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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第143話 暗い瞳に揺れるモノ

 魔導罪人と呼ばれたゾレンは、口元に楽し気な表情をつくりながら、メドアズたちをじっくりと観察していた。


 謁見の間に続いて駆けこんできた二人の近衛兵が、メドアズを護るように立ちはだかると、駆け込みざまに抜いた剣をゾレンへ向けて構える。その視線は、ゾレンの動きを一片たりとも見逃さぬといった鋭さであり、剣の心得がある者であっても気圧される程の威圧感をもっていた。


 残る一人は、大きく開け放った扉に背を押し当て、自身の死角を最小限におさえつつ廊下への警戒に意識を集中していた。メドアズの言葉から、相手が魔導師であることを瞬時に判断し、魔力によって扉を施錠されるのをおそれたのだ。


 メドアズの口ぶりから、自分たちが相対している者が敵であると理解できた。敵対する魔導師が、待ち構えていた空間なのだ、用意周到に魔法が準備されているとも考えられる。


 謁見の間は、王城内でも広い場所だとはいえ、魔導師相手に閉鎖空間を自らつくってしまうのは危険な行為だ。もちろん、退路を確保するという意味もある。


 セチュバーでの厳しい軍事訓練が、三人の兵士に淀みない動きをさせたのだ。


 近衛兵達が展開する一瞬の間に、メドアズは三つの積層魔法陣を自身の周囲に出現させていた。


 ゾレンの目には、メドアズの操る頭程の大きさの球状・円柱状・三角錐状のどれもが、魔法的に破壊や解除の難しいものに見てとれた。その上、あえて三種類の異なる形状をもたせることで、積層魔法陣の魔法発動を複雑化し、相手のカウンター魔法での対応を遅れさせるというメドアズの用心深い意図が伺えるようであった。


 四人の行動をつぶさに観察したゾレンは、セチュバー本国にかけてある己の魔法の影響を、彼らが全く受けていないことを理解していた。


 魔法が少しでも効果を表しているならば、判断力や動作の遅れる様子が見られたはずだ。彼らの表情も、鋭く引き締まったものに見える。


「うむ。メドアズ君、キミがとても優秀で用心深いことを改めて理解できた。彼等と自分自身へ、街に足を踏み入れる前にでも、精神保護の魔法をあらかじめかけておいたのだろうな」


 満足したように頷くと、ゾレンは自身の分析した結果を楽し気に語りだした。


「精神魔法の三点による正三角形を模して、魔法の深度は乗算された仮の深度九を持たせていると言った所か。いや、キミならば基本を怠ることはしないだろうから、中心に名を置いて二等辺を内在させ、仮想的に三乗とみなされた魔導深度二十七以上にまで引き上げているのかもしれんな。私の魔法の影響が皆無であるのを鑑みて、深度九ということは無いであろう。どうだね、正解だったかね」


 ゾレンの言葉に、メドアズは表情の一つも変えることは無かった。


 技研国カルバリの魔導研究院において、ゾレンは魔導講師の中でも幹部と呼ばれる『上席魔道講師』だった男なのだ。メドアズが、近衛兵たちにかけた精神保護魔法の考察など、出来て当たり前といえよう。


 メドアズの中に引っかかったのは、ゾレンが『私の魔法』といった一言であった。


 魔導師ゾレンは、確か脳内に魔力拡散の法陣を埋め込まれ、魔法の使えぬ身であったはずだ。


 ゾレンが魔法を使おうとすれば、その魔力は自動的に霧散して消え去り、初歩的な魔法ですら使えないはずなのだ。それに加え、魔力が常に体外へと抜け出ているため、日常生活ですら常に倦怠感を覚える程であったろう。


