第107話 真っ直ぐな愚行
「皆々様におかれまして、大変辛い思いをされていたと存じます。疲労も大きいでしょうから、床にお座りになってお待ちいただければと思います」
両手で教会のシンボルの形をつくりながら、三郎は集まりつつある人々に笑顔を向けて声を張る。
三郎の手は、アルファベットの『A』の横棒部分を『・』にした形を作っており、それを首から下げた教会シンボルのアミュレットと重なる高さにあげていた。解放された人々が、教会司祭が来たのだと認識することで、少しでも安心感を得られるようにと配慮しての行動だ。
三郎が現在、首から下げているアミュレットは、スルクロークから貸し与えられた物ではなく、理事となって教会から贈られた魔力を持たないアミュレットだった。細かな装飾が彫られており、中位以上の司祭が使用する、なかなかに見事な逸品だ。
三郎は、教会の理事ではあっても決して司祭という立場ではない。だが、姿かたちが『司祭のそれ』であったので、安心させるという効果はまずまず出ている様子だった。
「現在、グレータエルートの方々が『類まれな聴力を頼りに』王城側および兵舎側の警戒を行ってくれています。地上での戦闘の情報を踏まえつつ、ここから出ようと考えています。安全のため、もうしばらくお待ちください」
先ほどから、何度目ともなる同じ内容の言葉を、三郎は集まった人々にむけて繰り返す。
人数が増えるごとにざわめきが大きくなっているなと感じていたので、グレータエルートの警戒の邪魔をしないようにと、暗に含めた言い方をしていた。
単純に三郎が「静かに待て」と言うだけでは、不安から解放された人々は静かにしてはくれないだろう。高名な教会の者でもなければ、顔を知られているわけでもない。ましてや『教会評価理事』なる肩書も、どこまで王政側に浸透していることか。そこで、グレータエルート族のネームバリューを借りることで、三郎の言葉をしっかりと受け止めてもらおうと考えたのだ。
その上、貴族や執政に関わるお偉い方々は、自分の行動を指図されるのを嫌うと相場は決まっている。三郎は、静かにするのが最善だと『気付いてもらう』ことで、お偉い人々の自尊心も満たすというもう一つの意図も含めていた。
シトス曰く、グレータエルートは草木のさざめく森の中でも小動物の足音を聞き分けられるので、多少の話声があっても平気だと三郎に耳打ちしてくれていた。
だが、小声で話していても、人が集まれば話声は大きくなってゆく。グレータエルート達が警戒するにあたり、できる限り静かにしてもらい、話声などは少ない方がいいだろうと三郎は判断したのだった。
中には、三郎に対し感謝の言葉を伝えに来て、名をたずねてくる人もいた。そんな時三郎は「我々教会は、平和の教えに従い動いているだけですよ」と、ことさら優しく返事を返し名を明かさないように努めていた。
理由は簡単なことで、修道騎士とグレータエルート族を率いて助けに来た『何某殿』となるのだけは、極力避けたほうが良いと考えたからだ。むしろ出来れば、避けたいと考えていた。
王国の剣やドート、カルバリとの作戦会議において、三郎が、自ら担ぎ上げられてしまう構図へとはまっていった気がしてならない。
今に至っては、王城の地下牢、言ってしまえば最前線にいながら、全軍の指揮もとっていないのに『総指揮権』という責任だけ三郎が持っているという損な役回りこの上ない状況だ。
(ただただ『教会が助けに来た』と思ってもらうのが、今のベストアンサーだ、と俺は思う。俺は失敗から学べる人間でありたい。いや、学びたい。変に責任が増えると、ソルジに帰れなくなりそうだし・・・ここの人達って、要するに「お偉いさん」だらけってことだもんな。名前なんぞ覚えられようものなら、知らんところで責任を被らされそうだ)
三郎は、自分の考えを打ち消すように首を振った。
幸いと言って良いものか、セチュバー兵と彼らに殺されてしまった者達の亡骸が、集まった人々の視界の隅に入っており戦場にいるのだという実感を与えて、三郎の言葉が真摯に受け入れられた様子でもあった。
もう一度先ほどの言葉を繰り返そうと、三郎が息を吸った時、人々の後方からのざわめきが大きくなった。
「勇者・・・様。おお、勇者様、ご無事で!」
