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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第144話 物言わぬ双眸

「・・・貴様とメーディット・ロエタ国から来た魔人族等を、引き合わせたことなど無かったはずだが」


 白毛しろげの魔獣について、自身の考察をあれやこれやと勝手に語り出したゾレンに、メドアズは静かな声で聞き返した。


 魔導師ゾレンは、罪人としてセチュバーに送られてきた者だ。エネルギー結晶の採掘場に軍事魔法研究の施設を与えはしたが、自由な行動など許した覚えはない。


 施設は内部外部から厳重に隔離された状態であり、警備も抜かりなく行われていた。


 その上、魔人族との接触はセチュバー政府の国王以下一部高官のみに限定しており、守衛国家セチュバーとメーディット・ロエタ国との関係を知る者とて作戦上必要と考えられる者に限られていたはずだった。


 近衛兵や各兵団の副団長クラスまでが、全軍の作戦指揮をとる可能性があるとして知らされている所であった。それは同時に、セチュバーが敗戦した際『戦争犯罪者』として裁かれるのを、その者達だけに絞るとの意味も暗に含まれていた。


「それこそ簡単な答えだ。既に察しがついているのだろう、メドアズ君。魔法の使える私が、興味あるものを見聞きせぬ理由がどこにあろうか。私が調整を行った魔法薬を機構槍兵に投与試験した日も、無論、影ながら立ち会わせてもらった。魔導砂の利用目的についても、粗方この耳で直接聞かせてもらっていたのだよ。故に、魔人族の存在も知ることとなった」


 王座から立ち上がると、ゾレンは両手を大きく広げ、自分が舞台役者でもあるかのように声を張った。


 ゾレンの気配に押されるかのように、近衛兵が足裏半分の距離をすり足で後退する。メドアズは、ゾレンの魔法を警戒し、展開している積層魔法陣をゆっくりと前方へ動かした。


「城内までをも、自由に出入りされていたとはな。貴様程ともなれば、衛兵に気取られずに動き回れたということか」


「言う程、自由であったとは言い難いがね。認識阻害や隠遁など数々の魔法を駆使し、姑息に動き回る盗賊のように足音を忍ばせての結果さ。ちなみに、魔人族の女『セネイア』とか言ったな、あ奴と君には感付かれそうになったことはあるのだよ。その時は、興奮と好奇心で胸が踊るように高鳴ったがね」


 ゾレンは、大きく深く息を吸うと、右手を心臓の上に当てた。満足そうな笑みを浮かべると、胸を満たしていた空気を長く吐き出す。そして、メドアズに「覚えは無いかね」と言葉を続けた。


 確かにメドアズは、侵略者の洞窟にある砦において魔人族セネイアと会ったその日、監視されるような異様な魔力を感じたのを覚えていた。


 あまりにも一瞬であったし、魔人族を目の前にしていたこともあって、メドアズは自分自身の警戒心がいつも以上に高ぶったせいだろうと考えていたのだ。


「もう少し、深慮しておくべきだったか」


 種明かしを楽しむゾレンに、メドアズは眼光鋭く言葉を返す。


「そう卑下するものでもない。魔力の強い魔人族が数人いた中にあって、私の魔力に気付けたのだからな。クレタスでも指折りの魔導師だと誇ってもよいくらいだと思うがね。魔人族の女も相当優秀と見えたが、私に気付けなかったのだしな」


 ゾレンは、メドアズを褒めるように言いながらも、魔人族をも欺いた自分の魔法の優秀さを誇示しているかの口ぶりだった。


「我が王、バドキン様をも欺いていたのだ。さぞや満足なのだろうな」


 憎々し気な口調を隠すことなく、メドアズはゾレンに言う。


 だが、ゾレンの口からは意外ともとれる静かな言葉が返ってきた。


「バドキン王か、惜しい男を失ったものだ。あれほど様々な感情をい交ぜとした笑いなぞ、そう浮かべられるものではないと思わんかね。私を見下しながらも期待し、利用できるならしてみろと、短剣を喉元に突き立てられているような気がした。並々ならぬ覚悟で、力を欲しているのも痛快であったしな。私の理解の範疇を越えた感情の持ち主は、後にも先にもあの男のみであろうよ」


 ゾレンの突然の変容に、メドアズは一瞬取り残されてしまっていた。ゾレンが、バドキン王を嘲笑うと思っていたのだ。


「ならばなぜ、バドキン王の護ろうとしていたセチュバーを、このような有様にする」


「バドキンという男には興味をひかれていた。そして、私に再び魔導研究の場を与えさえもしたのだ。だが、私はセチュバーという国に執着も義理も無い。それだけのことだが、理解できんかね」


