第153話 新たなる師匠
午前の対談を終え、昼食を兼ねた休憩をとることとなった。
午後は、正しき教えに捕らえられている修道騎士達との面会が予定されている。教会の理事である三郎は、修道騎士カーリア・アーディと話をした後、残る十七名とも会わねばならない。
カーリアには、現在のクレタス情勢を知らせねばならなず、彼らが捕らえられた経緯から現状までを確認する意味で聴かねばならない。そのため、十分に時間をかける必要があると考えていた。ゲージを取り上げられている可能性が高く、セチュバーの起こした内乱すら知るところではないはずだ。
だが、残る十七名には気の毒だが、ギレイルの言っていた通り「挨拶程度」しか時間を割くことが出来ないと三郎達も重々承知していた。
昼食をとる三郎達の姿は、キャスール教会の建屋前に堂々と横付けされている馬車の中にあった。
「こんな、正面入口の前で待っててくれるなんて、クウィンスは賢い子だよなぁ」
三郎が、肉と野菜がはさまれたパンを頬張りながら、馬車前方に顔を向けクウィンスのふさふさした頭毛に目をやった。
先ほど撫でた感触を思い出し、三郎の目元が緩む。当然、三郎もクウィンスから毛づくろいされ返されており、髪の毛がくしゃくしゃになってしまっているのだが、当人はまったく気づいていない様子だった。
三郎とクウィンスのいつものじゃれあいなので、見慣れてしまっている仲間たちは、三郎の乱れた髪を完全にスルーしている。
「御者のミケッタとホルニに、建屋前の広場内に停車しておけるように話しをつけておいてくれと頼んでいたのも必要なかったですね。友獣は同種の仲間を大切にすると言いますが、サブロー殿を『仲間』だと思っているのかもしれませんよ」
カムライエが鶏肉の香草焼きを旨そうに食べると、三郎の言葉に返事をかえした。
御者の二人は、見張り役として御者台に座っており、何時でも走りだせるように心づもりしてくれている。
「わりょわしゅは、もぐもぐ、ひろろくをきょうろうへいかふひゃろ、もぐもぐもまひまひゅ、むぐぅっ」
「口の中の物を飲み込んでからにしなさいよ」
知識を披露しようとして食べ物を詰まらせたシャポーに、トゥームが飲み物を差し出して言う。
三郎達は、正しき教え側が昼食や休憩室を用意してくれていたのを丁重にお断りし、自分達の馬車へと戻って食事をとっているのだ。
自分たちの食事は準備してきただのなんだのと、遠慮するような趣旨の言葉を並べ立てて断ったのだが、言ってしまえば身を護る安全策をとったにすぎない。対談が無事に終了したとはいえ、反対勢力のど真ん中に居ることに変わりないからだ。
それに加え、対談の所感について仲間内で共有しておく必要もあるため、馬車に一旦引き返すと事前に決めていたのだ。
「ぷはっ!助かったのですよ。でですね、ワロワ種は人族を共同生活者と見なしますが、人族に対しワロワ種同士のような関係性を持つのは、非常に珍しいことなのです。サブローさまに対する毛づくろいという行為が、何よりも物語っていると言えるのですよ」
シャポーはカップの中身を一気に飲み干すと、その勢いのまま言い切った。
「そっかー、仲間だなんて思ってくれてるんだったら嬉しすぎるかも。クウィンスも最悪の場合の『撤退作戦』を考えてくれてたってことだもんな。クウィンスは足も速いし賢くて凄いな」
御者二人の話によれば、三郎達を降ろして見送った後、クウィンスが建物へと首を向けたまま一歩も動かなくなったのだと言う。最初こそ、移動してくれと言ってきた正しき教え側の人々も、クウィンスの様子を見るにつれ『何と情の深い友獣ワロワか』と言って停車を容認してくれたのだとか。
「その撤退作戦を実行させそうになってたのは、どこの誰だったかしら」
