第116話 おっさんは派遣される
トゥームは、中位司祭のミュレから、教会本部の知り得ている情報を聞き出していた。
テスニスへと赴いた修道騎士達は、テスニスの町や村へと足を運んでいた。そこに駐留しているテスニス軍の兵士達から、新興勢力『正しき教え』の情報を収集しつつ『教え』について誤った解釈をしているのを正して回っていたという。
カーリア・アーディと数名の修道騎士も、テスニスの首都において同様の活動を行っていた。
そんな活動の中『正しき教え』の若者等が、各地で罪なき人々を人質に取ると、修道騎士へ向けて武装解除を迫ったのだ。
修道騎士達は、人々の安全を条件に捕虜となることを選択した。
同行していた修練兵や司祭等は、捕えられることもなくテスニス首都の教会へ引き返すよう言われただけであった。
あまりにも突然の事態であったため、対応についてテスニスの教会は方々から情報を集約すると、まるで示し合わせた軍事行動であるかのように、各地で同時に事が起こっていたのだと判明したという。
その後の追跡で、捕えられた修道騎士達は『正しき教え』の本部が置かれている、テスニス領内の北西に位置するキャスールの町に送られたとの報告が入っていた。
キャスールは、高原国家テスニスの中でも、クレタ山脈にほど近い高地に位置している。クレタス内でも避暑地として有名であり、豊富な湯量と観光資源から、テスニス国内でも財政豊かな地方だと言われる。
そして、テスニスの北西に位置し、クレタ山脈の麓に在るということは、テスニス国内において全ての国境線から遠い場所であることも意味しているのだ。
捕らえられた者達との連絡は、完全に途絶えて久しく、ゲージが取り上げられ連絡手段の無い状況であるのは間違いない。
テスニス軍所属カムライエの報告に照らし合わせて、大筋で間違いないようだなと、トゥームから情報をもらった三郎は考える。
だが、一つだけ異なる点があった。修道騎士が『正しき教え』に加わっているとの情報は、教会本部には入っていなかった。
いずれにしろ、教会とテスニスの掴んでいる情報に齟齬が生じているのは確かだ。
(吉と出るか、凶とでるか・・・だなぁ)
聞き終えた三郎は、情報の出所について確認する必要があるなと考えると、脳内を整理するために両目を閉じて深く息を吸った。
「・・・さて、教会の得ている報告によるところ、修道騎士が新興勢力に加わっているとの情報は入っていないようです」
「我がテスニスの情報が、誤りであると言いたいのでしょうか」
三郎のゆったりとした緊張感の無い物言いに、カムライエは怪訝な表情で聞き返した。
「いいえ、テスニスの方々からの報告を否定する所ではありません。が・・・正直な心底を言いますと、どちらから得た情報であるのか気になっているのは事実なのです」
三郎は、微かな笑みを意図的に浮かべるように努める。机の下で握った手の平が、妙に汗ばんで感じられた。
三郎にとって、この円卓に着いている者の約半数が、ほぼ初対面の相手だ。地下牢で顔を合わせていようとも、知っているとは到底言い難い。
そんな場であるからこそ、自ら率先して敵を作っても利するものが一つも無いと、三郎は経験上理解しているつもりだ。
(あー、マジで胃に悪い。しかしまぁ、難しい客先も味方だと思ってもらえれば、案外心強い場面も出てくるからなぁ。客先とか言っちゃうには仰々しい面々だけども)
少なくとも、敵視だけはされないように気を付けようと、三郎は心の中で呟く。
企業勤めの大半は『出世コース』と言われていた上司についていたため、会社役員やら他企業の取締役、各部署の長とも名刺を交換し話をしたものだ。
その際、身に着けてきた処世術とも呼べる経験が、曲がり曲がって別の世界で役立つことになるとは、当時の自分では思いもつかぬことだろう。
出世コースであった上司と近すぎたがために、あおりをもろに食らったのは忘れたい過去だが・・・。
そして、クレタスに迷い込んでからを振り返っても、教会の上層部や警備隊の長官、はたまたエルート族の長に諸国の王などなど、顔を合わせる場面が多すぎじゃないかとさえ、三郎は最近になって思うところでもあった。
三郎の元居た世界に置き換えるならば、身分証となるパスポートか何かを発行するための道すがら、総理大臣やら他国の王様に会って話をしているようなものだ。
まさに今も、出席している会議の場がありえない状況といえる。三郎の胃が、少々締め付けられる感覚を覚えていても仕方ない。
「名は明かせませんが、我が軍の諜報機関が協力者より入手した情報である、とだけお伝えさせていただきます。協力者の身の安全を考慮してのことと、お察し願いたい」
カムライエは、真面目な表情を崩すことなく、三郎の問いに答えた。
「ふむ、そうですか。それならば、もう一点確認をさせていただきたいのですが、新興勢力に修道騎士が加わったというのは、相手側にとってはとても有益な事実だと言えるのですが」
三郎は、一旦言葉を切ると、居並ぶ者達の表情を伺うように視線を巡らせる。
