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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第六章 戦勝の宴
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第129話 精霊の種

 侵されざる王典『タムリファント・ローテン』と教会の指標たる『教え』の違いについて、三郎はシャポーから帰りの車中で説明を受けていた。


「どっちの教典にも、最初の勇者がかかわってるんだな。最初の勇者、すごいな」


 感嘆の声を三郎が上げる。


「そうなのです。王典は、凱旋王ことヴィーヴィアス王と最初の勇者、そして何人もの有識者があつまって話し合いを行い作り上げたのです。教えは、勇者が『平和』を主軸に書き記した書物なのです」


 シャポーは、感心する三郎に気分を良くしながら、得意気に話す。


 トゥームやケータソシアも、シャポーの知識を大したものだと思っている様子で、話を聴きながら相槌を打っていた。


「じゃぁ、王典と教えって基本的には、同じような内容が書いてあるのか」


 三郎の疑問に、シャポーは首を横に振った。


「いえいえ、王典はですね、勇者の理想とするところと、国王の理想とする平和な治世をすり合わせ、国政として運用が可能であるかという所まで落とし込まれた、法律や秩序に関する基本理念が書かれているといいます。対する教えについては、サブローさまやトゥームさんの方が詳しいと思うのですが、平和であるためにはどうすべきかと言った、勇者の重んじていた心や理想とする倫理感が主に書かれていると言われています」


「確かにそうね。付け加えるなら、勇者の召喚は安易に行われるべきではないといったことや、召喚による次元の歪を懸念するといった、最初の勇者の所感ともいうべきものも書かれているわね」


 シャポーは、なるべく説明が解りやすくなるよう、詳細な内容を省きながら話す。トゥームは、シャポーの言葉に頷きながら、教えに関して内容を付け加えた。


 三郎は、この魔導師の少女が門外不出とされている王典についてどこまで知っているんだろうかと、疑問に感じずにはいられなかった。


 その反面『教え』は、市井の人々でも触れることのできる書物であり、教会が秘匿している文書などではないのだという。


「トゥームさんの言う通り、教会の教えには『最初の勇者の思い』が書かれている、と言えば解りやすいのです。学校でも、さわりの部分を授業で取り上げられ、クレタスの人々の倫理観に大きく影響しているものなのです」


「ん?それじゃ、迷い人についても、ほとんどの人が知ってることになるんじゃないのか」


 三郎が、ふと湧いた疑問を口にする。


「それはですね、原本や写しといった書物は、教会本部や各地の教会に置かれているのですが、それこそ『教え』は厚みがありますので、一般に教えられているのは『平和とは』といった倫理的な部分についてが主なのです。シャポーも、グランルート族の町フラグタスでサブロー様の事を聞くまで、迷い人についての記述を忘れていたほどで、それこそ教会の中でも暗記するほど読み込んでいる人か、文献についての研究者でもなければ、知らないのではないかと思うのですよ」


 シャポーの話をきいて、なるほどなと三郎は納得した。


 三郎の元居た日本で考えてみても、さまざまな宗教が存在し、各々に教典や聖書があることは知っている。知ってはいるものの、宗教に深くかかわりを持たないその他大勢の人々は、部分的にしかその内容を知らない。三郎も、その他大勢の内の一人であったからこそ、得られる納得感だった。


「教会としても、迷い人の件も含めて、特殊で一般的に理解するのが難しいであろう部分は、あまり表に出さないようにしているわ。教えについて『難解』だと思われないためにね。教えにも書かれているのだけれど、教会はあくまで人々に『平和を重んずる心』を広めるだけの存在なの。神様や信奉によって、信者を募っている団体ではないのよ」


 トゥームは、三郎が以前『祀る神はいないのか』と聞いてきたことを思い出し、説明するように言った。


 教会評価理事である三郎が、間違った知識を持っているのは問題だというのもあるのだが、これからテスニスで行う調査や活動において、今一度確認しておくことが重要なのではと思えたからだ。


 調査対象とされる『正しき教え』は、最初の勇者の残した『教え』を、良く言えば別の側面から解釈し、信者を募っている団体なのだ。


「そっか、そっか。平和の心を広める、だったもんな」


 三郎は、再認識するように頷いた。そして、一瞬考え込んで動きを止めた。


 シャポーとトゥームとケータソシアは、どうしたのかと三郎の顔を覗き込む。


「もしかして、教会にある『教え』も、王典みたいに突然現れたりするようなものだったりするのか」


 三郎の唐突な質問に、シャポーは「んー」と悩み、トゥームは「どうかしら」と一言もらす。


「ない、と思いますよ。そのように書かれた書物に、心当たりはありませんので」


「私も無いと思うわ。実際に見たこともあるけど、王典みたいに魔法の装丁がされてはいなかったもの」


 シャポーは、これまでに読んだ文献の知識から答え、トゥームは、目にした事実から答えを返した。


 国が作ったものと、勇者個人が残したものとの違いなのかな、と三郎は思うのだった。


「でもです、タムリファント・ローテンが、誓いの言葉を承認するために顕現する場面にいられたなんて、シャポーは良い体験ができたのですよ。ここ三百年間で、国王の即位の儀式以外で顕現することは無かったと記憶しているのです。しかも、王称を持つ騎士の誓いの承認に現れたのですよ。これはもう、シャポー人生において一度しかないと言っても過言ではないのです」