 ゾレンが罪に問われたのは、軍事魔法の研究と称した法律を無視した人体実験を繰り返し行っていたがためだった。


 人命を軽んじ、人権を無視するような非道な研究方法は、魔導行使法などといった『魔導に関する法律』でクレタス全土で硬く禁じられていた。


 魔導研究院において、洗脳や精神支配の魔法が研究されていないということは無い。だが、あくまで机上での研究が主であり、実地へと移す場合には倫理審議会や被験者の合意、法的な安全性の根拠を裏付けする論文の提出など『表向き』には非常に多くの面倒な手続きが必要とされている。


 カルバリでは、非合法的な研究が行われているとの噂が立つたびに第三者機関から魔導研究院へ査察が入り、都度『噂の域でを出ない』と結論付けられるのが常であった。中央王都や他諸国に対しても『魔導研究は法を犯さぬ正式なもののみである』とカルバリ政府から、諸王国会議などで公表されている。


 しかし、ゾレンの非人道的な研究が明るみに出たのは、ゾレンが購入したとされる奴隷や引き取った身寄りのない者達が、次々と姿を消しているのを知った査察員が、大々的な調査に踏み切ったのがきっかけだった。


 ゾレンが個人で所有していた研究施設の地下に、無数の檻が設置され、届け出の無い魔法の被験者が数多く見つかったのだ。購入記録にある奴隷の半数以上が、既に命を失っていたと報告されている。


 魔導研究院の幹部ということもあり、当時の技研国カルバリ政府と研究院は、ゾレンを庇う方向に動きをみせる。購入した奴隷の大半が、死刑に値する重罪な者達であったことや、正式な手続きの行われた実験の証明書類も、次々に第三者機関に提出されたのだ。


 だが、ゾレンが実験に使った被験者は、あまりにも数が多すぎた。その上、禁止とされている実験も多く行われており、政府と研究院は擁護する姿勢を維持することができなかったのだった。


『魔導の探求者ならば、誰でもやっているだろうに』


 捕らえられた際、ゾレン・ラーニュゼーブが薄ら笑いを浮かばせ、そんな台詞を吐いたという。


 結果、ゾレンは罪人として、脳に特殊な法陣を埋め込まれてセチュバーへと送られることとなったのだ。


「・・・貴様、なぜ魔法が行使できる。我々が本国を出た時には、魔法など使える状態ではなかったはずだ」


 メドアズの口から出たのは、ゾレンに対する答えではなく疑問の言葉だった。


 言葉の通り、メドアズはゾレンに施された魔力拡散の法陣が働き続けているのを、しかとその眼で確かめていたのだ。


「今は亡き偉大なるセチュバーの王から実験施設を賜った翌日には、脳内に施された法陣なぞ破壊し終えていたのだがね。魔法が使えぬのを装い続けたおかげで、変に演技力が身に着いてしまったよ」


 顔を手でおさえて笑いをこらえるようにし、ゾレンはメドアズの質問に答える。


 メドアズは、眉間に皺を寄せ険しい表情となったが、怒りをおさえて言葉をつづける。この魔導罪人は、長い間バドキン王をもだまし続けていたと豪語しているのだ。


「脳内の法陣を破壊しただと。魔法の使えぬ身であったお前に、手立てがあったとは考えられん」


 セチュバー内部に、ゾレンを手助けする魔導師がいたのだろうか、とメドアズは可能性を探っていた。仲間を疑いたくはないが、自分も含め魔導師団のほとんどが魔導研究院を経てセチュバーに来た者達なのだ。