香草焼きにフォークを伸ばす三郎に、トゥームが口の端を上げて言う。
「そこは、何と言いますか、皆様を信用して、と言いますか。ギレイルさんと話しをしてて『大丈夫そうだな~』って感じた、と言いますか」
三郎は答えながら、上目づかいにトゥームの表情をのぞき見た。
「信用というよりも、サブローの声からは『覚悟』の響きが聞こえていましたよ。危険を伴う一手を打つのだと理解し、戦いの先手を取る準備をした程です」
「あの時は、動き出すギリギリまで精神を研ぎ澄ましたんだからね。収穫がありませんでした、なんて言ったら済まないレベル」
シトスがやんわりとした口調で言う横で、ムリューがサラダをショリショリと上品に食べながら、悪戯っぽい笑いを浮かべて言葉を付け加えた。
「ほんとうに、皆様を頼りにさせてもらっております。独断専行したのは、申し訳ないと思っております。はい」
三郎が、反省するように頭を深々と下げて言う。
「頼りに考えてくれたことで、サブローの思い通りに話を進められたのだったら構わないわ。何か分かったの?」
トゥームの言葉に、他の面々も頷いて三郎へと注目した。
その時、さっと流れる優しい風が、開け放った幌の中を気持ちよく通り過ぎる。三郎達は、無防備にも布窓を開け、馬車の前後の布も解放したまま話をしていた。
昼食や休憩室を断った手前もあり、馬車へと集まってコソコソとしていれば、正しき教え側の警戒心を変に煽ってしまうかもしれない。
よって三郎達は、明け透けな状態で昼食をとっていた。
案じたとおり、正しき教えの者が数人、何気なく通り過ぎるのを装って様子をうかがいに来ていた。会話する声も彼等の耳には届いてしまったことだろう。
だが、シトスとムリューが『声は届けども内容は聞き取られない』という、大気と風の上級精霊魔法を行使してくれたおかげで、気兼ねなく会話することが出来るのだった。
「ギレイルさんと面と向かって話をしてて、気付いたって感じなんだけどさ・・・」
三郎は、仲間一人一人へと視線を向けながら、対談で得た自分の考えや情報を整理するように話し始めた。
一つ目に、修道騎士は捕らえられおり『正しき教え』に帰依するようギレイルに説得されている様子だということを確認する。
シトスが微かに聴き取ったギレイルの声の響きから、ほぼ確実であろうと全員が同じ認識を持っていた。
二つ目に、対談において決定されたことを、今後の動きも含めて確認した。
正しき教えは、武装解除をせぬままテスニス政府や教会との会談を設けようとしている。源泉に仕掛けられた魔法を解除した後も、正しき教えがギレイルによって存続した場合、対話路線で行くことになるだろう。
午後にもなれば修道騎士達との面会となるが、ゲージが取り上げられている以外に、精神操作の魔法を受けている可能性もシャポーから伝えられた。
ゲージは、個々人の保有する魔力を識別し、本人によってのみ操作が可能となる代物だ。極端な話、他者の魔力影響下で傀儡となっている場合には、本人の基本となる体内魔力が歪められゲージの使用ができなくなると言う。
(あーっと、そう言えば指紋や声紋とか以上の保有魔力によるセキュリティロック的なアレが、ゲージにはあるんだったっけか。体内魔力紋っていえばいいのか、いや魔力紋か、ん・・・マモン。どっかの悪魔か何かの名前だったかな)
三郎は遠い記憶を探りながら、下らない思考に流されつつシャポーの話しを聞くのだった。
そして、最後の三つ目として、三郎がギレイルに抱いた『感覚』について話をする。
ギレイルが操られていないのを確認するため、触れずにおこうと話し合っていたセチュバーへの渡航歴について話をきりだしたのだと、三郎は正直に話をした。
更に、源泉に魔法を仕掛けたのが、恐らくはギレイル本人では無いことも伝える。
