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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第105話 生きた者、受け継いだ者

 勇者テルキが、格子にもたれながら外の様子をうかがっていると、一つの足音が近づいて来るのが分かった。


 解放されるのだと言う安心感が、体中にじわりと広がる。


 幾つもの牢が並んでいるので、テルキの牢に向かってきている確証は何処にもない。だが、テルキは不思議と、自分のもとへ向けられたものだと直感していた。


 テルキも、まだまだ未熟とは言え、体内魔力の操作によって聴覚を研ぎ澄ませるようになっていた。なにより、迷いなく真っ直ぐ自分へと向けられた足音の強さが、テルキにそう思わせたのかもしれない。 


 思っていたとおり、足音はテルキの牢の前で立ち止まる。


 大人の男性の身長を上回る長い得物を持ち、腰にはブロードソードを下げ、背筋のすっと通った鎧姿の女性がそこにいた。敵の返り血のためか、はたまた己の傷の為か、白を基調とした鎧姿は所々が赤い色に染まっている。


(あの女性ひとだ。勇者である俺を、助けに来てくれたんだ)


 テルキは、呆けたように女性の姿を見上げ、心の中でそう考えていた。何せ、迷わず一番最初に自分の牢へと来たのだから、考えは間違っていないだろう。


 牢の中を見定めるかのように、女性の目が細められる。その中に、敵や味方に向けられるものではない、観察するような鋭い光があったことに、未熟なテルキでは気づくことができなかった。


「修道騎士トゥーム・ヤカス・カスパードと申します。今、牢を開けますので、格子から下がってください」


 トゥームの言葉に、寄り掛かったままの姿勢であることに気付いたテルキが、もぞもぞと奥へ離れる。


 トゥームは、修道の槍を傍らに置くと、左手に持っていた鍵の中から一つを取り出した。


 テルキは牢に囚われた時、意識がはっきりしていなかっため、初めて『牢の鍵』という物を見た。鍵は小指大の棒で、凹凸の類の一切付いていない物だった。


 格子の中央付近に、その棒鍵を修める穴の開いた四角い箱が着いており、はめ込むことで施錠と解錠を行うようだった。


 トゥームが棒鍵をはめ込むと、低い金属音が鳴り、格子の中央部分が扉の体を成す。


(あれ?そんなところに扉がついてたっけ?この格子って、一体じゃなかったっけ?俺が気付いてなかっただけなのかな)


 テルキは、きょとんとした顔で、扉をくぐって入ってくるトゥームの姿を見ていた。


 テルキの記憶が確かならば、食事が差し込まれる隙間以外、金属製の格子には扉などなかったはずだ。


「枷を外しますので、手を出してください」


 言われるままに、テルキは枷のついた手を前に出す。枷用の鍵を手に近づいたトゥームから、鉄のような血の香りが、ふっとテルキの鼻孔へと届いた。


 久しぶりに自由となった手や足を確かめる様に動かしながら、テルキは横目でトゥームの様子をうかがう。


(この人、俺が勇者テルキだって分かってるのかな。丁寧なんだけど、何て言うか、たんたんとしてる)


 テルキの頭の中にあったのは、召喚されて以来、王城において自分を取り巻いていた貴族や政府関係の人々との違いだった。


 王様ですら、テルキに対し両手を広げて喜んで迎えてくれていた。貴族や政府官僚などは、不自由な思いをしていないかと常に気遣ってくれていたし、騎士や兵に至っては、言葉をかわしただけで『光栄です』と言ってくる始末だった。


 廊下を歩けば、道は譲られたし、いわゆる『特別扱い』をされるのが当然だったのだ。


 なのに、このトゥームという修道騎士は、表情の一つも変えることなく淡々としていた。いわゆる『普通に』捕虜だった者と接しているだけ、であった。


「大きな怪我は・・・無いようですね。教会の理事様の所に、一度集まってもらっていますので、まずはそちらへ行ってください」


 トゥームは、手足を動かすテルキを見て言うと、次の牢を解放するため立ち上がって背を向けた。


 テルキは、この騎士が自分の正体を知らないのだと思うと、何故だか慌てて声をかけてしまっていた。


「あ、修道騎士さん。その、俺が、誰なのかは、えっと、知って・・・」


 振り返ったトゥームと目が合うと、テルキは自分が呼び止めた理由を、どう伝えればよいのかが分からなくなってしまった。


 もし、王城の騎士であったならば、勇者を助けられたことについて、自らを誇るような言葉がある気がした。そこまでとは言わずとも、勇者が無事であったことについて、何らかの言葉があっても良いような気がするのだ。


 だが、このトゥームという騎士はどうだろう。勇者テルキだと気付いてないのであれば『気付かせてあげたほうがいい』のではないだろうか。


(そう、そうだよ。せっかく勇者を助けたんだから、知ってた方が良いに決まってるよな。王様とか国とかから、感謝されるかもしれないし)


 行為を誇れといいたいのでもないし、勇者である自分をこの場で特別扱いしろといっているわけでもない、とテルキは心の中で結論づける。


 テルキが混乱する頭で、懸命に出した答えにたどり着いた時、トゥームが口を開いた。


「はい、勇者テルキ殿と存じ上げています。時間がありませんので、お急ぎください」


 軽い会釈と共に言うと、トゥームは次の牢へ向かうため歩き出していた。


(なんだ、知ってたんだ。修道騎士って、あんな感じなのかな。王城の人達とは、勇者に対する考えとかが違うのかな)


