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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第七章 高原国家テスニス
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第132話 何気ない会話を自然に

 三郎の姿は、中央王都管轄の領土内で一番西に位置する町セルクニルバにあった。


 高い壁に囲まれた大きな町で、南にはセチュバーへと続く街道があり、北に進めばテスニスへと繋がる街道が伸びている。


 三つの国を結ぶ交通の要所であるため、普段ならば商人や旅人の行き来で活気のある街だ。大通りには、多くの宿や露店が軒を連ね、中央王都とまではいかないながら、大きなつくりの建物も他の宿場町と比べれば多いように感じられた。


 しかし、セチュバーの反乱やテスニスの情勢不安がはじまってからというもの、往来する人の数は減っており、町は閑散とした寂しげな空気に包まれていた。


 それに代わり、中央王都から出された軍の先発部隊が街中を巡回している様子があちらこちらで見られ、戦時中であることを人々に強く認識させる役割を担っている。


 先発部隊とは言っても、町の治安維持と国境くにざかいの見張りを目的とした部隊であり、セルクニルバが攻め込まれでもすれば一日も耐えられれば良い方だと思える程度の規模でしかなかった。


 三郎達がその日の宿にと決めたのは、馬宿の併設されている大きな『清流の雫』という老舗の宿であった。大通りに面したこの宿は、系列店でもある酒場『清流の盃』が隣り合っており、閑散とした町にあってもいくばくかの活気が感じられる場所だった。


 セルクニルバは大きな町ということもあり、教会支部の建屋は三郎達が押しかけても寝泊まりできる十分な施設を有している。だが、テスニス領内も間近に迫っている土地であるため、情報収集も兼ねて町の宿をとることにしたのだ。


 荷物を宿に置いた一行は、清流の盃に集まると、店の片隅にある窓際の席を陣取り今後の道程についての話し合いを行っていた。


 店は広々とした作りをしており、三郎達の傍にあるテーブルは運よく空席となっていた。声を大にして話さない限り、内容を聞きとがめられる心配もなさそうだと三郎は思うのだった。


 清流の盃は、戦時とはいえども町の人々でそれなりににぎわっており、セルクニルバの人々に一時の安らぎを提供しているようであった。


「ここセルクニルバまでの道は、中央王都やグレータエルート族から出された斥候からの情報が入っていたので、ある意味安全の保障された旅だったといえます。明日からはテスニス領内となりますので、一層の注意が必要となります。戦火を怖れた野盗などが、テスニス領内に入っているとの噂もありますので」


 話の進行役を担っているのは、テスニス軍の所属であるカムライエだ。


 三郎はもちろんのこと、トゥームやシャポー、シトスにムリューといった面々は、テスニスの地理に明るい者がいないためだった。シャポーに限って言えば、書物の知識からテスニスの地質や豊富な魔含元素の種類、更には動植物の分布や地名に至るまで、ある意味詳しいともいえなくはないのだが。


 カムライエは、一般的な市民と変わらない服装をしており、街に溶け込んでしまえば軍の所属であることなど一切感じさせない外見をしていた。


 馬車に乗っている時には、テスニスの公務に当たる者が着用する服を着ていたのだが、この後にでも情報収集をするため、一般市民の装いをしているのだろう。


 全員が頷いたのを確認すると、カムライエは話を続けた。


「この町の南に広がるセチュバーとの国境沿いの森では、グレータエルート族の部隊が既に守備をかためて下さっているとのことですので、背後の憂いをせず我々はテスニス領内に入ることができます。そのことにつきまして、ジェスーレ国王より感謝の意が伝えられましたので、この場をかりて述べさせて頂きます。ケータソシア指揮官殿にお伝え願えればと思います」


 そう言って、カムライエはシトスとムリューに頭を下げた。


 カムライエの言葉にある通り、人族の軍よりも先んじてグレータエルート族は、セチュバー国境付近の森に軍を展開させていた。


 彼らの領域ともいえる森の中にあって、セチュバー側に存在を気付かせないよう潜伏するのは容易なことだったはずだ。だが、場所の特定をさせることなく、あえてその存在だけをセチュバーに知らせるよう行動しているという。その上、森にいる部隊の規模を精霊魔法などを駆使することで、実際より多く見せているというのだ。


