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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第147話 あいすぶれいく

 高教位ギレイルと三郎との対談は、元々キャスール地方の統括教会として使われていた建物で行われる。


 三郎一行は、クウィンスの引く馬車に乗り『元・キャスール教会』へと向かっているところであった。


 そこは現在、ギレイルの言葉に深く傾倒した者達が集い『正しき教え』の本部として機能する場となっている。


 三郎が、統括教会と聞いて思い出すのはソルジの教会のことであった。確か、スルクローク司祭の正式な役職は『ソルジ統括司祭』ではなかっただろうか。


 統括教会と呼ばれるものは、各地域の主要な町に建てられており、近隣の宿場町の教会施設についても統括管理している場所を指す。


 しかしながら、宿場町にある教会の施設とは言っても、教会関係者が都市を行き来する際に寝泊まりできるような建物が一つ有る程度だ。それこそ、小さな宿場ともなれば、教会の建物は無く通常の旅宿を利用するほうが多いといえる。


 宿場にある教会建物の管理は、教会からその宿場町に委託されており、建物の修繕などが必要となった場合に統括している教会へと連絡が入る仕組みとなっている。


 統括教会に所属する司祭は、国や政府と一般市民との間に問題が浮上した際の調停役としての顔を持っており、各宿場町についても同様の役割を担っているということだった。


 スルクローク司祭がソルジで浮上した魔獣問題の際、警備隊と町の住人達との間に入り、話し合いに参加していたのも統括司祭であるが故のことだ。


 三郎が旅の途中でその話を聞かされた時、スルクロークとトゥームの二人だけでソルジ地方の統括教会を運営していたのかと、感心したのも記憶に新しいところであった。


「その先の道を曲がれば、キャスール教会の建物が見えてきます」


 カムライエの声に、三郎は顔を上げて馬車前方に視線を向ける。


 御者台と車内を仕切る布は解放されており、馬車を先導している天啓騎士が、馬の首を右方向へと操る姿が目に入ってきた。テスニス首都からキャスールまで、三郎達の警護をしていた騎士の三名を案内役として邸宅まで迎えに寄こしてくれたのだ。


 きれいに整えられた石畳の道を馬車は滑らかに進んでおり、牽引するクウィンスの頭の毛がふっさふっさと軽快に揺れている。


 騎士達に続いて右折した先には、目的の場所だと一目で解るものが建っていた。


 元キャスール教会であった建屋は、クレタスで一般的な建築様式である漆喰風の壁をした建物で、正面に小さな石畳の広場を有している。建物としては、ソルジの教会よりも一回り大きい程度で、屋根の上に控えめな白い十字のオブジェが立てられていた。


 だが、三郎に目的の建物だと『一目で解らせた』のは、別の理由からであった。


 正面玄関の上部、建物の壁一面に広げられた厚地の布に、正しき教えのシンボルが大きく描かれていたのだ。


 三郎が初めて見た印象を語るならば「うわぁ、自己主張激しそう」の一言に尽きたことだろう。


 案内役の騎士の胸元にも刻まれているソレは、テスニス国境を越えた矢先に遭遇した盗賊によって、三郎が奇しくも知ることとなったシンボル。


 アルファベットの『V』の真ん中に点を打った、教会のシンボルを逆さまにした赤い印だ。


(白の反対色って黒じゃなかったっけか。何で赤にしたんだろう。お願いだから『我々の血の色だ』とか言わないでほしいなぁ)


 これから話をするギレイルという人物が、理知的な人物であることを、三郎は願わずにはいられない。赤という色は、情熱や過激な印象を受ける。闘争心も駆り立てる色だったのではなかろうかと、三郎は頭の中でぐるぐると考え始めていた。


 そんな中にあって(それよりも・・・)と、あらぬ心配が鎌首をもたげる。


 教会司祭の挨拶は、両手で教会シンボルを形作って軽く頭を下げるのが主流だ。


(ギレイルさんが、手で花の形を作って挨拶してきたらどうしよう。厳めしい人にやられたら『平和的!』って思っちゃうかも。変な顔したり、吹き出したりしない様に気を引き締めておかないとな!)


