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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第六章 戦勝の宴
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第126話 お断りいたします

 勇者テルキは、キメ台詞を言い放ったあと、力強く右手を差し出して『断られるはずもない』返事を待っていた。


 勇者の従者になるということは、剣を持つ身であるならば誉れ高いことだ。まして、騎士の称号を持つ者にとって、無上の栄誉である。


 テルキは、勇者の教育係となった者達からそう聞かされていた。


 同時に、従者となる人物については、慎重に決定せねばならない事項だとも教えられている。国政にも関わるほどの大事ゆえに、従者の選定については、必ず政府高官と話し合うようにと言われていた。


 専門の議会を招集し、人となりを調査する必要があるのだそうだ。


 その理由について、テルキは単純に『肩書を悪用しようとして、悪い奴が仲間になろうとしてくるんだな』と理解していた。クレタスにおける『勇者』の名の威光たるや絶大な影響力を持っているみたいなので、仲間となる人の身元調査は大切なのだろうな、と彼なりに事情を把握していたのである。


 教えられた当初こそ、ゲームや漫画みたいに仲間を増やせないんだなと、テルキは若干の現実味を感じていたものの、現在いまは『勇者とは特別な存在だから仲間選びも特別なんだ』という認識にかわってしまっていることに、彼自身が気付いていなかった。


 だが、事はテルキが理解しているような単純なものではない。


 勇者の従者ともなれば、召喚を主導した中央王政府は、それ相応の扱いを保障しなければならない。その上、勇者本人が、従者の言葉から受ける影響も小さくはなくなるだろう。


 中央政府が議会をたて、その人物を査定するとしたことで、テルキの考えが政府の方針と乖離かいりするのを防ぐ効果があるのだ。


 それに、正式な勇者の従者ともなる人物は、中央政府の内において一番の勢力に所属する者の中から選ばれるということが、既に内々(ないない)で決定されていた。


 召喚された勇者本人が、妙に熱い正義感を持っているというのは、召喚を実行した政府の幹部らの既知とするところであった。もし仮に、勇者の周りが正義感の暑苦しい者達でかためられてしまえば、魔人族の討伐に行くぞと言い出しかねないと考えられたのだ。


 諸王国含め中央王都の者達は、魔人族の住まうクレタス山脈の外に広がる西地方に攻め込む意思など持ち合わせていなかった。


 魔含物質や魔素子の濃度が高い地域は、それだけ危険な魔獣や変異植物も多く、領地を得たとしても利益としての見返りが少ない。肥よくで危険も少ないクレタス内部を、守り維持さえできていればよいのだ。


 勇者の存在は、魔人族をクレタスへ侵攻させないための『抑止力』的意味合いが強い。もし、クレタスが攻め込まれた場合には、防衛の旗印となり、主たる戦力となることを期待されている。


 担ぐ神輿は、軽い方がいい。


 勇者が、政府の意向に沿った扱いやすい状態であることこそが重要なのだ。


 戦勝の宴においても、興奮した多くの若い貴族の剣士や騎士達が、共に戦いたいと従者の名乗りを上げていた。そんな中でも、テルキは『従者に』と選び出すことはしなかった。


 勇者を抱き込んでいる中央政府の為政者らは、名乗りを上げる者達に「勇者の従者とは重責であり、簡単に担えるものでは無いのだ」と諭す。諭された志し高き若者たちは、勇者と共に戦うことができるよう精進します、と奮起する者がほとんどであった。


 戦勝の宴において、為政者らの目論見は、十分な効果をあらわしていたといえる。


 宴が終われば、勇者は王都奪還の英雄として、クレタスの国民に知られてゆくことになるだろう。


 後は、セチュバー軍討伐の出陣までに、勇者の助けとなる数名の従者をととのえるばかりだと考えてすらいた。


 そこにきて、勇者テルキは、驚くべき行動をとったのだ。『従者になれ』と勝手に言い出したかと思えば、あまつさえ修道騎士に対して手を差し出しているではないか。


 王称おうしょうと呼ばれる、王より賜りし名である『ヤカス』の名を持つ修道騎士に、である。


「勇者テルキ殿、従者を選定するという大事だいじ、この様な場で軽々しく申されては」


「軽くは無いよ。勇者である俺が、考え抜いて決めたことだからね」


 勇者の世話役とおぼしき身なりの整った男が、テルキに近づくと小さい声で進言した。


 だが、テルキは男を振り返ることもせず、視線をトゥームに向けたままきっぱりと返した。


「しかし、従者選定については、あれほどご相談くださいと・・・」


 世話役の男は、何とかこの場を治めようと食い下がる。


 修道騎士が従者にでもなれば、それでなくとも扱いづらい勇者が、さらに動かしづらくなるのは日の目を見るよりも明らかだ。


「身元の確かさについてでしょう。彼女は修道騎士だし、王様からもらった名も持つ家柄だって言うじゃないか。なにより、俺を地下牢から解放したのは彼女です。これ以上の人はいないと考えたまでですよ」


