第146話 不敵な笑みを浮かべながら
カムライエの帰りは、三郎が思っていたよりも早い時間だった。
邸宅の間取り図を前に、安全性を考慮した部屋割りについて話し合っていた時、シトスが不意に建物正面の方へ顔を向ける。
「馬車が一台、入ってきましたね」
シトスの言葉と同時に、トゥームとムリューが素早く窓際へと移動して外をうかがった。
「二人いますが、片方はカムライエさんで間違いないです。荷物が多くなってしまったのでしょうか」
別の窓から様子を見ていたシトスが、建物へ向かって来る馬車を確認して口を開いた。
栗毛色の友獣ワロワが引いている御者台に、カムライエと帽子を目深にかぶった男が乗って向かってきていた。
三郎の記憶では、カムライエは徒歩で出かけたはずだ。買い物をした先で、荷物の運搬を依頼したのだろう。
ソファの後ろへと隠れて、目だけをのぞかせていた三郎とシャポーは、一時の緊張から解放され胸をなでおろすのだった。
「結構な量の買い物になっちゃったんだな」
「ええ、滞在期間を三日、長くとも四日と考えましたので。別行動となるのを最小限に抑えるためもあり、一度に揃えてしまいましたから」
積み荷の運び込みを手伝いながら聞く三郎に、カムライエは笑顔で返事を返した。
食料を中心に、生活に必要な物品が馬車の荷台には積まれていた。その中には、御者の二人に頼まれたという友獣用の藁なども混ざっている。
クウィンスの寝床を整えていたミケッタとホルニも駆けつけ、荷台に積まれていた多くの品々は、あれよあれよという間に手際よく運び出されていった。
「これだけの買い物を、一人で揃えるのって大変だったんじゃないか。何だか、手伝えなくて申し訳ないな」
「いえ、こういうことは仕事がら慣れています。サブロー殿に、そう言っていただけるだけで頑張りがいもあるというものです」
旅の中で、異様に畏まってしまっていたカムライエの態度は、気軽に会話が交わせる程にまで打ち解けていた。
三郎が『仲間内だけでいる時は、気楽にしていたい』と言ってお願いした結果、カムライエが譲歩してくれたともいえる。
全ての荷物が運び出されると「では、また何かありましたら」と、雑貨屋の店主だと紹介された男が帽子を軽く上げて挨拶を送ってきた。
カムライエが手を上げて答えると、男は御者台に乗り込み馬車を走らせて去っていった。
「彼が、潜り込ませている部下なのですね」
馬車の後ろ姿を見送っていた三郎とカムライエの横に、シトスが並んで立つと小さな声でカムライエに聞いた。
「エルート族の耳にはかないませんか。ばれない様にしてみろと言っておいたのですが」
苦笑混じりに答えるカムライエに、シトスは「最後の挨拶の一言まで、確証は持てませんでしたよ」と笑って返す。
「その前から警戒されてしまっていた、ということですか。機関の中でも優秀な者なのですが、まだまだ訓練の改善点がありそうです」
参ったという口調で、カムライエは方眉を上げてシトスに答える。
そんな会話を交わす間、カムライエは何気なく口元を手で隠して、周囲から内容を読み取られるのを自然と防いでいた。カムライエも、邸宅近辺の状況を既に把握し、正面と裏手の家の状況を理解しているのかもしれない。
三郎の目に件の店主は、黙々と仕事をこなしている無愛想な男にしか見えなかったし、シトスに言われるまで疑うことすら考えつかなかったのだ。
(ということは、トゥームも警戒してたんかねぇ。馬車から下ろした荷物を、家に運び込む側を俺とシャポーにさせてたもんな。店主との間に常に入ってくれてたって感じか・・・知らんところで、護られちゃってるのな)
三郎は空を見上げると、小さなため息を一つついた。
自分の警戒心の無さを、改めて思い知ったような気がしたのだ。
考えに浸る三郎をカムライエが促し、三人は家の中へと足を進める。
「そうそう、シトスさん。一つだけ付け加えさせてもらえるなら『彼が』ではなく『彼も』です」
カムライエは、口元をにやりと吊り上げて、彼にしては珍しく表情豊かに言った。
「そうでしたか。カムライエさんには、更なる訓練など必要なさそうですね。そこまでは、聴き取れていませんでしたよ」
互いの力量を推し量るのを楽しむような二人の会話に、三郎は(この二人の言葉を、酒の席とかで鵜呑みにするのはやめた方がよさそうだな)と考えるのだった。
***
早めの夕食をとった後、高教位ギレイルとの対談についての打ち合わせが行われた。
その席には、御者であるミケッタとホルニも同席している。それは、正しき教えとの対談が決裂した際、キャスールを脱出する手段として重要な役割を担うことになるためだ。
三郎が『迷い人』であるとの一点を除いて、御者の二人とも情報共有して行こうということとなったのだ。
自分が迷い人だという素性を知ってしまうのは、思った以上のリスクを伴うことなのだと、三郎は『へー、口が滑ったじゃ許されなさそうだなぁ』と今更ながらに思うのだった。
御者の二人には、三郎達を馬車から降ろした後、いつでも出発できるよう準備しておくようにと伝えられる。二人は、快く「任せてくれ」と返事を返すのだった。
次に、カムライエが新たに仕入れた情報に話しは移る。
「二十年ちかく前になりますが、セチュバーへ向かう公共の乗合馬車の記録に、ギレイルのゲージ情報が残されていました。セチュバー政府の情報網にアクセス出来れば、更に詳しく調べられるのですが」
反乱を起こしたと同時に、セチュバー政府は情報封鎖を行っており、諸国政府専用のゲージからも情報閲覧ができなくなっているのだ。
