第121話 不安の種と確約の言葉
「特別室は、完全な遮音となっております。御用の際には、扉の外に控えておりますので直接お声がけください」
接待役のシーンは、そう三郎に言うと「では、失礼いたします」と頭を下げて部屋を後にした。
三郎達の案内された部屋は、広さのわりに調度品の類は一切無く、会議用の机と椅子が数脚置かれているだけであった。
部屋の中央にある大きな長テーブルの上には、八名分のグラスと飲み物の入ったボトルが、各々の席に用意されている。机の両脇には、背もたれが異様に高い椅子が、整然と並べられていた。
高原国家テスニスの王ジェスーレと軍所属であるカムライエは、場慣れした様子で長机の左側へ進むと、各々の席へと着席する。
(こういう場合、俺ってどこに座ればいいんだろうか。上座とか下座という概念が、はたしてあるのだろうか)
三郎が頭の中で、ケータソシアはエルート族の指揮官で、トゥームは修道騎士の代表として出席している訳だし、シャポーも魔導師のアドバイザー的な立ち位置になるんだろうか、などなど考えを巡らせていた。
「サブロー理事」
判断しかねている三郎を余所に、トゥームが椅子を引いて三郎に声をかけた。
(まぁ、そこですよね)
トゥームに促されたのは、ジェスーレ王と対面する席だった。当然、話し合いの主となる者が着くであろう席である。
三郎が腰を落ち着けると、トゥームとケータソシアは互いに軽い目くばせを交わし、三郎の右手側にケータソシアが、左隣にトゥームが着席する。
シャポーも心得ていた風で、トゥームの隣の席に腰を下ろした。
「さて、時間も多く割いてはいられませんので、早々に、話し合いに入りたいと思うのですが、そちらの魔道講師の方は」
ジェスーレは、戦勝の宴をあまり長く離れてはいられないことを言葉に含めながら、シャポーへと視線を移して言った。
「彼女は、魔導についてのアドバイザー的な役割をしてもらっています。今回の調査にも、一緒に来てもらうようお願いしている方です」
「魔導師シャポー・ラーネポッポと申します。魔導師見習いの身ではありますが、教会評価理事サブロー様の補佐として出席させていただきます。以後、よろしくお願いいたします」
三郎の紹介に続いて、シャポーの口からシャポーらしからぬ『きちんとした』挨拶の言葉が、ジェスーレ王とカムライエに向けて返された。
(えっと・・・シャポーって、場所をわきまえた言葉づかいできる子なのね。まぁ、頭がいいからそれくらいは。いや、正直言って侮っておりました、シャポー先生すんません)
三郎が、シャポーへ心の中で土下座して謝っている中、改めて双方の挨拶が交わされてゆく。
ほのかについては、当初の予定どおり、シャポーの魔道的な友人といううやむやな紹介で誤魔化すのだった。
挨拶において、三郎が新たな情報だなと受け取ったのは、軍所属とだけ知らされていたカムライエが、公表しているものではない軍の参謀次官補という肩書を持っており、諜報機関における事実上のトップなのだということだった。
ジェスーレとカムライエが、あえて『事実上』との言いまわしを使ったのにも理由があった。
諜報機関のトップと言うだけあって、テスニス国内でカムライエが公の場に顔を出すことは無い。テスニスの国民においても、カムライエを知る者は皆無に等しい。更には、クレタス諸国の為政者に対しても、軍に所属する士官であるとの紹介に留めていたという。
諜報機関は、軍の一部局であるため、軍所属の士官と紹介しておけば嘘や偽りとはならない、というのがテスニスの建前であった。建前とは言えど、緊急議会の討議の際に、エルート族の真実の耳に偽りとして響かなかったのも、事実だからだろうとケータソシアが一言そえる。
「故に、今作戦における案内役として、私めが同道させて頂きたいと考えております」
三郎の承諾を得るかのように、カムライエは三郎へ視線を投げかけた。
三郎は、カムライエを改めて観察して、なるほどなと今更ながらに納得する。長くもなく短くもない流すような髪型をあえてしており、カムライエの真面目な表情も、軍所属という雰囲気だけが存分に伝わってくるのだが、目鼻が目立つといった特筆すべき特徴のない顔をしていた。
真面目腐った表情を取り払い、一般的な服に着替えて町に紛れてしまえば、カムライエと数回会った程度の人間では見逃してしまうだろう。カムライエは、そんな男なのだ。
結局のところ、三郎達の勝手知ったる土地ではないので、案内役となる人物は必要となる。それが、諜報機関の人間だというのだから、願ったり叶ったりなんじゃないか、というのは三郎の考えであった。
公表していない所属まで話してくれたのだ、人物としても信頼してよさそうだという思いすら抱いていた。
「いくつか確認のため、カムライエ殿に質問をさせてもらってもよいでしょうか」
呑気な考えを浮かべていた三郎の横から、静かだが鋭い響きのこもった声が割って入る。
ケータソシアが、カムライエを射貫くかのように見据えていた。その眼光は、戦いの地に立っていた時に見せていた表情と同様のものだった。
「どうぞ」
ケータソシアの視線に気圧されることも無く、カムライエは頷き返した。
室内の空気が、しんと静まり緊張したものへと変わる。
「諜報機関の所属以外、我々に伝えていない重要な事項は、ありませんか」
「はい。自身について、軍の諜報機関所属以外、隠していることはありません」
「新興勢力『正しき教え』についても、伝えていないことはありませんか」
「私の掴んでいる情報も多くは無く、新興勢力についても、ご一緒に調査を進めさせてもらえればと考えています」
