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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第六章 戦勝の宴
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第117話 絡みついてくるしがらみ

 緊急で招集された議会は、三郎から見ても『(一点だけを除いては)収まる所におさまった』形で閉会を迎えていた。


 一つは、トリア要塞国からの増援であるトリア正規軍と土族(ドワーフ族)の連合軍の到着を待ち、それをもってセチュバーへの進攻作戦を開始すること。


 それには、ドートやカルバリも、足並みをそろえて本国からの増員と補給を行うとのことで決議された。


 二つ目に、トリアからの軍の到着に先立って、教会本部より高原国家テスニスの調査隊を派遣すること。


 当人の三郎に発言を求められるでもなく、すんなりと認められる運びとなっていた。高司祭エンガナの意見であること以上に、中央王都国王クレタリムデ十二世が、一つの面倒な案件が教会の協力によって片付くと、安堵してしまった為という理由が大きいだろう。


 次いで三つ目に、中央王都の防衛を王国の剣及びドート軍並びにカルバリ軍が担うことで、警備隊の多くをソルジへ派遣し、防衛と復興の務にあたること。


 ソルジ警備隊から、現在も多くの負傷者を抱えており、戦後処理に追われているとの報告が上げられている。戦いが終わって間もなく、ソルジ救援に来ていたグレータエルート族の部隊は、深き大森林へと引き上げていた。残っている戦力では、防衛面にも不安があるとのことであった。


 最後に、三郎が(それって、こういう場で決めることなんだなぁ)と、門外漢もんがいかんな心持で聞いた議題についての話し合いも行われた。


 それは四つ目として、勇者テルキが守衛国家セチュバーの王を討ち取った『戦勝の宴』を、中央王都が主催となって執り行うという決議だ。


 三郎は、為政者等の話し合いを聴きながら、戦勝の宴にはクレタスが短期間で内乱を鎮静化させたことを、国内外へ発信する意味合いも含まれているようだなと理解する。カルモラとオストーが、さも仕方ないといった様子で承諾していたのが印象的だった。


 召喚された勇者の存在は、クレタスに生きる者達にとって大きな影響力を持っている。それは、人族ではないエルート族や土族と呼ばれるドワーフ族、その他の種族にとっても、意味合いに多少の違いはあれど同様なのだった。


(そう言えば、何で勇者君は、この会議に参加していないんだろ。怪我でもしてたか)


 為政者等の話を聴いていて、三郎は思い出したかのように、勇者テルキの不在に気付く。三郎からして、主人公みたいな扱いをされているはずの『勇者テルキ』が、この場に居合わせていないのが不思議に感じられた。


 三郎の与り知らぬ所だが、この議会はドートの王カルモラが主導となって招集されたものだった。


 図らずとは言え、セチュバーの王を討ち取った『発言力の強い』勇者テルキの出席は、ドートやカルバリにとってプラスとは言えない。勇者の出席で発言力を増すのは、中央王都で勇者を抱き込んでいる中央政府の者だけなのだ。


 その上、テルキがとった行動についての報告を聞き、何をしでかすか分からない若輩者との印象を受けたカルモラは、何を言い出すかわからない者に引っ掻き回されたくないというのが本音であった。


 故に、活躍された勇者には休息が必要だとか、政治的な問題なのでクレタスの首脳陣が話し合うべきだ、などと並べ立てて勇者の出席を退けたのだ。


 結局、終わってしまえば、中央王都と諸国の歴々が議会の開催前から『概ねそうなるであろう』と考えていた場所に話し合いは着地していた。


 だが、たったの四つに集約されるほどの内容に対し、個々の討議はかなりの時間を費やして行われた。


 理由は、商業王国ドートと技研国カルバリが、まだ迎えてもいない戦後の政治的な主権を、討議の端々で握るような発言を繰り返していたためだ。中央王都とトリア要塞国、高原国家テスニスが、如何にして自国の立場を維持するかという姿勢で相対し、議論が遅々として進まない場面が散見されたのだった。


