第115話 正しき教えと天啓騎士
円卓を囲む者達の背後には、多くの机と椅子が並べられている。
諸王国会議の際、各国の事務官や官僚が着席していた場所であり、百名以上ともなろう椅子が設置されていた。しかし、現在は誰一人として使用している者はいない。
戦時の情報統制として、この会議への出席者を限られた者のみで構成したためだ。情報漏洩のリスクを減らす目的もあるが、漏洩があった場合には、情報の出所が誰であるのかを突き止めやすくする理由も含まれていた。
そのため、会議場は、なお一層広く閑散とした雰囲気をかもしだしている。
列席者の声は、壁や天井に反響することなく、広い空間へと吸い込まれるかのように消えていった。
三郎は、諸国の歴々からだされる発言の中に、有用な情報が含まれていないか注意を払いながら、言葉飛び交う議場の様子を見守っている。教会の管理体制コムリットロアに参加していた為、諸国の情勢が何となく頭に入っていたのは助かったなと考えていた。
そして、突然に教会やエルート側へ話が振られた際、答えるのはケータソシアか自分だろうなという覚悟だけは決めていた。
だが、エルート族が率先して人族の会議に参加するとは思えず、結果的に三郎へとお鉢が回ってくるのは考えなくとも分かってしまう所ではある。
(話がこちら側に振られないなら、それが一番だけどなぁ。諸国政府と教会って、権力として監視し合う立場ではあっても、議題について決定するプロセスには不干渉って、教会理事の要項にも書いてあったもんな。要するにだ、この会議で出たものを教会に持ち帰るのが、第一のお仕事って考えておけばいい。そう、それが正解だ)
三郎の二つ隣の席で、エリートオーラを全開にしている中位司祭のミュレが、無言無表情のままに事務用のゲージを操作している。その様子から、自分の考えで間違いないはずだと、三郎は根拠もなく自分を納得させるのだった。
教会は、政府の出した決定に対し再考を促したり不服の申し立てを行ったりする権限を持っている。しかし、国政に位置づけられる種類の会議において、教会の人間がイニシアティブを取ってしまうのは立場上間違いなのだ。
(でも、今回の奪還作戦の『総指揮』は、俺だって事にしちゃったもんな。教会とかの枠を飛び越えて、俺に話が振られるだろうなぁ。とりあえず、この会議で総指揮権については『お役御免』って形には持っていきたい)
会議の進行は、三郎の理解する限りにおいて、セチュバーへと撤退した第二兵団の追撃についての話へと進んでいる。
これが、王都奪還の引き続きの作戦ともなれば、三郎が矢面に立たされるのは必至だと考えられなくもない。
「中央王都に駐留している我が軍とカルバリの軍では、セチュバー第二兵団の追撃は困難だと申し上げているのです。セチュバー領内には、山間の地形を利用した要所に、防衛拠点となる砦が点在しているのはご存知でしょう」
クレタリムデ十二世の言葉に、ドート軍指揮官が難しい表情となって答えを返していた。
中央王都国王であるクレタリムデ十二世が、交わされる討議の流れから、軍を早急に動かした方がよいのではと発言したためだ。
ドート軍の指揮官が、慌てて答えたのにも理由がある。
クレタリムデ十二世の発言を黙認することは、クレタス全体の総意として決定される恐れすらあるのだ。クレタリムデ十二世自身が、その自覚に乏しいところが多々あり、諸国の王に付き従っている者達は気を抜くことが出来ないでいる。
それに、ドートとカルバリの両軍は、何もセチュバーの第二兵団だけに消耗させられた訳ではなかった。
第二兵団が王都正門を抜けたと同時に、王都の外に広がる貧民街から武装した集団が突如として襲い掛かってきたのだ。捕えた者より引き出した情報では、セチュバー軍の合図を受けて戦いに加われば、正規兵として登用してもらえるとの話があったのだと言う。
武器や鎧に関しても、貧民街の奥でセチュバー軍の代理人だと語る者達が、貧民街の若者を中心に配っていたのだ。
ドートとカルバリの軍は、所属不明の軍勢から強襲を受け、セチュバー第二兵団の追撃に移ることすら許されなかったのだった。
「そ、そうであるな。奪還において消耗している軍だ、早急に動かせというのは酷な話であったな」
「セチュバーへ攻め込むのであれば、後顧の憂いを先に払うべきです。我らがテスニスの情勢回復を、何よりも先行すべきかと思います。トリア要塞国からの軍が到着しても同様。セチュバーを攻める『我々』の背後から、かの新興勢力が進軍してくるかと」
クレタリムデ十二世の取り繕うような言葉に続き、高原国家テスニスの為政者が発言する。
「新興勢力、新興勢力と繰り返されていますが、テスニスの方々は、その者達について『新興勢力』としか情報をもちあわせていないのでしょうかね」
カルモラが、苛立たしさも隠さぬ声で、高原国家テスニスの列席者へ『やっと』目を向けた。
現状、会議の主導権を握っているのは、誰の目から見てもドートの者達である。その国王が、テスニスに苛立たしげであっても興味を向けた。
テスニスは、新興勢力について発言する時間をようやく得ることができたのだ。
「テスニス軍所属である私カムライエから、報告させてもらいます」
若さの残る顔立ちをした男が立ち上がると、背筋を正して声を張った。
