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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第156話 緑の光を放つ眼

魔力残渣まりょくざんさって、魔法の痕跡みたいな物だったっけ」


 小声になった三郎が、深き大森林で大地にかけられていた魔法を解除した時に説明されたな、と思い出しながら聞き返す。


 思わず大きな声を出してしまったシャポーは、口に手を当てて首を縦に振った。


 魔力残渣という単語が聞きとがめられなかったのか、幸いにして正しき教えの兵士達は変わらぬ様子で廊下に立っていた。


 シャポーがシトスの方へと顔を向けて互いに目配せを交わすと、手を口に当てたまま小声で皆に説明する。


「正確にはですね、魔法が行使された残滓ざんしを回収分析して、魔力残渣かどうか判別するのです。ですがシャポーは、視認解析を強化しましたので、そこに見えるのが『魔力残渣』だと断言できてしまうのです。床の隅の方に魔法の跡が見受けられるのです」


 三郎はシャポーの説明を聞くと、ふむと一つ唸って思考を巡らせた。


「どんな種類の魔法か分かるかな」


「うーんとですね、魔法が行使された痕跡だというのはハッキリと解るのですが、種類を特定するには回収してみないと何ともなのですよ。色相から推測はできるのですが・・・」


 三郎の言葉に、シャポーが済まなそうな口ぶりで返事をした。


 三郎は更にふむふむと唸ると、シャポーに動いてもらうにはどうしたら良いものかと頭をひねった。


 単純にシャポーへ調べてくれとお願いするのは簡単だ。だが、天啓騎士達が不審な動きありと見るや止めに入ってくるのも明らかといえる。その時点でカーリアとの面会は打ち切られてしまうだろう。


 シャポーが確実に調べるための根拠となるものが必要だなと、三郎は考えた。天啓騎士に横槍を許させない何かだ。


(毎日説得に来てたんなら、魔法の影響を確認していたって可能性もあるな。いや待てよ、部屋の隅に残ってるってのは、この部屋で今まさにその魔法が発動してないってことか。もしかして、さっさと調べないと残滓も消えちゃったりするのかね・・・)


 せっかくシャポーが見つけてくれたのだ、これを活かさぬ手はない。


 三郎は一つ膝を叩くと、カーリアへと向き直った。


「では、カーリアさん。最後に一つお伺いします」


「何なりと」


 三郎の意図をくんでか、カーリアも真剣な表情で姿勢を正した。


 最後と言った三郎の言葉に、天啓騎士数人の注意が部屋の中へと向けられた。


「捕らえられてから体調などに変化はありませんでしたか。些細なことでも構いませんので教えてください。私は教会の理事として、皆さんの健康状態や生活環境も報告せねばなりませんので」


 笑顔を浮かべると、穏やかな口調になるよう気を付けながら、三郎は廊下の騎士達にも聞こえる声量で問いかけた。


「お気遣いありがとうございます。手足の自由が奪われている以外、これと言った体調の変化や不自由は感じていません」


 カーリアは慎重に言葉を選んで答えた。三郎の意図があるにしても、体調が悪いなどとこの場で嘘をつくことは出来なかった。


 食事は管理され、健康状態も問題ないかと定期的に聞かれ『問題ない』と自ら答えているからだ。


 そうして、考えるように少し間を置き「小さなことですが」と、カーリアは思い当たったことを口にした。


「寝苦しさを感じる夜が多くなりました。修道騎士として、何時でも仮眠をとれるよう訓練しているつもりだったのですが。監視のために灯される照明が影響しているのか、それとも捕虜となった我が身を悔いる思いがあるためなのか。目を閉じ修練の至らなさを痛感しています」


 言葉の通り、よくよく見ればカーリアの目元には、微かに隈の出来ている様子が見てとれる。


「寝苦しい時に、何か香りを感じませんでしたでしょうか」


 推測していたものと合致したのか、シャポーが身を乗り出して聞いた。


「香り・・・気のせいかと思う程ですけれど、甘いカルジオーネリーファスの花の香りがしたような覚えがあります」


 カルジオーネリーファスは、クレタスで観賞用の花としてポピュラーなものの一つだ。白い花を咲かせ、控えめで優しい香りが人々に好まれている。


 カーリアの答えを聞き、シャポーの表情が引き締められる。


「サブローさま、誰も動かないようにお願いします。クレタスの魔導師として、見過ごしてはならない魔法だと判断しました」


 シャポーらしからぬ無感情な声に、三郎はただならぬ様子を感じ取った。


 シャポーの手には、手品のように何処からともなく取り出された透明の立方体が握られている。清水を固めたかのように透き通っているその物体は、魔力エネルギーを完全に空とした状態の高品質な天然結晶だった。