 釈然としない気分を抱えたまま、テルキは立ち上がり牢を後にするのだった。


***


 ビリビリと音を立てそうなほどに張り詰めた空気が、向かい合った二人の周囲を包んでいる。


 十数歩の距離をあけ、白い色が所々に目立つ黒髪の男と、白色に近い銀色の髪を背に流した女性が対峙していた。


 男は、修道騎士モルーであり、修道の槍をぴくりとも動かすことなく攻撃の隙を探っていた。重心は低く保たれ、いつ何時、どちらの方向へも動きだせるよう眼光鋭く相手を見据える。


 対しているのは、グレータエルートの指揮官であるケータソシアだった。


 体を半身に開き、透明に近い透き通るようなメーシュッタスのつるぎの剣先を、足元を護るように静かに下げて構えている。


 周囲の戦いとは別の空間であるかのように、二人は静止した状態で視線を交錯させていた。


「道を、開けてもらおう」


 モルーが、戦いの喧騒の中、人族では聞き取れないであろう程の音量で言った。


 相手がエルート族であるが故、聞こえると分かったうえでの言葉だった。


 モルーは言うと、構えを崩さぬままに半歩の距離をにじり寄る。


「貴方の言葉から、私を倒す自信のある響きがききとれました。そして、確固たる信念と、間違いを正さんとしているのだ、という声音もです」


 ケータソシアの声は、大気の精霊によってモルーまで静かに運ばれた。


「・・・」


「なぜ、人族は同じ種族でありながら、こうも傷つけあえるのでしょう。罪なき他者をも巻き込んで、かつては敵であった者(魔人族)の力をもかりて」


 悲し気な瞳が、真っ直ぐにモルーを見つめる。


 モルーは、ケータソシアがクレタス全土に生きる全ての人族を憐れんでいるかのように受け止めた。


「その問いは、其方そなたの味方している欲深き者達にでも聞くと良い」


 モルーのいう欲深き者とは、ドートやカルバリ、そして中央王都をも含む諸王国の為政者らを示唆していた。


「私は、その方々と共にある分けではありません。打算なく、我らの窮地を助けてくれた者と共にあるのみです」


 含みあるケータソシアのもの言いに、モルーの眉間の皺が深さを増す。その間も、モルーはケータソシアとの間合いを徐々につめていた。


「魔導師の娘か。いや、修道騎士となったカスパード家の・・・」


 モルーの呟きに、ケータソシアが静かに首を振った。


 傷を負ったグレータエルートに応急手当を行ったのは、カスパード家の娘と魔導師の娘だったはずだ。そして、深き大森林の火災の魔法や大地の魔法を解除したのは、魔導師の娘だと、モルーは聞き及んでいた。少なくとも、教会にはそのように伝えられていたのである。


 迷い人である三郎が、強力な魔力を有している様子もないのは、モルーが直接会って見知っていた。そして「何かをした」と言う情報も、モルーどころか、教会の者達は別段に聞いていない。ただ、その場に居ただけ、居合わせただけにすぎないとすら考えていた。


「・・・迷い人、放っておくべきではなかったか」


 三郎が、何をしたか、何を得たのかは分からない。だが、エルート族のみが知り得ている事実があるのだと、モルーはこの時確信した。


 と同時に、モルーの間合いを詰める動きがぴたりと止まった。


「我らが友に悪意を抱き、害意を持つ者は、排除いたします。古き友との約束もありますので」


 底冷えのするような響きだ。モルーは、背筋につっと流れる冷たい汗とともに、ケータソシアの声をそう感じ取っていた。


 戦場は、夏の日差しに容赦なく照らし出されている。その熱を、モルー一人だけが忘れたかのように、肌の表面はヒリつき警戒心を高ぶらせる。


 修道騎士である自分が、これほどの緊張を迫られる相手。モルーの考えが、ある一点にたどり着いた。


「そうか、グレータエルート。五百年前の戦争を経験した者達か」


「幾人かは」


 悲し気な、寂しげな微笑で答えると、ケータソシアの姿がゆらりと消えた。


 モルーは咄嗟に踏み込むと、修道の槍を高らかに振り上げる。殺気の迫る方向へ防御行動をとったのだ。


 修道の槍が、重たい斬撃を受け止め、悲鳴にも似た金属音を響かせる。ケータソシアの姿を確認する間も置かず、モルーは修道の槍を前方の虚空へ向けて強く振り抜いた。


 修道の槍は、強い力で持ち上げられるかのように軌道を上方へと逸らされ、こすれ合う金属音が再び響く。


 モルーの攻撃した空間に、見えざる姿を纏いケータソシアが存在していたのだ。


「ふぅ!」


 次手。モルーは体を大きく引くと、逸らされた修道の槍の軌道もそのままに、上空から迫りくる三つの殺気へと、体を回転させながら修道の槍を振るった。


 弾くような二つの剣撃の後、槍の勢いを正面から剣が受け止めた音が鈍く響く。


 精霊魔法によって大気を足場に、修道の槍を受け止めたケータソシアがそこに居た。


「恐ろしいな、森では相見あいまみえたくないものだ」


 モルーの表情は、言葉の内容とはほど遠く平静そのものに見えた。


「貴方ほどの修道騎士が、受け継がれていたのですね」


 懐かしみのこもった痛ましい表情で、ケータソシアは答えるのだった。

次回投稿は9月15日(日曜日)の夜に予定しています。

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