「・・・理解などできん」


「君ほど明晰な頭脳を持ちながら、割り切って考えられんものか」


 やれやれといった口調で、ゾレンはため息交じりに視線を床に落とした。


 バドキンの死を悼んでのものか、メドアズに落胆したためなのか、ゾレンの表情は判断のつかないものであった。


 ゾレンの視線が四人から逸れたのを受け、近衛兵が半歩引いたのがメドアズの目の端に映る。


 撤退するタイミングとしては妥当かと見て、メドアズは最後の質問をゾレンに投げかけた。


「結局、貴様の目的は何だ。セチュバーを支配することか。いや、クレタス全土を掌握するのが目的か」


 エネルギー結晶を掘らせ続けていると言っていたのが本当ならば、セチュバー本国よりも広い地を魔法の影響下におこうとしていると言っているようなものだ。


 可能性を上げるなら、ゾレンを罪人としてセチュバーへと送ったカルバリ政府や魔導研究院に対し、復讐を企てているとも考えられた。


 ゾレンの目的が明らかになれば、ただ呆然としているセチュバーの民を今後どのように動かそうとしているのかも見えて来る。


 魔法としての狙いが解れば、解析や解除の魔法構築にも少なからず役立つのは間違いない。


「支配だと?そんな質問が君の口から出るとは、まさに残念極まれりだ。今までの私の話を聴いていなかったのかね」


 無表情となったゾレンの言葉が合図だったのか、謁見の間の天井を支える柱の陰から、剣を持った数人の兵士が姿を現した。


「気配など、全く無かったはずだ」


 近衛兵がメドアズの横へと移動すると、ゆらりと近付きつつある兵に剣を構えなおした。


 兵士達のだらりと下げた無防備な剣が、異様なほどに警戒心を駆り立てる。


「メドアズ、先ほどまでは、私の下で軍事魔法の研究を手伝わせてやろうかとも考えていたのだがね。さすれば、魔導の歴史に名を残す大賢者と呼ばれたかもしれんのだがな。優秀な頭脳を持ちながら、それを政治的な関心へと向けてしまったことを残念に思うことだな」


 気付けば、ゾレンのいる王座の方向からも魔導師姿の二人が、ゆっくりとメドアズ達へ歩いてきていた。その手には、魔導師としては珍しく幅広の剣が握られている。


「私の魔力検知の視力にも反応はなかった、隠遁の魔法で潜ませていたか」


 歯噛みするように、メドアズは周囲の状況を確認して言った。


 複数の兵士を気取らせずに潜ませていたということは、ゾレンの魔導師としての腕が、メドアズの技量を上回っていることを示唆している。


 メドアズが見る限り、数えて九人の兵士に囲まれていた。


 相手が見た目通りセチュバーの兵士であるならば、背を見せようものなら、その切っ先を届かせられる距離にまで迫っている。


 敵の配置から考えても、メドアズ達が王座に接近しなかったのは正解だったといえよう。だが、入口付近にも二人の兵が姿を現しており、交戦無くしての撤退は難しいと考えられた。


 じりじりと入口へ移動するメドアズ達に向けて、前方から迫りくる魔導師姿の者から弱々し気な声がかけられた。


「メド、アズ・・・さま、お逃げ、くださ・・・」


 焦点の定まらぬ目を必死に動かすその顔に、メドアズは見覚えがあるのに気付く。偵察の部隊に編成された魔導師団の男で間違いなかった。


「ほう、さすがセチュバー魔導師団の者といったところか。意識を保てていたとは、精神保護の魔法が少しはまともに使えたか。だが、今回の実戦実験には無用の長物。消えてもらおうかね」