 至って真面目に心構えをする三郎なのであった。


***


 建物の入口で出迎えてくれたのは、ギレイルに師事しているという司祭服姿の若者だった。


 三郎達が到着すると、ギレイルが待っているという部屋へすぐに案内された。


 カムライエは、記憶しておいた教会建屋の図面と何らかの違いが無いかと、気取られぬように周囲を観察しながら先頭に立ってついて行く。


 案内されたのは、一階の奥に位置する来賓用の応接室だった。


 若い司祭が、扉の前で到着を告げると「入っていただきなさい」という渋めの低い声が返される。


 両開きの扉を、司祭の若者がせっせと開けるのを待ち、三郎達は部屋の入口へと立った。


 広さとしては、大き目の会議室と言った印象で、部屋の真ん中には扉から見て真っ直ぐに幅広の大きな長テーブルが置かれている。


 飾りっ気のない部屋ではあったが、テーブル中央に落ち着いた色合いの装花が置かれ、場を和ませようとする小さな心遣いがうかがえた。


 テーブルの右手側中央には、高位の司祭服に身を包んだ男が座っており、三郎達の姿を確認すると立ち上がって向かい側の席へと促す仕草をして出迎えた。


 だが、部屋の中へと進もうとした三郎の前に、腰の剣に手を添えたトゥームが遮る様に立ちはだかった。


「我々にそちらの席に着くよう示されたと見受けますが、これはどのような意味として受け取ってよいのか、お聞かせ願いたい」


 トゥームの言葉に、ギレイルと思しき男が「何かご無礼でも?」と、訳が分からぬと言った表情で答える。


「壁際に立つ兵士の姿を気にせぬとでもお思いか。背後に武装した兵を背負い、我々に着席せよと申されるか」


 トゥームの言葉通り、ギレイルの背後には鎧姿の兵士が六名立ち並んでいる。それと同様に、座るよう勧められた席の背後にも六名の兵士が立っていたのだ。


 直立不動で槍を片手に立つ兵士達は、兜の面を下ろしてしまえば飾り物の鎧にも見間違えてしうほど、真っ直ぐ正面を向いて微動だにしていない。その鎧は、特別にしつらえた物のようで、派手ではないが細かな装飾が施されている。


 護衛と案内をしてくれた騎士達は、テスニス軍の鎧に手を加えた物を身に着けていた。それと比べてみれば、格の違う者達であろうことは一目瞭然だった。


 気付けば、三郎の両脇に立っているシトスやムリューも、腰の剣をいつでも抜けるよう身構えている。


 カムライエは、テスニスの役人という立場なので、目に見えるような武器は身に着けていない。だが、隠し持った得物を何時でも取り出せるよう、右手をわずかに背後へと動かしていた。


 シャポーはといえば、そっと三郎のうしろに移動し、事の成り行きを見守るのだった。


「これはこれは、我が天啓十二騎士を教会評価理事殿にご紹介しようと思ったのが、裏目に出てしまいました。修道騎士殿の背後に武装した者を立たせるなど、失礼なことでしたね。私は司祭の身なので、騎士殿に対して礼を欠いてしまったようで、申し訳ない」


 言われて初めて気付いたとでも言うように、ギレイルは笑顔で答えた。


 そして、ギレイルが『天啓十二騎士』と呼んだ者達へ、自分の背後に移動するよう指示を出す。


「本音であるように聞こえてきますが、ここは魔法の影響下です。真偽のほどは、疑っておいたほうが良いかと思います。普通、人の肉声からは聞こえない『霞み』が混ざっていますので」


