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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第七章 高原国家テスニス
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第136話 純正の野盗

「ぐがっ・・・ふごぉお、んがぁあ、ぐごっ」


 三十五人もの野盗たちが、後ろ手に縛り上げられた状態で地面に座らされていた。そこには場違いなほどに平和そうな、小太り男の上げる大きないびきが響いていた。


 野盗たちの中には、顔の腫れ上がっている者や切り傷を負っている者が数人みられる。だが、命を落とした者は、敵味方を合わせて一人もいなかった。


 口にくつわもされていない状況で、この不逞の輩達が静かに座っているのは、捕らえられた後に起きたちょっとした騒動が原因だった。


 武器と手の自由を奪われ一所にかたまって座らされると、野盗たちは口汚く罵声を上げて『オレたちゃぁ正しき教えの兵士だぞ、ただで済むと思うのか』と三郎達を逆に脅してきた。


 解放すれば許してやるなどと、三郎からすれば雑魚の悪党お決まりの台詞を口にする者達の後方で、密かに数人が目配せを交わしていた。足が自由であるのを良いことに、示し合わせて逃げ出そうとしていたのだ。


 上下逆さまの教会シンボルの付いた鎧を身に着けた男が、三郎達に食ってかかろうと立ち上がった時、後方の十人ほどが散り散りの方向へむけて駆けだした。


 三郎が驚いて固まっている間に、トゥームとシトスとムリューの三人が予想していたかのように動き、いともたやすくその者らを捕らえてしまったのだった。


 次に逃げ出そうとしていた男へ、カムライエが既に剣先を突きつけており『全員の胸を一突きして、この場に放置して行っても我々はとがをうけませんが』と言った声は、野盗全員の顔から血の気を奪うほど事務的な口調だった。この男は業務の一環としてやりかねない、悪党特有の嗅覚がその空気を感じ取ってしまったのだ。


 騒動も速やかにおさまり、静かに座っている自称『正しき教えの兵士』たちを前にして、三郎はどうしたものかと腕を組んでいた。


 何を悩んでいたのかと言えば、捕らえたはいいものの賊の人数が多いのだ。警備隊のいる次の宿場町まで連れて行くにしても手間であるし、そもそも正しき教えの高教位ギレイルと『対談』が予定されているので、この場でその兵士達と揉め事をおこすのもいかがなものかと思案していた。


 しかし、修道騎士のトゥームやら諜報機関のカムライエといった『このような場面に詳しい人』がいるので、任せておけば問題ないだろうとも、三郎は考えていたのだった。


「さて、この者らの処遇についてですが。理事殿、どうなさいましょうか」


 腕を組んで考え込んでいる三郎へ、カムライエが言葉をかけてきた。カムライエは、三郎へ敬意を払うかのように頭を下げている。


 カムライエの『理事殿』という言葉を聞き、座らされている者の間から微かなざわめきが起こる。


 教会の理事などという立場の者が、同乗してるとは思っていなかった様子だった。


 三郎も座らされている者達と同様に、唐突に彼らの裁量を預けられて動揺してしまった。


(あ~っと、そうね、そういうことだよねぇ。シトスとムリューは別として、この中で一番立場が上ってことになってるの、俺じゃん)


 三郎は、心臓が跳ね上がりそうになったのを隠すように「ふむ、そうですね」と一呼吸置いた。


 シトスとムリューが、自身の立場をすっかり失念していたという言葉の響きに気付いて、ちらりと三郎へ視線を向けてきたが、三郎は気付かなかった風を装うことにする。


「次の宿場町の警備隊に引き渡したいと思います。しかしながら、この人数をどの様に連れて行けばよいものか・・・」


 三郎は、何か上手い方法は無いものかと、意見を求めるように言葉の最期を濁す。警備隊に連絡がとれれば、すぐにでも来てくれるものなのだろうか。


「確かに」


 カムライエが座っている者達を一瞥して、三郎の意見に同意した。それに続けて、三郎の考えとは百八十度真逆ともいえる言葉を口にした。


「主だった者だけ連行し、その他の者については、この場で処断いたしましょう。懸賞金のかけられている顔も何名か覚えがありますので、その者らを中心に私が数名選び出させていただきます」