 まだメドアズに何かを伝えようとして、口を必死に動かしている魔導師の男に近づくと、ゾレンは男の額をとんとんと中指で叩いた。


 魔導師の男が、ぐるりと白目をむいた数秒後、呆然とした面持ちに変わって再びメドアズへと歩みを進め始めた。


 近づいて来る兵士達の中には、偵察部隊に編成した斥候隊の三名ともう一名の魔導師の姿が混じっていた。


 ゾレンの操る魔法によって、傀儡と化した兵士達と考えて間違いないだろう。


 実戦実験というゾレンの言葉と、魔導師が剣を手に近づいて来ているのが、メドアズの頭の片隅に引っかかっていた。


 だが、メドアズはその思考を頭の隅に追いやると、優先すべき脱出について近衛兵に指示を飛ばす。


「扉の外にも兵が潜んでいる可能性を頭に入れておけ。この場を逃れ、馬で町を脱出。我々が、生きて戻ることを優先する。退路確保」


 メドアズの指示を受けると、近衛兵の二人が扉近くの兵に向かって駆けだした。


 その刹那、ゆらゆらとした緩慢な動作で近付いていた兵士達が、剣を振り上げ一気に距離を詰めて来る。


 メドアズは、積層魔法陣を三方向に展開して魔力防壁を瞬時に構築すると、魔導師含む六人の兵士を押し返した。


 近衛兵の二人は、駆ける勢いが勝っていたためか、振り下ろされる剣を受け流すと、肩鎧で相手を跳ね上げるように体を当てて敵を突き飛ばした。


 鎧が石造りの床に打ち付けられ、謁見の間は戦いの喧騒に満たされる。


 起き上がった兵士達は、剣を振り上げ直線的な動きで再びメドア達に襲い掛かるのだった。


「やはり、命令には従っているものの、元々の個々人が習得した戦闘技術は発揮できておらんな。魔法に至っては、微塵も使う様子が見られん。本人の意思を抑え込みながらも、訓練などで身につけた習慣的な記憶を解放したつもりだったが。即時的な命令として『戦闘せよ』と脳が受け止め、長期的な訓練などの記憶が行動として引き出せていないか。ならば・・・」


 ゾレンは、王座の前まで戻っており、戦闘の様子を眺めて独り言を呟いていた。


 メドアズ達が扉まで到達するのも構わぬといった表情で、王座に再び腰を下ろすのだった。


「この者達、攻撃は直線的ですが、踏み込みは並みの兵士以上です。急ぎましょう」


 扉までたどり着くと、メドアズの魔法によって再び敵を押し返して距離をとり、近衛兵の三人が先に謁見の間を後にする。


 ゾレンの攻撃魔法が、全く飛んでこないのを感じながら、メドアズも急いで謁見の間を出ようとした。その時、メドアズの眼に、信じ難い光景が飛び込んできた。


 王座に座るゾレンの背後から、大人が一抱えでも届かぬほどの円周をもつ、暗い光を放つ積層魔法陣が姿を現したのだ。


 球状に見えるソレは、所々に禍々しい棘の生えている積層魔法陣で、二層が互いに逆の回転をして複雑な魔法を形成している。


(あれほど巨大な積層魔法陣など、目にしたことが無い。その上、法陣は白色光を放つのが基本だ。暗黒魔法と呼ばれ禁忌とされる魔法の類か)


 ゾレンは、魔導研究院で禁忌とされている魔法の数々を、人を材料に実験していたような男だ。暗黒色の積層魔法陣を使ったとて、不思議では無いのかもしれない。


 謁見の間を離れるメドアズの背筋に、ゾレンの瞳を見た時に覚えた『ぞくり』とした悪寒が走った。メドアズの魔導師としての勘が『あれは危険な物だ』と囁いてくる。


「っぐ、メドアズ様、奴等の動きが、変化しています」


 メドアズの横をかけていた近衛兵が、腕を押さえて声を上げる。


 追いすがる敵に、フェイントをかけられて腕に傷を負ったのだ。


 メドアズの意識が、不気味な積層魔法陣から現実へと引き戻される。


「傷は」


「浅いです、問題ありません」


「急ぐぞ、嫌な予感がする」


 メドアズは、そう近衛兵に言うと、積層魔法陣を起動させ廊下に魔力の壁を幾重にも出現させた。


 追手の先頭を走っていた者が、壁にまともにぶち当たり、首をあらぬ方向へと捻じ曲げる。


 追随する者は、剣を振りかざし、魔力の壁を壊しにかかっていた。直線的だった行動が、確かに変化しているとメドアズも確認していた。


 その時、首の曲がった兵士が立ち上がると、腕の力で強引に首をもとの位置に戻そうともがき始めた。


「メドアズ様、首があの角度まで曲がれば、普通なら死んでいるはずです」


 近衛兵は、青ざめる表情を必死にこらえ、メドアズに遅れまいと走りながら言う。


「魔力の傀儡ならば在りえる。だが、何かが引っかかる」


 メドアズと近衛兵三名は、城の広場まで脱出すると、馬に飛び乗るようにしてセチュバーの地を後にする。


 無反応だったはずの町の住人達は、駆け抜けるメドアズを見送るかのように、緩慢な動作で首を動かせて双眸を向けるのだった。

次回投稿は6月14日(日曜日)の夜に予定しています。

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