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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第六章 戦勝の宴
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第122話 目まぐるしくもぐもぐする

 楽隊の演奏も始まり、戦勝の宴は華やいだ雰囲気に包まれる。


 出席者のほとんどが、諸国の重責を担っている者ばかりであるため、儀礼的な挨拶や宴を祝う言葉を交わし、会場のあちらこちらで外交や政治の話題に花を咲かせる姿が見られた。


 多くは、守衛国家セチュバーを制圧したのちに、誰がセチュバー統治に名乗りを上げるのかを探っている所でもあり、ドートのカルモラ王やカルバリのオストー王へ多くの為政者が集っている。


 トリア要塞国の女王ナディルタや高原国家テスニスの王ジェスーレの周りでも、挨拶へと訪れる者達が次々に入れかわって途切れる様子はない。


 戦時の宴ではあったが、美しいドレスで着飾った貴婦人たちも散見され、宴の席にいくばくかの華をそえていた。


 その中でも、勇者テルキの周囲には常に多くの人々が集まり、勇者の功績をたたえる賛辞と喜びの声が時折あがり、三郎達のいる広間の中央付近にまで盛り上がりが伝わってきていた。


 給仕に動き回る接待役たちは、雑然ともとれる人々の合間を円滑に動き回り、料理や飲み物を参加者すべてに滞りなく行き渡らせている。


 三郎は、出席しているお偉い方々よりも接待役達の見事な動きをぼうっと眺めて、たいしたものだなと心の中で感心していた。そんな三郎の隣では、シャポーが宴席料理をおいしそうに頬張っており、教会からの出席である三郎達の周囲は、他と違ったゆるい空気に包まれている。


 教会関係者へ挨拶にと訪れる為政者は少ない。来たとしても、教会とグレータエルート族が王城奪還へ尽力したことへの感謝を口にするだけで、早々にその場を離れていくのだった。


(中央王都を管轄してる高司祭のエンガナさんとかが出席してれば、世間話の一つや二つもするんだろうな。俺ってば、理事といえども対外的には『別大陸からの漂流者』なんぞという得体の知れない新参者だし、親交を深めても・・・ってところか。まぁ、変に話を振られないだけ、ボロがでないから気楽でいいけど)


 それにな、と三郎は思い返す。


 エンガナ高司祭から、諸国の王とは既に互いの顔を見知っているのだから、宴の場でわざわざ挨拶などをして動き回る必要はないと言われていた。三郎のことを調べている者がいるとの情報もあるのだから『どーんと、王様以上に偉そうにしていればいいのよ、ほほほ』と、エンガナは嘘とも本気ともとれない笑顔で三郎に言ったのだった。


 しかし、三郎達を戦勝の宴から浮いた存在たらしめているのは、エルート族であるケータソシアの存在が非常に大きい。


 中央王都や諸国の為政者に、自分の発した言葉から『真実の耳』によって何か聴き取られやしまいかと、微かな恐れを抱かせ近寄りがたくさせているのだ。


 宴の席を見回し、三郎はジェスーレ王が『長い時間宴の席を空けられない』と言っていた意味を何となく理解する。テスニス国内が情勢不安を抱えている中で、この場での外交は大切な役目なのだろう。


「なぁ、トゥーム。この宴って、どれくらいの時間続くもんなんだ」


 三郎は、いつの間に準備されたのか、近くにある腰高のビストロテーブルにグラスを置きながらたずねた。おそらく、つつがなく動き回っている接待役たちが、宴の進行に合わせてテーブルを設置したのだろう。


「戦勝の宴だなんて、私も初めてだから詳しくは分からないけど、諸国国王の周囲が落ち着く頃合いを見計らってるんじゃないかしら。落ち着いたら、内務省の長官からクレタリムデ十二世陛下に閉会のご挨拶を賜って、終わるんだと思うのだけれど」


 トゥームは、一口大にカットされた肉料理を口に運びながら、三郎の質問に答えた。


 出されてくる料理は、全てが立食に適した大きさに調理されており、片手で持ちやすい器に盛りつけられている。どれも一流の食材を使用し、一流の調理人が手掛けているようで、味のみならず見た目にも楽しめるものばかりであった。