「そして、町での噂ですが、ギレイルが『教え』についてキャスールで説き始めたのは五年ほど前のようです。誰であろうと構わずに、自分の信念を説いて回っていたとの事で、町ではある意味目立っていたようです。正しき教えが急速に勢力を広げ始めたのは、ここ三年といった所のようですね」
「五年前・・・セチュバーとの関連性が、高いと考えられるわね」
カムライエの言葉に、眉根を寄せた表情でトゥームが答える。
「と、言いますと」
「セチュバー魔装兵団の団長ラスキアス・オーガが語ったのだけれど、私の父と母は、五年前に赴任先であるセチュバーの妙な動きに気付き、調べ始めたがために罠にはめられたの。ギレイルがセチュバーから戻った時期と一致するのなら、疑っておいても良いんじゃないかしら」
三郎が、心配を滲ませた瞳をトゥームに向けていた。
中央王都での戦いの最中、三郎がトゥームにかけた言葉『話だけは聞くから。絶対に、聞くから』その言葉通り、ラスキアスとの一件をトゥームは三郎にだけ話していたのだ。
トゥームは、三郎へ微かに微笑むと『心配ない』と言うように頷いて見せた。
「確かに、セチュバーとの関係性も考慮に入れておかなければなりませんね。セチュバーの反乱を『期に動いた』とも言えますが『示し合わせて動いた』とも取れますから」
カムライエが、難しい表情で額に指をあてる。そうして、目をつぶり思考を巡らせるのは、三郎とギレイルの対談をどの様に進めるかといったシナリオを考えているのだ。
明日は、敵陣の真只中に行くに等しく、相手を刺激しすぎず、かつ多くの情報を聴き出すことが求められる。
相手の痛い所を突いてしまえば、捕虜として捉えられることも容易に想像がついてしまうというものだ。
「ギレイルとセチュバーとの繋がりは、追求しない方が良いでしょうね」
「そうですね。修道騎士が『正しき教え』に加わっていないことを確認し、捕らえられている十八名を取り戻すのが先決でしょう。魔導幻講師ラーネ殿のおっしゃられていた温泉成分について調べるにしても、彼らの許可をもらわねばなりません。何せ、キャスールの最奥、クレタ山脈の麓にすべての源泉が集中していますから」
シトスの言葉にカムライエは同意を示し、やるべきことの順序を口にしながら整理してゆく。
だが、ギレイルが魔法を仕掛けた本人であるなら、簡単に許可を出すとは思えない。そして、精神操作を受けている場合でも、魔法の所在を調べさせないようにするはずだ。
「魔法物質が付着した温泉成分と、広まった地域の広さから考えて、恐らくなのですが最大の間欠泉である『竜の咆哮』が怪しいと思うのです。地上五百テーリにまで吹き上げることで知られるので、最初に調べるべきかと思うのです」
シャポーの話を聞き、三郎は五百テーリといえば六百メートル弱ぐらいか、と頭の中で単位を置き換える。
三郎の元居た世界で考えれば、間欠泉としては、最大クラスと呼べるのではないだろうか。
(そういえば、国王とか偉い人が他国を訪問した時って、有名な場所を案内されたりしてたよな。こっちの世界にもそんな風習というか、習慣みたいのはあるのかね)
三郎は、各国の首脳陣が集まり、その国を象徴するような景色を眺めて、雑談を交わし合っているテレビの映像を思い出していた。
「修道騎士の安否確認は、カムライエさんが約束としてセッティングしてくれているから問題なく出来ると考えようか。ギレイルって人がどんな人物なのかにもよるけど、身柄を引き渡してもらうのも可能なんじゃないかな」
三郎から出た言葉に、一同の視線が『どういうことか』と言いたげに集中する。シトスやムリューも、確信めいた三郎の声の響きに疑問を抱いた様子だった。
「ここまで来て、修道騎士が『正しき教え』に加わったっていう情報は一つも入っていないだろ。修道騎士の中から、あちら側に傾倒した者が出てる可能性は低いと思うんだよな」
三郎は、一人一人の表情を確認しながら言葉を続ける。
「トゥームもそうだけど、修道騎士は『人質』にはなりようがない気がするんだよ。何て言うか・・・『信念』が定まってると言うべきかな」
三郎の脳裏に、トゥームがモルー高司祭の話をした際に『信念の置きどころ』と言った言葉が浮かんでいた。
「サブローの言う通り、修道騎士はその身が動く限り、信念と覚悟の下で戦い続けるわ」
「それにです、このような広範囲に広がる軽い精神魔法でしたら、体内魔力制御に精通した修道騎士さん達には通用しないと思うのです」
トゥームに続けて、腕を組んだシャポーが魔法についての補足説明を加える。
「修道騎士に対して『加わるよう説得を試みたが、成功していない』んじゃないかな」
「しかし、捕らえてさえいれば説得は続けられますから、身柄の引き渡しを簡単にするでしょうか」
三郎の言わんとしていることを理解し、カムライエが不安を口にする。
「それこそ、話の持って行き方だろうな。自分で言っておいて、プレッシャー感じるけどね」
乾いた笑いを浮かべ、三郎はカムライエにこたえた。
「話し合いの席に着いてみなければ、と言った所ですか。源泉を調べるのは、どうなさいますか」
カムライエも腹が決まったのか、大きく息をついて言った。
「源泉までは、ご本人に案内してもらおうかと思う」
三郎の不敵な笑みを浮かべた表情を見て、居合わせた全員が『似合ってないな』と思っていたのは、おっさんの知るところではなかった。
次回投稿は6月28日(日曜日)の夜に予定しています。