 あまりにも感情の乗らない事務的な口調だったので、三郎は危うく『そうですね、おねがいします』と答えそうになる。だが、思考がぎりぎりのところで間に合い、三郎の口が動き出すのをとどまらせた。


(カムライエさん、怖いことをさらりと。いわゆる処断って、この場でヤッちゃうってことでしょ。いかん、それは、いかんよ)


 三郎の返答一つで実行に移しそうなカムライエの様子に、野盗の下っ端と思われる何人かが顔色を青くしていた。


 クレタスにおいて、カムライエが言っているのは普通のことなのかもしれない。だが、最初の勇者が残した『教え』を順守するならば、三郎の思っていることに間違いはないのだ。


「いえ、カムライエ殿。捕らえた者は、全て警備隊に引き渡したいと考えています。ここで我々が命の選別をすれば、法の下に裁かれず秩序を見失うことになります。教会の理事として、この場での処断を言い渡すことはできません」


 咄嗟ではあったが、理事としての意識がそうさせたのか、自身が法治国家に生まれ育ったという背景が言わせたのか、三郎の口から穏やかながらもはっきりとした言葉が吐き出されていた。


 傍で聞いていたトゥームが、真剣な目で三郎を見つめていた。


「はっ!出過ぎた意見をいたしました。理事殿の御言葉どおりに」


 驚いた表情を浮かべたカムライエだったが、一転して恐縮した物言いとなって、三郎に片膝を着き首を垂れた。


 カムライエは、人を人として扱う様にと言われた気がして、頭を殴られたような衝撃を受けていた。教会評価理事という諸国王とも意見を交わせる立場の人物が、賊でさえも人として扱えというのだ。


(立派な人物だ。何という御方と、私は旅を共にしているのだろうか)


 カムライエの中で三郎の株が、ぐんと上がってしまったとは、当の本人である三郎は知る由もない。


「か、カムライエ殿、頭を上げてください。ご意見は、これからも有難く聞かせていただきますので、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですから。それよりも、この人数をどう連れて行くか、良い知恵があれば出してもらいたいのですよ」


 唐突にカムライエが片膝をついたので動揺してしまった三郎は、立ち上がってもらう為に別の意見を求める質問をする。


「はい!今後とも学ばせていただきます。そうですね、全員を連行するともなれば・・・」


 立ち上がったカムライエは、特徴のない見分けにくい顔ではあるが、少しばかり晴れやかな表情をしていた。


「あの馬車が使えるんじゃない。商隊用の大き目な荷台が着いてるから」


 ムリューが、親指で指し示した方向をみると、道をふさぐために使われた野盗たちの馬車が停まっていた。


 確かに商人の使用する積み荷を乗せる物だけあって、押し込めれば二十人は運べそうに見える。牽引する友獣ダグラも、その場で人族の騒動など我関せずといった感じでのんびりとしていた。