 しかし、メドアズの思いつく限り、ゾレンに肩入れする者の名は浮かんでこない。


「メドアズ、君は賢いのだろう。疑り深いのは結構だが、事実を素直に聞き入れるというのも時には大切なことだと教えておくとしようか」


 ゾレンは、もったいぶるように顎を撫でて言う。きたならしく生えた無精髭が、じょりじょりと嫌な音を立てるのが聴こえるかのようだった。


「我々魔導師は、講師以上ともなれば思考空間内に魔法陣を組んで保持している者も多いだろう。私や君のように」


 同列に扱われた物言いに、メドアズの表情が一層険しくなる。


「天然エネルギー結晶から、漏れ出る魔力を上回る代替のエネルギーとして補い、思考空間内に収めてあった魔法陣破壊の法陣を強制的に引っ張り出したのだよ。あとは、脳内の魔力拡散の魔法陣を破壊して終わりだ。天然の結晶は、純粋な魔力の塊であるからして、引き出した魔法も過剰な魔力供給で半暴走ぎみだったがね。初の試みだったのでね、今まで行ったどの実験よりも興奮を覚えたよ」


 喉でくぐもる笑いを抑えて、ゾレンは自分のこめかみに人差し指を立てて言った。


「そんな危険な真似をしたと、信じろとでも言うつもりか」


「私は、禁止されている人体実験を誰よりも行ってきた。それが最後だと考えれば、自分の脳を実験台にする程度、やっても不思議ではないのではないかね」


 途端に無表情となったゾレンに、メドアズはぞくりとした異様な空気を感じ取った。


 ゾレンの口調は、魔導研究という亡霊にでも憑りつかれたかのような、そんな印象を受ける響きだったのだ。


 その時、一瞬静まり返った謁見の間の空気に乗って、近衛兵の緊張した浅い呼吸音がメドアズの耳に届く。


 不眠不休の長旅に続き、極度の緊張状態を維持して剣を構えているのだ。疲労は限界を超えているだろう。


 それでも尚、剣の切っ先は、揺れることなくゾレンへと向けられていた。


(・・・魔力の罠が設置されている様子は無い。奴を捕らえ、情報を引き出すのも可能か。しかし、この状況であったなら、先の偵察隊でも対処できたのではないだろうが、精神保護が間に合わなかったと考えるべきか。奴が王座に座り続け、挑発的な言動を続けているのも気になる。我々を挑発し、近づかせるのが目的である可能性も考慮すべきだな。この場は、聴き出せるだけの情報を聞き、持ち返ることを優先するのが良策か)


 近衛兵の実直なまでの兵士としての姿に、メドアズは冷静な思考を取り戻せた気がするのだった。


「ほう、面白くない。せっかく会話が弾んできたと思っていたのだがね。また、メドアズ君の表情がつまらんものに戻ってしまった」


 ゾレンは言葉とは裏腹に、口元へ笑いを張り付かせて言う。


 メドアズは、三つの積層魔法陣を操作し魔法攻撃に対するカウンター魔法を準備すると、前に立つ二人の近衛兵の半歩前に踏み出した。そして、背後へと回した手で『撤退優先』との合図を三名の兵士達に送る。


「それは残念だったな。だが、一つだけ聞いておきたい事がある」


「何が聴きたいのかね。ここの連中は、まだ会話が出来るほど完成度が高くないのだよ。優秀な魔導師の君になら、大概の事は教えようじゃないか。そう『解する者には知を与えよ』の精神だ」


 魔導研究院では、物事の理解できる頭脳を持つ者には、知識を存分に共有して研究を前進させようとする文句がある。ゾレンが口にしたのは、互いの研鑽を喜びとする魔導研究院の標語の一節だった。


(会話。完成度が高くない・・・まだ、この魔法は完成していないということか)


 メドアズは、セチュバーの町で目にした状況と、ゾレンの言葉の端から読み取れる情報を脳内で整理してゆく。


「この魔法について、ソルジや深き大森林へと放った、情報遮断の巨大軍事魔法陣の理論を応用した軍事魔法であると理解したが、セチュバーの民全てに魔法の影響を与える程の魔力量、簡単に手に入るとは思えないのだが」