「閉会のご挨拶も、開会宣言みたいに長いのかな」


 三郎が、周辺に気を配って小さな声で聞き返した。


「ちょっと、そんな失礼な言い方したら、不敬罪で連れていかれるわよ」


 三郎の失礼な物言いに、トゥームも小声になって叱咤する。


「不敬罪で連れていかれるって、まさか牢屋行きなんてことは・・・あり的な?」


「あるわよ。巻き添えになって連行されるなんて嫌だからね。本当、気を付けてよ」


「お、おお。気をつけさせてもらうわ。ってか、ちょっとしたカルチャーショックを受けたな」


 三郎は、宴を追い出される程度が関の山だろうと思ったのが、考えた以上に封建的な答えが返ってきたので少しばかり動揺してしまった。


「カルチャーショックって、身分や地位の高い相手に失礼なことを言って、何も罰せられないなんて・・・え、まさか」


 今度は逆に、トゥームの表情が『貴方のいた世界って、失礼がまかり通る世界だったの』とでも言いたげなものに変わる。


「いやいや、身分云々をぬきにして、不敬な発言が許されるなんてことはないない。驚いたってのは、処罰の重さの違いってだけ」


 ヒソヒソとやり取りする二人の声が聞こえていたのか、ケータソシアが口元に手を当ててくすっと笑う。


 エルート族の耳には、声に含まれる心底の響きと、会話の食い違いが面白かったのだろう。


 シャポーは、相変わらず料理を頬張って「ほひひーのでふぅ」と言っていた。頭の上で、ほのかが小さくカットされた野菜を頬張って、シャポーの真似をするのだった。


 そんなのほほんとした空気に、野太い声が唐突に割って入った。


「いやー、探しましたぞ。一言ご挨拶せねばと見回せば、お姿が無くなっており焦りましたぞ、サブロー理事殿ぉ」


 聞き覚えのあるその声に、三郎とトゥームの背筋が、ぴしっと伸ばされる。なぜなら、声の主は、ヒソヒソと話していた中で『連行する側』の人間ともいうべき、警備隊の長官その人だったのだ。


 三郎とトゥームが振り返ると、供の者を二人引き連れた大柄な男が、似合いもしない営業スマイルを満面にして立っていた。


「グレータエルート族の指揮官殿もご一緒でしたか。戦時は、グレータエルート族の戦いぶりを目に、我々も奮起させてもらった次第。この場をかりて、感謝申し上げますぞ」


「いえ、警備隊の方々の援軍なくしては、中央王都の奪還も困難を極めていたでしょう」


 警備隊長官の敬礼に対し、ケータソシアは笑顔で会釈を返した。


「こ、これはこれは、ベークドぉ・・・警備隊長官殿。中央王都奪還の際には、ご助勢いただき感謝の念にたえません」


 三郎の間違いに、トゥームが「ベーク・ルルーガ公よ」と耳打ちする。


 ベークの背後に控えていた警備隊の二人が、微かに驚いた表情をして互いに顔を見合わせているのが、三郎の眼の端にも映っていた。


「なんのなんの、中央王都警備隊として、我々はその責務を全うしただけ。グレータエルート族の軍が戦っていると聞き、よもやサブロー理事殿がおられるのではと考え馳せ参じたまでのこと」


 三郎が、フルネームを言い淀み、誤魔化したことに気付かなかったのか、警備隊長官ベーク・ルルーガは笑顔で返す。


「ゲージも押収された中、王都の民の安全を優先されていたとのこと、聞き及んでいます。ベーク・ルルーガ長官のご苦労も、大変であったでしょう。戦いでは、警備隊にも多くの犠牲が出たとか」


