第149話 腹話術師なのか、どうなのか
事務用のゲージは、非常に優れた機能を持っていた。
操作者であるカムライエの耳から聴き取られた対談の文言が、自動的に次々とゲージ上に記録されていく。
ギレイルの背後に控えている天啓十二騎士の一人が、いつの間に取り出したのか、同型の事務用ゲージを手に議事を記録していた。
三郎の目の端には、カムライエの操作するゲージがちらちらと見えており、大半の興味がそちらに傾いてしまいそうになるのを何度もギレイルへと引き戻すのだった。
(そういえば、コムリットロアでは、雑談に紛れるみたいに大切な情報が飛び交う会議を、トゥームは一人で記録してくれたんだよな。高司祭達には二人ずつ秘書官が付いてたくらいだから、大変だったろうなぁ。あ、お礼言いそびれてる・・・今更すぎて呆れられそうだけど、後で言っておこう)
三郎は、ギレイルに向けた表情を一つも変えることなく、教会の管理体制コムリットロアでの一齣を思い返していた。
同時に、高原国家テスニスを管轄する高司祭オスモンドの柔和な笑顔が頭に浮かび、彼の報告にあった修道騎士の名も思い出す。三郎の記憶が確かならば、アーディ家の長女でカーリアという名だったのではないだろうか。
正しき教えに加わった、若い兵士達の話を聞く中心となって動いていた修道騎士の名だ。
それらのことを考えるだけ、三郎が心に余裕を持てていたのには、十分な理由があった。
時間稼ぎにと口をついて出た互いの自己紹介が、思わぬ情報収集に繋がったのも一つではある。だがそれ以上に、カムライエの準備してくれていた書類を、一夜漬けではあったが真剣に暗記しておいたのが大きな理由だった。
三郎にしてみれば一夜漬けとは言えども、旅の中で何度も確認し合うように会話していた内容だったので、遥か若き日におけるテスト前ほど切羽詰まった感じではなかったのだが。
その内容とは、教会の要求である捕らわれた修道騎士との面会とその身柄の引き渡し、テスニス政府の要求である武装解除と対話による平和的な解決を望むといったものだ。
武装解除を前提に話し合いの席に着くならば、正しき教えは『思想集団』だとテスニス政府が間接的に認めることになる。それを良しとするかは、ギレイルの胸三寸であろう。
政府からの要求は、少々長い文章でオブラートに包んだような言い回しが多かったが、端的に言えばセチュバーを攻めるに当たり背後に武装集団を抱えるのは望ましくないので、速やかに武装解除せよということだった。
三郎は、手にした書類へ出来る限り目を落とすことなく、ギレイルと視線を合わせるよう努めて内容を伝える。
確認の意味も含めて直接聞かせてもらうといった言葉通り、ギレイルは三郎の読み上げる内容を静かに聞いていた。
粗方の内容が伝えられると、ギレイルは静かに口を開いた。
「確かに、先だって知らされていた内容で間違いないようです。一つ一つ、話し合って行きましょう」
ギレイルは、手元にゲージどころか資料の紙一つ置かず、三郎に笑顔を向けて言った。
三郎は承知した旨を伝えながら(ギレイルさん、出来る人感ばりばりに出してくるなぁ)と胸中で呟く。
「まず、こちらがお預かりしている修道騎士殿全員との面会は、なにぶん十八名もいますので時間ばかりかかります。どなたか代表者一名としてもらい、他の方々についても同様の扱いであると判断していただければ良いかと」
「面会として話をさせてもらうのは一名でも問題ありません。しかし、挨拶程度でかまいませんので、全員の置かれた状況をこの目で確認せねばなりません。できれば、お心遣いいただけると有難いのですが。理事という立場もありますので」
ギレイルの言う通り、一人につき三十分程度話したとしても、十八名と面会すれば九時間もの時間を要することとなる。だが、三郎の立場上、全員の安否確認は絶対にその眼でしておかねばならない事の一つなのだ。
天啓十二騎士の一人が、ギレイルに耳打ちするように何か伝えると、ギレイルは三郎に向き直った。
「では、我が天啓十二騎士の者が、各人の部屋まで案内します故、我々がいかに良い待遇をしているかご確認ください」
