表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
155/312

第154話 勇者はモテるのか

 三郎達が昼食を済ませた頃、中央王都の王城にある訓練場では、剣のぶつかり合う鋭い金属音が響きわたっていた。


 壁に囲まれた広い訓練場に天井は無く、剣撃の音は四角く切り取られた晴天の青空へと吸い込まれて消えてゆく。


 この訓練場は、王国の剣騎士団や王国の盾騎士団、またそれらに準ずる兵士などが使用することのできる格式の高い場所だ。中央王都奪還の際、三郎達が城の地下牢へと向かうため、最初に突入した兵舎の屋上にある訓練場であった。


 王族や貴族たちが剣術試合を観覧するためのバルコニー席も設けられており、年に一度行われる公開演習の日には、大きな歓声に包まれる場所でもある。


 小規模ながら集団戦の訓練にも対応できるその広さを、今は二人の人物が独占していた。


「テルキ殿、体内魔力の操作が雑になっています。魔力量に頼っているようでは、魔人族と互角に戦えません」


 鋭く向かい来る剣を軽く受け流しつつ、王国の剣騎士団の団長スビルバナンは向かい合う少年に声をかける。


「体内魔力は循環させるもの。相手にうち込む時に、威力を上げるために消費するんだろ。分かってるよ」


 肩を上下させるほど荒い息をついている勇者テルキは、不満の表情を隠すこともなく言い返した。


 スビルバナンは、テルキの剣の指南役を務めている。現在、勇者テルキが剣の稽古に使っている為、訓練場は他の者の立ち入りを禁止されていた。


「そうです。では、もう一度」


 スビルバナンが剣を構えなおすと、テルキは体内魔力を操作して乱れた呼吸を無理やり落ち着かせる。


 したたり落ちる汗も気にすることなく、テルキが訓練場の床を強く蹴った。


 テルキからこぼれた汗の粒が、床へと触れるその前に、剣と剣のこすれあう音が響き渡る。


 斜めに振り下ろされるテルキの斬撃を、スビルバナンが剣を寝かせるようにしていなしたのだ。


 テルキは、かわされてしまった自身の勢いを、大きく左足を踏み出すことでとどまらせた。そして、空を切ってしまった剣を、体内魔力の操作によって全身の筋力を引き上げ、横薙ぎの一線へと変化させる。


 スビルバナンは、半歩テルキと距離をとることで剣の軌道からのがれると、振り抜かれた隙を見逃すことなく間を縮め、テルキの喉元へと自身の剣を当てがった。


「体内魔力操作も驚くほどに上達しています。しかし、体の動きに眼が追いついていないようです。体内魔力を目にも循環させ、視細胞の活性化をすることで私の動きも十分に捉えられるはずです」


 再び荒い呼吸となったテルキの肩に手を置くと、スビルバナンは真面目な表情で今の動きの評価を口にする。


「あー、もう、分かってるって。視力強化ってヤツだろ。それを意識すると、体内魔力の循環が途切れて、剣を振る時に魔力消費に変わっちゃうんだって言ってるんだよ」


 テルキは、大の字になって寝転ぶと、抜けるような青空へ向けて声を張った。そのまま何度も目を開けたり閉じたりし、体内魔力を眼球へと循環させてみる。


 淡い光りを放つ星々が、青空の中にじんわりと浮かび上がってくるのが見えた。


 目と言うものは、非常に優れた感覚器であるがゆえに複雑で、体内魔力を循環して能力を引き出すのも難しい器官の一つだ。


 虹彩の動きを加速し光に対する反応を速める所から始まり、水晶体の厚みや眼圧の制御、網膜にある視細胞の活性化と続いて、視神経の伝達能力を増加させることで相手の動きを『捉える』ことができるようになるのだ。


 当然、眼球そのものを動かす速度も重要となる。


 生まれながらにして魔力に慣れ親しんでいるクレタスの人々ならば『視力強化』と一口に言われれば、それぞれの部位へと均等に魔力を循環させることができるようになって行く。


