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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第六章 戦勝の宴
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第127話 脈打つ王城

「私は、教会評価理事というお役目をいただいているだけで、剣の扱い方など市井の方々と同様か、それ以下だとも考えられる身の上です。真剣での勝負などは、お受けできないのですよ」


 三郎が、間髪を入れずにきっぱりはっきりと断りの言葉を返したため、戦勝の宴の間はしんと静まり返ってしまっている。


 そんな中、三郎は朗々とした声で、笑顔を絶やすことなく理由を付け加えた。


 三郎を護るように半歩前に出ているトゥームは、勇者テルキが無理やりにでも踏み込んでこないか神経を研ぎ澄ませていた。テルキが、並みの兵士よりも速く動ける者であると、先の戦闘で理解しているのだ。おのずと、警戒の意識が高まる。


「教会の司祭も、戦闘の訓練を受けているっていうのを知らないとでも思ってるんですか。継続的な戦闘はできないながらも、防衛することに関しては一流だっていう話じゃないですか。教会の守護魔法を使ってもらっても、俺は一向にかまいませんよ」


 引き下がる気など微塵もない表情で、テルキは三郎を真っ直ぐに見据えていった。


 確かに、教会全体を守っていた魔法は、司祭が発動しているとは聞いていたが、戦闘訓練も受けているなどとは三郎にとって初耳なことだ。


(いや待てよ、ラルカも学校で戦闘教練っていって、剣の扱いを習ってたもんな。まして、魔人族と戦うとなったら先頭に立つだろう教会の司祭が、訓練を受けてないって方に無理があるか)


 三郎は、司祭に対する認識を改めつつ『決闘』から逃れるための言葉を考えた。大きくゆっくりと息を吸い、微かに頷くようなそぶりを見せて、話し始めるまでの時間を作る。


 この戦勝の宴という場で、口にしてよい言葉と言ってはならない言葉とを整理するため、多少の時間が必要だったのだ。


「まずは一つ、誤解のないよう確認させてもらいます。私は、コムリットロアの末席に名を連ねている教会評価理事ではありますが、決して教会の司祭ではありません」


「司祭じゃない。でも、司祭の服を着ているじゃないですか」


 テルキは「えっ」と目を丸くしたあと、三郎の全身を指しながら聞き返した。


「コムリットロアに名を連ねる者の正装、とご理解いただければと思います」


「ただの正装ってことですか。というか、そもそも貴方は何者なんですか。戦いの最前線だった、俺達の捕まってた地下牢にもいましたよね。グレータエルート族や修道騎士を従えていたみたいでしたし」


 三郎は、おおかた予想通りの質問が返ってきたなぁと考えていた。


 少しばかり違ったといえば、三郎本人への質問の前に、教会評価理事とは何なのだという言葉が先に出てこなかったことくらいだ。恐らく、政府の関係者から、教会評価理事について粗方説明されていたのだろう。


(さてと、ここからだなぁ)


 心の中で一呼吸つくと、三郎は口を開いた。


「従えていたという表現は、正しくはないと思いますよ。エルート族は友人であり、力をかしてくれている仲間です。修道騎士に至っては、守ってもらっていた、と表現する方が適切でしょうか」


 三郎は、ほころんだ表情になるよう意識しながら言う。対話している相手に、無駄な敵愾心てきがいしんを持たせないようにするためだ。


 笑顔というものは、使いどころによって非常に有用性を発揮してくれる。


 例えば、仕事上での謝罪の場面であっても、時によっては笑顔の方が上手く事が運ぶという場合がある。テルキよりも多少人生経験を積んでいる三郎は、知識としてそれが頭に入っているのだ。