 メドアズの言葉に「ふむ」とゾレンは一つ相槌を打つと、満足げな表情となった。


「セチュバーにおけるエネルギー結晶の採掘量を理解した上で、本国の面積を先の二つの魔法と比較、地表にある『人』という対象物に与える魔法効果と消費エネルギーを今まさに計算したのだろう。素晴らしい頭脳だ。先の二か所で試した結果は、大いに役立った。それに、君の既知としている採掘速度と量では、セチュバー本国をカバーすることは実際に不可能だ」


 ゾレンは歯を見せて笑うと「しかしね」と言葉を続けた。


「私は、魔導における精神学と心理学、それらが肉体に与える機能学。更には、私が『脳解剖学』と呼称しているものを研究していたのだよ。何を伝えたいかと言うとだ、現在も採掘に勤しんでいる労働者は、自身の肉体に備わっている機能を存分に発揮しながら、採掘作業を続けているという事実なのだが。理解してくれたかね」


「採掘場に送られた犯罪者達に、精神操作の魔法を使い、休まず採掘をさせているということか」


 教壇に立つ学者のように、自分の研究と成果を口にするゾレンに、メドアズは目を鋭く細めて答える。


「正確には、私を監視していた兵や、採掘場を警備していた兵士達も大いに労働力となってくれている」


 顎髭をさすりながら、メドアズの理解のはやさに満足した様子でゾレンは付け加えた。


 メドアズの目の端に、近衛兵の切っ先がぴくりと上下するのが見えた。セチュバーの兵士として、決して許せる言葉では無かったのだ。


「テスニスの工作に使った魔法が、実験段階とするなら、理論的に完成した魔法をセチュバーで行使したということか。手始めにエネルギー供給元となる採掘場の者達から、操っているというところだろう」


 採掘場とは違い、町や城の者達は呆然と立ち尽くしているだけだった。これから命令を下すにせよ、更に魔力が必要となるのは聞かずとも解ることだった。


 しかし、ゾレンから、メドアズの考えを否定するような答えが返された。


「いや、採掘場の彼等には、カルバリで研究していた単純作業を命尽きるまで強制する魔法を使っているだけだ。それに、テスニスの魔法、あれは大いに方向性を間違えていることに気が付いた、大変な失敗作といえるものだな。故に、セチュバーに呼応して共闘しなかっただろう。その上、私の計算していた影響範囲の半分も広まらなかったと知って、肩を落とすほどの駄作だったと反省すら覚える始末だ」


 ゾレンは、言いながら手を力なく横に何度も振った。


(どちらの魔法も別物。本国にかけられた魔法を解除する糸口になると思ったのだが、思惑が外れたか)


 ゾレンが魔導研究院に所属していた時に開発した魔法ならば、何らかの資料や論文があるとも考えられた。仮に、テスニスで使った魔法であったなら、メドアズは工作に関する詳細な資料に目を通していたので、自分の記憶の中に解決のヒントがあると言えるのだ。


 だが、ゾレンは『どちらも別物だ』と言った。


「我々がセチュバーを出た後、貴様が新たに開発した魔法という分けか」


 メドアズは、後ろ手に近衛兵達に合図を送る。新たな魔法であることが分かったのだ、この場を一度撤退し、高度な解析魔法と解除魔法を準備せねばならない。


 地下に施された軍事魔法だと知れただけでも、解析魔法の構築域が絞れるというものだ。


 下を向いていたゾレンが、唐突に顔を上げると嬉しそうに口元を歪める。


「そう、私ほどの天才であったから、実に短期間で魔法の概論から構築しなおせたのだよ。かの魔人族の連れていた獣、白い奴だ、あの精神支配の様子は実に勉強になった。もっと近くで観察したいと思う程にね」


 ゾレンの暗い瞳の奥で狂喜にも似た感情が揺らめいているのを感じ、メドアズと近衛兵達は人ではないモノと相対しているのではないかという錯覚を覚えるのだった。


次回投稿は6月7日(日曜日)の夜に予定しています。

乗数の計算が文章内で間違えていたので修正いたしました<5/31 22:34>

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