 だが、クレタスの人族であっても得意不得意の別れる分野であり、その難易度の高さを物語っている。


 勇者テルキは、魔力の無い別の世界から召喚された人間だ。


 やっと四肢への魔力循環に慣れてきたところに、感覚器官が追いついていないと言われてみても一朝一夕にはマスター出来るものでは無かった。


「戦闘においては聴覚も重要になってきます。魔導師との戦いともなれば、五感の全てを使わねばならないのですから、視力強化のみで立ち止まってはいられませんよ」


「スビルバナンさんだけだよ、焦らせるみたいに言ってくるのは」


 テルキは、勢いよく上体を起こして言う。


 荒かった呼吸も早々に落ち着きを取り戻し、吹き出す汗も止まりはじめていた。


「他の先生達はさ、無かった器官を使うようなものなんだから、じっくりと覚えて行けばいいって言ってくれるんだけど」


「平時であったならば、私もそう教えていたかもしれません」


 ため息交じりに言うテルキに、スビルバナンは表情一つ変えずに答える。


 そして、スビルバナンは一呼吸おくと「もう切り上げましょうか」とテルキに聞いた。


「いや、机にかじりついてるより、よっぽどこっちの方がいいや。俺は、実戦で覚えて行くタイプみたいだからね」


 テルキが立ち上がると、スビルバナンも合わせるように剣を構え直した。


「五感が研ぎ澄ませるようになったら、次があるとか言いださないでくれよ」


 言い放つと、テルキは剣を構えてスビルバナンへと駆ける。


 並みの兵士以上の速度に、スビルバナンは剣を突き出して応戦した。


(確かに勇者殿の魔力保有量は、セチュバーの内乱以前よりも多くなっている)


 スビルバナンは自分の刺突が避けられたと察知すると、左へ重心を移動して剣を体の右側に立てて斬撃に備える。


 テルキの剣は、誘導されたかのようにスビルバナンの右胴へ滑り込み、剣と剣のぶつかり合う激しい音が響いた。


(だが、エルート族から知らされた『閃光のような刺突』が繰り出せるとは考えられない)


 スビルバナンは体内魔力を操作すると、テルキを試すかのように鍔競り合う剣へと力を込めた。


 テルキはスビルバナンの剣圧に負けたのか、剣を引くと同時に大きく飛びのいた。


 エルート族の眼をもってしても捉えられないほどの、強固な城の壁に深い傷跡を残すほどの刺突。意識が逸れていたとはいえ、剣豪で知られるセチュバーの王を、一撃のもとに葬ったのだと聞く。


 それほどの力をもった者が、自分の剣の圧力に押されて引くことがあるだろうか、とスビルバナンは考えていた。


(一時的に魔力の保有量が増加し、かの刺突で使い切ってしまったのか。相当数の戦死者が出た戦いであった、にもかかわらず何処にも魔力溜まりが発見されていないと報告がきていたな)


 動物などが、一所で大量に死滅した場合、その内在する魔力が集まって魔力溜まりを形成すると言われている。


 実際、洞窟内で大量の鼠が死んでおり、小規模ながらも魔力溜まりを生成していたと言う事例もあるのだ。


 先の戦いでは、中央王都の内外や王城近くで多くの戦死者が出ていた。しかし、今のところ中央王都の近郊も含めて、魔力溜まりが発生しているとの報告は上がっていなかった。


 魔力溜まりは、肉食の獣などが近づいてしまえば凶暴な魔獣へと変貌して国民の脅威となる。


 そして、人族にとって大きな魔力溜まりに触れるということは、自身の魔力許容量を超えてしまい体調を崩すことに繋がる。そして、最悪の場合死に至らしめるのだ。


 スビルバナンは中央王都解放後、速やかに調査部隊を編成して中央王都の内外を調べさせていた。


(戦死者から流れ出た魔力エネルギーが、勇者に注がれたと考えられるのか。魔力の保有量として定着する前に、使い切ったとするならば・・・)


 隙をうかがうように身構えている勇者テルキを前に、スビルバナンは野盗討伐に勇者を初めて連れて行った日のことを思い出していた。


 野盗の集まっている集落へと乗り込み、三十余名の賊を全て切り捨てた日だ。


 実戦経験を積むということで勇者テルキが討伐に同行したのだが、半数を倒し終えた辺りで勇者が体調を崩した。討伐作戦が無事に終了した後、勇者が高熱を出していたため休む間もなく城へと引き返したのを覚えている。


 聞けば、セチュバーの王を倒したという日も、勇者は高熱を発していたと言うではないか。


(機密事項として『魔含物質の蓄積により勇者は力を得る』とは聞いていたが、飲み食いの類だと安易に想像していた。しかし、別の意味だったとも考えられるな)


 スビルバナンは、勇者召喚の一切を取り仕切った高官の薄笑いを思い出しながら、テルキへと隙無く向けていた剣の先を微かに動かす。


 誘いであったとも知らずに、テルキは隙ありと言った表情を見せて踏み込んできた。


(最初の勇者が、恐ろしいほどの魔力と力を身につけたという伝説も、辻褄が合うというものか)