「答えになってません」


 睨みつけるような視線をして、テルキは三郎の答えにきり返した。


 はぐらかそうとしていると思われたかな、と三郎は察する。


「正しい認識が無ければ、最終的な答えの見え方も違ってきますから、ご説明させていただいたまでですよ」


 三郎は、表情を保ったまま半歩前に出ると、トゥームの横に並び出た。


 護られた状態のままでは、話す言葉の信憑性しんぴょうせいに大きな差が出ることもある。


「さて、私についてですが、どうやら『別の大陸からの漂流者』だということなのです。前後の記憶が曖昧なもので、自身では何とも言えませんが」


「別の大陸。海には巨大な魔獣がいて、別の大陸があるかどうかも分かってないんじゃ」


「そうですね。しかし、歴史上にも『別大陸からの漂流者』がソルジの漁師によって引き上げられた、という逸話があるようです」


 三郎とテルキの話を聞いて、周囲を囲んでいる者達から大きな反応が出ることは無かった。


 教会本部から『その様な人物がいる』との連絡が、正式な形で中央政府に入っており、為政者のほとんどが既知としている。


 勇者召喚や諸王国会議、更にはセチュバーの内乱とあって、漂流者がいるらしいとは聞いていても、大きな話題として取りざたされることがなかったのだ。


 話題の中心であった勇者本人には、三郎の存在など耳にすら入っていなかった様子で、真偽を疑う視線を三郎へ向けていた。


「言葉も全く通じなかったので、覚えるまでにとても苦労をしました。いまだに、発音やら抑揚を間違えることは多いんですよ」


 苦笑交じりに言う三郎に、少しばかりの優越感を取り戻したのか、テルキが「ふーん」と鼻を鳴らした。


 テルキの頭の中で、漁の網に引っかかって引き上げられている哀れな三郎の姿が想像されていたのだが、その誤解が解けるのはずっと先のことである。


「それは大変でしたね。召喚された俺は、普通に言葉が通じてましたからね」


 テルキに「ご苦労さま」とでも語尾につきそうな言い方をされ、主人公補正の格差を感じて、軽いショックを受けた時の記憶が三郎によみがえる。


(改めてここで、主人公補正の有無を『本人』からつきつけられるとわ。まさか、ステータスウィンドウまであるとか言わないだろうな。でも、聞けない。聞いたら『迷い人』だってバレちゃう。・・・まぁ、言葉は教えてもらって、結構早めに覚えられたからいいんだけどもさ。ってか、その先生がトゥームだったから、ある意味勝ちなんじゃね?)


 おっさんが、心の内で訳の分からない勝負に優劣をつけている中、テルキから疑問が投げかけられる。


「で、そんな人が、なぜ教会の理事になれたんです」


「え、ああ、理事、理事ですね。それは、意思疎通が取れるようになり、ソルジの統括司祭様や高司祭様と話す中、教会の重んずる『教え』と共通する思想を持っていると判断され、身分の保証とともに理事を拝命したのですよ」


 テルキの質問で我に返った三郎は、エンガナ高司祭やトゥーム等と話し合って決めていた答えを、さらりと返した。


 この答えには、ケータソシアやシトスも大きく貢献していた。真実を述べつつ偽りの響きを含まず、さりとて語らざるべきことを語らないという、言葉選びをしてくれていたのだ。


 いわゆる『エルート族お墨付き』の問答集が、三郎の頭の中では用意されている。三郎の記憶が間違えを起こさなければ、嘘をつくことなく大概の質問に答えが返せる、はずだ。


 だが、三郎の答えを聞いて、テルキは、既に三郎が理事となった経緯から興味を失っていた。


 なぜなら、テルキの心の底でずっと引っかかっているのは、あの廊下で剣を軽く引き抜いた姿と、その前に見せた威圧感の記憶だったからだ。


(別大陸から来たのか。記憶が曖昧とか言ってたよな、自分が忘れてるだけで、すごい戦士だったのを体が覚えてるってことも、ありそうだよ。これだよ)


 しばしの沈黙の後、テルキは『思いついた』と言わんばかりの表情で顔を上げた。


「記憶が曖昧だって言ってましたけど、以前の記憶はあるんですか」


「以前の記憶ですか。それは、霞がかかったような、夢の中の出来事だったような。忘れてしまっていることは、忘れてしまっている事自体が分かりませんので、何とも。ただ、クレタスに着くまでについては、一切の記憶が無いのは確かですね」


 眉間に左手の指をあて、あたかも悩んでいるといった風を装い、三郎は記憶についての概要的な話で濁す。


 要するに、覚えているものは覚えているし、忘れてしまったことは忘れている、と言ったにすぎない。


 しかし、その答えを聞いたテルキは、意を得たりといった表情をした。


「もしかしたら、すごい戦士だったっていう記憶を忘れてるんじゃないですか。剣を握れば、体が自然と思い出すっていうのもあるかもしれませんよ」


「は・・・」


 三郎は(そうきたかぁ)と足元をすくわれた気持ちになる。


 勇者テルキの斜め上を飛んで行く若い思考に、おっさんは追いつくことが出来なかった。


 そんな記憶はありませんと言った所で、忘れているだけですよと切り返されるのは目に見えている。


 剣を握れと迫る勇者テルキと、悩める迷い人三郎の間を遮るように、トゥームがすっと身体を割り込ませた。


「どうしても、理事殿と剣を交えたいと言われるのであれば、私がお相手いたします」


 突然のトゥームの申し出に、勇者テルキは気勢をそがれてしまう。


「あ、貴女と戦いたいなんて言ってません。俺は、その理事さんの秘書官をしているよりも、勇者の従者として共にクレタスの平和を護ろうって言ってるだけです。なんで、貴女が立ちはだかるんですか」


 テルキの投げかけた疑問の声に、トゥームはゆっくりとした口調で返事を返す。


「修道騎士トゥーム・ヤカス・カスパードは、その名においてサブロー殿の剣となることを誓っておりますゆえ」


 騎士の礼とともに発せられた言葉へ呼応するかのように、王城が『ドクン』と脈打つような感覚を、宴の間に居る全ての者が感じるのだった。

次回投稿は2月16日(日曜日)の夜に予定しています。

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