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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第六章 戦勝の宴
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第119話 素直に褒めると得をする

「はぇ~、大きなホールなのです~」


「・・・こいつは、圧倒されるなぁ」


「ぱぁぱぁぱぁ~」


 シャポーと三郎は、戦勝の宴が催される広間に通されると、くちをぽかんとあけて天井を見上げた。


 シャポーの頭の上では、ほのかが二人の真似して、口を大きくあけて上を見上げている。


 王城の階層にして、三階分の高さを有した天井は、縦横に走る太い梁によって規則正しく正方形に区切られていた。四角い枠の中には、高名な画家の作品とおぼしき天井画が描かれており、彫刻の施された梁がそれら絵画の額縁であるかのように広い天井を彩っている。


 天井と床の中腹辺りには、謎の力(魔力)で浮かばせた幾つもの照明機器が、優しい白色の光を放ち広間全体を照らしていた。


 天井の端は、緩やかな曲線となって壁へと続き、壁面にも天井装飾に劣らぬ意匠がこらされている。


 足元には、つなぎ目の無い細かく複雑な紋様を描いた敷物が床一面を覆っており、三郎に(こんな大きな絨毯、どうやって作るんだ)という疑問を抱かせるのだった。


 三郎達は、教会より出席された方々の接待役を申し付かりましたと挨拶をして、シーンと名乗った女性に案内されるまま部屋を進む。


 周囲を見渡せば、クレタス諸国や中央王都の貴族といった招待者が、各々の集団となって歓談している様子が三郎の目に入った。宴と銘打ってはいるが、テーブルや椅子の準備がされていないところから、立食形式なのだろうなと三郎にも察っすることができた。


(あ、これってお城のうたげだよな、ルールとかぜんぜん知らない・・・戦いからずっと慌ただしすぎて、マナーとかあるのか聞いておくの完全に忘れてたわぁ)


 少しでも状況を把握しておかねばと焦りを感じはじめた三郎は、ドートやカルバリそれら諸国王を含む集団が、数段高い位置に据えられた王座周辺に案内されているのを目にして、立つ場所にも序列がありそうだなと理解する。


 三郎たち教会からの出席者は、広間のほぼ中央付近に案内されていた。周囲からの視線が妙に注がれている気がして、三郎に居心地の悪さを覚えさせる。


(エルート族と、頭に小さい『何か(精霊)』を乗っけた魔導少女だもんな。珍しがるなっていうほうが難しいか)


 三郎は、自分自身も人目を集めている対象なのだとは、欠片も思っていなかった。


 三郎の与り知らぬところで、グレータエルート族と教会の接点となった理事がいるらしいとの噂が囁かれており、出席している為政者や地位ある立場の者は、それぞれの思惑を胸に、注視すべき人物として三郎を見ていたのだ。


 そして、修道騎士の代表者としては若すぎるともいえるトゥームも、注目される一因となっている。


 三郎が、周囲を伺いながら(今なら、トゥームに大まかな流れだけでも聞いておく時間がありそうかな)と考え始めたと同時に、救いの手となる声がかけられた。


「中央王都国王陛下より、戦勝の宴の開会についてご宣言がございます。その後、お食事やお飲み物をお持ちさせていただきますので、ご出座まで、暫くお待ち願えればと存じます」


 三郎の様子を察してか、接待役のシーンが、恭しい礼とともに教えてくれたのだった。


 宴の席に出ている接待役の者達は、黒にちかい濃い藍色の衣装に身を包み、会場の中を動き回っている。シーンも同様の服装をしており、上着は袖などを客人や食器等に引っかけないために設計されたタイトなものを、スカートは上品さを演出するため緩やかなカーブをかたどったものを着用していた。


「理事という立場ながら、このような席は初めてなもので。何か気付いた際には、教えてもらえると助かります。ありがとう」


 落ち着いた風を装って、三郎はシーンに笑顔でお礼の言葉を返した。


 だが、内心では『客の心を見透かすスーパー給仕さんだ』と感動の声を上げていた。


「い、いえ。何かございましたら、すぐにお申し付けください」


 三郎の言葉を聞いて、シーンは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を真面目なものに戻して頭を下げるのだった。


