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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第152話 したたかなる、おっさん

 三郎は、高教位ギレイルと対談を進めていて、一つの考えが胸中に浮かんでいた。


 仲間たちとの事前の打ち合わせで、ギレイル本人が何らかの精神操作魔法を受けている可能性も頭に入れ注意しておくように言われていた。その場合、魔法を行使した者は、守衛国家セチュバーと関りの有る人物で間違いないだろう。


 だが、ギレイルの表情や話す雰囲気から、洗脳や精神操作の片鱗がうかがえる様子も無く、ギレイルはギレイル自身の言葉で話しているように三郎には感じられた。


(何と言いますか、後でトゥームに説明しろって詰め寄られても困るんだけど、ギレイルさんは堅物だけど真面目一本気な人にしかみえないんだよな)


 根拠を問われれば、ありませんと即答する自信は十分にあった。それでも三郎には、彼が何者かの魔法によって操作されるような人物には見えなかったのだ。


 カムライエの集めた情報にも、ギレイルが若い頃から武力に頼る思想の持ち主だったことがあげられていた。キャスール統括司祭と意見をぶつけ合う程の若者だったというが、目の前に座っているギレイルから、その光景が容易に想像できてしまうのだった。


 今現在も、一貫してその思想を貫いているのだから、魔法によって無理に言わされていることはないのではないかとも思うのだ。


(それにさ、セチュバーが反乱を起こした時、動向を見守るだけでセチュバーと共闘しようとする動きは見せなかったみたいだし。まぁ、十八名もの修道騎士の身柄を押さえただけでも、十分と言えば十分な働きになるのか。うーん)


 でもなと三郎は考える。ギレイルが精神操作を受けており、セチュバーの反乱を成功させるために動いていたのなら、テスニス領内で開戦して混乱を助長していたのではないだろうか。上手くいけば、テスニス領を手中におさめ、セチュバーに加勢していたとも考えられる。


 セチュバー軍の指揮官は、中央王都の外にある貧困街の若者達を、撤退の為に捨て駒として使うような人物だ。『正しき教え』に対して、同様の扱いであっても何ら不思議ではない。


 テスニス領に入ってから得た情報だが、野盗などの無法者をキャスール地方から排除したというのも、理知的な行動である印象を受けるのだ。


 三郎の次の言葉を待つギレイルの瞳は、真っ直ぐに三郎を見続けていた。


 背中で、戦闘に身構える仲間の気配を感じながら、三郎はゆっくりと両目を閉じる。大きく息を吸い込むと、数秒の間胸に溜め、心を落ち着かせるように長く吐き出した。


(ギレイルさんは正常な気がするんだよなぁ。そう感じるってだけの不確かな感覚なんだけど、間違いないと思うんだ。こんな理由で、仲間に危ない橋を渡らせるのは本当に申し訳ないけど)


 三郎は、自分に言い聞かせるように心の中で呟く。


 三郎の抱いたその不確かな感覚は、体内魔力がほのかの精霊力で満たされていることに起因するのだが、確信へと変わり行くのは少し先の話しとなる。


 そして、ゆっくりと目を開けながら、三郎が一番許せない部分に考えが行きついた。


(何より、最初の勇者が残した『教え』を理由にして、合ってるだの間違ってるだのと並べ立てて、護るべき人々を不安にさせてるのは許せないんだよな)


 五百年も前に、勇者の召喚に引っ張られて迷い込んでしまう人がいるかもしれないと、最初の勇者は様々な配慮をしてくれていた。クレタスに住まう人々の平和だけでなく、あくまで可能性として考えられる『迷い人』に対しても、不安を少しでも無くすよう『教え』に残してくれていたのだ。


