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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第七章 高原国家テスニス
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第139話 お尻の辺りがソワソワする

 待合室は、テスニス教会の堅実な運営管理を感じさせるような質素なつくりをしていた。


 調度品の類は一切なく、六脚の椅子と長テーブルだけが置かれた部屋だ。


 テーブルの上には、誰かが気を利かせて準備してくれた水の入った大きな瓶と数個のグラスがトレーの上に乗せれられている。


 各人が、魔導幻講師ラーネへ簡単な自己紹介を済ませると「立ち話もなんですし、席に着きましょうか」との三郎の提案で、皆が椅子に腰を下ろした。


 三郎の両脇にトゥームとシトスが、ラーネの両隣りの席にシャポーとカムライエが座り、ムリュ―は扉近くまで移動すると腕を組んで壁に背をもたれかけた。部屋に近づいて来る者がいないか、警戒の為に聞き耳を立てておく役を引き受けてくれたのだ。


 三郎はムリューに礼を言うと、目の前の人物に視線を戻した。


(席順的には、まぁ、こうなりますよねぇ)


 半分諦めのついた心持ちで、三郎は鼻から大きく息を吸ってため息のようにはきだす。


(俺達に話があるっていうシャポーの師匠が、理事である俺の前に座るよなぁ。しかし、目の毒だよ。あ~、シトスとムリューに声音でバレる。ちょー恥ずかしい)


 三郎は、なるべく視線が引き寄せられないよう気を付けながら、柔和な笑顔を浮かべてラーネと視線を交わした。少し目線を下げてしまえば、胸の谷間を直視できてしまう程よい距離感なのだ。


 しかしなと、三郎は思い出すことがあった。確か魔導幻講師と呼ばれる大魔導師ラーネは、ソルジで子供たちと文字を学んだ絵本で『最初の勇者の仲間』だったのではなかっただろうか。


 目の前の若々しさからは想像もできないのだが、本人であるならば相当の年月を生きていることになるではないか。


(まぁ、大魔導師ラーネの名を持つ第何代目って可能性もあるよな。いやまてまて、エルート族の件もあるから、案外何百歳とか・・・女性に年齢なんて聞けないけど、ありえる。ありえそうでこわい)


 にやにや顔をしているラーネの目を見て『この人、エルート族の真実の耳とか、おっさんの目のやり場とか、色々と分かってやがるな。この魔女めぇ、負けてたまるか』と三郎の妙な闘争心に火がついていたのは、これからの話し合いには全く関係のないところだった。


「さてと、時間も無いみたいだし、要点だけかいつまんで話したほうが良さそうだね」


 ラーネは妖艶な笑顔もそのままに本題へと入る口火をきった。どうやら、カムライエからキャスールへ向けて出発することを、既に聞き及んでいる様子だ。


「そうなのです。まず第一に、何で師匠がテスニスの首都にいるのですか。シャポーは、師匠が館にいるものだと、てっきり思っていたのです」


「そりゃーあんた、可愛い弟子を旅に出したら、温泉でのんびりしたくなるってのが人情ってもんでしょうが。あたしゃ、温泉と旨い酒が好物だからねぇ。キャスールの方に行く予定だったのさ」


 辛抱たまらんと言った様子のシャポーが、口早に質問を投げかける。ラーネは、さも当然といった口ぶりで返事をかえした。


(ん~?どっかで聞いたくだりだな。この弟子にして、この師匠ありか。弟子がおいしい魚料理なら、師匠は旨い酒と温泉かい)


