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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第六章 戦勝の宴
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第123話 趣向の迷宮

「あっはっはっは。そうか、そんな理由があったのか。あのカルモラが、総指揮権を誰かに任せるなんて考え難かったのでね。それなら納得だ。というよりも、君がおかしな男だということが理解できたよ」


 トリア要塞国の女王ナディルタが、さもおかしいといった調子で笑い声をあげて三郎の肩を何度もたたく。


 さっぱりとした口調やハスキーな声、そしてどこぞの王子様ともいえる服装から、三郎の頭の中で男装の麗人としてのイメージが着実に固まりつつあった。


 警備隊のベーク・ドゥルーガは、ナディルタに気を使ったのか『我々はこれにて、失礼いたします』と、既にこの場を去っていた。


 ナディルタは、見た目同様に清々しい性格をしており、先日の緊急議会から引っかかっていた「なぜ、商業王国ドートの王が総指揮権を教会の理事に託したのか」という疑問を、三郎に直球で投げてよこしたのだ。


 三郎は、ナディルタの質問に要所要所をかいつまんで、答えられる限りの範囲で説明した。


 それは、もし王都奪還が失敗に終わっていた場合、総指揮権を有する三郎がその責を問われることになっていたこと。また、王都奪還が成功すれば、実質的な正面軍の総指揮はカルモラ王がとっていたので、奪還を成功させた指揮官となるのはカルモラであったことと言った『政治的なやりとり』についてだ。


 当然、三郎が精霊使いよろしく、ほのかにお願いしてミソナファルタの断層道の存在を知り得たことは伝えないでおく。話がややこしくなるし、三郎の身の上について、必要以上に興味を持たれて困ることとなるのが明白だ。


「まったく、失敗した時だけ責任を取るだなんてな。いや、失敗していれば、その責任を言及してくるであろう者達が、命を落としているとも考えられるのか。君は存外に策士であるともいえるのかな。どちらにしろ面白い」


 自身の命も危うかったことを忘れているのか、ナディルタは目に涙を浮かべて笑っている。


(王様にもなると、笑いのツボが凡人とは違ってくるのかねぇ)


 三郎は、心の中で呟きながら愛想笑いを返していた。


「――はぁ、その時のカルモラの顔は、見ものだったろう」


「カルモラ王には、商談するだけ無駄だったと一笑に付されましたよ」


 口元に笑いを浮かべて言うナディルタに、三郎は苦笑い混じりに答えた。


「君相手じゃ、泥に杭もいいところだったろうな。さて、面白い話のついでに、もう一つ聞かせてもらっても良いかな」


 ナディルタが、ビストロテーブルに右手をつき左手を腰に当て、首をわずかに傾けながら言った。有無を言わせぬ流すような視線が、三郎に向けられる。


(ファッション誌とかでありそうな目線とポーズを決めてるのに、まったく違和感がないってのが凄いなぁ)


 三郎は、心の中で余裕有りあまる考えを浮かべながら「私に答えられる事でしたら、何でも」と穏やかに返答した。


「君は、勇者がセチュバーの王を貫いて壁に突き立てた剣を、その手であっさりと引き抜いたそうだね」


 三郎の手を示すように、ナディルタはくいっと顎を上げた。


「あっさり、でもないですよ。相当力を込めて剣を引き抜いたと記憶しています。それに、手伝ってもらわなかったら、王の亡骸ごと私も倒れてしまっていたでしょう」


 三郎は、右手を何度か握るそぶりをして、ナディルタの質問に答えた。


「王城の壁も深く穿うがたれていたと聞いたものでね・・・よければ、君の手を見せてもらっても?」


 ナディルタに言われるまま、三郎は自分の右手を差し出した。ナディルタは、三郎の手の甲や平を撫でるように触れ、まじまじと観察する。


 くすぐったさから、三郎は気恥ずかしくなって「何の変哲もない手ですよ」と、照れ隠しに笑って言った。


 だが、二人の話を聞いていたケータソシアの耳が、ナディルタの『聞いた』という言葉に偽りの響きが含まれているのを聴き取る。同時に、トゥームも三郎の手を見るナディルタの瞳に、剣呑な光を感じ取っていた。


