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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第一章 異世界の教会で
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第10話 修練兵トゥーム

 魔獣。それは、魔含まがん物質を多く摂取したり、自然界で魔力が濃くなってしまった『魔力溜り』と呼ばれる場所の影響で、獣が変異したものを指す。


 魔獣の体躯たいくは、変異前の固有種より一回り大きくなる程度でおさまるのが普通だ。


 だが、トゥームに襲い掛からんとしている魔獣達の体は、元々何の獣だったのか判別する事も出来ないほど大きい物だ。クレタス内にいる犬種からは、想像し難い姿に思えた。


(突然変異と考えるには、数が多すぎるわ。それに・・・)


 トゥームは、魔獣の額を貫いた時の感触を思い出す。


(この魔獣達、予想以上に硬いかもしれない)


 海で鍛えられている漁師達ならまだしも、腰の引けている警備兵では、魔獣を傷つける事もままならないだろうと考えながら、トゥームは修道の槍を強く握りなおす。先ほどの刺突の衝撃が、まだ右手に残っていた。


 専用の篭手やグリーブを装備してこなかった事を、トゥームは少しばかり後悔していた。槍の握りの微かな甘さや、アイゼンのついていないブーツでの踏み込みの弱さが、この魔獣達との戦いでは不利に働くと感じたからだ。


 九匹の魔獣は、仲間の命を瞬く間に奪ったトゥームを脅威と判断したのか、トゥームに意識を集中している。攻撃の隙をうかがいながら、少しずつ位置を移動してはいるが、飛び掛るタイミングを掴めずにいる様子だった。


 トゥームも同様に、踏み込む隙を掴めていなかった。


 西門を背中にしょっている為、自分が下手に動けば門の中に入られてしまう。だが、このまま睨み合いに時間を費やし、門の中から加勢するためにと漁師や警備兵達がでてきてしまえば、全てをカバーしながら戦うのは困難を極める。


 今トゥームに求められているのは、戦闘の主導権を握るため先に動き出す事と、早く確実に次の魔獣を仕留め、敵も味方も下手に動き出せない状況を作りだす事だ。


 その時、トゥームの威圧する視線を嫌がる様に、一匹の魔獣が数歩右に体を動かす。その動きによって、トゥームの右手側にいる三匹と他の魔獣との間隔が広くなる。


 時間にして踏み込み半歩程度の開きだったが、トゥームはそれを見逃さなかった。


 修道の槍の重さを利用し、予備動作も無く流れるように動き出す。トゥームが殺気をどこへ向けるでも無く踏み出したため、魔獣達はその動きの意図を掴めず動き出す事ができない。


 トゥームは機先を制した事を肌で感じとると、全身のバネを利かせ右側の三匹へ距離をつめた。


 右手に持つ槍とのバランスで微かに前に出る左半身へ重心を移し、そのまま回転する力へと繋げると、槍を鞭の様に大きく繰り出す。


 槍の切先が魔獣の鼻先をかすめ、三匹は各々防御行動を取った為、重心が後ろ足の方へ移動する。トゥームは、左右の魔獣の体の引き方が大きいと見て取り、中央の魔獣に対して舞うような斬撃をあびせかけた。


 顔に切り傷を作られた魔獣は、堪らず大きく後ろに飛び退き斬撃から逃れようとした。だがその動きは、トゥームに仕向けられた行動だった。


 魔獣のバックステップに合わせてトゥームも大きく踏み込み、それと同時に着地点の魔獣の頭を狙って、修道の槍を振り下ろしていた。


 トゥームは、魔獣の頭部を両断する手ごたえと共に、斬撃の勢いのまま体を反転させる。トゥームの背中へ向けて、置いていかれていた二匹の魔獣がすでに飛びかかって来ていたからだ。


 そして、他の六匹も動き出しており、全ての魔獣がトゥームへ向けて行動を起こしているのが目に飛び込んできた。


 トゥームは姿勢を低くすると、飛び掛ってくる二匹の間へ流れるように体を滑り込ませる。普通なら回避するか、槍で受け止めるであろう場面だったが、トゥームの戦闘予測と体の反射速度、そして魔力により高まった視力から導き出された動きだった。


 そのまま踏み込んだ足に力を入れると、二匹の魔獣をあえて構わず、トゥームは西門に一番近い魔獣へ標的を切り替えた。


 やり過ごした二匹は、トゥームを追うには着地し反転しなければならないので、ある程度引き離す事が出来る。そして、魔獣への斬撃で分かった事だが、体表を覆う白く長い毛が鎧のように獣を護っている為、距離的な勢いを攻撃に乗せたほうが効果的だと判断したためだった。


 標的にされた魔獣は、すぐさま反応して鋭い鉤爪のついた両前足でトゥームに応戦する。


 左右への逃げ道をふさぎながら掴みかかる様に迫り来る魔獣の爪に、トゥームは怯む事無く加速する。長い柄を両手に持ち直し脇へ構え、突進の勢いを修道の槍へ全て集中させながら斬り上げる動作へと移る。


 槍の穂先に弧を描かせ、力のベクトルが上へ向くのと同時に飛び上がるため、大地を強く踏みしめて止まると走る勢いを膝に溜め込んだ。アイゼンの付いていないブーツのせいで、否が応にも両足への負荷が大きくなり魔力で何とか補うが、トゥームは両足の骨が軋むような不快感に歯を食いしばった。


 魔獣の爪が体に触れる寸前、トゥームは跳躍し、魔獣の胸元から顎へかけて致命的な斬撃を放った。槍は狙い違わず、魔獣に致命傷を与えて顎から抜けてゆく。


 槍の勢いを殺しながら、トゥームはとどめを刺したばかりの魔獣の体を一蹴りして、西門方向へ跳躍の軌道を修正した。


 トゥームは、空中で体を捻って西門を背にする様に着地しながら、残り七匹の魔獣との間合いを確認する。


(受けにまわったら、ほぼ同時に相手する事になるわね)