「勇者テルキ殿、酷い目に合わされたりはしていないでしょうな」
「勇者だ、我々には勇者テルキという希望が残されていたか」
薄明かりの中、ゆっくりとした歩きで、何かが腑に落ちないと言いたげな表情をした少年が姿を現した。
はじめに見せていたその表情も、人々から賛辞や喜びの声がかけられると、次第に年相応の笑顔を取り戻してゆく。
「はい、俺は大丈夫です。つかまった時は、体調が悪かったけど、今はシャキッとしてますよ」
「王様!王様もご無事だったんですね。よかったぁ」
「勇者テルキは、今まさに、体の底から力がわいてくるのを感じてます」
人々に囲まれ、一人一人に笑顔で返事を返す『勇者テルキ』と呼ばれる人物がそこにはいた。
「すみませーん。お静かに、お静かに願います」
無駄とは思いながらも、一応声をかけてはみるが、三郎に気をかける人など数人もいない。
百名近い人間が、勇者を出迎えるムードとなってしまえば、三郎の声を届かせ静めるのは困難なことだ。
(あらま、この中に王様もいたのか。ぜ・・・全然、気付けてなかったわぁ。ってか、ちょっと騒ぎが大きくなってきたな、さすが勇者君って感じか)
三郎は、半ばあきらめながら一応声をかけつづける。牢に囚われていた人々が、勇者の生存を知って喜ぶのは当然の反応だ。人々が少し落ち着くのを待たねば、収拾は付かないだろうと考えるのだった。
そうこうしているうち、牢の解放を終えたトゥームとシトスが、唐突に三郎の両脇に立ち並んだ。
二人は険しく冷静な表情を作り、勇者万歳ムードとなっている人々をじっと見つめている。
シャポーも近付いてきてはみたものの、二人のように並び立つには勇気が足りなかったのか、三郎の後ろにこっそりと隠れてしまうのだった。
(トゥームさん、シトスさん・・・これは、あれですね。こちらに注目を集めるあれですかね)
二人の意図をくんで、三郎は黙って笑顔のまま立ち尽くす。背筋には、嫌な冷や汗が流れているが、営業スマイルを頑張って維持するのだった。
そんな三人の姿に気付いた者から、徐々に落ち着きを取り戻し始め、勇者テルキの所まで行き渡るのにさほど時間を必要としなかった。
凛とした立ち姿の修道騎士と、神秘的な種族であるグレータエルートが、教会の司祭の左右に控えたのだ。気にするなと言われても、クレタスの人族において、その様子を無視することのできる者はいないだろう。
半数以上が、再び冷たい床に座り、何事が始まるのかといった表情で三人を、特に中央に立った三郎を見つめてくる。
立ったままでいるのは、勇者テルキと中央王都の幹部らしき者達だった。そして、どこから運んで来たのか、二つの椅子が用意され、男性と女性がそこに腰を下ろしいていた。
(多分、あの椅子に座ってる人が王様と王妃様だろうな。覚えとこ)
心拍数の上がる心臓とは裏腹に、三郎は頭の中で、得られる情報は入れておこうという思考を働かせる。情報社会に晒されていた身である、知っているアドバンテージと知らないということのリスクの大きさは身を持って知っている。
(まぁ、上司が飛ばされるのを知らなかった結果、酔っぱらって冬の路上でぶっ倒れて、クレタスに迷い込んだんだから、リスクだけを死ぬほど知ってると言えなくはないな)
三郎が、自嘲じみた考えに浸っていると、右に立っていたトゥームが三郎の耳元へ口を近づけて小声で言った。
「ほら、サブロー。さっき言ってた『もう少し待ってください』って感じのあれ、言うタイミングでしょ」
トゥームが言ってくれても良いんだけど、とは思いつつ、三郎は一呼吸おいてから前を向いた。
その時、勇者テルキが、先ほどまでとは打って変わって真剣な表情となっているのに気付く。いや、どちらかと言えば(あれ?俺、勇者君に睨まれてる?)と、三郎が思うような顔つきだった。
「皆さま、私は教会で理事を務めている者です。現在地上では、戦闘が続いております。安全なルートが確認出来次第、王城側もしくは兵舎側より地上へ向かおうと考えておりますので、いま少しのご辛抱とご協力をお願いいたします」
テルキの視線は、なるべく気にしない様に努め、三郎は落ち着き払った静かで諭すような声色で言った。頭の中でイメージしたのは、いつもの通り、スルクローク司祭の話し方だ。