 部屋の隅へと向かうシャポーの眼は、淡い緑色の光を放っている。


「そこの魔導師、何をしている!」


 様子に気付いた天啓十二騎士の一人が、腰の剣に手をかけて荒々しい声を上げた。


「魔道講師殿が、魔法の痕跡を見つけました。どなたも立ち入らぬよう、お静かに願います」


 三郎が神妙な面持ちで言うのにもかまわず、騎士達は部屋へ踏み込もうと動き出す。だが、彼らを制したのは、扉の横に立っていたムリューだった。


「止まりなさい、理事殿の声が聞こえなかったの?」


 ムリューは、腕を組んだままの姿勢で片足を上げて騎士達の行く手を遮ると、睨みをきかせて言った。その後方では、トゥームとシトスが腰の剣に手を添えて身構えている。


「魔導行使法に違反している可能性があります。同意なき精神魔法は重罪。関わる全ての者が罰せられます」


 シャポーの鋭い声に、天啓十二騎士たちは彫像のように動きを止めた。


 魔導師でなくとも、兵士という立場である者ならば『魔導に関する法律』を多少なりとも学ばされる。


 その法律の中にあって、軍事魔法や精神魔法の扱いは非常に厳しく定義されており、法に反すれば厳罰に処されることは誰もが理解する所だ。


 現に、技研国カルバリにある魔導研究院の幹部でさえも、厳罰を与えられてセチュバーの流刑地送りとなったのは記憶に新しい所だった。研究に手をかしていた門下の魔導師などは、極刑としてカルバリで処断されている。


 幹部であった魔導師は、これまでの功績を鑑みて処刑されなかったと公表されていたが、内情はカルバリ上層部にいる親類縁者からの圧力が働いたとも噂されていた。


「回収しました」


 シャポーの静かな声が室内に響く。


 手の平に乗せられた立方体は、薄桃色の光をゆらゆらと波打つように放っている。


「夢見の香と呼ばれる法式で間違いありません。効果の発動をカルジオーネリーファスの香りに似せることで、被対象者に気付かせる事無く精神操作をかけるという魔法です」


 回収すると同時に、シャポーは解析までも済ませていた。


 部屋に観賞用の植物などは置かれていない。カーリアの鼻孔に甘い香りを感じさせたのは、夢見の香という魔法で間違いないだろう。


「な・・・精神操作の魔法だと。ここには見張りの兵以外、近付けぬようになっている。魔導師が近寄らぬこの場で、魔法が使われるなど考えられん」


 天啓騎士が、ありえないと言った表情で声を荒げる。


「魔導師が近づけない、ですか・・・とすると」


 シャポーが部屋の中をぐるりと見回して、とある一か所を指さした。


「サブローさま、机と椅子をおかりします」


 シャポーに言われて、三郎は椅子から立ち上がると、机と椅子を移動するのを手伝う。


 どうやら、シャポーは部屋の壁に取り付けられている照明器具を確認する様子だった。


 ご丁寧に靴を脱ぎ、椅子から机へと上がるシャポーの目は、照明器具へと向けられている。危なっかしいと感じた三郎は、慌てて机をおさえるのだった。


「エネルギールートからの魔力供給で発動する法陣が、巧妙に隠されてますね。光源魔法が上に重なっていて、一見すると通常の照明と変わりありません」


 両目から緑の光を放つシャポーが、照明器具を覗きこんで断言した。


「まさか、そんな場所に・・・」


「他の人の部屋も調べた方が良いかと思います」


 驚愕する天啓十二騎士達に、シャポーが冷めた表情で言った。


「魔導師を呼べ、全部屋の照明を調べる。領主の館についても調べさせよ。ギレイル様にも即時報告を」


 我に返った天啓十二騎士の一人が、兵士や他の騎士に向けて命令を飛ばす。


 教会建屋四階は、慌ただしい空気に包まれた。


「私達も立ち会った方が良いんじゃない。人族はすぐに隠し事をするって聞いてるし」


「それは無い。我が命にかけて、お約束しよう」


 ムリューが三郎に向けて注意を促すように言うと、命令を出していた天啓十二騎士の男が、苦々し気な表情で言葉を返した。


「貴方の言葉から、偽りない響きが聞こえました。我々はここで待ちましょう」


「痛み入る」


 シトスの提案に、騎士は深々と頭を下げる。トゥームは無言で頷き返すのだった。


 正しき教え所属の魔導師達や兵士達が、あわただしく廊下を行き来し始める。


 命令を出した騎士は、三郎達の部屋を護るかのように扉の前に背を向けて立っていた。


「えっと、シャポーさん、そろそろ机から降りても良いんじゃないですかねぇ」


 三郎は不安そうに見上げて、机上で直立したままの魔導師少女に声をかけた。


 目から発していた薄緑の光は消えており、ただのオブジェの様に立ち尽くしているシャポーがそこにいた。


「シャポー、大丈夫?」


 トゥームの呼びかけに、シャポーが首だけを動かして視線を向けた。


「ま、ま、ま、魔導師としての義務感が、減りましたらですね。き、緊張が、押し寄せて来ましたの、ですよ」


 シャポーは自分のとった行動が原因で、上へ下への大騒ぎになってしまったことを実感し、極度の緊張を覚えてしまったのだった。


「はぁ、だろうと思った。カーリア、少しベッドをかりても良いかしら。シトス、ムリュー、手伝ってくれる。サブローは、そのまま机を押さえててね」


 ため息交じりにトゥームが言うと、全員が仕方ないと言った雰囲気で動き出した。


(あれ、カムライエさんは何処に・・・って、正しき教えを見張りに行ってくれてるのかな。働き者だなぁ)


 そんなことを考える三郎の頭の上では、シャポーを降ろすのを応援するほのかが「ぱー!ぱー!」と元気に声を上げるのだった。

次回投稿は9月6日(日曜日)の夜に予定しています。

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