 三郎達が、安全にテスニス領へ入れるようにと考えられた策であり、ケータソシアの卓越した指揮とグレータエルートの森での高い潜伏技術があって初めて出来る用兵方法だといえた。


 もし、セチュバーの軍がセルクニルバを攻撃した場合、背後から規模も不明なグレータエルート軍に強襲されることとなるのだから。


 シトスは、やんわりとした口調で「連絡の際には、お伝えしておきましょう」と返した。


「明日からテスニスへと入るわけですが、私の部下からの報告によれば、ここからテスニス首都までの道のりにおいて、武装した『正しき教え』の集団などは、今のところ確認されていません。情報通り、クレタ山脈の裾野にあるキャスールの町から、首都の一部までを占拠しているようです。テスニスの領土で言えば、ほぼ北西部一帯だと考えられます」


 カムライエは、テーブルに広げられた地図の一部分を指でなぞって説明する。


 その範囲は、テスニスの領土のほぼ四分の一の面積を示していた。


「かなり広い範囲をおさえられてるんだな」


 三郎が、地図を覗き込みながら感想を述べる。


「テスニスの中でも避暑地として有名な地域と言えるのです。源泉の多くは、クレタ山脈の麓に多いですので」


「ええ、そうなります。さらに言えば、テスニスの税収など、財源の大半を占める地域であると付け加えさせてもらいます」


 シャポーの説明に、カムライエは政府の人間の顔になって情報を付け加えた。


「長く占領され続ければ、それだけテスニスにとっては、財政面でも打撃が大きいってことか」


「お恥ずかしい話ではありますが、テスニス政府では、国境から離れた地であったため安全な地域との位置づけしており、軍などの配備も十分ではありませんでした。正しき教えという存在が明るみに出た時には、既に大半の町が事実上の勢力下におかれてしまっていました」


 三郎の言葉に、カムライエは悔しさを抑えた声で言う。というのも、諜報機関のトップであるカムライエこそが、国内で起こる反乱や暴動などを、誰よりも先に察知せねばならない立場だったのだ。


「教会では、正しき教えに与するテスニスの若い兵士たちが、各地で一斉に行動を起こしたという報告がはいっています。勢力の規模を悟らせないよう、指揮していた者がいるのでしょう」


 教会の集めた情報を集約すれば、各地で同時に起こった軍事行動だというのが明らかに見えて来る。トゥームは、カムライエへの慰めや同情などからの言葉ではなく、淡々とした口調で事実として言った。


「その、何て言ったっけ。コウキョウイのギレ・・・何とかさんって人が、指揮してたってことじゃないのか」


 三郎は、戦後の議会で一度だけ聞いた、うろ覚えにも程がある様子で『正しき教え』の中心となっている人物ではないかと言いたいのだった。


高教位こうきょういギレイルですね。軍の指揮レベルであるなら、ギレイルの可能性は低いでしょう。その者については、新たな情報が入ってきています」


 カムライエは、表情を真剣な物に戻すと、声を抑えるようにして言った。


「カムライエさん、今しばらく・・・」


 言葉を制止するように手で合図し、シトスがカムライエの言葉を遮る。しばらくすると、二人の給仕の者が、三郎達の座るテーブルに向かって食事や飲み物を運んできた。


 シトスとムリューは、酒場全体の音に注意を払い、少しでも有用な情報は無いだろうかと聞き耳をたてていたのだ。


 その中で、自分達の注文した料理の出来上がりを告げる厨房の声と、給仕の歩く足音をも聞き分けて、カムライエに待つように告げたのだ。


 カムライエはその意図を素早くくみ取り、テーブルに広げていた地図をそれとなく仕舞う。


 給仕の女性が二人、料理をのせたワゴンとともに現れると、やや緊張した面持ちでテーブルに料理を並べ始めた。


「へぇー美味しそうだなぁ。魚料理といえば、ソルジを思い出すよ」


 三郎は、テーブルに並べられる料理を見ながら、給仕娘にそれとなく声をかけた。


 野菜や肉の他に、魚を油でからりと揚げたおいしそうな料理が目に入ったので、それを話題に出したのだ。


 それでなくとも、教会の者とエルート族、そして魔導師という不思議な面々の揃ったテーブルなのだ。店の人の警戒心は、少しでもほぐしておいて損なことはないだろうと思っての言葉だった。