 三郎と同じ思いがしたのか、トゥームと三郎はやれやれと言った調子で目配せをしあって肩をすくめるのだった。


「それよかシャポー、頭の上に珍しい精霊ものを乗せてるじゃないかい」


 ラーネは、シャポーの頭の上であぐらをかいているほのかに興味を示した。一転して真面目な表情になると、観察するように目を細める。


 興味深げな目で見られたため、ほのかは得意げな様子で腕を組んで見せた。『ふふん』と聞こえてきそうなほど顎を上げて胸を反らす。


「こ、これは、お友達になった精霊のほのかちゃんなのです。グランルートの町フラグタスで、偶然にもお友達になる機会があったのです」


 少しばかり動揺しながらも、シャポーは三郎達と示し合わせていた通りの答えを返した。


 人族の精霊使いは、クレタスからいなくなって久しい。


 五百年前の戦争時に、精霊と意思疎通の可能な素養ある一握りの人族が、エルート族から精霊魔法の指南を受けたのが、人族最初の精霊使い達だった。


 だが、その精霊使いの系譜も、人族がより便利な魔導の恩恵を享受してゆくうちに途絶えてゆき、今となっては精霊と言葉を交わせる人族はいないものだと考えられている。


 三郎にほのかが宿っていると知れれば、迷い人だとまでは考えがおよばずども、興味を持たれ詮索されるきっかけを与えてしまうのではないかと、三郎の身の上を知る人々は危惧しているのだ。


 その為、今後も『ほのかはシャポーのお友達』ということで通そうということになっていた。


「ふーん、お友達ねぇ」


 ラーネは上の空で返事をすると、糸でもたどるかのように空気中に視線をうごかす。その視線の行き着く先には、三郎が不思議そうな顔をして座っていた。


「おや、こいつは面白いね。どれどれ」


「ししょー。ですからですね、ほのかちゃんはシャポーのお友達の精霊さんなのです」


 シャポーの取り繕うような説明も、師匠の耳には届いていない。どこから取り出したのか、金細工に縁どられ色とりどりの宝石がちりばめられた方眼鏡を手に持つと、ラーネは三郎の顔をまじまじと覗き込んだ。


 見られている三郎本人は、高そうな骨董品の方眼鏡だ、という平和でのんきな感想が頭の片隅に浮かんでいた。


「はっはー。こりゃ恐れ入ったね」


 近づいたり遠のいたりしながら、ラーネの口元は徐々に笑ったような形になってゆく。


 そして、手品のように方眼鏡を消すと、ラーネは席に座りなおして意味深な素振りで足を組み、三郎を何度も頷きながら眺めた。


「えっと、何か、ありましたか」


 三郎は、何かを見つけた様子であるラーネが少し怖くなり、聞かずにはいられなかった。


「始原精霊!」


「ぱぁ!」


 ほのかをびしっと指さして、大魔導師ラーネはクイズ番組の回答者の様にきっぱりと言い切る。ほのかが、間髪入れずに正解だと言わんばかりの声を上げて頷いてしまった。


「名を与えた『与名の盟友』!」


「・・・確かに、お見立ての通りです」


 次に、三郎へとラーネの指が向けられた。ラーネの言葉に、シトスが敬意をもって答える。


 エルート族として、精霊と宿主、それ以上の関連性までをも見抜いたラーネに素直に感服したのだ。


 その後、若干の間を置いてから、ラーネはさらに口を開いた。


「そして、あんた『迷い人』だね」


 机に両肘をつき手を組むと、真っ直ぐな目で三郎を見つめ、落ち着き払った声でラーネは言った。


「いえ、先ほどの紹介でも言いましたが、彼は別大陸からの・・・」


 トゥームが、別大陸からの漂流者だと言い直そうとするのを、当人である三郎が手で制した。


 三郎は、ラーネと視線を交錯させたまま、互いを見定めるかのような表情をしていた。


 三郎の横顔を見たトゥームは、三郎に何らかの意図があるのをくみとると、口を閉じて浮かせた腰を席に戻すのだった。


「貴女は、何代目の大魔導師殿、なのでしょうか」


 三郎が意味ありげに言葉を切りながら、ラーネの問いに質問で返した。


「ふーん、そんな事を聴いてきたのは、あんたが初めてだねぇ」


 妖艶な笑みを強くし、ラーネはくいと顎を上げた。


 三郎の質問が、短い中にも非常に多くの意図を含んでいたため、ラーネは三郎という人物を一言で知れた気がしたのだ。


 まず、三郎の言葉は『自分が迷い人である』と肯定してしまったといえる。


 仲間の魔導師の師匠、それだけで信ずるに値するほど自分の弟子は信頼されているのだと、ラーネは感じ取った。


 そして、答えによっては、現在目の前にいるラーネの姿が本物であるのかすら確認できる可能性がある。仲間であるエルート族の真実の耳に全幅の信頼を置いてこその言葉とも取れた。


