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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第七章 高原国家テスニス
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第130話 目立たない男

 やわらかな朝の光が窓から差し込み、着がえたために舞い上がった微かな埃が、きらりきらりと空気中に踊っている。


 三郎は、着慣れた茶色の司祭服に腕を通すと、静かで穏やかな朝の雰囲気に「旅立つには良い天気になったなぁ」と心の中で呟いた。


 胸元には、教会のアミュレットの他に、丁寧なつくりをした小さい袋を首から下げている。品の良い紅色の布で作られたそれを見て、三郎は、おっさんが持つにはちょっと可愛すぎないか、と思いながら鼻の頭を指でかく。


 昨晩、帰宅後すぐにトゥームが、ケータソシアから貰った精霊の種を入れる袋として縫ってくれたものだ。


 カスリ老が、袋が必要なのであれば、朝までに自分が作っておくと申し出てくれたのだが、トゥームは、それを丁重に断ると、布選びから完成までテキパキとこなしてしまったのである。


 三郎は内心で、明日から高原国家テスニスへの長い旅が始まるのだから、カスリにお願いしておいても良かったのになと考えながらも、横でトゥームの見事な手際を眺めていたのだった。


『むむむ、出来る女性は流石なのです。小さな袋なのに、丁寧に柔らか素材の芯地までつけるのですね。種が割れないようにするためなのですか』


 同じように作業を見ていたシャポーが、トゥームの細やかな心配りに気付き、質問していたのを思い出す。


『アミュレットと一緒に首から下げるようにするから、何度もあたってしまうでしょ。それに、袋も型崩れしにくくなるから、一応ね』


 と、作業の手を止めるでもなく、トゥームが答えを返していた。


「確かに、精霊の種なんて特別な物を入れるんだから、きちんとしたものをつくってもらえて良かったにはよかった・・・でもさ、少しふっくらと丸みをおびて、可愛さアップしちゃってるんだよなぁ」


 目の高さまで持ち上げながら、三郎はひとり呟く。


 出来上がった際、笑顔で差しだしてくるトゥームに、三郎は『俺が持つには、可愛すぎないか』とは言えなかったのである。


 どこぞの露天商で、小物として売っていても遜色ないほどの出来栄えであることが、間近で見るとよくわかる。


「ふむ、有難いことです。感謝、感謝」


 そう口にだして頭を下げると、三郎は、御守り袋を襟元からゴソゴソと服の内側へしまい込む。


 ちょうどみぞおちのあたりで納まった袋からは、ほんのりとしたぬくもりが伝わってくるようであった。


(皆様の優しさが、胸にしみいるようだねぇ。本当に、有難いことだとなぁ)


 三郎は、そう思いながら、朝食の支度がされているであろうダイニングルームへと向かい部屋を出るのだった。


***


 テスニス軍所属であるカムライエとの待ち合わせ場所は、教会本部の前と決められていた。


「まだカムライエさんは、来てないみたいだな」


 馬車に荷物を積み終わった三郎が、トゥームに声をかける。


 三郎達の使用する馬車は、ソルジから中央王都まで旅をした際に使用していた幌馬車と同様のもので、馬車を牽引してくれる輓獣も、当然であるかの様に友獣のクウィンスがつながれて待機していた。


