第110話 動き続ける戦況
セチュバー兵が、城内へと後退することで、戦いは膠着の様相を強めていた。
変わらず、グレータエルート達の精霊魔法と高い身体能力によって、セチュバー軍はおされている。だが、城の建屋は、魔力によって建築された巨大な箱と呼べた。
それ故に、十分な効果を発動できる精霊魔法も制限され、セチュバー側の消耗が減っているのは確かだ。
城の構造を利用し、回り込まれる心配のなくなったセチュバー軍は、防衛陣形を乱さぬよう時間をかけて徐々に城の奥へと後退してゆく。向かう先は、防衛しながらの後退に有利な、王城奥の別棟へと繋がっている長い通路だった。
「モルー殿、守護魔法を無理に使われないほうがいい。我らには、今後も貴方の助言が必要となる。その胸の傷も、早々に手当てせねば」
セチュバーの王バドキンが、死人のような顔色をしているモルーへと声をかける。
防衛の陣形が崩されかけるたび、モルーが教会の守護魔法を行使して、グレータエルート達に付け入る隙を与えまいとしていた。
王であるバドキン自らも鎧を身に着け、グレータエルートと剣を交え、体には幾つもの傷を負っていた。王の身でありながらも、その大剣から繰り出される斬撃は、精霊魔法を断ち切りグレータエルートと互角以上の剣技を見せている。
バドキンの勇姿を前に、セチュバー兵の士気は劣勢の中でも下がることは無かった。
「手当は無用。相当に強い精霊力の乗った突きであった」
モルーの短い返事に、バドキンは、治療不可能な傷だという重い意味合いを受け取る。
戦闘訓練を受けた者は、己の武器へ体内魔力を循環させ、手足の延長上にある体の一部かの様に武器を操る。更なる研鑽の先へと行き着いた者は、一撃に魔力を込めて、相手の傷を致命傷たらしめる効果を付随させるのだ。
傷口の止血を困難にさせたり、相手の体内へと攻撃性のある魔力を流し込んだりするといった技術を身に着けるにいたる。
傷を受ける側に立っても、同様なことが言える。体内魔力の操作をすることで、出血を抑え自然治癒力を高め、害意ある魔力を打ち消すことができるようになるのだ。
体内魔力を使うことによって延命し、然るべき処置を受けられる場所にさえたどり着けば、例え深い傷を負ったとしても命を落とさずにすむ。
モルーからの言葉は、受けた傷が致命傷なのだと、バドキンに悟らせるには十分だった。
先代の王の友人であるモルーの存在は、バドキンにとって決して小さなものではない。
「その命、おかり致します」
「存分に使え」
バドキンの言葉に、モルーは決意のこもった笑いを口元に浮かべて返事を返した。
メドアズの率いる、第二兵団と魔導師達は、王城に間もなく到着する頃だろう。その時が、反撃の活路となるのだ。
(・・・それまで、倒れなければ良い)
しかし、モルーの頭には、一つの懸念となるものが浮かんでいる。
グレータエルート族との戦闘へ突入する少し前、兵舎に向かい駆け抜ける数人の人影を、遠目ではあったが確認していた。彼らは、教会で作戦当初から予定されていた『捕虜救出の部隊』で間違いなかったと、モルーは記憶している。
王城内へと押し戻されるなど想定していなかったがために、放っておいても問題はなかった。だが、現在後退して向かう先には、地下牢と城とを結ぶ経路が存在している。
数名ではあっても、後方から敵兵が、不意をつく形であらわれるのは好ましくない。モルーは、状況を確認させるため、二十名ほどの兵士を向かわせていた。
捕虜の命を奪う目的で、地下牢へ向かった者達との連絡が、既に途絶えており全滅していることは明らかだったからだ。
その時、廊下の先から、送り出した近衛兵達が姿を現した。
「地下牢から、グレータエルート含む十数名の部隊が上がってきています。その中に、勇者テルキの姿も確認しました」
部隊長の男が、修道騎士や司祭もいたこと、追ってくる様子は無かったことなどを、端的にバドキンへ報告した。
「後退を速めるぞ。後方に敵が現れたら突破することだけに集中しろ。相手はグレータエルートだ、数は少なくとも油断はするな」
バドキンの張りのある声が、全軍に指揮を飛ばす。
王からの勅命を受けた兵士たちは、身の引き締まる思いと共に、戦いへの集中を高める。セチュバーの若き王の言葉は、鼓舞にも似た響きをもっていた。
「勇者もいるが、問題ないのか」
モルーが、バドキンに一歩近付いて、おさえた声で囁いた。召喚されてから間もないとは言え、勇者の存在は脅威だと考えられるからだ。
「諸王国会議の開催前日、勇者と手合せを行いました。勇者とは名ばかりで、中央王都の一般兵士と同程度の技量でしたよ。自信を損なわせないよう手を抜くのに、苦心させられたほどです」
バドキンは、嘲るような笑いとともに、モルーへ心配無用だと伝えた。
守衛国家の若き王は、優れた剣士でもある。そのバドキンが、実際に剣を交えて受けた印象なのだから確かな情報だといえる。
「そうか」
モルーは短く答えると、戦いへと意識を戻すために前を向いた。
(確か、三百年前に召喚された勇者も、大した能力を持ち合わせていなかったと聞いている。最初の勇者だけが、特別であったということなのか)
モルーの中で、ふと湧いた疑問だった。
第二の勇者ともいわれる三百年前に召喚された者は、政治的にその肩書を利用されただけで、歴史の中に消えていった存在だ。現代において、大きく取り沙汰されることは無い。
強大な魔力を有していたという話もなければ、剣技に優れていたと記されてもいなかった。学者の中には、担ぎ上げられることを良しとした、愚鈍を装った知恵者だったのではないかとの説もあるようだが、憶測の域を出ていない。何せ、その『活躍』がなかったがゆえ、記録と呼べる物がほとんど残されていないのだ。