「ありがとうございます。末席ではありますが、コムリットロアに属する者が動いていると知れれば、彼等も少しは心穏やかになるでしょう」
三郎は、やんわりとではあったが頑なに、全員と言葉を交わすことを譲らぬ姿勢で言う。自分が動いていると『知らせる』ということは、暗に短い会話をすると言っているようなものだ。
「・・・まぁ、良いとしましょう。但し、挨拶程度で留めてもらいます。なにぶん『時間が限られている』のです。天啓十二騎士の指示に従ってもらいます」
「ご配慮、痛み入ります」
長く話をされては不都合でもあるのだろうかと、三郎は心の中で勘繰る。しかし、シトスやムリューがいるのだから、挨拶程度でも声を聴くことさえできれば、意識レベルや精神操作の有無も解るというものだ。
エルート族と親しく接している三郎だからこそ思いつく所であり、エルート族と親交の無い一般の人族ならば『監視も付け、挨拶程度ならば問題ない』と考えて当然といえた。
「して、面会する一名については『修道騎士には序列が存在しない』ゆえ、こちら側で決めさせてもらいました」
ギレイルが笑顔のまま、さも決定であるように言葉を強くして言った。
流石に『教え』について深く学んでいるだけあり、修道騎士という組織についても熟知している様子だ。
修道騎士はまとめ役である団長などの『役割』は存在しても、騎士同士の上下関係は無い。各種作戦行動において、適した人材が指揮系統の役割を担うだけで、上官から下される命令というものは基本として存在しない。まとめ役から修道騎士へと出される作戦指示も『要請』と呼ばれるのは、それ故であった。
「そう、ですか。ふむ、出来ることなら、テスニスに赴いた騎士達の指揮をしていた、アーディ家のカーリア殿と面会できればと考えていたのですが」
つい先程、思い出したばかりの名を、三郎はいかにも前々から考えていた風を装って言う。
アーディ家は、優秀な修道騎士を何人も排出している家系だと、トゥームから聞かされていた。派遣された修道騎士の中でも、魔力物質の影響を受けていない可能性が高いのではと思ったのだ。
何より、旧知の間柄であるトゥームが話を聞けば、言動などの些細な違和感も感じ取れるのではと考えたのだった。
無理かと思って出した名前に、ギレイルは意外な反応を返してきた。
「これはこれは、偶然にも修道騎士カーリア殿と面会してもらおうと、私も考えていたのです。理事殿のお考えと、なにやら通ずるものがあるのでしょうかな」
ギレイルは、満足そうな表情で何度も頷いて答えた。それはまるで、言葉の『影響力』を確信したとでも言うような顔だった。
ギレイルが、修道騎士に序列が無いと釘を打ったのは、無作為な人選をさせないが為であったのだ。テスニス駐在の指揮をしていた者か、派遣された騎士の代表者かの、二択に絞らせたともいえる。
その他の騎士の名を三郎が口にすれば、選んだ根拠が見出せないと迫ることで、ギレイルの意図した通りの相手との面会に持ち込む予定だったのだ。
「十八名の中から、互いに同じ一人を選んだのは、良い偶然もあるものですね」
ギレイルの調子に合わせて、三郎は明るい声と笑顔で返事をした。
三郎の疑わしい様子の欠片も感じない言葉に、ギレイルは「教会評価理事殿とならば、良い対談になりそうだ」と微笑んで返す。
(次は、修道騎士の身柄の引き渡しか。どう切り込んだものかな。今の会話で、十八名全員が捕らわれの身のままだってのがハッキリしたし、予定通りで行ってみるか)
三郎も笑いながら同意を示しつつ、次の手について思考を移していた。
「良い対談のついで、と言っては何なのですが、修道騎士について少しばかりお話をさせてもらっても?」
三郎の問いに、ギレイルはちらりと壁に取り付けられた時間計に目をやる。面会の話しについて、多少はもめるであろうと考えていたので、余談を挟むのに十分な時間があるのを見て取った。
「ええ、理事殿の話、時間も限られますが是非とも伺いましょう」
「では、手短に」
ギレイルの答えに、三郎は教会の印を組んで頭を下げ、敬意を表してから話を始める。