 勇者テルキの剣先は、鋭い軌跡を描き襲い来る。


 だが、スビルバナンの想像を凌駕する程とは言えないのも、また事実だった。


「五感を研ぎ澄ます先、脳の活性化というものが存在しますが危険とされる領域。我々は心身を鍛え上げ、己が肉体の限界を引き出すため精進するのです」


 スビルバナンは、テルキの質問に言葉を返しながら剣を繰り出した。


 スビルバナンの操る剣は、勇者テルキの先手を行くように全ての攻撃を受け流してゆく。


「くっ、危険でも何でも、強くなれるなら、やったほうが・・・」


 更に一合と切り結びながら、テルキはスビルバナンに疑問を投げかけた。


「持ち合わせる四肢や感覚器官の限界ですら、易々と引き出せるものではないのです」


 テルキに剣で答えを返すように、スビルバナンは攻撃へと転じる。


 たちまちのうちにテルキは防戦一方となり、次の瞬間には、訓練場の床に尻をつけてしまうのだった。


「スビルバナンさんは、脳の活性化とかいうのを、身につけて、るんだろ」


 ずるいとでも言いたげな声色で、テルキは荒い息をつきながらスビルバナンに言った。


「残念ながら。修道騎士でも数人しか会得していないと聞きます。私もまた、剣を極めるにはほど遠い者ということです」


 テルキへと大きな手を差し出し、スビルバナンは晴れやかに笑って見せた。


 修道騎士と聞いて、テルキの頭の中に一人の人物の姿が浮かぶ。傷を負ってもなお、戦い続けるその姿はテルキの中で必要以上に美化されていた。


「修道騎士なら、身につけてる人がいるのか。それなら、どうせだったら、俺はトゥームさんに剣を教えてもらいたいな。あの人は、間違いなく修道騎士の中でも強いと思うんだ。そうすれば、スビルバナンさんより強くなるのも早いんじゃないかな」


 王国の剣の騎士団長に対して失礼な言葉を吐きながら、テルキはスビルバナンの手をかりて立ち上がった。


「勇者殿は国の預かる方です。教会関係者である修道騎士に、個人的な剣の指南役になってはもらえませんよ」


 スビルバナンは、テルキが悪意なく言っているのだと理解しているため、苦笑い混じりに答えた。


「国とか教会とか、俺が強くなったほうがいいんだったら、関係ないと思うんだよな。聞くだけ聞いてみるのも、ダメなのかな」


 良い考えを思いついたぞと目を輝かせて言うテルキに、スビルバナンは「そういえば」と空を仰ぎ見て言った。


 見上げるのは、南西方向の空。高原国家テスニスの方角だ。


「トゥームさんは、現在テスニスへと行っているはずです。先日、公式な訪問として教会評価理事殿が、正しき教えという勢力のトップと対談をされると、テスニスのジェスーレ王が発表していましたから」


「え、俺、全然知らなかったんだけど」


 スビルバナンの言葉に、テルキが目を丸くする。


「当初は、非公式の査察とされていたので知らないのも当然です。向かう道中にあって、相手勢力と何らかの交渉があったのでしょう」


 スビルバナンは、敬意の込もった表情を浮かべて空を眺めていた。


「何その、正しき教えとか言う勢力がどうのって。テスニスって確か南、いや西のほうの国だったっけ。それよりも、理事ってあのおじさんだろ、トゥームさんを連れて旅に出てるのかよ」


 曖昧な記憶をたどりながら、テルキが文句を口にする。


「正しき教えは、現在クレタス内で勢力を伸ばしている集団です。情勢も、座学で教わっているはずですが」


 方眉を上げたスビルバナンが、テルキを見おろすようにして言った。


「教わってる。教わってます。大丈夫、思い出した」


 不穏な空気を感じ取り、テルキは背筋を伸ばして答えをかえした。


 五感を研ぎ澄ます訓練のおかげで、スビルバナンの変化を敏感に感じ取ることができたのだ。


「商業王国ドートの王は、どなたでしょうか」


「か、カルメラ王」


 突然のスビルバナンの質問に、テルキは咄嗟に答える。だが、正解はカルモラ王だ。


「午後の自由時間ですが、座学にしておきますか」


「午後は、財務担当官の男爵の娘さんと、会う約束が」


「強くなるのには関係ありませんね」


 テルキの首根っこを掴むと、スビルバナンは訓練場の出口へと向かって歩いて行った。


「ちょ、せっかく、こっちに来てからモテるようになったのに。約束破るだなんてだめだと思うよね。スビルバナンさん?」


「私が断っておきます」


 テルキの泣き言は、スビルバナンに一蹴された。


(この、自分を「モテる」と言っているのが、少々問題になりつつあるし。私こそサブローさんに相談したいところなのですよ、勇者殿)


 スビルバナンのため息を残し、訓練場の扉は閉まるのだった。

次回投稿は8月23日(日曜日)の夜に予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