 トゥームに対し、魔獣達はほぼ同じくらいの距離まで走り寄っていた。


 優勢に戦いを進めているトゥームだが、七匹を同時に相手すれば苦戦は免れない。今戦えているのは、全てにおいてトゥームが先んじて主導権を握っているからであり、後手に回ってしまえば膂力りょりょくと数の差によって圧倒されてしまう。


 トゥームは僅かに乱れた呼吸を一息で整えると、一分の隙も見逃すまいと魔獣達への集中を更に高める。そして、次の行動を決めようとした瞬間、トゥームの体は反射的に左端の魔獣へ向けて動いていた。


 一匹の魔獣が、仲間の死体を避けるため外側へ一歩踏み出したのが目に入り、トゥームの意識の外で体が反応したのだ。


 トゥームは、反射的に動いた体へ思考を追いつかせ、狙いを定めた魔獣の左前足へ向けて刺突を繰り出す。手傷を負わせる事は考えず、他の魔獣からより引き離すための一撃だった。


 修道の槍は空を斬ったが、魔獣は狙い通り仲間から離れる方向へステップを踏んで攻撃をかわす。トゥームは躊躇ちゅうちょする事無く、魔獣に追い討ちの斬撃をあびせた。


 トゥームの背後となった六匹の魔獣は、先ほど顎を砕いた魔獣の死体が障害物となり僅かに出遅れる。数秒ではあったが、トゥームは魔獣と一対一の場面を作り出す事ができた。


 巨体とは言え魔獣との一騎打ちにおいて、修練兵は負ける事を許されていない。


 トゥームは冷静に、かつ素早く修道の槍を操り、魔獣を追い詰める。容易く圧倒しているように見えるのだが、重ねた訓練と緻密な体内魔力の操作によって成しえる攻撃だ。


 魔獣は堪らず、トゥームへ飛び掛かった。大地から足が離れ、魔獣の動きが直線的になると、トゥームは右前方へ大きく踏み出し体のバネを使い、魔獣の心臓へ向けて突きを打つ。


 魔獣の体を貫くには威力が足りず、魔力によって瞬間的に筋力を上げて補ったため、トゥームは体内から響く関節の軋む音に顔を歪める。


 深々と突き刺さった修道の槍は、魔獣の心臓を確実に貫きその命を奪った。しかし、体表の硬さによって槍を引き抜く動作が遅れ、トゥームもバランスを崩して膝を突いてしまう。


 追いついて来た魔獣の爪が振り下ろされ、トゥームは修道の槍で受け止めざるを得ない。鈍く重い金属音が響いた。


(重・・・いっ・・・)


 膝を突いていたためいなす事ができず、トゥームは攻撃の威力を直に受け止めてしまった。体内魔力の操作が下手な者であったら、脊髄に多大な損傷を受けていたかもしれない。


 トゥームは咄嗟とっさに立ち上がり、次の魔獣の攻撃をすんでの所で受け流す。だが、追いついて来た魔獣達は容赦なくトゥームへ襲い掛かった。


 修道の槍を巧みに操り、魔獣の攻撃を防いではいたが、防戦一方となったトゥームの呼吸は次第に荒くなってゆく。六匹の魔獣に完全に囲まれた状態となり、トゥームは攻撃に転ずる事ができない。


 防戦一方になりながらも、トゥームは活路を見出すために攻撃を織り交ぜる。しかし、複数の敵の攻撃を意識しながらの斬撃は、魔獣の強固な体毛に阻まれてかすり傷ほどもダメージを与えられなかった。


 呼吸が乱れはじめ、嫌な汗が首筋を伝うなか、トゥームは一つの手段を考えていた。


(体への負担は大きいけど、脳の一部を魔力で麻痺させて筋力制限を解除するしか・・・)


 動きを大きくして魔獣の包囲網の狭まりを食い止めていはいるが、それにも限界が近づいている。このまま消耗してゆけば、鋭い鉤爪に引き裂かれる未来しか残っていない。


 熟練した修道騎士の使う技であり、トゥームが使えば脳へのダメージすら考えられるのだが、状況を打破する策がこれ以外に浮かばなかった。


 トゥームが決意した瞬間である。風を切る音と共に、一本の槍が魔獣の体をかすめて地面に突き刺さった。


 その槍は、警備兵が使う一般的な槍で、新たな一本が風を切ってソルジ西門の方角から飛んでくる。


 魔獣達は、思わぬ飛来物に攻撃を止めて首をめぐらせる。トゥームも飛んでくる先を確認すると、西門の見張り台に槍を構えた人影がある事に気がついた。


 漁師の見回り班の班長である。


 班長は警備兵から槍を集めると、銛の要領で見張り台から魔獣に向かって投擲したのだ。


「やるじゃない」


 トゥームは呟くと、次の槍の投擲に合わせて、一匹の魔獣の首を狙った渾身の切り上げを放った。槍の飛来に気を散らせてしまった魔獣は、トゥームの斬撃を避ける事が出来ず動脈にまで達する傷を負ってしまう。


『ギャンッ』


 突然の激痛に首を斬られた魔獣は暴れだし、近くにいた魔獣がその巻き添えの体当たりを食らいバランスを崩した。


 トゥームは、その隙をついて魔獣の包囲から逃れると、西門へ向けて全力で走り出す。


 トゥームの頭上を、新たな槍が風を切って飛んでいった。

次回投降は11月5日(日曜日)の夜に予定しています。

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