クレタスの人族が持っている、エルート族に対する神秘性や畏怖する心にも助けられ、その場は落ち着くかのように思われた。
だが、血気盛んな少年が一人、そこにはいたのだ。
「俺は、勇者テルキだ。自分だけ安全を確保してから脱出するなんて・・・上で戦ってる人がいるなら、加勢してあげなきゃダメじゃないか!」
正論的なことを真っ直ぐな瞳で言い放つ、勇者テルキに全員の注目が集まった。
(あ、これは、まずい展開・・・)
三郎はそう思うと同時に、勇者テルキが走り出してしまわぬように、場を収めることのできる言葉を考えて答える。それも、落ち着き諭す口ぶりを崩さぬよう、細心の注意をはらいながら。
「確かに、勇者殿の言われる通りです。しかし、我々の兵力はここにいる少数だけで、加勢するにも非武装の者が多すぎます。勇者テルキ殿を武器も持たない状態で、戦場に行かせることは教会としてはできないのです」
テルキの発言を肯定し受け入れつつ、事実や現状に気付いてもらい、教会というルールの上での判断であるとのダメ押しも付け足す。
相手が大人であれば、通じたかもしれない言葉だ。
だがしかし、勇者だの希望だなどと持ち上げられた十代の少年には、届いてくれなかったようだ。
勇者テルキは、人々が集まっている場所を回り込むように歩き出す。そして、迷うこと無く向かった先には、セチュバー兵の亡骸があった。
三郎が(あ、まさか)と考えた瞬間、思った通りの言葉をテルキが口にした。
「武器ならここにある!」
テルキは、拾い上げたセチュバー兵の物であったであろう長剣を掲げて、声高に宣言したのだった。
セチュバー兵士の亡骸の傍には、彼らの装備していた剣や槍もまとめられており、テルキの目に亡骸とともに映っていたのだ。
(うぇ!?ちょ、おま、武器があるって言っても、十人分くらいだぞ?っていうか、めちゃくちゃ主人公っぽいこと叫んだんじゃないか!?)
三郎も思わず、勇者テルキの勢いに押されて言葉を失ってしまった。
捕虜となっていた者達から、次々と「自分も共に戦います」だの「さすが勇者殿」だのと歓声があがり、我先にと置かれていた武器に向けて殺到する。
その時、勇者テルキが、三郎とトゥームに対し、どうだと言わんばかりの顔を向けた。
(あれは、自分が召喚された勇者だから、やること全部が上手くいくとか思ってるんじゃないだろうな。いや、ありえるぞ)
テルキの表情から、三郎が受けた印象がそれだった。やけに高揚している様子に、まず間違いないだろうと三郎は確信する。
「俺達の手で、悪者を倒すんだ!」
勇者テルキが、鼓舞する声と共に王城側へと通ずる扉へ向けて走り出す。その速度は、並みの兵士よりも素早く、意表を突かれたトゥームやシトスが止めに入る間も無かった。
いや、トゥームとシトスは、テルキを止めようと思えば可能ではあった。だが、勇者のあまりにも真っ直ぐすぎる愚行に、唖然としてしまっていたのだった。
「まずい。トゥーム、シトス、彼は自分が絶対に死なないってぐらいに考えてるかもしれない。追わないと、一人でも敵に突っ込んでいくぞ」
三郎の言葉に、トゥーム達がハッと我に返る。そんなバカなとでも言いたげな表情で、三郎の指示を仰ぐように視線を向けた。
「とにかく、すぐに追おう。脱出経路は王城側、非武装者の護衛は最低限として、戦闘を主として考えよう」
三郎は指示を出すと、王城側の扉へ向けて駆けだした。それを追い抜くように、トゥームも駆けだし先行する。
テルキの姿は、既に王城側の扉から消えており、セチュバー兵の武器を手にした者達が、同じように扉へと向かっていた。
シトスは、グレータエルートの部隊に指示を出すと、三郎に追いつくように走ってきた。
「絶対に死なないと思っているなどと、サブローの言葉から真実の響きを持って伝わりましたが、正直、耳を疑っていますよ」
「彼は、勇者として呼び出されたから、自分が物語の主人公だと思い込んでるんだ。だから、死なない前提で無茶をする」
「まさか・・・」
三郎は、シトスに説明しながら、心の中で(ガチだ、ガチの主人公病、めちゃくちゃ厄介だぁ!)と叫ぶのだった。
次回投稿は9月29日(日曜日)の夜に予定しています。