 ドートの王カルモラは、三郎から中央王都奪還における『正面軍総指揮』を任されていた上、軍として一番多くの兵を出していたのだ。トリアやテスニスにとっては、非常にやりにくい会議の場であったことだろう。


 中でも、テスニスにおける新興勢力『正しき教え』の討議など、話し合いが進めば進むほどに立場が悪くなる高原国家テスニスを見かね、三郎が半ば投げやりに「調査に赴くのは『わたし』です。裁量については一任してもらいたい」と営業スマイルを維持しながらも口を滑らせてしまった程だ。


 テスニスのジェスーレ王含め出席者の三名は、三郎へ「救われた」とでも言いたげな表情を向けてきた。ここで三郎は、自らの発言によってテスニス調査を確約してしまう形となるのだった。


 更に、テスニス首脳陣から好印象を持たれたことが、遠からず巡り巡って響いてくるとは、この時の三郎が知るはずもない。




 教会とエルート族の者達は、議会が終わると教会本部にある応接室に集まっていた。


 白色に統一された調度品やソファのある部屋で、三郎が訪れるのは二度目となる部屋だ。身分証を貰う際に、エンガナ高司祭と初めて面会した場所だった。


 そこには、議会に参加していた者の他に、高司祭であるエンガナの姿もあった。


「そう、サブローさんにテスニスの調査をお願いする形に運んだのね」


 議会の様子を聴き終えたエンガナが、思案する表情のまま、後ろに控えている中位司祭ミュレに向けて言った。


「はい、討議の流れから、サブロー理事に無理なく中央王都を離れていただくには、良い理由付けのできる場面だと判断しました。そして、教会への不信感をこれ以上持たれない為にも、必要であると考えた次第です」


 ミュレは、恐縮するような声色ながらも、はっきりと自身の考えを報告する。


「ミュレ殿の発言で、エンガナ高司祭殿からの『指示』だと話始めた言葉からは、偽りの響きは聴こえていませんでした。しかし、中央王都の王に確認するような言葉を投げかけられた後、ミュレ殿の返答から微かな偽りの響きを聴き取りました。悪意が含まれていなかったので、その場は黙っていましたが・・・」


 ケータソシアは、会議の場で不審に感じていた部分について、二人の会話に疑問を投げかけるように言葉をはさんだ。


「それは恐らく、私がミュレ司祭に、サブローさんを中央王都から離れられるようにできるなら、会議の場で発言する事をお願いしていたからでしょう。できれば、ソルジへと戻れるよう計らってもらうつもりでしたが、討議の様子を聴く限り、それは難しかったのでしょう」


 エンガナは、やんわりとした口調でケータソシアに答えを返した。


 エンガナの後ろに控えていたミュレが「最善を尽くせず、申し訳ありません」と皆に向かって頭を下げる。


「私が中央王都から離れるため、ですか」


 エンガナの答えを受けて、三郎が首を微かに捻って聞き返す。


「事前にお伝え出来ればよかったのですけれど、急なことで時間もありませんでしたので、出席させるミュレ司祭の判断に任せていました。高司祭としてお願いしたのは事実。しかし、全てが私の判断ではないという部分が、彼女の言葉の中に偽りがあると聞こえてしまったのでしょうね」


 エンガナは、普段の優しい笑顔となって答え、全員の表情を確認するように見回す。


 ケータソシアとシトスが、納得した様子であるのを確認すると言葉をつづけた。


「サブローさんは、ご自身が今『非常に目立つ』立ち位置にいるのは、あまり自覚されてないのではありませんか」


「目立つ、ですか・・・自覚、と言われましても。自分で何かしたというより、周りの仲間に助けられてばかりとしか」


 三郎は、顎に手を当てると唸りながら答える。


 三郎自身、どちらかと言えば、常に裏方的な役割を受け持っていたはずだよな、とこれまでの行動を思い返していた。


「市井の人々は、セチュバーの王を倒した勇者や、王都を奪還するために大軍を率いてきたドートの王、エルート族と教会が共闘し王城を奪還したと言った、激しくも華々しい所に目が行きます。その時代に生きているなら尚更にです」