「・・・サブローが、あの人に誰かの魔法がかけられて無いと判断したのだったら、それに従うのだけれどね」
三郎の話を聞き終えると、トゥームは複雑な表情で言葉を返した。
「俺がそう感じたってだけで、皆に危険な橋を渡らせたのは、本当に申し訳ないと思う。今後は無いようにする」
両手を合わせて言う三郎に、トゥームがためらいながらも口を開く。
「私達じゃないわ。サブローの一言は、十二人・・・いえ、高教位殿も数えれば十三人の命を危険にさらしたのよ。私達は、サブローを護ることに全身全霊を注ぐわ。そうなれば、相手が本気であればあるだけ、こちらが命を奪わないと決めていても間違いは起きてしまうものだもの」
諭すようなトゥームの言葉に、三郎は息をのんだ。
「いや、そうだよな。俺は自分達の危険ばかり考えてた」
三郎は、自身の浅慮な覚悟に気付かされた。
相手が剣を抜かなければ問題はない。だが、三郎の言葉が引き金となり争いが起これば、相手の命に対しても三郎の「その一言」が責任を負うのだ。
もし戦いとなっていたら、三郎は全てが終わった時に気付く事になっていたのかもしれない。
「貴方の行動や言葉を止めるつもりはないの。ただ・・・」
「覚悟するなら、そこまで考えを及ばせるべきだったよな」
トゥームに最後まで言わせるのは間違っていると気づき、三郎は表情を引き締めて言葉の後を引き継いだ。
「私は『血を流さぬよう』サブローを全力で補佐する立場だから、貴方が良いと判断したのなら迷わないで頂戴ね」
トゥームは表情を和らげると、三郎へ頷くようにして言った。
(あぁ、そういうことか。トゥームは、俺が「血を流さずにすめばいい」って言ったのを覚えてて助言してくれたのか。トゥームの倍以上も年食ってるおっさんが情けない事だなぁ、ったく)
三郎は、トゥームの言葉を心の中で噛みしめるように一息吐くと、心の底からの礼を言った。
「助かるよ、ありがとう」
そんな三郎とトゥームのやり取りを見て、目を輝かせている者が二人いた。
一人は、当然ながらシャポーだった。
「しゃ、シャポーもサブローさまを助けられる一言が言える女性を目指すのですよ。トゥームさんを目標にするラルカちゃんの気持ちが、すっごく分かった気がするのです」
鼻息も荒く、シャポーが両手を握りしめて言った。
その頭の上では、ほのかも両拳を振り上げて、鼻から小さな火を吹き出している。
「シャポーには、いつも助言をもらって助かってるから、そんなに意気込まなくても大丈夫だよ」
三郎が半笑いとなって、シャポーの肩を落ち着かせるように叩いた。
シャポーは「へへへー、そうなのですかぁ」と嬉しそうに笑って返すのだった。
残る一人は、トゥームへと視線を向けていた。
「修道騎士とは、かくも誇り高い者であったのですね。私はあの場で、敵を切り伏せることしか考えていませんでした」
意外にも、瞳を輝かせていたのはカムライエだった。
「誇り高くないとは言わないけれど、カムライエさんがそこまで目を輝かせる程じゃないわよ」
「何をおっしゃいますか。サブロー殿も立派な人物と思っていましたが、トゥーム殿もこれまた人の命を重んじる立派なお方でありましたか」
改まった物言いになって、カムライエがトゥームを誉めそやす。
「私はサブローの言っていることを、自分なりに解釈してるだけなのよ」
トゥームは困り顔になって、周りに助けを求めた。
シトスやムリューは、真っ直ぐな人の心根の響きを聞き、満足げな微笑を浮かべるだけだ。
シャポーは「うんうん」と頷くばかりで、三郎は肩をすぼめて見せた。
「今後は、師匠と呼ばせてもらいま――」
「やめて」
カムライエの言葉に、トゥームが間髪入れず返し一同から笑いが漏れるのだった。
次回投稿は8月16日(日曜日)の夜に予定しています。