 テルキは、さわやかな笑顔を向け男を黙らせてしまった。


 勇者は、教えられたことを自分なりに咀嚼して受け止め、打算の無い言葉をいっているのだ。


 世話役の男は、ちらりとケータソシアへ視線を向け、困り果てた表情を隠すことなく一歩引き下がった。これ以上の問答を繰り返せば、エルート族に何を指摘されるか分かったものではないからだ。


「修道騎士トゥーム・ヤカス・カスパード。答えを」


 自信満々の表情で、勇者テルキは向き直ると改めて返事を求めた。


 ヤカスといった王称と呼ばれるものは、侵されざる王典『タムリファント・ローテン』に、時の中央王都国王が名を記入し、対象となる家系に与えられる名誉の称号だ。その者の所属するところに関係なく、クレタスの安寧に深く貢献した者へ、王の礼名という儀式をもって贈られる。


 カスパード家は、五百年前の戦争の功績においてヤカスの名を与えられた家系だった。


 王典の保管場所については、中央王都国王以外で知る者はいない。


 そして、ここ三百年の間において王称を与えられた者が存在しないのも、クレタスの人族全てが知るところとなっている。為政者とて、王称を単なる名誉の証だと考えている者がほとんどとなって久しい。


 三郎は、驚きの表情で差し出された手を見ているトゥームの横顔を、ちらりと覗き見た。


(そういえば、トゥームって『教え』を子供の頃から読んでて、勇者を尊敬してるんだったよな。その勇者に、面と向かって共に平和を護ろうなんて言われたら、そりゃー固まっちまうわなぁ)


 いや、と三郎は考えを冷静に改める。


 もしかしたら、剣として仕えると三郎に誓ったことが、トゥームの決断を迷わせているのではないだろうか。


 仮に、トゥームが勇者の従者ともなれば、その無鉄砲な行動を正す助けにもなってくれるだろう。迷い人とはいえ、身分を隠しているこんなおじさんに、トゥーム程の人物が義理立てする必要はないよな、という気持ちが三郎の中に芽生え始める。


(もしだ。もしも、俺の存在がアレでアレなら、大人としてコレはコレだよな。テルキ君も、黙ってればモテそうな顔立ちしてるし。ってのは、今関係ねぇな)


 三郎は、もやっとした気持ちを整理できないながらも、トゥームに何か言ってあげねばという思いだけで口を開く。


「トゥームさん。・・・貴女の正しき道は、貴女が選択してよいのですよ」


 とは言ってみたものの、トゥームが勇者の従者になってしまったらと考え(こりゃーヤケ酒飲むしかねえな。って、何で俺がヤケ酒飲まなきゃならないんだ。あー、分かった。分かってるよ。そういう気持ちですよ。おまわりさんでもなんでも来いってんだ)と、もやもやを誤魔化すのだった。


 三郎の声に我に返ったのか、トゥームがはっとした表情で顔を上げた。


「・・・そう、ね」


 トゥームは、三郎へ目を向けると普段見せる微笑みを見せ、勇者テルキへと向き直った。


(まったく、本物の高位の司祭様が言いそうなことを、さらっと言えるようになったじゃない。後で、本心かどうか言わせてやろうかしら)


 三郎のまともな言葉とは裏腹な、わやくちゃな表情が浮かんでいたのを見て、トゥームは逆に落ち着きを取り戻せていた。


「光栄なお申し出をいただき、ありがとうございます」


「じゃぁ、従者に・・・」


 トゥームの返事に、テルキの表情がぱっと明るくなる。しかし、トゥームの次の言葉で唖然としたものへと変わった。


「いえ、わたしは教会評価理事殿の秘書官をつとめている身でありますので、お断りさせていただきたく存じます」


「秘書・・・官?」


「はい」


 当たり前の返事をしているのだと言わんばかりに、トゥームは平然とした表情で答える。


 隣に立つ三郎から、ほっとしたような長いため息の音がトゥームの耳に届いた。


「秘書官なんかと、勇者の従者。あなたは、俺の従者になるという意味が分かってないんですね」


 信じられないと言いたげな表情で、テルキは眉間に深い皺を作って首を振った。


「理解しています。勇者殿こそ、わたしの務めを『なんか』とは失礼な物言いかと」


「失礼?違います、貴女が失礼なことを言ってるんですよ。何人の人が、俺の従者になりたいって言ってきてくれているか知ってますか。それに、そのおじ・・・その人の秘書官なら、他の人がやればいいんじゃないんですか」