「あら、司祭さんはソルジのご出身かなにか?」


「出身ではないんだけど、しばらくソルジに居たものでね。懐かしさを感じるなぁ」


 給仕娘は、配膳の手を休めることなく聞いてきた。


 三郎はにこやかな表情をつくると、気さくな口ぶりで返事を返した。


「そうなんですか。セルクニルバは、テスニスで獲れる新鮮な川魚が入って来るんですよ。ソルジの魚にも引けを取らないくらい美味しいから、ご堪能くださいね」


 最後に取り皿を置き終わると、給仕の娘は笑顔で三郎に言った。


「ほんとう、とてもいい香り。楽しませてもらいますね。ありがとう」


 給仕娘に答えたのは、人好きのする笑顔をうかべたムリューだった。


「あら、エルート族の方のお口に合えば良いけれど。では、ごゆくっりどうぞ」


 ムリューの均整の取れた美しい笑顔と弾むような声に、給仕の二人は少しばかり頬を朱色に染めて笑顔を返すと、頭を下げて戻っていった。


「流石ですね、サブロー。懐疑的な好奇心を持たれれば『何を話しているのだろう』という興味をもたれます。しかし、今のちょっとした会話ですが、給仕の方々は、現在厨房に戻ってムリューと言葉を交わしてしまったと、自慢しながら喜びの感情が高くなっているようですよ」


 シトスは、耳を微かに動かし、給仕娘二人の様子を三郎に伝えた。


「そっか、そいつは良かった。でもまぁ、話題にされるのは、おっさんよりもムリューだよなぁ。流石なのはムリューの方だと思うよ」


 乾いた笑いを浮かべ、三郎はシトスに言った。


「確かに、サブローに合わせたムリューもとても自然な感じでしたね」


「サブローの言葉に『意図』する響きが含まれていたから、わたしはそれに乗ったまで。わたしも流石だなと思ったからサブローに合わせだけだしね」


 ムリューが、悪戯っぽい笑顔をつくってシトスの後に続けた。


 シャポーは、開いた口もそのままに尊敬のまなざしを三郎へ向け、トゥームは、自分が褒められているかのような得意気な表情を微かに浮かべていた。


 そんな中、カムライエだけは複雑な表情を三郎に向けている。


「確かにおっしゃる通りです。テスニスも近いのですから、誰かに聞かれない様に注意するだけではなく、警戒されないように振舞うというのも大切なことです。しかし、あれほど自然にやられてしまうとは・・・私もまだまだ研鑽が足りないのだと痛感します。自分が目立たないのを良いことに、甘えがあったのかもしれません」


「いやいや、カムライエさんに褒められるほどのことではないというか。おっさんの飲み屋でのコミュニケーションとでも言いますか、何と言うか。そんな程度のアレですよ」


 いたく感動するカムライエに、三郎は手を振ってこたえた。


「サブローさん。今後、私めのことは『カムライエ』と呼び捨てになさってください。議会でも、カルモラ王やオストー王の言及から、ジェスーレ王以下テスニスの者が救われたのも記憶に新しいところです。ぜひ、これからもちょっとした事でも学ばせてもらいたい」


 軍所属の真面目腐った表情になったカムライエは、三郎に深く頭を下げるのだった。


(単なるラフな店員さんとのやり取りが、妙に大事おおごとにとられたぞぉ)


「・・・って、そういえば、ぎれ・・・何とかさんの重要な話が途中じゃなかったっけか」


 はっとした表情で、大事な会話を思い出した三郎が、声のトーンを下げて皆に言う。


 どうも、僅かな発音の違いからか、三郎はクレタスの人名に対して覚えが今一つのところがあるのだった。


「高教位ギレイルです。その新たな情報というのは、ギレイルという男がキャスールの教会で司祭になることを目指し『教え』について学んでいた者だというものです」


 カムライエの言葉を聴いて、全員の顔が途端に真剣なものへと戻された。


 三郎も同じように表情をつくりながらも(皆、切り替え速!マジで速!)と、内心思っていたのは口に出さないでおくのだった。


次回投稿は3月22日(日曜日)の夜に予定しています。

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