「修道騎士の信念の置きどころ、というものをギレイル殿はご存知ですか」
「信念の置きどころ。さて、聞いたことがないですね」
三郎の突然の問いかけに、ギレイルは少しばかり思考を巡らせてから答える。
「我々、司祭のような立場の者には、聞き慣れない言葉だと思います」
三郎が手で互いを示し、ギレイルも含めて司祭だと分類したのを聞いて、ギレイルの表情が微かに驚きを浮かべる。
教会の理事が、自分を『司祭』と言葉で表現したのだ。
二十年以上前、当時のキャスール統括司祭に、司祭の資質に欠けると言われた自分がだ。聞き逃すはずもない。
「我々には、聞き慣れませんね」
司祭と言われた喜びの表情を隠すように、硬い表情を作ってギレイルは言う。
「修道騎士という者は、その心底に確固たる信念を持ち行動しています。それは、如何なる言葉や精神魔法でも脅かすことのできない、心の最奥に持つ潜在意識のようなものだと、私は理解しています」
「潜在意識・・・なるほど」
思い当たる節があったのか、三郎の話にギレイルは小さく呟いて微かに頷く。
「修道騎士の行動は、己が責任を持って成され、何者にもその正しき道を変えさせることは出来ない。そう言うものなのだそうですよ」
完全に『何か含みを持って言っています』という表情をして、三郎はギレイルにやんわりと告げた。
ギレイルは顎を二度ほどゆっくりと撫でて、三郎の言葉の意味するところを整理する。
「・・・理事殿は、修道騎士を味方に付けるのは無理だと言いたいのでしょう。巷では、我々に修道騎士が加わっただのと、噂があるようですし」
「いえ、違いますよ」
「違う、とは。説得する方法があるとでも」
三郎が即答で否定したのに対し、ギレイルは困惑を隠すのも忘れた表情をしてしまった。
まさか、協会の理事が、修道騎士を仲間に引き込む方法を教える、などという事があるのだろうか。
ギレイルの背後に立っている十二人の騎士達も、三郎の言葉に疑問を浮かべている。
「いいえ。説得する時間も無駄だ、と言いたかったのです。強力な洗脳魔法でも使わない限り、修道騎士は信念を曲げることは無いそうです。覚悟が定まっているが故に、人質にもなり得ないそうですよ」
三郎は、柔らかい表情を変えることなく、至って穏やかな口調で言った。
「我々が、修道騎士を捕らえ、洗脳の魔法を使っているとでも」
だが、三郎の言葉を聞いたギレイルは、突然笑顔に変わって静かに返した。
「いえいえ、修道騎士の志というものに感動したお話があったので、少し横道に逸れただけですよ」
穏やかな口調もそのままに三郎が言う。
「左様でしたか。さて、雑談も楽しいものですが、そろそろ次の話しにもどしましょう」
ギレイルがあからさまに時間計に顔を向け、にっこりと笑って三郎を促した。
「サブロー、心の揺さぶりのおかげで、霞の向こうにある本心がわずかに聴こえました。説得しているので、間違いないようです。魔法を使っているかまでは、聴き取れませんでしたが」
三郎の耳元で、聞き慣れたシトスの声が囁かれる。
司祭と認められなかった男を『司祭のような者』と言って持ち上げ、説得しているなら無駄だとかまをかけ、クレタスの人族では法的に禁止されている洗脳魔法を疑ってると匂わせた上で『雑談でしたがどうかしましたか』と、相手の心をかき回したのが功を奏したようだった。
「わかりました。次は、修道騎士の引き渡しをお願いしたいとの、引き続き教会の要望についてでしたね」
三郎は、ギレイルに返事を返す中で『わかりました』の部分をシトスへ向けて発した。
(全員捕らえて説得中ってことね。なら駄目もとで『説得しても無駄、人質としても無意味、だから彼等を返してね作戦』で行ってみるか。ていうか、シトスって小声だけど、一応喋ってるんだよな。腹話術的な喋り方してるのかな。うわぁ、すっげぇ後ろ向いて見てみたい)
振り向くことの出来ないおっさんは、今後、シトスの声が届けられるたびに見たくてウズウズしてしまう事となる。
次回投稿は7月19日(日曜日)の夜に予定しています。