三郎の考えが正しければ、修道騎士の動向は経済活動にも影響を与えるほどに大きい。ソルジを出立する際、北門広場が商人でごった返していたのを思い出す。
新興勢力『正しき教え』が、修道騎士の賛同を得たともなれば、信じる者の増加する見込みは計り知れない。
「調べねば分からぬほど、隠しだてする情報ではないと、そう言いたいのですかな」
三郎と目の合ったカルモラが、興味深げに身を乗り出して言った。
商業王国の王だけあって、損得に関しての計算が早い。
「仮に、修道騎士が加わっているのが事実だとしても、何らか理由があるのではないかと考えられます。確認する必要性は、かなり高いのではないでしょうか」
三郎は、カルモラに深く頷きながら、言葉の後を続けた。
「確かに、新興勢力の兵力が、テスニスの軍を中心に組まれただけだというのと、修道騎士や修練兵をも加わった兵力であるというのには、大きな違いがありますからね。いや、何もテスニスの軍が、弱いと言っている分けではありませんよ」
「っ!!」
オストーが、肩をすくめるようにして言った言葉に、カムライエが反論するため立ち上がろうとした。軍に所属する者として、看過できる言葉ではない。
だが、その動きを手で制したのは、会議開始の挨拶から終始口をつぐんだままでいたテスニスの王だった。
顔に刻まれた皺や白い頭髪から、出席者の中でも一番の年長者だと分かる初老の男だ。外見から推し量れる年齢の割に、肉付きの良い顔をしているが、その表情はテスニスの情勢を思ってのことか、三郎には暗く影のさす印象を与えた。
「テスニスは現在、行政機能が麻痺し、軍や関連機関も思う様に動けない状況下となっている。テスニスの国民同士が争わぬよう、国に残っている者達が手を尽くした結果が『膠着状態』という現状なのですよ」
「ジェスーレ王・・・」
王の言葉に、浮かせた腰を椅子に戻し、カムライエが苦々し気に眉間の皺を深くする。
テスニスの王ジェスーレの言葉は、修道騎士が『正しき教え』に加わったかどうかすら、確認する手立てがないことを示唆していた。
その時、中位司祭ミュレが、風切り音がするほどの勢いで手を上げた。
エリートの掲げた挙手は、天を指し示すかのようにぴんと伸ばされ、全員が無視できないほどの存在感をかもす。
「きょ、教会の司祭殿、何事か意見を持っている様子であるが、いかがしたかな」
勢いに気圧され、クレタリムデ十二世がミュレに言葉をかける。
「僭越ながら、高司祭エンガナ様より、ご指示を賜っている状況であると判断しましたので、述べさせて頂きたいことがございます」
ミュレは、キリッ!と音がしそうなほどの表情で立ち上がると、直立不動でクレタリムデ十二世の許可を待つ。
「ふ、ふむ、エンガナ殿の指示であるなら、申してみよ。問題ないな、そうであろう」
クレタリムデ十二世は、円卓に座る面々に確認するように言いながら、ミュレの発言を許可する。
ミュレは、手を合わせて教会の印をつくると、軽く会釈してから口を開いた。
「高原国家テスニスの状況につきまして、大々的に軍を動かすことは、緊張状態が続く中で得策ではないご様子。しかし、確認は急を要するのはお話にあった通りです」
「ふむ、その通りであるな」
「教会としましては、修道騎士の行動についての事案でもあると判断します。よって、教会が調査の部隊を編制し、派遣したいと考えます。戦時下であるため、このことについて国王より許可を頂きたく存じます」
「きょ、教会の行動に許可であるか。いや、戦時下での協定に基づけば、正しい判断であるな。しかし、教会も多くの犠牲を払い、部隊を編制できるほどの人員はおらぬと思うが。それに、修道騎士が動くともなれば・・・」
ミュレの提案に、議場の空気が微かにざわめいた。
クレタリムデ十二世の言葉通り、中央王都の修道騎士と修練兵は壊滅的な状況だ。副騎士団長であるオルトリスも重症であるため、この場にトゥームという代理を立てているほどである。
「幸いにして、こちらにおられます教会評価理事殿は、教会内にあっても、教会に対し苦言を呈する中立的な役職につかれております」
三郎とトゥームは、突然話が振られたため目を見開いてミュレを見た。
そんな様子を、ミュレはちらりと一瞥すると、一つ頷いて言葉をつづけた。
「修道騎士が、新興の勢力に加担しているか否かについても、忖度無く調査するに相応しい人物です」
「それが高司祭エンガナ殿の言葉であるなら、その件に関しては一任しても良いと考えるのだが、皆は、どうであろうか」
クレタリムデ十二世が、問題が一つ片付くという安堵を滲ませ、他の者達に意見を求めて見回す。
ミュレは「はい、高司祭エンガナ様より」と一言答えを返した。
だが、ミュレの最期の言葉を聴いたケータソシアとシトスの耳が、ぴくりと反応する。そして、議場の誰よりも、真意を確かめるような視線をミュレへと向けるのだった。
次回投稿は12月1日(日曜日)の夜に予定しています。
第六章として第114話から分割いたしました。




