表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第一章 異世界の教会で
12/312

第11話 魔獣侵入

 トゥームは、西門まで走ると即座に体をひるがえし修道の槍を構えた。


 魔獣達は、走り出したトゥームを追おうとしたが、首を斬られ痛みに暴れる仲間と投擲される槍に出鼻を挫かれ、追撃することが出来なかった。


 肩が上下するほど荒く息をしているトゥームに向かって、見張り台から声が掛かる。


「もう投げる槍が無くなるぞ!」


 そう言うと、漁師見回り班の班長は最後の槍を、今にも駆け出しそうな魔獣の前方へ向けて投擲した。


 トゥームは左手を上げて答えると、思った以上に乱れている呼吸を整えるため長く深い息をつく。教会の兵士が最初に教わる呼吸法で、疲労した肉体をわずかばかりではあるが回復させる効果がある。


 吹き出る汗はどうしようもなかったが、トゥームは呼吸が落ち着いていくのを感じながら、魔力操作のリセットをする時間があるかどうか、魔獣達へ意識を集中する。


 動脈を切られた魔獣は、もはや殆ど動けなくなって倒れこんでいた。それを心配するかの様に、二匹の魔獣がその体に鼻をすり寄せている。他の三匹の魔獣は、こちらを警戒して歯をむき出し、低く咽を鳴らしていた。


 トゥームは、すぐさま襲って来ない様子を確認すると、魔力負荷で高ぶってしまった神経や体を落ち着かせるため、魔力操作を一度解除した。


 魔力操作を停止した視力から、鮮明に見えていた魔獣達の姿が、暗闇の中へ溶け込むように見えなくなってゆく。日は完全に沈んでおり、警備用の明かりは魔獣の居る場所まで届いておらず、その姿を目視するのもままならない状態だった。


 トゥームは、槍を投げてくれた漁師の力量を、自分が見誤っていたと気づかされた。それと同時に、高い投擲能力に助けられた事を実感する。


「トゥーム殿、大丈夫か?」


 槍を投げ終えて見張り台から降りてきた班長が、まだ呼吸が整えきれていないトゥームを心配して声をかけてきた。


「ええ、大丈夫。槍を投げてくれて助かったわ。ありがとう」


 トゥームは、心からの礼を班長に伝えると、視線を魔獣の方へ戻す。一度落ち着かせた魔力の操作も再開し、強化された視界は魔獣の姿を十分に捉えていた。


もりだったら当てるくらい出来たんだが、量産品の槍は変に飛ぶ。あんたに当てそうで怖くてな。一本も魔獣に当てられなかった、すまんな」


 班長もトゥームと同じように、魔獣の方へ視線を向けて返事を返した。トゥームほど鮮明では無いにしろ、漁師も暗闇の中の魔獣を目視出来ている。


 魔獣達は、槍が飛んでこなくなった事を理解したのか、警戒しつつゆっくりと西門へ歩みを進め始めていた。


「門を使って、囲まれないように戦おうと思います。私が討ちもらして、魔獣が町に入ってしまったら、お任せしてもいいですか?」


 トゥームは班長へ、西門に到着して最初に言った言葉を再び言う。内容こそ同じだったが、トゥームの声色は違っていた。この若い漁師達の力量が、自分の考える以上に高い物なのだと思えたからだ。


「ああ、抜けた魔獣は、俺達が責任を持とう。正面に集中してくれ」


 班長も当初とは違い、不服な様子一つ見せず了解の旨をトゥームへ伝える。


 平和の続く昨今さっこん、修練兵の戦う姿などお目にかかる事はない。その凄さを初めて目の当たりにし、トゥームへの認識が変わったためだった。


 言葉を交わすと二人は、並びながらゆっくりと後退する。トゥームは、より良い立ち位置で魔獣を迎え撃つため。班長は、仲間へ事の次第を伝えるために。


「そういえば、失礼にも、俺は名を名乗ってなかったな」


 班長は思い出したかのように、視線を交わす事無くトゥームに言った。その目は、近づきつつある魔獣の動きを見定め、きびすを返すタイミングを窺っている。


 魔獣は、西門からの明かりの中に、その姿を完全に晒す所まで近づいていた。


「ブリグスト船団、三番船若衆頭さんばんせんわかしゅうがしらのラオ・グーだ」


 その言葉を合図に、班長のラオは踵を返す。ラオの動きにつられるかのように、魔獣の一体が飛び出してきた。


 トゥームは修道の槍を僅か斜めに構えると、魔獣の右爪の攻撃を槍の切先きっさきから柔らかく受け流す。トゥームへ向けられていた力が、魔獣の体の内側へ向けていなされ、魔獣は体勢を崩して次の攻撃へ移れない。


 魔獣の重さによって弾かれないよう、トゥームもしっかと大地を踏みしめていた。そのため、小さく素早い斬撃を使い、魔獣の鼻先を牽制する。


 魔獣は、小さく後ろに飛ぶと、トゥームの追撃を警戒して更に大きくバックステップを踏んだ。だが、トゥームは追わなかった。


 魔獣達の間隔は狭く、追撃して一匹に致命的なダメージを与えたとしても、トゥームが挟撃されてそこで終わってしまう。


 トゥームは慎重に槍を構えなおすと、五匹の魔獣への集中を高めた。


 トゥームが西門へ向けて教会を出た後、誰かが応援を呼びに行っていれば、非常事態が伝わった頃だろう。先の戦闘で体力を消耗してしまったため、トゥームは魔獣を倒すのではなく、増援が来るまで持ちこたえようと考えていた。