(ごくありふれた一般男性の手、と言ったところか。魔力の強さも感じなければ、体つきも並み以上の筋力があるようには見えないのだが・・・)


 ナディルタは、セチュバーの王が倒されたという場所を、供の者を連れて一度だけ視察に訪れていた。


 剣を扱う者として、勇者の剣が鎧を装備したセチュバーの王ごと城の壁を深く貫いた、という話に興味を覚えたためだった。


 廊下の壁には、見事なまでに剣の断面の形状をした深い穴が残されていた。相当な速度と力、強い魔力のこめられた一撃だったことが、ナディルタの眼には明らかに見て取れた。


 深々と突き刺さっていたのが容易に想像でき、セチュバー王の亡骸を下ろすのも大変だったであろうなと、壁の傷に触れながらナディルタは呟いた。


 王城を構成する躯体くたいには、魔人族の攻撃にも耐えれるように設計された強固なものが使用されている。深くえぐられた痕跡から、剣を引き抜くのも困難だったのではないだろうか。


 だが、供の者の口から『教会の理事が、セチュバー王の亡骸を剣のくさびから解放した』という思わぬ言葉を聞かされたのだ。片手で剣を引き抜き、王の亡骸を床に横たえたという。


(戦場にいた教会の理事とは、このサブローという男で間違いないのだが・・・少しばかり、痛い思いをすれば本性を表すか)


 ナディルタは、三郎の手の平を上に向けさせると、両手でそっと三郎の親指と小指を掴んだ。


 三郎が疑問に思ったのも束の間、ナディルタが三郎の親指と小指をおもむろに捻り上げる。


「いだだだだ、痛い。痛いですって」


 たまらずに右手を引こうにも、ナディルタの力が強く、三郎は逃れることが出来ない。


(マジで折れる、手が割けるっ!)


 三郎が涙目となった瞬間、これでもかと広げられた右手の上に、ナディルタのものとは違った手が優しく添えられた。


「お戯れも、程々に願いたいと思います。教会の者に危害を加えるのを、黙って見ているつもりはありませんので」


 ナディルタは、新たに差し出された手の主であるトゥームへ視線を向け、残念だなとでも言いたげな表情で肩をすくめた。そして、両手にこめていた力を緩める。


 トゥームの右手が、三郎の手をゆっくりと引き戻して、ナディルタの束縛から解放した。


「諸国の王に対しても、毅然とした態度か。修道騎士とはもめたくないものだな」


 そう言ったナディルタの目は、トゥームの左手の動きに注がれていた。鞘にあてがわれた左手が、いつでも抜刀できるよう剣の柄を前へと傾けていたのだ。


「王に対し剣を抜こうなどと、無礼な!」


 トゥームの動きに、遅まきながらも気付いたトリア要塞国の護衛達が、腰の剣を手で探りながら声を荒げる。


「無礼なのはどちらでしょうか」


 冷ややかなケータソシアの声が、トリア要塞国の者達の動きを停止させた。彼女も腰の剣に手を添え、既に鞘をも掴んでいる。


「ははは、君の護衛は恐ろしいな。ミガンダ、フィアール、剣から手を放しておきたまえ。我々は既に、二度は命を奪われていただろうからね。彼女たちの慈悲に感謝すべきかもしれないよ」


 ナディルタが、からからと笑いながら、護衛の者へ剣から手を放すよう指示をあたえた。


 臨戦態勢も中途半端な状態となっていたナディルタの護衛達は、警戒の表情を保ったまま渋々と姿勢を戻す。


「さすが、修道騎士殿と言った所か。私が、彼の手を本気で折ろうと、少しばかり考えてしまったのがばれたのかな。グレータエルートのかたも、私の供の者達を相手取る判断を瞬時にされたようだ。そして、そちらの魔道講師殿も、魔法発動の印を解消してもらっても良いかな」


