法陣がしこまれてたんだろうな。自分についてきてくれた人達が、責任を取らされるのを防ぎたいんだろうけど)


 三郎は、トゥームの肩にそっと手を置くと、ギレイルの正面へと歩み出た。


 敵対的に受け取られないよう、三郎は穏やかな表情を作るのも忘れない。


「ギレイル殿、修道騎士をこの様な部屋へ閉じ込めたという事実には変わりありません。しかし、今は責任の所在を話している場合ではないと思いませんか。貴方のくび一つで全てが丸く収まるとお考えでしたら、大きな間違いというものです」


 三郎の言葉を聞き、その場に居る全員の動きが停止していた。


 三郎としては、ギレイルが責任をとって勢力の代表から降りるという意味で『クビ』と言ったのだが、他の者達は『物理的に首を斬る』という意味で捉えてしまっていたのだ。


 シトスやムリューですら、三郎がこれほど命を軽んじる響きをのせて、厳しい処罰を言い渡せるものなのだろうかと耳を疑っていた。その上で更に、三郎は不足していると言っているではないか。


 トゥームは、三郎の真意を量りかねて、真剣な眼差しで成り行きを見守っていた。


 ギレイルを三郎の裁量でこの場で処断するのは、トゥームとしては問題ない部分だった。魔導行使法に照らし合わせても、文句の言えない状況といえる。


 だが、血を流さずに済めばと言った三郎の印象と、あまりにもかけ離れた言葉だと思えたのだ。


 正しき教えの者達が、ギレイルの命を奪った後に黙っている保証も無く、戦闘になる可能性も高いのだから。


「私が咎を受けるだけでは、済まないと・・・」


「そうではありません。現在、調べて分かっていることを教えてくださいと言っているのです。お聞かせ願えませんか」


 穏やかな表情を崩すことなく言う三郎を、天啓十二騎士達は心臓が凍り付く思いで見ていた。


(どれ程の修羅場を経験すれば、こんなにも穏やかな顔で『首を斬る』と言えるのだろう。詳細を聞き出し、関りある者をも処断しようというのか。この人物が所属する教会に、本当に反抗して良かったのだろうか)


 腰の剣に触れている自分の手が、微かに震えるのを騎士達は感じていた。


 そんな天啓十二騎士達の目の前で、彼らの代表者であるギレイルは、自分の責任だけで収める手立ては無いかと必死に考えを巡らせていた。頬をつたった汗が、ギレイルの鼻の先から床にぽたりと落ちる。


「失礼ながら、わたくしの方からご報告させていただきます」


 天啓十二騎士の隊長とおぼしき男が、片膝を着いて声を上げた。三郎達の部屋を護るように扉の前に立っていた人物だ。


 ギレイルの心中を察し、天啓十二騎士である自分も責任を負わなければと、心を奮い立たせたのだ。


「お願いします」


 誰が声を上げるよりも先に、平常心であった三郎が返事を返した。


 ギレイルが顔を上げて、騎士へ向けて制止の言葉を絞り出す前に、隊長格の騎士は仔細を口にする。


「各建屋を牢へと改修する際に、仕掛けられたものと考えられます。改修工事の依頼先に確認を行っていますが、連絡がつかない状況となっており、現在も手を尽くしているところです。改修におきまして、正しき教えの責任者は私となっております」


 騎士は一息で言い切ると、頭を垂れたままの姿勢で三郎の反応を待った。


「そうでしたか。とすると責任の所在については・・・」


「私にも責任があります。最終的な確認に立ち会ったのは私です」


 別の天啓十二騎士が声を上げると、片膝を着いて頭を下げた。我も続けといわんばかりに、天啓十二騎士が次々と『責任』という言葉を口に片膝を着いて行く。


「理事殿、私がこの者達を束ねています。どうか、寛大なご判断を」


 最後には、ギレイルまでもが床に膝をついてしまう有様だった。


(え、なに、どゆこと。騎士道精神的な、連帯責任的なアレか。一人はなんちゃらの為にっていう感じになっちゃったのかな。ちょっと過剰反応な気もするんだが、実際にやられるとコレはびびるわぁ)


 順に膝をついて行く騎士達を眺めながら、三郎はとある銃士の物語を思い出すのだった。


「皆さん、少し落ち着いてもらえませんか。精神魔法についての責任の所在は、言ってみればここには無いようなもの。正しき教えをおとしめる為に、何者かが仕掛けたとも、考え方によってはあるのではないでしょうか。あくまで可能性の話しではありますが」


 三郎は、心の中で『利用されたのだ』と思いはしていたが、この場を治めるためにあえて別の可能性に言及する。


「・・・な」


 ギレイルと天啓十二騎士達は、唖然とした表情で三郎を見上げた。


「修道騎士を拘束している事実はありますが、精神魔法の魔法陣については答えの出せる状況では無いと判断します。今後、引き続き調べる必要があると考えています」


 三郎は言うと、カムライエに目配せをする。


 カムライエの統括する機関で、工事を行った者について調べるのが確実だと考えたのだ。十中八九、セチュバー絡みの業者だろうと想像できた。


 カムライエは頭を軽く下げて了解した旨を三郎へ返した。


「ギレイル殿や天啓十二騎士の方々には、調査への協力をお願いしたいと思うのですが」


 三郎が、ギレイルに向き直って言葉を続ける。


 ギレイルにとってすれば、三郎の申し出があまりにも寛大すぎるものであったため、一瞬何を言われているのか理解できずにいた。


「どうでしょうか」


 三郎の再びの問いかけに、ギレイルは我に返る。


「教会評価理事殿の有難いお言葉、惜しむ労力など微塵もありません」


 勢いよく立ち上がったギレイルが、背筋をぴんと伸ばして力強い答えをかえした。


 天啓十二騎士達からも、安堵するような喜びの声が上がる。涙を流しそうになっている者までいた。


(正しき教え、大丈夫か?ちょっと情緒不安定になってるんじゃないか。これは、大気に混ざってる魔力素の影響なのかもしれないぞ。急がないといけないかもしれないな)


 おっさんと正しき教えの心のすれ違いもそのままに、時は過ぎ行くのだった。

次回投稿は9月13日(日曜日)の夜に予定しています。

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