 中央王都における身分制度は、三郎の考えるものよりも強いものだ。市井の民衆が感じる場面こそ少ないが、王侯貴族や為政者ともなれば話しは変わってくる。


 家柄や政治的な立場、富める者や所属する派閥など、発言権のある為政者として残ってゆくには、表に出ない熾烈な争いに勝ってこそのものだ。


 戦勝の宴には、諸王国も含めた為政者が数多く出席している。


 このような場で、ただの接待役に対して優しい笑顔を向け「ありがとう」などと、謙虚な言葉とともに返す人物は珍しい。いや、いないと言っても過言ではない。


 勢力のトップともなれば、シーンが声をかけることすら頭に浮かばなかっただろう。三郎のように、明らかに出席が初めてだと分かる戸惑いを浮かべた顔をしている為政者とて、虚勢を張った言葉とともに『接待役風情がでしゃばるな』と返されることもあるのだ。


 シーンは、下級貴族の三女として生まれ、家柄から王城勤めを許された身だった。


 貴族の娘として十分な教育を受けて育ち、貴族とは言え下級である家の貧しさを知る年頃になると、自ら王城勤めに出ることを決意したのだ。


 数年働いている中でも、諸王国会議以外で諸国と中央王都の為政者が、一堂に会する宴は非常に珍しい。


 まして、グレータエルート族までも出席しており、自分が教会出席者の接待役に抜擢されたことを、シーンは誇らしく思っている所があった。


 グレータエルート族や修道騎士と一緒に出席してきた、教会の偉い理事様とはどんな人物なんだろうかと、少しばかりの興味で視線を向けた時、何やら不安げな表情を浮かべて周囲の様子を伺っているのが目に入ってしまったのだ。


 頭で考えるよりも先に、自然と言葉が出してしまった後『余計な事を言ってしまったかもしれない』と思ったのだが、返ってきたのが感謝の言葉だったので逆に驚いてしまったのだ。


「接待役の方には、伝えていたほうが良いと思うのですが、一つだけお願いしておいても良いですか」


 三郎は、そういえばといった表情をするとシーンに言った。


 接待役についてくれた人物が、優秀そうで良かったと安心したため、テスニスの人達と会談する予定なのを思い出せたのだ。


「何かございましたか」


 教会の偉い人は、皆こんなふうに丁寧な言葉遣いなのかなと考えながら、シーンは真面目な顔で答える。


「テスニスのジェスーレ王と軍のカムライエ殿が、宴の合間を見て話し合いを持ちたいと言われていましたので・・・」


「はい、お部屋をご用意させていただきます。八名ほどのお飲み物を、ご準備させていただいてよろしいでしょうか」


 三郎が、宴の会場の隅で立ち話する内容でもないよな、などと考えて言い淀むと、シーンは慣れた様子で会談の席を準備する旨を伝えてきた。


 シーンの頭には、高原国家テスニスからの出席者の数と、その中で軍に関係するであろう役職者の人数が即座に浮かんでいた。


「優秀な方が担当についてくれて、とても安心しました。よろしくお願いします」


 三郎は、ほっとした笑顔をうかべると、素直に感謝の気持ちを口にする。


 三郎に向けて、シーンは再び恭しく頭を下げると、真面目な表情のまま準備の為にその場を離れ、内務用のゲージをさっと取り出した。


(きょ、教会の理事様って・・・こんなちょっとしたことで褒めてくれるの?王城のお偉い方々とは全然違う。何か、俄然がぜんやる気が出ちゃうんですけど)


 そつのない動きの裏で、シーンのやる気が跳ね上がっていることを、三郎はまったく知らない。


 三郎が王座に視線を戻すと、声高にクレタリムデ十二世のお出ましを告げる言葉が述べられるところであった。

次回投稿は12月22日(日曜日)の夜に予定しています。

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