 ナディルタは、トゥームとケータソシア、そしてシャポーへ向かって、両手を上げて降参だというジェスチャーを送った。


 ケータソシアが、シャポーを守るように前へと出た死角で、シャポーは二つの魔法の印をきっていたのだった。


「理由をうかがっても」


 三郎の右手をやんわりと包んだまま、トゥームがナディルタに理由をたずねる。


 トゥームの左手は、既に剣から離されており、三郎の右手へ添えられていた。


「勇者が王城の壁に突き立てた剣を、そちらのサブロー殿が片手で引き抜いたと聞いたものでね。実際に穿たれた場所を見てしまったが故に、深々と突き刺さった剣を易々と引き抜いたという理事殿が、どれ程の腕の持ち主なのかと興味がわいたのさ。どうやら何かの間違いだったようだ、謝罪しよう」


 人の手を折ろうとしておいて、間違いだったみたいだから許せだなどと、虫が良すぎだと三郎は反論したい気持ちになるが、痛みの方が勝ちすぎていて返す言葉が出なかった。


 トゥームに優しく握られている右手が、まだじんじんと痛みをうったえてくるのだ。


(ん、まてよまてよ。今の時点で考えれば、トゥームに右手を優しく握られているのは・・・勿怪もっけの幸いなのでは。いや、でも痛ぇわこれ。関節痛めたくらいは、したんじゃないか。ナディルタ女王に痛めつけ・・・女王様?いや、俺はそっちの方向性は無い。無いはずだ)


 三郎が趣向の迷宮に迷い込んでいる中、空気をピリッとさせる会話は続く。


「承服しかねますが、その言葉に偽りはないようですね」


 ケータソシアは、冷ややかな表情のまま、腰の剣から手を放して身体の緊張をゆるめた。先ほど、ナディルタの言葉から聴き取った偽りの響きも、実際に壁の状態を見ていたのを『聞いた』と言ったがためだと納得する。


 ケータソシアの背後では、シャポーが発動寸前となっていた魔法の印を大気中に霧散させるように手を振っていた。


 手を解放してから、終始黙ったままの三郎へ、ナディルタは少しばかりやりすぎてしまったなという表情を一瞬見せる。


 だが、うつむき加減で思案中の三郎は、それに気づくことはない。


「どうやら、穏やかな理事殿を怒らせてしまったみたいだ。この償いは、別の機会にさせてもらうことにしよう」


 ナディルタは、迷想中の三郎へ再びちらりと視線を向けると、踵を返して歩き出すのだった。


「サブロー。何だか難しい顔してるけど、大丈夫」


 トゥームの心配そうな顔が、三郎を覗き込んだ。


「ん、おお、かなり痛かったけど、握ってもらってたら少し和らいだみたいだな。って、ナディルタ女王は」


 三郎は、ハッと我に返ったように返事をすると、ナディルタの姿が無いことに気付く。


「サブローが怒ってる様子だって言って、戻って行かれたわ。黙ってるから、私もどうしたのかと思ったわよ」


「あー、そっか、痛みに耐えてたってのもあるんだけど、ちょっと考え事をしちゃってたっ。ってぇ、まだじんじん痛むなぁ」


 三郎が、ばつの悪そうな顔をして答えた後、痛みが走って眉間にしわをよせる。


「折れてはいないと思うんだけど、関節を痛めたかもしれないわね」


 トゥームが、三郎の右手の様子を確認しながら、そっと撫でた。


「確かに、折れてたらもっと痛むと思うし。まぁ、じきに痛みも引くんじゃないかな」


 左手で鼻の頭をかきながら、三郎は照れたのを隠して返事をかえした。


「ふふ、トゥームさんが撫でていたら、早く良くなるかもしれませんね」


 ケータソシアが、意味深な言葉を、とても良い笑顔でいう。


 三郎は(くっ、このパーティは、照れ隠しも出来やしない)と心の中で呟いた。


「ヒャポーも、へをにひふのでふよ(手を握るのですよ)」


 シャポーが、もごもごと言いながら、三郎の左腕に負けじとしがみつく。


 どうやら、この魔道講師の先生は、口にものを入れてしまっていたため、魔法発動の印を手で切らざるを得ない状況となっていた様子だった。

次回投稿は1月19日(日曜日)の夜に予定しています。

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