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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第108話 必死になれば追いつける

 トゥームは、軽快な身のこなしで先行く人をよけつつ、地下牢から王城へと続く長い階段を駆けあがっていた。


 だが、いまだに勇者テルキまで追いつけていない。確実に距離は狭まっているが、勇者テルキの背中に手の届くところまで詰め切れていないのだ。


 トゥームが来たる戦闘に備えて、体力を温存しているのも理由のひとつだが、勇者テルキの足が並みの兵士より速いのは確かだといえた。


(長く牢に囚われていたはずなのに、動きが速いわ。勇者として召喚されただけのことはある、と言うところかしら)


 しかし、とトゥームは考える。勇者テルキが、後先を考えずに全力で走っているなら、王城内へと出る時が一番危険な場面となるだろう。体力を無駄に消耗した先にあるのは『死』以外の何物でもない。階段の奥にある扉は、すぐそこにまで迫っていた。


 三郎の言った『勇者が、自分は死なないと考えていて、一人でも敵に突っ込んで行く』との言葉は、訓練を受けた兵士の常識からは考えられないものだ。


 それでも、修道騎士であるトゥームは、三郎の言葉を疑っていなかった。何がしかの根拠、もしくは経験から発せられたものだと信じていた。


 テルキが扉の前に立った時、せめて傍に居なければと考えたトゥームは、足へと循環させている体内魔力を高めて階段を強く蹴った。少しばかり呼吸が乱れてしまうことになるが、勇者を孤立させないためには仕方ないと割り切る。


 いくら『一人で突っ込む』と言われていても、扉の前では一旦立ち止まって、内部の様子をうかがうことぐらいはするだろう。もし、手勢も揃わずに扉を開けようとしたなら、シトスやムリュー達の合流を待たせるため、首根っこを捕まえておかなければ駄目だろうなと、トゥームは心づもりをしておく。


 だが、勇者しゅじんこうの勢いは止まらなかった。あろうことか、加速したのだ。


「うおぉぉぉ!」


 勇者テルキは、雄叫びの声と共に腰を落とすと、左肩を前に出し扉へと突き進む。


 テルキの体内には、自分でも驚くほどエネルギーが満ちあふれ、目の前にある重厚な扉など簡単に蹴破れると確信をもっていた。


「なっ!?」


 思わず、トゥームの口から大きな声がもれていた。


(何考えてるのよ!)


 トゥームは、無理やり体内魔力の循環を跳ね上げると、勇者テルキの背中まで一気に接近した。急激に肉体から失われた酸素を補充するため、心臓が大きく脈打つ。


 伸ばされたトゥームの手は、あと少しというところで、勇者テルキの体をつかみ損ねて空を切った。


 テルキの突進を受け、扉は大きな破壊音と共に部屋の中へと吹き飛ばされた。


(俺にだって、これくらいのことは出来るんだ!)


 テルキの思い描いていたのは、牢獄に助けに来た時のトゥームの姿だった。粉砕され、吹き飛ぶ扉。まさに今、颯爽と登場した修道騎士と同じことしたのだという思いが、テルキの気持ちを高ぶらせるのだった。


 幸いなことに、部屋の中には敵兵が潜んでいる様子はなかった。牢番にあたる兵士の詰め所となっている部屋で、武器の類も放置されたままとなっていた。


 テルキを掴み損ねてバランスを崩し、トゥームの出足が一歩遅れてしまう。姿勢を立て直そうと、無理に前えと出した左足の関節や筋が軋み、トゥームは痛みに耐えながらも何とか踏みとどまった。


 トゥーム程の技量であれば、掴み損ねた程度で体勢を崩すことなどなかったはずだ。だが、王城の前に広がる『王政広場』での戦いから、休みなく動き続けてきたために、想像以上の疲労が蓄積されているようだった。


 その間にも、勇者テルキは部屋を駆け抜けて行く。テーブルの上に置かれていた盾を、通り抜けざまに拾い上げると、それを前に構えて次の扉へと突進してゆく。


「ウオオオオォ!」


「待ちなさい!」


 怒声を上げて突き進む勇者テルキの背中に、トゥームの静止する声が飛ぶ。


(よし!誰かが着いてきてる。俺は正しい事をしてるんだ!)