 三郎が何度その心配りに救われたことか。


 会うのは叶わない相手だ。しかし、最初の勇者に感謝の気持ちを伝えたいと、三郎は心の底から思っている。


「ギレイルさん、一つお聞きしても良いでしょうか」


 覚悟の響きを乗せて、三郎が口を開いた。


 シトスやムリューの気配が、三郎の声を聴いて鋭さを増す。


「何でしょう。答えられる範囲なら何なりと」


 三郎へ向けた視線も揺らぐことなく、ギレイルは低い声で答えた。


「ギレイルさんは、キャスールを離れていた間どちらにいらしたのですか」


 三郎の目の端に、カムライエの腕がぴくりと動くのが映った。


 カムライエが反応したのは、事前の打ち合わせでギレイルがセチュバーへと赴いていたことには触れず、対談を進めようと決めていたからだ。


 だが、三郎は様々な意図を含めてこの質問をしていた。


 三郎の考えが間違っていて、ギレイルが精神操作を受けているならセチュバーとの関係性を隠すだろう。さもすれば、開き直って戦闘になるかもしれない。


 セチュバーへの渡航を明かさなければ、正しき教えの裏に黒幕が存在するのを示唆することにもなるのだ。


 ギレイルは、三郎の質問に少々面食らった様子で両目を見開いていた。


「正直、質問の意図を図りかねますが・・・私は、五年ほど前までセチュバーに居を構えていました」


 天啓十二騎士達も既に知っていたのか、ギレイルの答えに動揺を見せる者は一人もいなかった。


 ギレイルが隠す様子もなくすんなりと答えたため、三郎はギレイルが操られていない可能性が大きくなったなと考える。そして、さらに踏み込んだ質問に舵を切った。


「セチュバーですか。何をなさっていたのか聞いても?」


 反乱を起こしたセチュバーという国名を聞いて、落ち着き払ったままの三郎の声に、ギレイルは調べがついていたのだなと理解した。


「理事殿は、知り及んでいるのでしょうが、答えるとしましょう。私は若き日から、教会の在り方に疑問を持っていました」


 ギレイルの言葉に三郎が頷いて先をうながす。


「当時のキャスール統括司祭とは、教えに反する者の処罰もあるべきだと言って、口論になった程です」


「教えについて熱心に勉強されていたとは聞いています」


 口元を微かに歪めて言うギレイルに、三郎はやんわりとした答えで返した。


「熱心とは、言い得て妙ですね。しかし、単純に意見の相違があった、教えについての解釈に違いがあったのですよ」


 ギレイルの言葉を、三郎は真面目な表情で聞いていた。


 三郎の真剣な様子を見て、ギレイルは姿勢を正すように座り直す。


(この理事は何を考えている。白紙に戻すと言い出し『願い事』とやらを私に承諾させようとしているのかと思ったが、違うのか。いや、私とセチュバーを結び付け、反乱に与したとして難癖を付けようとしているのかもしれないな)


 懐疑的な視線で三郎を見やると、ギレイルはやましい所など無いと示すように背筋を伸ばし、堂々とした声で言った。


「私は、当時の統括司祭に修練兵や修道騎士の更なる充実も必要だと語りました。統括司祭には、未熟な考えだと諭されましたが。それ故に、侵略者の洞窟を護る守衛国家セチュバーであれば、私の考えも理解されるのではとの思いに至り、セチュバーの教会で教えを乞うため旅に出たのです」


「それで、セチュバー教会で、ギレイルさんの考えは受け入れられたのでしょうか」


 三郎は、口調に角が立たぬように気を付けて聞き返した。


「修道騎士から高司祭になられたことで知られる、モルー高司祭からお声がかかり、直々に教えを受ける機会を何度も頂きました」


 モルーの名がギレイルの口から出たため、三郎は僅かに眉間にしわを寄せた。


 高司祭モルーの裏切りは、教会でも修道騎士と一部の者にしか知らされていない。諸国においても、国王含む一部高官までに留められている情報だ。


 教会の高司祭が、セチュバーに協力していたともなれば兵士の士気にも関わる恐れがある為、戦いに終止符が打たれるまでは公表しないとされたのだ。現在、教会では、中央王都奪還の戦闘において戦死したとだけ開示している。


