第124話 個人と公人と
内務省の長官は、トリア要塞国の者達が宴当初に案内されていた位置へ戻るのを確認すると、クレタリムデ十二世に一礼して王座の前へと登壇した。
長官が粛々とした面持ちで口を開き、終宴に向けての言葉を述べてゆく。
ドートの王カルモラとカルバリの王オストーは、思惑通りの収穫があったのか、満足げな表情で側近の者達と言葉を交わし頷いている。
対照的に、トリア要塞国のナディルタ女王は、黙ったまま戦勝の宴が進行するのを見ており、高原国家テスニスのジェスーレ王に至っては、険しい面持ちで傍に立っているカムライエへ何事か耳打ちしている様子が見られた。
(マイクとかスピーカーも無いのに、こんなに広い部屋でよく声が届くよな。王座のある台に立ってる人の声だけが、不思議と通るみたいだから、魔導的な装置があるんだろうなぁ。後でシャポーに教えてもらおう)
そんな呑気な三郎は、動かそうとして力を入れると痛みのはしる右手を、ぶらりと下げて宴が終わるのを待っていた。
三郎としては、張れあがってくる感じもないので、時間が経てば痛みもなくなるだろうと軽く考えていたのだが、トゥームとケータソシアから、教会に戻ってきちんと診てもらった方がいいと強く言われたので、大人しくそれに従うことにしたのだった。
戦勝の宴に出席していた為政者や貴族らも、内務省の長官が登壇したため、クレタリムデ十二世の挨拶を待つばかりといった空気に包まれている。そんな中、一人だけ釈然としない思いを抱いている人物がいた。
戦勝の宴の主賓こと、勇者テルキである。
「内務省長官、少し時間をもらってもいいですか」
挙手するとともに、テルキが大きな声で宴の進行をとめた。
王の挨拶へとうつるところであったため、勇者の声が聞こえた出席者の間でざわめきがおこる。中央王都国王の挨拶を、その直前ともなって妨げるということが、封建的な風習の根強い王城内で、どれ程の無礼に値するのかを皆理解しているのだ。
内務省長官は、一瞬戸惑った表情を浮かべ、クレタリムデ十二世に「勇者殿が、お時間をもらえないかと申されております。陛下」と指示をあおいだ。
例え勇者からの申し出であっても、進行役の長官の一存では許可を出せない『タイミング』というものがあるのだ。
だが、クレタリムデ十二世は、意に介した様子もない表情で、長官と勇者へ交互に視線を向けたあと口を開いた。
「勇者殿が、何事かあると言うならば、大切な用件であるのだろう。なれば、構わないではないか。な、そうであろう」
クレタリムデ十二世は、指示を求めてきた長官に対し、聞き返すような答えを返す。
内務省長官は、長年勤めあげているベテランであるが故、クレタリムデ十二世の言葉が許可であると判断し、胸を張って姿勢を正した。
「勇者テルキ殿。中央王都国王クレタリムデ十二世陛下より、お許しが出ました」
「ありがとうございます。国王様」
テルキは、クレタリムデ十二世に向かって頭を下げる。
勇者テルキからどんな発言があるのだろうかと、興味津々といった周囲の者達の視線にも構わず、テルキはさっと踵を返し、宴の間の中央へ向かって歩き出した。
***
「何か、進行が中断したみたいだけど、どうしたんだろう」
三郎が、王座の方を確認しながらトゥームに問いかけた。
三郎の位置からは、誰かが手を上げた様子しか分からず、その内容までは聞こえてきていない。
「さぁ。内務省長官から、勇者がどうのっていう言葉が出た気がするのだけれど、聴き取れなかったわね」
トゥームも、三郎と同じように前方の様子を探るような表情で答える。
「勇者テルキ殿が、国王のご挨拶の前に、時間をもらえないかと申し出たみたいですね。そして、国王が許可を与えたようです」
ケータソシアの耳には、前方でのやり取りが届いており、二人に成り行きを説明した。
三郎が「へー」と納得する横で、トゥームが表情を少しばかり曇らせた。
「国王が王座から立とうかというタイミングで、その行動を遮るだなんて・・・」
「ん?勇者君、結構まずい時に進行を止めちゃった感じか」
トゥームの呟きをきいて、三郎が質問を返す。
「その内容にもよるわね。懇談するための時間は十分あったのだし、進行上、国王陛下のご挨拶を賜る時間だと、誰もが理解していたはずだもの。せめて、内務省長官が登壇した直後に、声をかけるべきだったと思うわ」
「でも、勇者は特別・・・ってことも無いか。失礼なことに変わりないもんな」
三郎にトゥームが「そうね」と相槌を打って続ける。
「確かに、勇者は特別な存在よ。諸国の国王や、教会のコムリットロアに名を連ねる者と、同等に扱われる位にはね」
トゥームの言葉で、三郎は初めて『勇者とはどの程度特別なのか』というものを理解できた気がした。同時に、自分の立場というものも再認識する。
「だからと言って、真似だけはしないでよ。私の寿命が縮んじゃうわ」
「あのね、おっさんを甘く見ちゃいけないぜ。文化風習が違うと分かってるんだから、場の空気をそれとなく読む程度はできるって」
実際、三郎とトゥームのやり取りは、ひそひそとした小さい声で交わされていた。
勇者テルキが進行を止めたことで、戦勝の宴の場は、人々の交わす声でざわめいている。三郎とトゥームも、それらに合わせる様に、声を抑えて会話していたのだ。
「あらそうなのね。それは助か・・・」