 御者となる男達も見知った顔で、ソルジからの旅を共にしていた、ミケッタとホルニという気のいい二人組だった。


 なんでも、ミケッタとホルニの両名は、修練兵までにはいたらなかったものの、教会の兵士としての訓練を受けており、御者仲間の中でも剣の腕に覚えのあるほうなのだという。


「そうね、時間にルーズな人には見えなかったけれど、何かあったのかしら」


 荷物整理を済ませたトゥームが、荷台から顔を出して三郎に答えた。


 カムライエと教会本部前で合流した後、エルート族の野営地でシトスとムリューをピックアップする手筈となっているのだ。


 見慣れた修道服姿をしたトゥームは、軽い身のこなしで馬車から降りると、周囲を見回しながら三郎の隣に立った。


 教会建屋の前では、教会関係者はもとより、教会に用事の有る一般の人や本部に出入りのある業者などがいて、それなりに人々が行き交っている。


 シャポーはといえば、自分の荷物整理にいまだ奮闘中で、馬車から出て来る気配はなかった。


「しかし、新興勢力の調査に行くのに、教会本部の馬車で堂々と向かうとは思わなかったな」


 三郎が、見慣れたクウィンスや車体を振り返って呟いた。


 馬車の点検を終えている御者の二人が、地図を見ながら旅のルートを話し合っている様子も目に入る。


「サブロー、あなた・・・隠密での調査とか、そういうものを期待してたんじゃないでしょうね」


「いや、まぁ、行商人になりすましてテスニスに入国するとかさ、旅の一団にふん装してとかさ。ちょっとだけ、考えてたり、なかったり」


 三郎は、少しばかり呆れた口ぶりのトゥームの流し目に、乾いた笑いを交えて答える。


「そういうのは、専門に訓練された者がやれることであって、私達じゃすぐにでもボロが出てばれちゃうわよ。私達は、あくまで公の調査隊として、教会から行くのよ」


 やれやれと言いたげな表情で、首を振りながらトゥームは答えた。


 言い終えたと同時に、トゥームは腰の剣に手をかけて、馬車後方へ向けて身構える。


「確かにそうです。それに、グレータエルート族の方々やシャポーさんと一緒に居る精霊のほのかさんなど、黙っていても目立つ一行を隠すのは容易なことではない」


 トゥームの言葉に続けるように、その方向から声がかけられた。


 トゥームが身構えたのを見て、三郎も馬車後方へと緊張した表情で身構える。


 三郎は、声がするまでの間、誰かが近づいてきていることにすら気付きもしていなかったのだ。


「えっと、ん?あ、カムライエさん。え、何時からいたんです」


「少し前から、あちらで様子をうかがっていました。お気づきになられない様子だったもので」


 三郎の驚いた口調に、カムライエは教会本部前の柱の一つを手で指し示し、苦笑しながら答えを返す。


 トゥームも驚いた表情をして、柱とカムライエを交互に見比べてしまった。


 そう言われてみると、確かに柱の元に旅支度をした者が居たような、という記憶がトゥームの脳裏に微かに思い出された。


「軍の服装をされていなかったのもありますが、何より先日とは気配が違いましたので、気付かず申し訳ありませんでした」


「いえ、私はあくまで軍の所属ではなく、テスニスの一行政機関の役人というかたちで同行しますので。早々にお声がけすれば良かったですね。こちらこそ申し訳ないことをしました。驚かせるつもりはなかったのです」


 トゥームが、剣から手を放して謝罪の言葉を口にする。


 カムライエも、頭を下げながら、驚かせてしまったことについて生真面目な口調で謝罪するのだった。


「流石、と言わせてもらっていいんでしょうか。目立たないのも、仕事の内って感じなんですか」


 三郎は、カムライエが諜報機関の人間だとは口にださないまでも、スパイ的な要素を期待した目を向けて質問する。


「いや、実はですね、生まれてこのかた『お前は本当に目立たない人間だな』と周りから言われ続けているんですよ。こういった待ち合わせの際など、現に今もそうでしたが、悩みの種にもなる程で」


 カムライエは、期待に応える回答ではなく申し訳ないと言いたげな表情で言葉を返した。


「そ、そうなんですか。ご苦労もあるんですね。でも、お仕事がら役に立つ場面もあるでしょうし、ね」


「ははは、それだけが救いかもしれません」


 三郎の慰めに、カムライエは乾いた笑いで返す。


 だが、修道騎士であるトゥームは、カムライエの返事を額面通りに受け取ることはしなかった。


(テスニスの諜報機関のトップ、と言うだけのことはあるわ。殺気や魔力の動きがあれば別だとは思うけれど、あそこまで接近されるとは、正直驚かされたもの。実力を私達に知らせておくっていう意味もあったんじゃないかしら)


 トゥームは心の中で、カムライエの実力に対し、少しばかり高めに見積もっておく必要があると考えるのだった。

次回投稿は3月8日(日曜日)の夜に予定しています。

テスニスへの旅が始まりましたので、新章を追加いたしました。

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