だが、三百年前の勇者が勢力争いの渦中にあって、不幸であったかと問われれば、為政者や教会幹部などは首を横に振るだろう。中央政府の要人として、常に高い立場を約束されていたという事実は伝えられているのだ。
(現在の勇者も、同様である可能性は高いか)
もし、勇者が何らかの『力』を有してるならば、戦況は非常に不利な方向へと傾いている。しかし、手合せをしたバドキンが、障害にはならないと判断しているのだ。当面の敵は、グレータエルートだと考えて間違いないだろう。
(救出の部隊には『迷い人』も加わっていたな。グレータエルートを動かすきっかけを与えたのは、おそらくサブロー殿だろう。警戒せねばなるまい)
モルーは、現在の勇者よりも、よほど気を付けるべき人物だと思われる三郎が、後方のグレータエルート達と共にいることを、バドキンには知らせておかなければならないと考えるのだった。
***
勇者テルキは、これ以上待ってはいられないといった様子で、牢番の部屋から駆け出した。その後ろを、武器や鎧をまとった人族の者達が続く。
部屋に残されていた武器や防具を、腕に覚えのある者達が身に着け、人族の部隊が編成されたのだ。
数にして二十余名という即席の部隊ではあったが、皆、クレタスに生まれた者の常として剣術の教練を受けており、軍役に就いた経験の有る者達ばかりだった。
ソルジの警備隊に在籍したという、どちらかと言えば頼りなく思える者から、元は王国の盾騎士団に籍を置いていたという者まで、軍役とはいってもまちまちではあったが。
「勇者殿、後続から離れています。足並みを揃えていただきたい。我々の援護も分散してしまいますので」
勇者テルキの横に、ぴったりと張り付いたかのように走るグレータエルートが、後方を確認して言った。ゲージを取り上げられてしまっている人族との連携は、グレータエルート達の声かけによって補うことと決められていた。
「分かってますよ。敵がいたら、一人で突っ込まずに待ちますから」
そう返事を返したテルキも、鎧や盾を身に着けていた。兜ばかりはサイズの合うものがなかったため、金属プレートのついた額当てを装着している。
三郎が、支度する勇者テルキを見ながら(これはあれだ、ロールプレイングゲームで言うところの、中盤に差し掛かるちょい前くらいの装備だな)などと、呑気な想像を膨らませていたのは誰もあずかり知らぬところだった。
「分かっていませんよ。敵を発見した時は、既に戦闘に突入していると考えなさい」
テルキの返事を受けたグレータエルートは、やれやれと言った調子でたしなめる。
「っ・・・わ、分かったよ」
少し強めに言われてしまったので、テルキはグレータエルートの言葉に従い、走る速度をゆるめた。
後に続く者達との距離が縮み始め、テルキの横を走るグレータエルートは、満足そうにうなずいて返すのだった。
そんな人族の部隊の後を、三郎達は少し遅れてついてゆく。トゥームに肩をかす三郎と、足並みをそろえているためだ。
「トゥーム、あまり無理はするなよ」
階段を駆け上がった一件以来、体内魔力を何となく操れているような、いないような感覚で走っている三郎が、トゥームに声をかける。
「支えてもらって足の負担が少ないから、これくらいなら大丈夫」
トゥームの体を十分に支えられている様子なので、体内魔力の操作ができているようだなと、三郎は内心で自分自身に感心していた。
三郎が、地下牢から駆け上がる際に行ったのは、トゥームに追いつくために足を動かさせてくださいと『強く願う』というものだった。
それは、精霊魔法において、精霊へ助力を願う方法に近い。三郎の願いは、精霊へと語り掛ける『精霊語』でもなければ、クレタスの言語でもなかった。ただ単に、日本語で必死に願いながら足を前に出していたにすぎない。
三郎の体内魔力が、精霊力に傾いていると言われたことや、ゲージの扱い方をシトスに教えてもらっていたことが、幸いした結果だともいえる。
「そう言えば、王様達は安全な所に身を隠せたかな」
三郎が後方を気にする様子で、シトスに声をかけた。
「大丈夫でしょう。側近の方々が、戦闘から離れた部屋へ連れて行き、身を隠しておくと言っていました。その声に、確信の響きが含まれていましたから安全なのでしょう」
武器の足りなかった者や王族達を、戦いに参加させるわけにはいかなかった。かといって、牢番の部屋で待機させるのも、セチュバー側に知られているので危険だと考えられる。
三郎達が話し合っていた時、城の作りを十分に理解している王の側近の者が、シトスの言葉にあったような提案をしてきたのだ。
どちらにせよ、牢番の部屋に残ってもらう以外、三郎には思いつく選択肢がなかったので、その申し出を有難く受け取ったのだった。
そしてもう一つ、王政広場で戦う警備隊の支援に回っていたグレータエルートから、吉報と呼べる情報がもたらされていた。
警備隊が、多くの犠牲を払いながらも王城敷地内へと入り、城門を閉ざすことに成功したとの報告だった。
警備隊長官ベーク・ルルーガの名のもとに『大錠前』の文言が行使され、城門を固く閉ざすことに成功していた。
シャポー曰く、大錠前とは、城門の防御性能を高める効果を有した施錠の文言であり、城の警備に属する上位の管理職者の許可をもって成り立つ防衛措置だ。
三郎が(ベークド何某さんって、怒鳴り散らしてるだけの人物じゃなかったのかぁ。案外、優秀だったり?)と、いまだに名前を思い出せていないのは、後ほど多少の波紋を呼ぶことになるのだが、それは先の話である。
次回投稿は10月20日(日曜日)の夜に予定しています。