テスニス軍の軍服に身を包んでおり、彼の言葉通り、軍の者だということは三郎にも一目でわかる姿をしている。
カルモラが、さっさと言えといわんばかりに手を振って、話の先をうながした。
「新興勢力は『正しき教え』と自称しており、中心となる人物は『高教位』を名乗るギレイルという男です。その者の下に、天啓騎士団を名乗る一団を中心とした、大きな武装集団を抱えています。テスニス軍部の確認によれば、天啓騎士団の中核を担っているのは、テスニスの軍より離反した若い騎士達だとの報告を受けています。また――」
ざわめきの起こり始めた円卓を前に、カムライエは報告を続ける。
カムライエの説明によれば『正しき教え』という勢力は、現在の教会が最初の勇者の残した『教え』について間違った解釈をしているのだ、とテスニス国内で広めているという。平和を掲げながらも、その実、何の手立てもなく政権や富める者の腐敗を許しているというのだ。
更には、勇者召喚を独自に行った中央政府にも、その罪があると言及している。
勇者の召喚とは、教会の前身ともなる組織が作り上げた術式と儀式にのっとっており、教会主導の下で行われるのが正しい在り方だと主張していた。
高教位ギレイルは「教えを正しく解釈していなければ、誤った者を罪人とみなし、それを断罪するのも正しき教えである」と人々に説いている。
現教会勢力を打倒し、新たなる正しい教会組織を結成しなければ、クレタスに真の平和は訪れないのだと説き、信者を募っているのだということだった。
現在は、テスニスの正規軍と睨み合った状態となってはいるが、暴動や争いがいつ始まってもおかしくないほどに緊迫した状況が続いているとのことだった。
(あー・・・『教え』自体に、争いを起こすことはダメだって書いてあるのに、断罪するために武装しちゃったら本末転倒ってヤツだ)
教会にも、修練兵や修道騎士団などが存在するが、彼らは『守護戦闘』と見なされる場合においてのみ戦うことを許される。
最初の勇者が残した『教え』を十分に理解し、たゆまぬ精進と研鑽の上で武力を持つに至るのだ。
(まぁ、立場や主観が違えば、武力を行使するって行為自体に違いなんて存在しないけどな)
絶対的な悪が存在する世界ならば話は違うけど、と心の中で付け加えて三郎は小さいため息をついた。
今回のセチュバーの内乱も、高司祭モルーのとった行動も、立場の違いを言い出してしまえば終わりの見えないものなのだ。
「――そして最後に、教会の方々の前で大変申し上げにくいのですが、新興勢力『正しき教え』に捕らえられた修道騎士の中から、天啓騎士団に加わった者が数人いるとの報告も受けており、現在、名前等の確認を急がせている段階です。以上、現状報告となります」
カムライエは言葉を締めくくった後、教会の出席者へ向けて頭を下げて席に腰を下ろした。
議場は、修道騎士の問題を受けて、それまで以上のざわめきに包まれていた。
(は?修道騎士がって・・・俺、何も聞いてないんですけど)
三郎は、突然のことにトゥームへ確認しようと振り向く。こんな形で、話題が教会側へと向けられるとは、思っても居なかったのだ。
トゥームも初耳であったようで、中位司祭ミュレと何事かを確認し合っているところだった。
様子から察するに、教会側も把握していない情報だったのがうかがえる。
いずれにしろ、ミュレとの話が終われば、トゥームが情報を伝えてくれるだろうと考えて、三郎はテスニスについて自分が覚えてることを引っ張り出しておこうと努力する。
(あーっと、そういえば、修道騎士って18人くらい捕まってなかたっけ。修練兵の人数は、分からないな。それと、確かコムリットロアで――)
三郎は、コムリットロアに出席した際、高原国家テスニスを管轄とする高司祭オスモンドからの雑談とも報告ともつかない会話で、テスニスの新興勢力についての話が上がっていたなと思い出す。
右手で拳をつくり額を軽く叩きながら、三郎はオスモンドのふっくらとした笑顔を思い返して、記憶の糸を手繰り寄せる。
(避暑地。温泉。湯けむり美人・・・マフュだ!そうそう、アーディ家の名前って、要所要所でよく出て来るなって思った記憶が。カーリアさんだったっけかな、マフュのお姉さんが、修道騎士を連れて行ったんだよな。若い兵士の話を聞きに・・・教えを間違って解釈してる新興の宗教?だか何だかに加わらないよう話を聴いて回ってたはず。俺の記憶が合っていればだけど)
三郎が、コムリットロアでの場面を必死に回想していると、カルモラから不意に声がかけられた。
「ふむ、高司祭モルーに続いて、またも修道騎士の裏切りがあるらしいとは。出席されてる理事殿には、是が非にでもご説明を願わねばならないでしょうね」
カルモラの値踏みするような目が、三郎の動き一つ見落とすまいと鋭く細められる。
(・・・ですよね。理事ですもんね)
一つ大きく息を吸い込むと、結局は回って来る発言の順番が来ただけだと、自身を落ち着かせるよう心の中で言い聞かせて、三郎はゆっくりと息を吐いた。
右に座るトゥームが、三郎に何かを伝えるため顔を近付けてくる気配を感じ、それを聴いてから回答しても遅くは無いだろうと考えるのだった。
次回投稿は11月24日(日曜日)の夜に予定しています。