「テスニス調査へサブロー殿が向かう際、罠や危険と考えられるものはありませんか」
「現在持ち合わせている情報の限りでは、無いと思われます。危険だと判断した場合は、避けるよう努めさせてもらいます」
「我々の不利となる行動をとる可能性は、貴方にはありませんか」
「テスニスを共に調査していただけるのです。ありえません。疑わしい場合は、都度このように確認してもらっても問題ありません」
ケータソシアの質問に、終始冷静な表情で返答していたカムライエであったが、最後の質問に対しては声を微かに荒げる。
横で聞いている三郎の方が、これから旅を共にするかもしれない人物と無暗に軋轢を生じさせているのではないかと、ひやひやするところであった。
「最後に」と発したケータソシアの言葉が途切れ、再び室内の空気が張り詰める。
何を聞くのだろうか、まるで自分が尋問されているかのような心持ちで、三郎はケータソシアの次の言葉を待った。
「貴方の身内ないし近しい者が、新興勢力へ加わっているということは、ありませんか」
「ありません。例え調査の末にあったとしても、軍の人間として対処する心構えはしているつもりです」
カムライエの答えを聞き、ケータソシアは研ぎ澄まされた表情を一転して、ふっと柔らかなものに変えた。
「大変失礼とは思いましたが、我らエルート族が友のことゆえ、質問させていただきました。ご理解しての回答、感謝とともに敬意を覚えます」
「いえ、真実の耳を持つグレータエルート族のお立場上、質問の意図を理解しているつもりでしたが、声を荒げてしまったこと、こちらこそ申し訳ない」
二人の間にあった緊張の糸がほぐれたのを感じ、三郎はほっと胸をなでおろす。
その時、不意に三郎とジェスーレ王の目が合い、同じ心境だったという親近感を互いに抱いて苦笑を交わすのだった。
***
ジェスーレ王とカムライエの提案から、一緒に戻ると目立ちすぎるとのことで、時間をずらし戦勝の宴の間に戻ることとなった。
二人が先に出た後、一息つくかたちとなった三郎達は、他愛ない会話を交わしていた。
「シャポーって、格式ばったって言えばいいのか、こういう感じの時は、普段の話し方と全然違うんだな」
「もの凄く緊張したのですよ。緊張してない普通の時は、普通にしゃべるのです」
シャポーの言う『普通』が、どこに置かれているのか頭を捻りながら「普通ねぇ」と三郎は相槌を返す。
「でも、案内役としては、過ぎるくらいの人が一緒に行ってくれることになって良かったわ。テスニスも相当、手詰まり状態だったともいえるけれど」
「確かに。テスニスの国境までの安全は、王国の剣がドートやカルバリの残ってる軍と協力して確認してくれることになってるとは言え、国境超えた先で無暗やたらと情報収集するわけにもいかなかったからな。目立ちすぎて『新興勢力』ってのにすぐ気付かれそうだし」
頬杖をついて言うトゥームに、三郎が両手を上げて背筋を伸ばしながら答えた。
どうやらスビルバナン騎士団長は、いまだに三郎が総指揮官だという考えが残ってしまっている様で、逐次報告を上げてくるのだ。そのおかげもあって、中央王都に駐留している軍の動きを、いちいち確認せずにすんではいるのだが。
事実上は無いものの、総指揮官から完全に解放されたい三郎としては、悩ましい部分ではある。
「サブローとほのかの事について、注意しなければいけなくなるけど、結局、私達だけでテスニスに行ったとしても教会のつてを辿るしか方法は無かったわけだし、打つ手が増えたって考えたら悪くないかもしれないわね」
トゥームが言うと、ケータソシアが「そうですね、我々エルート族が町で耳を澄ませて集められる情報にも限りがありますから」と言って飲み物を口へと運んだ。
「しかし、ケータソシアさんが、カムライエさんを取調べみたいに質問攻めにしたときは、こっちが心臓をばくばくさせちゃいましたよ」
耳と聞いて思い出し、三郎が苦笑いを浮かべながら言った。シャポーが「ですです」といつもの調子で同意する。
「その点については謝罪の言葉しかありません。私が共に行けぬ状況ですので、不安の種は一つでも無い方がよいかと思いましたので。ですが、お気を付けください。人の心とは、場面により移り行くものですから」
ケータソシアが、本当に申し訳なさそうな表情をして三郎に答えた。
その言葉どおり、ケータソシアはグレータエルート軍の指揮官として残るため、テスニスへは同行しないことになっている。
「謝罪だなんて、とんでもないですよ。それに、シトスとムリューを同行させてもらえるってだけで、多くの不安要素が無くなりますから」
三郎は、首を横に振って言った。
三郎としては、ケータソシアが会談における悪役を自ら買って出てくれたのに加え、指揮官としてシトスとムリューの同行を快く承諾してくれていることに、感謝の言葉しか見つからない状態なのだ。
「皆さんが安全に戻れるよう、国境付近の安全は確保しておくとお約束いたします。グレータエルートの種族名に誓って」
ケータソシアは微笑むと、エルート族特有の確約する言葉を口にした。それが『命にかけても』という意味を含んでいるとは、人族である三郎達が知るはずもない。
「では、そろそろ戻っても良い頃合いかもしれませんね。行きましょうか」
グラスを机に置くと、ケータソシアがそう言って立ち上がった。
三郎達が戻ると、戦勝の宴は酒と食事がふるまわれ、楽隊による演奏が開始されるところであった。
次回投稿は1月5日(日曜日)の夜に予定しています。




