第114話 議場はカオスの様相
三郎は、王都が多くの犠牲を払い奪還された翌日、王城の大会議場にある大きな円卓の席に(なぜか)座っていた。そして、周囲で交わされる言葉を耳にしながら、意匠の凝らされた天井を見上げて議題とは全く別のことを考えていた。
(諸王国会議ってのも、ここで開かれてたんだろうな。しっかし、広い部屋!柱も無しに、よく天井落ちてこないな・・・クレタスの建築技術って、相当高いんじゃないか?)
壁には、大理石の壁材が使われており、天井も遠目に同じような材質の物が使用されているのが見て取れる。床には、毛足の長い上質な絨毯が敷かれており、三郎の腰掛ける椅子も身体全体をバランスよく受け止めてくれるような、手触りの良い皮張りの物だった。
そんな、三郎の他愛のない考えを他所に、会議の場では、議論が自由闊達に交わされていた。
だが、二十余名もの人数が集まった会議においては、文字通り『自由』に議論が行われてしまっている時ほど、意見がまとまらない状況に陥ってるのだという事を、三郎は『おっさん的経験』から理解していた。
(中央王都と諸国の歴々が顔を合わせて、ファシリテーター(上手い進行役)が居ない状態じゃ、まとまる話なんて一つも無いだろうなぁ。時間だけが過ぎる社内会議みたいだな)
三郎は、天井を仰ぎ見ていた視線を、円卓の上座に着いている中央王都の国王へちらりと向けた。
何かの間違いがあったとしか思えない、と三郎は考える。三郎は今、円卓をはさみ中央王都国王の真正面に座らされているのだ。円卓が大きいだけに、居並ぶ歴々と物理的な距離があることだけが救いのように感じる三郎だった。
「か、カルモラ王のいう通り、ドートの大きな代償の上で、中央王都の奪還があったのは確かなことである。いや、当然、カルバリも同様と考えているのだ。両国ともによくやってくれたと言わざるを得ん・・・な、そうであろう」
中央王都国王であるクレタリムデ十二世は、ドートやカルバリの働きを認める言葉を口にしつつ、自分の両脇に控えた中央王都の列席者へと確認するように首を巡らせた。
三郎には、クレタリムデ十二世の言葉が、会議が始まってからというもの他者から出された言葉を繰り返している様にしか聞こえていなかった。まとめ役ともなろう立場の者として、十二分に力不足なのだけが痛いほどに理解できてしまう。
そんな王の右手側にいる者は、地下牢から助け出された王都の最高執政官を務める壮年の男で、顔を難しくしかめながら王の言葉に頷き返している。
対して左手に座っているのは、王国の剣騎士団長スビルバナンであった。
彼の率いていた王国の剣は、ヴィーヴィアス大道の中腹辺りで撤退するセチュバーの軍勢と対峙することとなった。
怒涛の如く押し寄せるセチュバー第二兵団から、王国の剣騎士団の被害を少しでも軽減するよう努め、スビルバナン自身も奇跡的に生き残ることに成功し、この場に席を並べることができているのだ。
「技研国カルバリの助勢が無ければ、王都正門を越えることはできなかったでしょう。しかし、前線における甚大な被害については、ドート軍の統制の乱れによるところが大きいと申し上げておきます。セチュバーの指揮官や部隊長らの首に報奨金をかけるなど、言語道断であったのは間違いありません」
スビルバナンの語気の強さと譲らぬ表情には、熾烈な死線をくぐり抜けて生還したのだと、三郎にも容易に想像させるものが宿っていた。王都奪還前夜、大天幕での話し合いで見せた顔つきとは、格段の差があるように映る。
スビルバナンの視線の先には、商業王国ドートの王カルモラを含め三名の者が円卓に着いていた。席次は、奇しくも互いの表情が見える距離という、スビルバナンの真横にドートの面々が並んでいる。
スビルバナンの言うように、ドートの軍勢は、王都へ到達するまでの行軍こそ統制の取れた様子を見せていた。だが、門が破壊されたと見るや否や、前線の兵士から我先にと王都へ雪崩れ込むように進軍を始めたのだ。
セチュバーの手によって再構築された門により、突出していた多くのドート兵は、後続と分断され王都内部に孤立し全滅することとなった。その上、門の傍まで押し寄せていた兵士達は、再稼働を始めた防衛構造の攻撃を防ぐ距離もとれず、多くの兵が命を失うことになってしまったのだ。
