第150話 ペースだけ握るおっさん
「その件に関し、当方としては受け入れかねます」
ギレイルが、修道騎士の身柄の引き渡しについて、三郎に即答する。その表情は、感情の読み取れない穏やかな笑顔を浮かべていた。
「理由をお聞かせ願えますか」
三郎は、断ってくるであろうと予想していたため、落ち着き払った口調で質問を返した。
受け入れない理由も、大体の見当はついているのだが、あえて知らぬ様子で言う。三郎の思ってもいない答えが、ギレイルから返される可能性も無いとは言い切れないからだ。
「言わずとも理解されているのでしょう。まず、十八名もの修道騎士を相対する側に戻すのは、我々自身の首を絞めることを意味する」
ギレイルの言葉に、三郎は静かに頷き先を促す。
「その上、先ほどの話しで『修道騎士は人質になり得ない』と申されていましたが、理事殿にご来駕いただいただけでも、十分に影響力があったと言えるのでは」
ギレイルは笑顔を強めると、三郎に倣うようにゆっくりと深く頷いて見せた。
(まぁ、説得を続ける理由がある、とは流石に言わないか。魔力素に繋がる話題なんて出したら、天啓十二騎士にも疑問を抱かせることになるもんな。シャポーが、緩い精神魔法の一種だって言ってたから、その辺がネックなのかもな)
満足げな顔を向けて来るギレイルに、三郎は笑顔を返しながら、思った通りの答えが返って来たなと考えを巡らせていた。
だが、ギレイルとの対談を続ける中にあって、三郎が僅かに違和感を覚えていた部分が何であるのかを、今のギレイルの言葉で気付くことができたのだった。
(ギレイルさんは、あれだ、俺と言うか教会の理事に対して敬意を持ってないんだな。ご来駕って尊敬語を使ってきたけど、その前に『先ほどのお話』とは言わなかった。今までの対話で、敬語がちょいちょい抜けるから、妙な感じがしてたんだなぁ。しっかし、俺もよくここまで聞き取れるようになったもんだ)
三郎は、自分の努力に称賛を送りつつ、ギレイルをまじまじと見直した。
洗脳魔法の話題を三郎が出してから、ギレイルが終始崩さぬようになった穏やかな表情は、感情や言葉の真意を悟らせまいとしている様に見える。
損得で考えてくれていた分、商業王国の王カルモラのほうが、三郎としては相手しやすかったなと思い出すのだった。
「私が来た、ということで修道騎士は人質として役立ったと言われるなら、それは大きな間違いです。修道騎士は大局を見据え、より犠牲が少ない方を選びますからね。現在のクレタス情勢が知れれば、捨て置けと申し出ることでしょう。私はあくまで、テスニス政府と諸国の要請で動いているにすぎませんので」
三郎も負けじと、営業スマイルを張り付かせて言葉を返す。
「ほう、まるで理事殿が、修道騎士の命など惜しくはないと言っているように聞こえますが」
ギレイルは、三郎の言葉通りに修道騎士の命を奪っても良いのか、と聞くように首を傾けて言う。
「まさか、修道騎士は斯くある者と言ったまで。幸いにして、私の秘書官には修道騎士が就いてくれていますので、彼らの志が多少なりとも理解できるのですよ」
「理事殿のお考えで、間違いないかと」
三郎の答えに、トゥームが騎士の礼をとって静かな声で言葉を繋ぐ。
ギレイルは「ほう」と一つ相槌を打ち、三郎の後ろに控えるトゥームへ目を向けた。天啓十二騎士の多くも、ギレイル同様にトゥームへと視線を集める。
三郎は、良いタイミングかと判断して「もう一つ言わせてもらうと」と人差し指を立てた。
「十八名もの修道騎士を内に抱えたまま、テスニスとの武力衝突などが始まってしまえば、彼等は腹に抱えこんだ敵となり貴勢力最大の憂いとなってしまうことでしょうね」
あまりにも穏やかに確信めいて言う三郎に、ギレイルが方眉を上げる。
「我が勢力に囲まれた状況、いくら修道騎士とはいえども何十倍もの兵力に囲まれているのです。理事殿に心配してもらう程の懸念とは、ならないと思いますが」
天啓十二騎士の中にも、ギレイルの言葉に頷く者が数人見られた。
(おや、十二騎士とは言っても、技量が推し量れない人ばかりなのかな。トゥームが、この空間を劣勢だと判断すれば、俺が席に着くこともさせなかっただろうから、現状として負けることは無いんだと思うんだけど。シトスやムリューだって、状況を問題視してないんだろうし)
戦闘において、三人に絶対の信頼を置いている三郎は、天啓騎士達の余裕ともとれる様子を目に内心驚いてしまうのだった。そして、釘をさすにはちょうど良さそうだなと考える。
「修道騎士の全力を目にしたことは」
三郎の思惑通り「争ってなどいませんから、見たことは無いですよ」とギレイルが答える。
「敵として剣を交さぬよう、お祈りいたします」
三郎は、教会の印を胸元につくり、神妙な面持ちでゆっくりと頭を下げながら言った。
十二人の騎士から、ざわついた気配が漂う。
「我が天啓十二騎士が、修道騎士にも劣ると」
彼らの言葉を代弁するように、ギレイルが低い声で問う。が、三郎は首をゆっくりと横に振るだけで、明確な答えを返さなかった。
束の間の静寂が、対談の場を支配する。
「さて、修道騎士の身柄の引き渡しについて、承諾いただけないと理解いたしました。お気持ちが変わりましたら、いつでも言ってください」
突然、三郎が表情を戻すと、穏やかな口調でギレイルの言葉を受け入れた旨を伝えた。
「・・・理事殿は、引き渡さずで良いと申されるのか」
ギレイルが、作った笑顔を曇らせて真意を確かめるように言う。
あまりにもあっさりと引き下がった三郎に対し、他意があるのではないかとの疑念がわいていた。
「時間もありませんし、同様に大切な事案が残されていますので」
時間計に目もやらず、三郎が朗らかに言うのに対し、ギレイルは思わず時間計を確認してしまった。
(まだ、それ程の時間が経過したわけでもない。身柄の引き渡し交渉も無く、交換条件の提示も無いというのか。この男には、結論を急く理由があるとでも・・・。冒頭で『願い事』と言っていたものが、修道騎士の身よりも重視する内容なのか)
ギレイルは、ここ数年、自分の言葉に人の心を動かす影響力があるのだと確信を得ていた。教えについて説法すれば、深く傾倒してついて来る者も増えている。
教会評価理事だという目の前の男にも、対談当初は手ごたえを感じていた。
だが、余談だなどと修道騎士に関する持論を展開し、さもすれば脅しとも取れない言葉を投げかけて来るのだ。その割には、ギレイルを説得しようとする姿勢に欠けているとも受け取れた。
面会の相手も、修道騎士の引き渡しも、全てがギレイルの提案通り話しは進められている。
にもかかわらず、対談のペースを握られているような不快感を、ギレイルは覚えはじめていた。
次回投稿は7月26日(日曜日)の夜に予定しています。