 シトスが、仲間にだけ声を届かせる精霊魔法『精霊のささやき』を行使した小さな声で、全員の耳に聞いたままの様子を伝えた。


 トゥームとムリューが、歯の隙間から「スィッ」と聴き取れないほどの小さな音を出し、了解の合図を送りあう。


 カムライエは、微かに頷くと後方へ向けていた右手をもとの位置へ戻した。


「これならば、ご満足いただけるでしょう。では改めて、そちらにおかけ願えますか」


 ギレイルが、柔和な笑顔で向かい側の席を手で指して言った。


 トゥームは、すっと先に部屋へ入ると、真ん中の椅子を引いて「サブロー理事、こちらに」と頭を下げた。


 トゥームに勧められた席へ進むと、三郎は腰を下ろす前に口を開いた。


「では改めまして、教会評価理事のサブローと申します。対談に応じていただき、お礼申し上げます」


「これはこれは、ご丁寧に。私めは『正しき教え』代表の高教位ギレイルと申します。こちらこそ、教会評価理事殿にはわざわざのお越し、お礼の言葉もございません」


 三郎が、胸元に教会シンボルを形作って頭を下げるのに対し、ギレイルも同様のあいさつで返事をかえした。


(・・・手を上に向けて開かないんだ)


 高教位ギレイルは、三郎と変わらぬ年齢だとカムライエから聞かされている。だが、その顔には深い皺が刻まれており、低い声と相まって年上にも思えてしまうような相貌をしていた。


 最近、白髪が減って来たなと感じている三郎に対し、白色の目立つギレイルの髪はグレーがかって見える。上背は三郎と変わらぬ程度であり、痩せ型ではあるががっちりと鍛えた体格をしているようであった。


 三郎の持った第一印象は『出世頭で、仕事の出来る部長候補の同僚』というものだった。なぜかと言えば、三郎が元いたの世界で、ジムに通っていた同僚がおり、仕事も体力に任せてばりばりとこなしていたのを、ギレイルを見て不思議と思い出したからだ。


 そんな男に、両手を上にぱかっと開いて挨拶されたら、ちょっと嫌だなと三郎は考えていたのでほっとしたのだ。


 くだらない考えを巡らせながら、三郎は席に腰を下ろす。


 三郎の左隣に、テスニス政府の役人であるとの簡単な自己紹介をして、カムライエが席に着いた。


 その他の四名は、三郎の背後に並ぶと、対峙する十二人の騎士に妙な動きが無いかと目を鋭くするのだった。ついでに、ほのかもシャポーの頭の上で仁王立ちしている。


(え、ちょ、まじか。皆さん席に座らないのね。そりゃ、この状況ですもんねぇ。しかもこの空気の中で、俺だけ話しする感じの雰囲気。やっべ、手に変な汗かいてきた。カムライエさんだけが頼りかぁ)


 三郎が作り笑いを張り付かせたところで、早々に話し合いが始まる。


「では、サブロー理事、こちらの査察の目的と、要望の確認からお願いいたします」


 と、口火を切ったのはカムライエだった。


 場のイニシアティブを取るという意味では、話しの進行役をカムライエが暗に引き受けたのは非常に有効といえる。


 だが、妙な焦りを感じてしまった三郎の心の準備が、追いついていなかった。


「・・・と、その前に、天啓十二騎士と言われていましたか、ご紹介いただける予定だったのではないでしょうか。お時間が許されるなら、こちらの立ち会う者の紹介もしておきたいと思います」


 焦った内心を隠しつつ、三郎は自己紹介という『場を少しでも和ませる方法』へと話を仕向けた。


 企業務めで培った、プレゼンテーションや会議でいうところの『アイスブレイク』が、自然と口を突いて出たのだ。先ほど、ギレイルが『紹介しようと思った』といっていた言葉を聞き逃さなかったのも一助となった。


 一人一人は、短く笑いの欠片も無いものであった。しかし、十六名の名乗りあいは、三郎に少しばかりの余裕を持たせるには十分な時間だった。


(自分で言っておいて何だけど、十二人全員は覚えきれないわ。聞き慣れないイントネーションの名前もあるんだよな。困ったら小声でシトスに助けを求めよう。そうしよう)


 そして、この言動が仲間に称賛される結果に終わるとは、この時のおっさんが知る由もない。

次回投稿は7月5日(日曜日)の夜に予定しています。

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