 西門の幅から、同時に飛びかかられても二匹がせいぜいであり、トゥームが防御に徹すれば何とか時間が稼げそうだ。


 そう考えた瞬間、二匹の魔獣がほぼ同時にトゥームへ襲い掛かってきた。


 トゥームは、左側の魔獣へ先に対処するように動いた。右手に修道の槍を持っているため、二匹目と武器との交戦距離を短く保てるからだ。


 引き裂かんと振り下ろされた魔獣の左前足に向けて、トゥームは低い姿勢から突きを放つ。大地を踏みしめて突き上げれば、魔獣との重量差をうめる事ができ、前足を打ち上げられる。


 槍と魔獣の爪がぶつかる金属音にも似た音が響き、魔獣の左前足が弾き上げられる。トゥームは衝突の反動も利用して槍を即座に引き絞り、右手へと迫った魔獣へ短い助走を加えた刺突を繰り出す。


 魔獣は、ほぼ真横から助走を加えた刺突が来るとは予測していなかったのか、避けるため体を捻って飛ぶと、西門の縁に体がぶつかってしまい上手く立ち回れなかった。それでも、トゥームの刺突は魔獣の体を掠めるに留まる。


 左前足を打ち上げられた魔獣が、再度その爪をトゥームへ振り下ろす。トゥームは、刺突で伸びきった体の右側面を無理やり引き戻し、その動きと槍の重さを使って体を反転させると、振り下ろされて来た魔獣の足へ槍のヴァンプレート部分をぶつけた。


 ぶつけた槍が魔獣の勢いに押されるまま、トゥームはその力で更に体を反転させて自分の体勢を立て直す。そして、槍の穂先を魔獣の目に向け、素早く突き出した。


 槍の先端が文字通り目前に迫り、魔獣はとっさに大きく飛び退いた。トゥームは、魔獣の目を完全にとらえたタイミングだと思ったのだが、体力の消耗が大きくなってきたため、攻撃の速度が乗らず傷を負わす事が出来なかった。


 疲労の色が出てきたトゥームへ、体勢を立て直した右側の魔獣が襲い掛かってくる。


「フッ!」


 トゥームは魔獣を正面へとらえ直すと、口から短く強く息を吐き、槍を両手で構えて魔獣の攻撃を受け流す。力を流す方向が左側だったため、体が弾かれないようにと無理に耐える事はせず、魔力操作で筋力を調整して自分の体が門の内側へ入るように上手く受けた。


 魔獣は攻撃の手ごたえから、トゥームが弱って攻撃を受けきれなくなったと勘違いし、止めとばかりに振り向きざまの大降りな横薙ぎ攻撃を仕掛けてきた。


 トゥームの上半身を砕いてしまうほどの勢いではあったが、魔力強化された目をもってすれば、大振りなソレをかわすのは容易たやすかった。そして、トゥームの視界には、先ほど目への攻撃を避けた魔獣が、門の内側へ駆け込もうとしている姿が入っていた。


 魔獣の薙ぎ払う攻撃へ向けて、トゥームは逆に踏み込んだ。地面すれすれまで姿勢を低くし、トゥームの頭の上を轟音と共に魔獣の前足が通過してゆく。


 その攻撃がトゥームの姿を隠すかたちとなって、駆け込もうとしていた魔獣はトゥームへの反応が完全に遅れてしまった。


 トゥームは、魔獣と自分の交差する地点に向けて、渾身の打ち上げ斬りを放った。地面を力いっぱい踏みしめて、修道の槍の刃筋に神経を集中する。


 お互いの速度とトゥームの低すぎる姿勢から繰り出した斬撃の為、切る場所こそ選べないが、魔獣の体の『どこか』へは確実に当たる物だ。


 魔獣の左前足が、宙を舞った。


 だが、それと同時にトゥームの目には、斬った魔獣と門との間を通り抜ける、別の魔獣の姿が映っていた。


「ギャウゥン!!」


 痛みに大きな鳴き声を上げた魔獣の体は体勢を崩し、自分の駆けていた速度のために何度も地面の上をバウンドする。同時に門を駆け抜けた魔獣は、体勢を崩した魔獣に巻き込まれまいとして、その体を飛び越えるように大きく跳躍した。


「しまっ・・・くぅ!」


 不意をついて進入されたため、トゥームの集中が乱れ、その隙をついて交戦していた魔獣が攻撃をしかけてくる。


 攻撃を何とか受け流したトゥームは、入り込んだ二匹の行方を確認するため、五感を魔力で強化する。


 手負いの魔獣が倒れこんだ先は、武器を構えた漁師達が待ち構えており、そちらの対処は大丈夫だろうとトゥームは目の端で見て取った。


 漁師達も、入り込んでしまったもう一匹を警戒しつつ、班長のラオが指揮をとり、手負いの魔獣から仕留めるようにと仲間を集中させていた。トゥームはその様子から、漁師達と少し離れた場所にもう一匹がいるのだろうと、目の前の魔獣の攻撃を防ぎながらも姿を確認しようとして視線をめぐらせる。


 トゥームの目が、魔獣の後姿をとらえた。


 魔獣は、町中へ向かって伸びる道の真ん中で、何かを見つけたかのように立ち止まっている。


 そして、魔獣の見つめるその先に、小振りなブロードソードを胸に抱えている少女の姿があった。


「ラルカ!!」


 トゥームは、その少女の名を叫ばずにはいられなかった。

タイトルに悩んでしまい、投降が遅れてしまいました。申し訳ないです。

次回投降は11月12日(日曜日)の夜に予定しています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