 シャポーが、きらきらと目を輝かせ、身を乗り出しながら言った。


 それほどまでに、王典の顕現とは特別なことであり、王以外の者の言葉を承認するために現れるなど、立ち会える機会は無いに等しいのだ。


「誓いの承認かぁ。そういえばさ、剣として仕えるってことを、あんな公の場で言っちゃって良かったのか」


 三郎は、以前にトゥームから聞かされた話を思い出してトゥームに疑問をなげかけた。


 確か、副騎士団長からソルジへの赴任の承諾が得られなかった時、どうしたものかとシャポーと三人で話し合ったのだ。


 修道騎士が誓いを立てるということは、あまりにも重い意味を持ち、一個人に対して誓ったともなれば、その理由を詮索される恐れがあったのではなかっただろうか。


「問題は無いわよ。だって、教会評価理事という重要な役職の人間に対して誓っているのだし、誰もが納得すると思うわ。今回の王都奪還の総指揮官でもあって、修道騎士が誓いをたてるに値する人物なのは間違いないもの」


 トゥームは、何食わぬ顔をしてさらりと答える。


 だが、それを聞いたケータソシアが、口に手を当ててくすりと笑う。


「それだけでは、なかったのですよね」


 ケータソシアの言葉に、トゥームは恨めしい視線をちらりと向けると、諦めたように一息ついて口をひらく。


「あの勇者が、サブローに対して『俺が勇者だから自分の方が格上』みたいな言い方をするから、ちょっと頭にきてたのよ。だから、『教会評価理事』ではなくて『サブロー』に誓っているって言ったの」


 観念したように肩をすくめながら、トゥームは心情を吐露した。


「ですですね。あの態度には、シャポーもぷんぷんしてしまうところだったのです」


 シャポーは、両手で拳をつくって上下に振りながら同意する。三郎の背後に隠れてしまっていたのは、すでに棚の上にあげてしまっているようだ。


「はは、いやまぁ、仲間内で認めて貰えてれば、俺は十分だわ。ありがと」


 照れながら頭を手でかいて、三郎は二人に感謝を伝える。


「言葉とは重要なものです。黙して事を成すのも美徳ではありますが、私もあの場面では同じ気持ちでしたよ」


 ケータソシアも、エルート族を救った人物を無下に言われたのは、穏やかな気持ちではなかったのだ。


 公表していないとはいえ、森の炎に対峙した三郎は『エルートの守護者』と呼ばれるに値する働きをしてくれている。


「そう、ですかね。いや、まいったな。はは」


(何か、狭い馬車の中で持ち上げられまくってる感が、すごく照れるんですけど。教会本部が、近いのに遠いいぞぉ)


 若いに褒められることに慣れていないおっさんは、愛想笑いで誤魔化すしか手立てを持ち合わせていないのだった。


「サブローさん、教会本部に到着しましたら、私は別れて軍の指揮に戻りますので、この場でお渡ししておきたいものがあるのですが」


 ケータソシアは、エルートの守護者という言葉が頭をよぎったため、思い出したことがあった。


「渡しておきたい物、ですか?」


 腰につけている小さなポーチを探るケータソシアに、三郎が首をひねって聞き返す。


 シャポーとトゥームも、興味深げにケータソシアの行動を見守った。


「お邪魔でなければ、こちらをお持ちください」


 ケータソシアの手には、二粒の小さな植物の種が大事そうにのせられれていた。


 三郎は、落とさないように気を付けながら、両手でそれを受け取る。


「これは?」


「精霊の種と呼んでいます。精霊と親交を持つ者へ贈る・・・そうですね、御守りのようなものだと思ってください」


 三郎の手の平に乗せられた種を、シャポーとトゥームも、もの珍しそうな顔をしてのぞき込んだ。


「精霊の種、ですか。シャポーも聞いたことが無いのです。とても珍しいものなのではないでしょうか。不思議な魔力を感じるのです」


「小さな種ね。帰ったら落とさないように、専用の袋を作ってあげるわね」


 シャポーとトゥームの言葉を聴いて、ケータソシアは嬉しそうな笑顔を浮かべる。自分の渡したものを、大切に思ってくれる心根が響きとしてふくまれていたからだ。


「精霊の種っていうのか。ありがとう、大切にさせてもらうよ」


 落とさぬようにそっと握りしめて、三郎はケータソシアに感謝を伝えた。


(どっかで似た種を見た記憶があるな・・・あ、朝顔の種ってこんな感じじゃなかったっけか)


「ぱぁ~?」


 精霊という言葉に反応したのか、シャポーのフードからほのかが顔をのそりとのぞかせた。


 どうやら、始原精霊は、美味しい宴席料理でおなかいっぱいになった後、ずっと眠ってしまっていたようだった。


次回投稿は3月1日(日曜日)の夜に予定しています。

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