三郎から前線指揮を任されたスビルバナンだったが、味方であるはずのドート軍の波に翻弄され、王国の剣騎士団の統制を維持するだけで手一杯となってしまったのだった。
それは、セチュバー宰相メドアズが撤退を開始し、ヴィーヴィアス大道で会敵した際も同様であった。ドート軍は、メドアズと側近から成る部隊の高い報奨金に注意を削がれてしまっていた。
王国の剣騎士団が、正面からぶつかり第二兵団の進軍を遅らせたのも一瞬のこと、後続となるドート軍の足並みが揃わず、あわや王国の剣は全滅の憂き目にあうところであった。
「労を惜しまず、手柄を立てた兵に『恩賞』を与えるのは、国として当然のことでしょう。王国の剣騎士団には、功績をあげた者も称えぬ風習でもおありなのでしょうかね」
悪びれもしない普段の笑顔で、カルモラはスビルバナンの攻撃的な言葉へ返事を返す。相変わらず、目の奥は笑っていないなと、三郎はその表情を見ていた。
「『賞金稼ぎの軍勢』と共に進軍した我々の身にもなってもらいたい。恩賞とは立てた功績に与えられるものであり、先に金額の提示があれば、ただの賞金稼ぎに成り下がる。意味を履き違えてもらっては困る」
スビルバナンは、ハッキリとした口調で言い放った。
「大枠の金額は、内々に決定していたのは事実ではある。だが、当然、兵士へ正式に通達していた物ではない。兵の知り得ていた恩賞の額面についても、国の決定とは異なる大幅な高値であった様子もあり、疑わしき情報の出所についても鋭意調査中なのだ。全面的に我々の非があるように言われるが、スビルバナン殿も言葉は選ばれたほうが良いのではないかな」
カルモラの横に座るドート軍の長官が、落ち着き払った声でスビルバナンをたしなめるように言った。
「なれば、軍の情報統制について問題視しても構わんのですよ」
スビルバナンは、一歩も引く気配を見せず即答する。
「ま、まぁ、そうであるな。恩賞は、後か先かの話であるし、火急の事ゆえ何かの手違いという物もあるだろう。調査を待とうではないか、スビルバナン騎士団長」
クレタリムデ十二世の言葉に、スビルバナンは険しい表情を崩さずに口をつぐんだ。
その様子を呆れたとでも言いたげな様子で、ドートの者達に次いで席を並べている技研国カルバリのオストー王が、肩をすぼめて見せる。スビルバナンは、一瞥しただけで挑発に乗る様子は無かった。
「我々に余力が無く、追撃できなかったがために、正門側を担ってくださった方々の被害が大きくなったのもあるでしょう。その点、申し訳ないと思っています」
一瞬の沈黙が差した議場に、三郎の左隣に座っていたケータソシアの口から、透き通るような声が流れ込む。
「何を申されるか。グレータエルートの方々の働きあったればこそ。それに、ケータソシア殿が我々の言葉を否定されないことこそ、我々ドートの言葉に偽りなき証明と言って良いですかな」
「スビルバナン殿の苦心についても・・・と、申し上げておきましょう」
カルモラが、体ごと向き直ってケータソシアに返事を返した。ケータソシアは、スビルバナンの言葉についても偽りの響きがないことを補足するように言い添える。
「グレータエルートの方が申すのであれば、私以下ドートの者は、異論を申しませんよ」
笑顔で頷きながら、カルモラはケータソシアの言葉をすんなりと受け入れた。
(カルモラ王って、エルート族に弱みでも握られてるのか?って、言うよりも、尊敬というか敬意というか、そのレベルだとしか思えないよな。崇拝してる感も否めないぞ、これは)
戦いが始まる前からのカルモラの態度を思い出しながら、三郎は心の中で呟く。大天幕での話し合いしかり、上質な馬を提供したのもしかり、この会議の場での態度もしかり、である。
三郎が物思いにふけっていると、カルモラの疑わしい者を見る目がトリア要塞国の面々へと向けられていた。
「トリア要塞国は、セチュバーの要請を受け入れ国境封鎖を行ったそうですな。女王以下要人の命にも関わることですから、まだ分からなくもないですが、こともあろうに、魔人族の存在を知って軍を動かそうとした土族をも止めたと聞いていますよ。まさかとは思いますが、セチュバーや魔人族に与しているとは申されないでしょうな」