 テルキは、後から追従している者がいると感じ取っただけで、その内容にまで意識が行っていなかった。自身の上げる吠えるような雄叫びと、破壊してやろうという扉へ向けた集中が、言葉の内容を理解するのを邪魔したのだ。


 向かう扉の先に、敵か味方かも分からない幾人もの人がいるのを、トゥームは気配から察知していた。勇者テルキは、気付いているのだろうか、それとも気付かずにいるのだろうか。少なくとも、部屋の中で大きな物音が鳴り響いたのだ、外に居る者はこちらに気付いているだろうと、トゥームは判断する。


 トゥームは、自分の呼びかけに勇者テルキの足が止まらないのを見て取ると、姿が消えたかと見紛うばかりのスピードでテルキの背中に迫った。


 体内魔力の循環により、筋や健が損傷するぎりぎりまで運動性能を上げている。体の速さに思考を追いつかせるため、脳の演算能力も一瞬にして加速させていた。


 勇者テルキの背中が、一歩踏み出すごとにぐんと近づくのが、トゥームの眼から映像として流れ込む。演算能力の上がった頭で『何故これほど必死になっているのだろうか』との思いがトゥームの中で浮かんだ。


(蛮勇に走る愚か者を助けるなんて、状況を悪化させるだけだわ。でもなんで、私はこんなにも必死に・・・)


 修道騎士となるための訓練において、トゥームは大局を見据え、命を切り捨てるということも学んできた。護るためには『やむを得ない犠牲』もあるのだとの考え方だ。


 都度、三郎に意見を求められた際、トゥームは常に修道騎士の立場から犠牲も頭に入れて答えを返してきた。今、生じている疑問も、トゥームのその考えに基づいた疑問といえる。


 だが、それと同時に思い出されたのは、旅の中で『勇者君』と呼びながら気遣う表情を浮かべる三郎の姿だった。


 剣として仕える者が『彼を一人で突っ込ませないでくれ』と言った。


(十分な理由ね)


 トゥームは、高速で巡る思考に答えを出し、最後の一歩を踏み込んだ。


 勇者テルキが、体内魔力を循環させた盾を前に、扉へとぶちかましをかける。大きな音を立てて、部屋の外へと扉が破壊される。


 それを待ち構えていたかのように、二筋の斬撃が扉の破片の中に振り下ろされた。


 二本の剣は、吹き飛ばされた扉を更に粉々に粉砕しながらも、テルキの体にかすることすら無かった。


 勇者テルキの体が扉の外へ飛び出る直前に、トゥームの左腕がテルキの体を引き寄せ、部屋の中へと強引に引き戻していたのだ。


 テルキの胴へ左腕をまわしたと同時に、トゥームは両足を踏みしめ右手に持った修道の槍をも床に突き立てて、体を捻るように後方へと倒した。その体勢のまま、テルキを部屋の中へと投げ転がした。そして、横滑りする自身の体が部屋から出ないよう、トゥームは両足を前後に開き壁を蹴ることで、勢いを何とか殺したのだった。


「げほっ・・・ぐ、何するん、げほっ、何するんだよ」


 事態の把握できていないテルキは、散乱した机やいすの中から、ほうほうの体で立ち上がった。


 鎧も身に着けていなかったため、圧迫された腹部から重い鈍痛がじんじんと体中に広がる。背中や手足からも鈍い痛みが伝わってくるので、強く打ちつけてしまったのだろう。手にしていたはずの剣や盾も、行方知れずとなっていた。


「はぁっ、はぁっ、立てるなら、すぐに下がりなさい」


 荒い息遣いと共に、テルキに対し鋭い声がかけられた。


 テルキは、自分を投げ飛ばした相手だと思い、抗議しようと顔を上げる。しかし、相手の切迫した横顔とその立ち姿に、テルキは言葉を詰まらせてしまった。


 トゥームは、速度のついた二人分の勢いを無理に抑え込んだため、立っているのが精一杯の状態だった。左腕は、力なくだらりと下がっている。左腕のみで、テルキの体重を無理に引き寄せて投げたがために、肩の関節が外れてしまっていた。