「モルー高司祭に、ですか。モルー高司祭は何と言われていましたか」


 ギレイルの様子から見て、正しき教えはモルーのとった行動について、情報を得ていないのだろうと三郎は察する。


「私の考えにも正しき所はあるとおっしゃられ、現在の教会組織には受け入れられない解釈であるとも言われていました。新たな組織を作るほどの改革を要することだと、私に助言を与えてくださった。その真意を理解するのに数年かかりましたが、私がキャスールに戻り『正しき教え』として人々に説くとの考えを伝えると、信ずる道を進めば答えが出るだろうとの有難いお言葉をもらいました」


「確かに、正しき所もあるのでしょう。ギレイルさんは、モルー高司祭を尊敬されているのですね」


 三郎は、慎重に言葉を選んで言った。


 クレタスの現状として、確かに様々な格差は存在している。セチュバーの内乱は、それが理由で起こったと言っても過言ではないのだ。


 教会の理事としてだけではなく、人として目を瞑るわけにはいかない問題だと、三郎も改めて思う所ではあった。


「当然でしょう。私の言葉に真摯に向き合い、認める部分があれば『認める』とはっきり申された。あの方を尊敬せずして、誰をできましょう」


 三郎はギレイルの話しぶりから、彼が真面目な性格なのだと理解した。真面目過ぎたのだ、それ故にと三郎は考える。


(利用された・・・か)


 モルーは、間接的にテスニスの情勢不安の芽を作り出していたのだ。


「それで、ギレイルさんの答えは出たのですか」


「正しき教えに集う者達が、私の答えだと理解していますよ」


 三郎の質問に、ギレイルは間を置かずに答える。


「そうですか」


 ギレイルの答えを聞いて、三郎は残念な思いを感じていた。


「ギレイル殿の考え、確かに聞かせてもらいました。白紙に戻すと言ったのは、軽率であったと謝罪いたします」


「教会の理事殿が、理解を示すと申されるのですか」


 三郎が、またも唐突に手の平を返した為、ギレイルは思わず声を裏返してしまった。


「理解を示すとまでは言えませんが、互いに話し合いを要する立場であると申し上げておきます。納得しかねると言われるなら、今少し対談を延長しても良いと考えますが」


 三郎は、壁にかけられた時間計に目をやって答える。相手の焦る気持ちを煽るため、わざと視線を向けたのだ。


「一つ確認出来れば、当方に異存はありませんが」


 ギレイルの言葉に、三郎が「何でしょう」と返事を返す。


「武装解除と申されていたが、条件だとみなせばよいのでしょうか」


「私の口からは『努力義務でしょう』としか答えられませんが」


「十分です」


 テスニス政府の要求である為、三郎の口から断言することは出来ない。だが、教会の理事が努力義務だと言ったことで、会談を設ける条件として武装解除する義務は無くなったのだった。


 ギレイルや正しき教えから見れば、全てが思惑通りに運んだといえる。


 対談も終わろうかという雰囲気になった矢先、三郎が思い出したかのように声を上げた。


「そういえば、お願い事を失念していました」


 正しき教えの面々に緊張した表情が戻り、ギレイルが話の先を促した。


「私は教会評価理事としてもですが、個人としてキャスールに初めて来ています。つきましては、噂に高い『竜の咆哮』を見学させてもらいたいと。組織の要職に就いた身であるので、見識を深めておかねばならない立場となり、お助け願えればと思うのですが」


「そんなことでしたら、先に言われても良かったものを。明日、時間が取れるならば天啓騎士をつけて案内させましょう」


 何を言い出すかと身構えれば、妙に下手な物言いで『観光名所が見たい』と言い出したのだ。


 ギレイルは、深読みしすぎていたなと思いながら、教会の理事の何と容易い事かとも考えていた。


 だが、三郎はギレイルの一言をもって、この対談の全ての答えが揃ったと考えていた。


(魔力素の法陣を設置したのは、ギレイルさんじゃないんだな。この状況を利用するために、何者かが仕掛けたんだろう。十中八九セチュバーだろうけど)


 したたかなおっさんは、得たかった情報を全て引き出していたのだった。

次回投稿は8月9日(日曜日)の夜に予定しています。

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