トゥームが、三郎を茶化すように言おうとした言葉が中断される。
勇者テルキと教会の者達の間に立っていた人々が、道を譲るかのように二つに分かれたのが目の端に映ったのだ。
人々の間を、テルキが真っ直ぐ三郎達のもとへと向かって歩いて来ていた。
三郎は、トゥームやケータソシアと顔を見合わせ、どうしたものかと言った表情を浮かべる。シャポーはと言えば、三郎の後ろへ隠れる様に下がっていた。
そして、テルキは、三郎から数歩の距離をあけて立ち止まると、口を引き結んで一人一人の顔を確認した。
(何か言うことが有るだろう的な雰囲気を感じるのは、俺だけだろうか。っていうか、多分この場で最初に口を開かないといけないのは、俺なんだろうなぁ。とりあえず、無難に挨拶ってところか)
三郎が、半ばあきらめの入った思考を巡らせながら、勇者テルキに声をかけた。
「戦場をご一緒して以来となりますか。お体の方は、十分に休めることはできましたか」
現状、無難も無難な言葉が、三郎本人も驚いてしまうほどすんなりと出ていた。
ケータソシアの手前、グレータエルートが捕らえようとしたセチュバー王の命を、勇者が奪ってしまったという事実を知らされているので、戦勝の宴を祝う言葉を口にすることはできなかった。
そして、先だっての議会に勇者が呼ばれなかった理由も『厄介な口出しをされないため』であると、三郎は十分理解していた。
その上で、相手の体を気遣う言葉を付け加えられたのだ、大人として十分な挨拶の言葉だったろうと、三郎は心の中で『よしっ』と会心の拳を握る。
「ええ、身体に力がみなぎってるのに、無理に休めといわれましたからね」
棘のある口調で、テルキは三郎の挨拶に返事をかえした。
「そうでしたか。ところで、我々に御用がおありでしたでしょうか」
(勇者君、すっごい不機嫌じゃね?俺、何かした?なにもしてないよなぁ~。うーん、年頃の少年は、分からん!)
三郎は、反抗期ですかねぇなどと考えながら、出来る限り大人な対応で行こうと心に決める。
「貴方に用はありません。話があるのは、修道騎士のトゥームさんにです」
トゥームに向き直ったテルキが、一歩前に踏み出して言った。
「わたしに、ですか。何でしょう」
唐突に名指しされたトゥームが、思い当たることが無いといった表情で三郎と顔を見合わせると、テルキに聞き返した。
「俺は、この宴への招待状を、俺の名前で貴女に送りましたよね」
テルキの言葉に、三郎は『そういえば、教会で、トゥーム宛の招待状が来てるとか言われてたな』と、記憶を引っ張り出す。
「はい。確かに、教会へ私宛の招待状が届いていましたが」
トゥームは流石のもので、教会で『関係各所からの連絡』として聞いた中に、勇者テルキからの招待状があったことを覚えていた。テルキの質問に、間を置かずに答えを返す。
「その招待を受けて、この宴に出席したんでしょう。招待した相手に一言あっても良かったと思うのは、俺が間違ってるんでしょうか」
テルキは、真剣な表情でまっとうなことを言う。招待してもらった相手に対し挨拶も無いのは、失礼ととられても仕方はない。
だが、トゥームは少しばかり困った表情を浮かべると、説明するかのようにテルキに言った。
「招待状はもらっていましたが、あくまで私個人への招待でしたので。修道騎士の代表代行として出席する要請を受けていたため、その立場として出席する旨、勇者殿に返事として送っているはずですが」
トゥームは現在、戦争に参戦した修道騎士団の代表者としてこの場に出席している。一個人として出席しているわけでは無いのだ。
中央王都の国王や諸国の王より出された『出席の要請』は、半強制的な意味合いを持ってる。
相応の理由が無い限りは、出席せねばならず、出席が不可能な場合であれば、代理人を立てることと決まっているのだ。
現在の修道騎士団は、相談役と団長が中央王都に不在であり、なおかつ副団長のオルトリスが重症の為動けない状態となっている。
修道騎士団は、先の戦闘で壊滅的な打撃を受けており、戦場で最後まで戦いに参加していたトゥームが代表代行とならねばならない状況なのだ。
そのため、勇者テルキから個人的に送られた『招待状』へは、招待を受けられないことに加え、修道騎士団の代表者として出席する旨を返事として返していたのだった。
「立場はどうであれ、出席していることに違いはないと思います。なら、招待した『勇者』に挨拶くらいはしてくれても良かったんじゃないですか」
テルキの言い分を聞きながら、要するに、勇者君はトゥームが挨拶に来なかったのが面白くなかったのか、と三郎は納得していた。
しかし、当のトゥームはどう説明したものかと、頭を悩ませてしまった。
修道騎士団の代表者という『公人』として、王政府の宴に参加しているという意味を、はたして勇者テルキに理解してもらえるのだろうか。政府と教会が、互いに権力を監視し合う立場なだけに、政府主催の宴に参加しているだけでも微妙な立ち位置だといっても過言ではない。
しかも、中央王政府主導のもとで召喚された勇者というテルキが相手であるので、トゥームは言葉を選ばなければいけない問答を迫られることとなる。
三郎達と勇者テルキの周囲には、中央王都の為政者を中心に、人垣ができつつあった。
次回投稿は1月26日(日曜日)の夜に予定しています。