 三郎は心の中で(ベークド何某さんじゃなかったか。まぁ、誤魔化せたみたいだから問題ないな)と、胸をなでおろしながら言った。


「何をおっしゃる。サブロー理事殿は、総指揮を担っておいでだったとか。そのお役目に比べれば、なにもなにも」


 互いに「ははは」と笑いを交わして、社交辞令的な挨拶が終わる・・・か、のように思われた矢先。


「して、先ほどではありますがなぁ」


 ベークが表情に真剣味を帯びさせて、顎に手を当てた。


 何事か、言い難そうな様子で、当てた手で顎をひとかきする。


「先ほど・・・何か」


 三郎は、まさかトゥームとのヒソヒソ話が聞かれたのかと思い『不敬罪』の文字が頭をかすめる。


「サブロー理事殿は、先ほど、私めを『ベーク・ド』と呼ばれませんでしたかなぁと」


 不敬罪の文字が三郎の頭から離れた次に、もしかすると、名前を間違えるのは『侮辱罪』的な何かがあるのかと、別の冷や汗が額に浮かぶ。


 そんな三郎を置き去りに、ベークは視線を宙にただよわせて続ける。


「まさかとは思いますれば、私に対しお仲間内で『通り名』などをお使いなのではと、気になった次第なのですがなぁ」


 少しばかり落ち着かない口調で、ベークは言葉を濁しながら言った。その頬は、少しばかり照れたような赤みがさしている。


 三郎は、聴き取られてしまっていたのだから、謝るしかないと意を決した。


「確かに、そのように申しました。人様の名前を間違えるなど、無礼な事を・・・」


「おおお、やはり、聞き間違いではなかったと」


 謝罪の言葉を続けようとする三郎を、ベークの大きな声が遮る。


「無礼などとはとんでもない。不肖、警備隊長官ベーク・ルルーガは、総指揮官であった教会評価理事サブロー殿より賜った誉れ高き名『ド』をいただき、是非ともベーク・ドゥルーガと名乗らせていただきたい」


 ベークは、大きな笑い声を上げると「ベーク・ドゥルーガ。何とも強そうな響きですな」と繰り返し、三郎に対して警備隊の敬礼を送るのだった。三郎は、ベーク・ルルーガ改め、ベーク・ドゥルーガ公に対し、引きつった笑いを返すしかできない。


「いや、それでしたら、まぁ、そのようにしてもらって・・・いいの?」


 三郎が、動揺しながらも、トゥームへ問いかける。


「問題ないかと」


 トゥームの、間違えた三郎が悪いのだと言いたげな、呆れるような視線が痛い。三郎は、トゥームが問題ないというなら、概ね大丈夫だと考えることにして、詳細は後で教えてもらおうと思うのだった。


「まったく、品の無い大きな笑い声が、私のところまで響いていたよ」


 その時、ハスキーな女性の声が、三郎の背中からかけられる。


「品が無いとは、失敬・・・こ、これは、ナディルタ女王。声が大きかったでありましょうか。とんだ失礼を!」


 王座の方を向いていたベークが、さっと顔色を変えると、姿勢を正して声を張った。ベークの供の者達も、表情を硬くして姿勢を正す。


「まぁ、いいさ。大きな声だったのでね、だいたいの理由は聞こえてしまった。教会の最高位コムリットロアに名を連ねる者から、名を与えられたのだ。その指揮下で戦場を共にした兵士にとって、名を贈られるのは誉れ高いこと。私も剣士の端くれとして、理解しているつもりだ」


 三郎が振り向いた先には、長い黒髪を背に払いあげながら颯爽と立つ、トリア要塞国のナディルタ女王の姿があった。


 ナディルタの後ろには、護衛と供の者が十数名付き従っている。


(トリア要塞国の女王様だ。立ち姿がきまってるのは、狙ってのことなのか。いや、そうに違いない。この人、自分のかっこよさを理解しちゃってる系の人だ)


 などと考えながら、三郎は両手で胸元に教会のシンボルを形作ると、平静を装ってゆっくりと頭を下げた。三郎に続いて、トゥームは騎士の礼をとり、ケータソシアはエルート族の優雅な所作の挨拶をする。


 目まぐるしく展開してゆく全ての事象から、取り残されてしまった魔導師の少女は、接待役のシーンに手渡された次の美味しい料理をもぐもぐとするのだった。


次回投稿は1月12日(日曜日)の夜に予定しています。

章の名称を『戦勝の宴』に変更しました。宴の場面が、考えていた以上に長くなってしまった為です。

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