 何より、ラーネ自身が現在答えようと考えている言葉一つで、互いに嘘を言う必要が無くなるとも思わせてきたのだ。


 最初の勇者の仲間だったと、言ってしまうに等しかったのだから。


「後にも先にも、魔導幻講師ラーネは、私一人さね。この答えで満足かい?」


「ぶしつけな質問をしましたこと、お詫びいたします。おっしゃられた通り、私は迷い人としてクレタスに迷い込んだ者です」


 ラーネと三郎の声から、互いに信頼を得たという響きを聴き取り、シトスはトゥームへ視線を投げると深く頷いて見せた。


 トゥームは、外に人の気配が無いかを確認するようにムリューへと目を向ける。ムリューは、グレータエルートの『問題なし』という手の合図をトゥームに送った。


「ししょーは、本当に、とんでもない年齢のおばあちゃんだったのですね。いっつも冗談めかして聞かされてたので、嘘かと思っていたのですよ。数えて八百ひゃひ・・・ほがほがが」


「シャポーちゃん、その辺はグレーゾーンとして会話してるのが理解できなかったのかねぇ。この子は、相変わらず察しが悪い子だよ。この口か、この口がわるい子なのかねぇ」


「ひひょー、やめ、やめりゅのれしゅよほ」


 シャポーが年齢を逆算して言いそうになるのを、ラーネがシャポーの両頬をこねくり回して押しとどめた。


「で、一人固まってるのがいるけど、もしかして伝えて無かったのかい」


 シャポーをこねくり回しながら、ラーネがカムライエを顎で指して言った。


 そこには、姿勢を正したまま目を大きく見開いて、ラーネと三郎を交互に見比べている諜報機関のトップの姿があった。


「いえ、カムライエさんには折を見て話そうとは考えていたのです。なので、良い機会かと思ったのですが」


 あまりにも驚いた表情のカムライエに、三郎は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 トゥームやシトスらと、カムライエは信用に足る人物であると、旅を共にする中で話し合っていたのだ。正しき教えの高教位ギレイルとの対談前までには、三郎の本当の素性を話しておかねばとも考えていた。


「理事殿が『教え』の中で書かれている迷い人。魔導幻講師殿は、最初の勇者のお仲間であった人。修道騎士のように、引き継がれてるものなのだと教えられたのですが・・・」


 思考の整理をするかのようにカムライエは呟くと、はっと我に返ったかのように背筋を伸ばした。そのまま、額が机にぶつかるかの勢いで頭を下げると、カムライエは更に改まった口調で言った。


「失礼を!理事様が勇者殿と故郷を同じくする恩方であらせられるとは!魔導師様におかれましても、クレタス救国の英雄様ご本人であらせられたとは、このカムライエ、無知を恥じいる思いでございます」


「カ、カムライエさん、そんなに改まらないでください。今は、旅を共にする仲間なんですから。頭を上げてください」


 困り顔で言う三郎を余所に、ラーネは「敬え。敬いたまえ。はっはっはっ」と高笑いをあげるのだった。


(とうとう『理事様』になっちゃったよ。最初のもっと対等な感じに戻ってくれ、カムライエさーん。俺は持ち上げられすぎると、お尻の辺りがソワソワしちゃうただのおっさんなんだよぉ)


 おっさんの心の叫びは、彼に届くのだろうか。

次回投稿は5月10日(日曜日)の夜に予定しています。

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