 その馬車を使ったとしても、十人以上が残ってしまう。


 次の宿場町までの距離を考えると、日が落ちる前に到着するのは人の足では到底かなわないので、紐で一列につないで歩かせるわけにもいかない。


「後は、馬が五頭ほどいるから、二人一組で乗せて運べばいいんじゃないかしら。残りを教会の馬車に収容すれば、狭くはなるけれど運べないことも無いわね」


 トゥームは、護衛の傭兵を装っていた者が乗ってきた馬を指して言った。


 戦闘から逃れるためか、少し離れた場所ではあるが、確かに五頭の馬が草地にいるのが三郎の目にも入る。


「よし、では、それでいこう。っと、その前に、あの馬達って呼び戻せるのか。近付いたら逃げたりしないかな」


 威勢よく返事をしてみたはいいが、三郎は馬の扱いも知らなければ、友獣ダグラが言うことを聞いてくれるのかすら知らない。


「我々が、グレータエルートであるのをお忘れですか。森の生き物達をも友とする者ですよ」


 穏やかな笑顔でシトスはそう言うと、馬のいる方へ向き直って精霊語で語りかけた。


 ムリューも同じように、他の場所にいる馬へ精霊語で話しかけている。


 すると、引き寄せられるように五頭の馬が、三郎達の方へ向けて歩いて来るのだった。


「あれは、非常に難しい精霊語なのです。精霊を介して動植物に協力をお願いする方法だと記憶しているのです。シトスさんもムリューも、精霊魔法の使い手として、シャポーは魔導師の身ではありますがとっても尊敬してしまうのです」


 二人の精霊語を聴いたシャポーが、興奮したように言った。


「魔導師でありながら、上位精霊語の響きを知っているシャポーさんこそ、我々の尊敬に値するところですよ」


 少しばかり苦笑を浮かべ、シトスがシャポーに言葉を返すのだった。


***


「く、苦しい。狭い。臭い」


 賊の女が、仲間の賊達に挟まれながら、不満を口にする。商売用の大きな馬車とは言え、二十もの人が詰め込まれれば窮屈極まりない。


 小太り男は、他の仲間の魔法が解けたにも関わらず、相変わらず熟睡モードでいびきを立てていた。


「文句言うんじゃないの、生きてるだけ有難いと思いなさい」


 見張り役として荷台に乗っているムリューが、女の言葉を一蹴する。


 商人用の馬車には、友獣ダグラを扱った経験があるというホルニと、護衛にシトスが同乗していた。


 二人一組で縛り付けられている五頭の馬は、その荷台の後ろに紐で繋がれており、馬車が進むのに合わせて後をついて行っている。


 その後方から、教会の馬車が続いていた。


 御者台にはミケッタの隣にカムライエが座り、馬に括り付けた賊が妙な動きをしないか警戒する役割をおっている。


 教会馬車の中には、リーダー格とおぼしき者を筆頭に、数人の野盗がトゥームの監視の下で大人しくしていた。


 シャポーも監視を手伝っており、真剣な目で野盗たちを睨みつけている。が、頭の上でほのかがシャポーの真似をしているため、威圧する効果は望めそうになかった。


「しかし、テスニスに入って二日目に、正しき教えの兵士に襲われるなんてな。しかも、盗賊まがいの」


 三郎が、御者台に近い場所に座って肘をつきながら、トゥームに話しかけた。


 ミケッタの話によれば、日が落ちる前には宿場に着くだろうときかされていたので、安心感から出た言葉だった。賊の男達も、三郎が思っていた以上に大人しくしていた。


 だが、三郎の言葉を耳にした全員が「え?」と同時に声に出した。前方の馬車に乗っているシトスとムリューも例外ではない。


「ん。俺、何か、変なこと言った、かな?」


 野盗も含めた全員の反応であったため、三郎はきょとんとして聞き返す。


「サブロー、今更なのだけれど、彼等が正しき教えの兵士だなんて、本気で思ってないわよね」


 トゥームの諦めきった視線に、三郎は疑問符の浮かんだ視線を返すことしかできない。


「理事殿・・・我がテスニスの若い兵士が、正しき教えに加わったとお伝えしてあると思います。いくらなんでも、彼らのようなありあわせの装備を、我がテスニス軍が支給することはありませんよ」


 困り顔をしたカムライエが、髪をかきながら何と言えばよいのか分からないといった様子で三郎に言った。


「あ、彼らは野盗なのね、純正の野盗なのね。シャポーも、分かってたの?」


「ですですね。見た目もでしたが、トゥームさん達のやり取りからも、そうだろうなと理解できたのです」


 三郎の質問に、シャポーは二回も頷き返した。


 三郎の気の抜けるような言葉と仲間のため息を乗せて、馬車の一行は旅を続けるのだった。

次回投稿は4月19日(日曜日)の夜に予定しています。

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