「後世に語り継がれたり、物語や歌になったりするのは、確かにそういう部分が多いですよね」


 三郎は、元居た世界のことを思い出しながら答えた。


 日本史や世界史で登場する人物や事柄は、その時代を代表するものばかりだ。その下で活躍していた者については、偉人の伝記や小説を読んだり、漫画や映画で取り上げられたりすることで、初めて知るというのも少なくはない。


 それでさえ、学者や研究者が、古い文献などから拾い上げて繋ぎ合わせることで、人々に注目されるに値した一部の事柄だといえる。


「しかし、語り継がれるような事象の起こっている際、同時期に存在する王や為政者達の眼は、市井の視線と異なった部分を見ているものです」


「王や為政者の目ですか」


「ええ、目ざましい活躍をした者や、起こってしまった大きな事柄について『その舞台が整うに至らせた人物』を突きとめようと動きます」


「・・・エンガナさんが、そのように言われているということは」


 三郎が、エンガナの言わんとしている内容に気付くと、額にじわりと汗がうかぶような感覚をおぼえた。


「ええ。サブローさんの身元について、何者かが探りを入れているとの報告が入っています。ですので、中央王都から、なるべく早く離れてもらった方が良いと考えているのですよ」


 エンガナは、優しい笑顔をたたえたまま、さらっと恐ろし気なことを口にする。


 エンガナの言葉に、三郎の隣に座っていたトゥームも、微かに身を乗り出し動揺の色を顔に浮かべていた。


「教会とエルート族との接点にサブローさんが居るのは、少し調べれば分かってしまいます。それに、ドートやカルバリの王にとっては、既知の事実ともいえますからね。我々にとって、エルート族の援助が無ければ、現状は百八十度違う方向へと向かっていたといえますから」


 エンガナは、改めて感謝を示すように、ケータソシアとシトスに頭を下げるのだった。


「その様な状況でしたら、早急に支度を整え、明日にでも高原国家テスニスへ向けて出発した方がよい、ということでよろしいでしょうか」


 三郎とトゥームは、互いに視線を交わして頷き合った後、トゥームがエンガナに確認するように尋ねた。


 トゥームの言葉に、今度はエンガナとミュレが困ったような表情で視線を交わす。


「そうですよ・・・と、言いたいところなのだけれどね」


 珍しく、エンガナ高司祭の困り果てたような表情に、三郎は一抹の不安を覚えた。


「明日執り行われる『戦勝の宴』について、関係各所から教会評価理事のサブローさんと修道騎士のトゥームさんを出席させるよう、教会への要請が多数来てしまっているの」


 先手を打たれたみたいで困ってしまったわね、と付け加えてエンガナは頬に手を当てながら考え込む。


「か、関係各所ですか。ちなみに、多数というのはどちら様方から来ているんですか」


 三郎は、恐る恐るではあるが、尋ねずにはいられない。


 三郎の質問に答えたのは、後ろに控えていた中位司祭のミュレだった。書面をさっと広げると、読み上げるかのように『関係各所』を述べてゆく。


「まず、中央政府より国王並びに勇者殿の署名入りの親書が届きました。勇者殿からは別に、トゥームさんへの招待状が届いております。次に、ドートとカルバリ両国から、全軍の総指揮官に対しての出席要請と、修道騎士団の代表者へ出席要請が届いています。また、トリア要塞国からも女王名義の親書が『ぜひ話してみたい』とのお言葉が直筆でつづられておりました。高原国家テスニスの国王より『出立前に戦勝の宴の合間を見て会談を』と要請が来ています。続いて、王国の剣スビルバナン騎士団長よりご連絡を頂いており、警備隊長官の――」


 長々と読み上げられる『関係各所』を聞きながら、エンガナ高司祭でも動かせない『シガラミ』があるんだなと、三郎は他人事のように考えるのだった。

次回投稿は12月8日(日曜日)の夜に予定しています。

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