 テルキが勢い余って言い直した言葉を聴いて(あ、こいつめ、おじさんって言いかけたな)と、三郎は方眉を上げる。


 トゥームが勇者を選ばないと分かった時点で、三郎の心には不思議と大きな余裕が生まれていた。


 そして、テルキの言動を観察しているうちに、召喚されてからずっと勇者であるテルキの求めを断った者が居ないんじゃないかという疑念が、三郎の中でわいた。


 周囲からは、トゥームの冷静すぎる態度を見かねて「勇者様のお誘いを断るなんて、無礼なんじゃないか」や「騎士の栄誉をあのような者に与える必要などないでしょうに」などという言葉が囁かれ始めていた。


「修道騎士の代表の方が、勇者殿の言葉を無下にされている様子は、感心しかねますな」


 テルキの背後に一歩下がって控えていた勇者の世話役らしき男が、場の空気を読み取ったのかのように声を上げた。


 政府主導で召喚した勇者の言葉を、公の場、しかも戦勝の宴という場で、低く扱われるのは好ましくないと考えたのだ。


「さて、教会からの出席者である私や、こちらの修道騎士を無下に扱っているのを、聞かなかったこととされての言動と受け取りますが」


 三郎は、世話役らしき男には黙っていてもらおうと、営業スマイルを浮かべた顔で鋭く切り返した。


「そちらの騎士殿に申しているのであって、理事殿に対しての言葉では・・・」


 焦ったように取り繕うと、男は再び一歩下がって苦々しい表情を隠すように下を向いた。


「勇者の従者は、誉れ高いって・・・すごい名誉なんだって、言われたんだ。騎士の栄誉だって聞いたから、言ってあげたのに」


 テルキが、両手の握り拳をふるわせていた。


(あ、この流れは・・・曲がりなりにも男二人が、美女を取りあっちゃう的なノリの、アレではないでしょうかね)


 三郎が、余裕のでてきた心の中で気付いてしまった流れへと向かう言葉が、次の瞬間、テルキの口をついて出る。


「そこの理事さん、思い出しましたよ。俺の突き立てた剣を片手で軽く引き抜きましたよね。あの場で誰も動かせなかった、オレの剣を」


「いえいえ、何人も触れた後でしたので、抜けやすくなっていたのでしょう。王のご遺体も、支えきれなかったほどですから」


 三郎は心の中で(いかん、これ決闘って言ってくる感じの流れだ。回避だ、回避するんだオレェ)と、必死に思考を巡らせていた。


「引き抜く前、集まっていた人たちを圧倒した威圧感も、只者ではありませんでしたよね」


「いえ、廊下でしたし、声が異様に響いてしまったのでしょう。威圧だなどとは、滅相もない」


 落ち着いた風を装って、三郎は言い訳をひねりだして答える。


「どちら側に居た方が、このクレタスを護れるのかを、その女性ひとに分かってもらえばいいんですよね。そうすれば、目も覚めるでしょう」


 燃えるような瞳を三郎へ向け、勇者テルキは、最後の一歩手前となる言葉を口にする。


(だーめーだー。ここで『どうなさるおつもりで』とか聞き返したら『決闘だ!』って言ってくるパティーンだぁぁ)


 三郎は、ベタベタな流れがきたなと考えながらも(あれ?主人公っぽい方が悪い側のセリフ言っちゃってないかね、これ)とも思うのだった。


「何かなさるおつもりでしょうか」


 三郎の身を護るように、半歩前へと出たトゥームが、思考を必死に巡らせているおっさんを余所に聞き返してしまう。


「今ここで、理事殿と真剣での勝負を申し込みます」


「お断りいたします」


 ベタな流れなど、ぶった切ってしまえば良いのだ。


 その答えに行きついた三郎は、真剣な顔で申し込んできた勇者に、真面目な顔をして即答するのだった。


次回投稿は2月9日(日曜日)の夜に予定しています。

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