「国におりました王弟閣下の下された、ナディルタ女王のお命を第一に考えてのご判断であったとの連絡を受けております。それ以外に他意はなく、我々トリア要塞国はクレタス諸国の一員とご理解いただきたい」
トリア要塞国のナディルタ女王の横に座っている軍の執政官が、粛々と答えを返す。
エルート族が出席している場において、偽りを語ることが出来ないのはクレタスの為政者ならば誰もが知っていることだ。トリア要塞国の執政官も例にもれず、誰のどのような判断であったのかを言わざるを得ない。
「その王弟殿が、敵側に与していないのならば、早々に援軍を送らせることです。土族の方々にも、当然、トリア要塞国の名をもって協力をお願いしてもらいますよ」
カルモラは、ケータソシアとその隣に座るシトスをちらりと確認した後、命令するかのようにナディルタ女王に向けて言った。
トリア要塞国の名をもってとの言葉は、費用面において、という意味合いを強く含めているのだ。
「先ほどから土族と言われているが『ドワーフ族』と呼んでもらえるかな。彼らは存外に堅物でね、我が弟が彼らの軍を一度留めてしまったのが悪かったのか、現在行軍を共にする交渉が上手く進んでいない様なのだよ。それに、ドートの王が『土族』と古い名で呼んでいると知れば、更に態度を固くしてしまう」
長い髪を後ろへと払いながら、ナディルタ女王がカルモラに答えを返した。
(おお、案外ハスキーボイスだ。男装の麗人的な、歌劇団とかの男役に居そうな感じの人だ。黒髪だけど、光りを反射するときに少し赤っぽく見えるな。口調が案外フランクな感じなのには、ちょっと驚かされたけど)
掘りの深い均整の整った顔立ちを、ウェーブのかかった長い黒髪が引き立てているなと思いながら、三郎は心の中で何故だか拍手を送っていた。髪を払いあげる仕草が、あまりにも堂に入っていてかっこよかったためだろう。
(それに、ドワーフ族って言ったよな。土族ってドワーフの事だったのか・・・後で、シャポーに聞いてみよう)
残念なことに、ここにシャポーは出席していなかった。ケータソシアとシトスに加え、三郎の右側には修道騎士の代表者としてトゥームが座っている。副騎士団長であるオルトリスの負った傷が、重症であったため代役として出席しているのだ。
更にその隣には、教会からの傾聴役として、エリート感を全身に纏ったような女性の司祭が腰を下ろしている。
三郎の覚えている限り、エンガナ高司祭の秘書官だった人物で間違いない。彼女とは、会議の開始前に、淡々と『傾聴役として出席します、中位司祭のミュレと申します』という淡白な挨拶を交わしただけだった。
現在も、会議に口をはさむ様子もなく、淡々と事務用のゲージを操作して、議事録でもつけているかの様子だ。
議場は、中央政府の者を挟みドートの者達とトリアの者達が、援軍の規模やその費用、これまでの損失への負担額などについて互いの意見をぶつけ合っている。中央王都奪還の費用負担の話ともなれば、技研国カルバリの者達も話へと加わってゆく。
間に挟まれたクレタリムデ十二世は、相互の意見を受け入れるような相槌ばかりで、話を進ませる様子は一切感じられなかった。
「クレタリムデ十二世陛下、我々テスニスの問題についても、早急に議論を!」
高原国家テスニスの為政者等が、テスニスの新興勢力の対応についての議題へと進まないことに焦燥感を抱いたのか、ドートとトリアの決着も着いていない所へ、中央王都国王に直接話を切り出してしまうのだった。
(あー、これは、あれだな・・・ざっくり言うと、カオスってやつだな)
三郎は心の中でため息をつく。そこでふと、あのエリート中位司祭のミュレさんは、どんな顔をしてこの場面を見ているんだろうと興味を抱いた。
ミュレは、真面目腐った表情を一切崩すことなくゲージを淡々と操作していた。
(エリート!さすが、エリート!)
どんな記録になっているのか見てみたいと思いながら、おっさんは、この会議をどう治めれば良いのか考え始めるのだった。
次回投稿は11月17日(日曜日)の夜に予定しています。