 倒れた拍子に身体を床に滑らせたため、ラスキアスとの戦いで受けていた傷が広がり、あふれる鮮血がぽたりぽたりと床を染めてゆく。


 それでも尚、修道の槍を正面に構え、扉から侵入してこようとする敵を牽制していた。


 片開の扉であったため、敵は一気に侵入してくる機会を逸してしまっているようだった。だが、満身創痍となったトゥームには、突き出す修道の槍の長さだけが頼りとなっている。


「はやく!」


 トゥームは、テルキの気配が動き出さないのを感じ取ると、声を荒げて言った。


 だが、状況の把握できていないテルキは、自分がどうすればよいのかも分からずに立ち尽くすだけだった。


(なんで、牢から助け出してくれた女性ひとが、こんなボロボロになってここにいるんだ?俺を投げ飛ばしたのは、この女性ひと・・・だよな。扉の外に、敵が居たのなら、俺を引き留めてなければ不意打ちになったんじゃないか?あれ?でも、この女性ひとは何でこんな必死に、俺を守ってくれてるんだ?)


 テルキが混乱している中、修道の槍を打ちつけて扉から侵入してこようとしていた敵の動きが、ぴたりと止んだ。


(まずいわね、強引に踏み込まれたら、対応できない)


 トゥームは、タイミングを合わせて雪崩れ込むため、一度剣を引いたのだと理解していた。なぜなら、扉の外に居る敵の気配は、その場所から動いていないからだ。


 額からの大粒の汗が、頬から顎を伝って、床に流れ落ちた。


(勇者テルキが下がってくれないと、私も下がれないわ。敵一人の体を貫いたら、その時点で、修道の槍を失うことになるもの。腰の剣を抜く時間を、与えてくれれば良いのだけれど・・・)


 左腕の動かせない状況で、素早くブロードソードを抜くことが出来るのか、トゥームは自問する。その上、負荷をかけすぎた両足が、戦いに耐えうるのかも疑問だった。


 扉の外で、敵が一斉に動き出す気配が伝わる。


 トゥームは、最初の一人に狙いを定め打ち漏らさない様、意識の集中を高めた。


 次の瞬間、トゥームは、背後から包み込むように膨れ上がる大気の流れを感じとる。


『大気に満ちる友人達よ、盾となり我が友を守りたまえ!』


 今まさに、踏み込んで来ようとしていた敵兵達が、大気の盾によって扉の外へと押し返されてゆく。


 シトスが追いつき、精霊魔法を行使したのだ。


 シトス以外のグレータエルートの気配もあることを、トゥームは背中に感じ取ると、途端に膝から力が抜けて崩れ落ちるように倒れた。


「トゥーム!!!」


 トゥームの耳に、聞きなれた声が響き、しっかりと抱きとめられる感触が全身につたわってきた。


「トゥーム、大丈夫か!トゥーム」


 トゥームの視界の中に、荒い呼吸を必死に抑え込んで、トゥームの名を呼ぶ三郎の顔が映っていた。


「左の肩、外れてる、みたい。でも、大丈夫」


 必死な三郎を安心させるように、トゥームは弱々しく返事を返す。その表情は、眉根を寄せ痛みに必死に耐えているようだった。


「大丈夫には、全然見えないからな!誰か、トゥームの手当を頼む。左肩が外れてるらしい。傷もひどいんだ」


 三郎の声に、シャポーとムリューが急いで駆け寄ってくる。部屋の入口では、シトスを中心にグレータエルート達が、敵を侵入させまいと戦いをはじめていた。


 抱きとめられたため、三郎の体に触れたトゥームの耳から、激しく脈打つ心臓の音が聞こえてきていた。


(・・・あぁ、この人は、シトス達に遅れまいと、必死になって追いついてきてくれたんだ・・・)


 トゥームは、大粒の汗を額に浮かべて必死に呼びかけてくる三郎の頬へ、ゆっくりと右手を伸ばす。


「ん?トゥーム、どうした?どこか他にも、痛む場所があるのか?」


 トゥームの右手を握り返し、三郎は不安げにトゥームの顔を覗き込む。


「ん、大丈夫よ。・・・ありがと」


 トゥームは、痛みと疲労の中、三郎を安心させようと微笑みをつくって答えるのだった。

次回投稿は10月6日(日曜日)の夜に予定しています。

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