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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第104話 解放

(・・・今の人は、誰だったんだ)


 無骨な金属格子のむこうから戦いの音がはじまり、テルキは「はっ」と我に返ると、最初に考えた言葉がそれであった。


 次にこみ上げてきたのが『自分は勇者なのだから、戦いに参加しなければならない』という、使命感にも似た感情だった。


 テルキが手枷足枷を外そうともがいていると、争いの声や音は早々に終結をむかえていた。


 束の間の静寂が、牢獄内を支配する。


(・・・)


 テルキは、にじり寄るように格子へ近づき様子を確かめようとした。


 何事か相談する話し声が微かに聞こえては来るが、声が小さすぎて、テルキにはその内容まで窺い知ることができない。


 無抵抗に人が惨殺されていた物音がやんでいたので、テルキは、後から侵入してきた金髪の女性の方が勝利したのだろうとは思ったのだが、子細がつかめなかったので息を潜めて様子をみていた。


 他の牢に捉えられている者達も、突然の出来事に事態を掴めず声を上げることができないようだった。


 ある者は、テルキと同様に詳細が掴めずに押し黙っており、ある者は、助けに来た者の姿を目にして『なぜエルート族が』との疑問の中、混乱して言葉を失っていた。


 その時、トゥームの突き破った入り口から、やっとの思いで追いついた三郎が、荒い息づかいと共に牢の間へと入ってきた。三郎の後ろからは、少しばかり息を弾ませたシャポーが、心配そうな表情をして三郎を気遣うようについてきている。


「ぜはぁ、ぜはぁ」


「サブローさま、目的地に、到着したみたいです。が、か、か、顔色が何だかだいぶ悪いのですが、大丈夫なのですか?」


「いや、突然、速度を、上げるから、必死に、ついていこうと、しすぎ、た・・・おうぇ。一応、大丈夫、おうぇ」


 えずきながらも、三郎は必死に大丈夫であると片手を上げてアピールするが、顔は赤くなるのを通り越して青ざめており、まったく大丈夫な様子は無かった。


(・・・誰だろ、あの二人。って、あのおじさん、息も絶え絶えって感じが半端ない。さっきの女性ひとの仲間?なのかな?)


 そんな情けない姿を『勇者』テルキにみられてるとは『迷い人』三郎の知らぬ所だった。


「ぱぁ~」


 シャポーの頭の上で、ほのかも心配そうな声を三郎へかけてくる。


 うす暗い照明しか設置されていなかった牢の間を、ほのかの放つ優しい光が照らし、三郎の目に整然と並んだ牢屋の姿を映し出した。


(うわぁ、広いな。牢獄ってやつか。飾りっ気が無いぶん威圧感があるな。これだけの数の牢屋に、全部人がはいってたら、守りながら教会まで移動するなんて難しくないか。外では、まだ戦闘が続いてるだろうし・・・ってか、走りすぎた。気持ち悪ぅ)


 三郎は、胃袋が掴まれるような嗚咽に耐えながら、牢獄内部を見渡した。


 広く長い空間の両壁が、金属製の格子で埋め尽くされており、天井から鎖でつるされた照明が微かに揺れて不気味さを助長している。


 そして、三郎は部屋の奥に、トゥームやシトス達が集まっているのを見つけた。


「安全、みたいだな」


「ですです」


 三郎とシャポーは頷き合うと、トゥーム達のもとへ歩き出した。


 呼吸は落ち着いてきたとは言い難く、三郎の心臓は、まだ音を立ててばくんばくんと脈打っている。


 だが、牢の格子の奥から注がれる視線が、自分へと向けられているのに三郎は気が付くと、気恥ずかしさから無理に息を噛み殺して足を進めた。表情にも、平静さを装うよう懸命に努める。


(うわぁ、ぜぇはぁしてる姿なんか見られるの、すげぇ恥ずかしいんですけど。シャポーも一緒に疲れてる感じだったら、少しは恥ずかしさも薄れるのに。この子、魔導師なのに体力的なタフネスが、ちょっとありすぎませんかねぇ。くぅっ、ダッシュした後、電車の中でゼェハァしてるくらい恥ずかしい)


 それに、と三郎は考える。助けに来た者がほうほうのていで現れたら、助けられる者の余計な不安を煽るのではないかと。


 三郎は、恨めしそうな視線をちらりとシャポーに向けるのだった。


「・・・司祭様?」


 牢の間を歩いていると、弱々しい声が一つの牢から呟かれた。


 それを機に、他の牢からも安堵するかのようなざわめきの声が漏れだす。


 三郎が身に着けていたのは、クレタスに来て最初に身に着けたロングチュニックと同じ物で『教会司祭の服』だった。それを見たものが、教会の司祭が助けに来たと思ったのだ。


 着慣れてしまったと言うのが正しいか、三郎はクレタスに来て以来、トゥームに伴われて出向いた警備隊の宴以外、日常生活全般において教会から支給された『司祭服姿』で生活していた。


 図らずとも、教会評価理事なる教会の人間になってしまったので、三郎自身『まぁ、教会所属だしいいか』と考えていた節も大きい。


 もともとの性格も、服にこだわりを持つような三郎ではなかった。


「教会の方だ。司祭殿が助けに来てくれたぞ」

「教会とエルート族が、近しい間柄だとの噂はまことであったのか」

「エルート族の中に、修道騎士殿も居るではないか。何と心強い」


 方々から囁かれる声は次第に大きくなり、早く牢から出してくれとせがむ者まで出て来ていた。


 三郎とシャポーは、囚われた人々からかけられる言葉にこたえつつ、少しばかり足早となってトゥーム達へと合流した。


「すまん、何だか俺の姿を見て、ざわめきだしちゃったみたいだ」


「遅かれ早かれ、助かったと分かれば声を上げる人は出はじめるわ。サブローが、落ち着いた様子で歩いてきたから、騒ぎにならずに済んでるんじゃないかしら」


 三郎の言葉に、トゥームは周囲をうかがうようにして答える。


「いや、落ち着いてたわけじゃないんだけど、荒い息でひーひー言いながら現れるのは、何と言うか・・・情けないかと思ってさ」


 トゥームに褒められたような気がして、三郎は少しばかり照れ隠しに笑いながら返した。


 トゥームの言うように、早く出せと声を荒げている者も中にはいたが、多くが安堵の言葉を格子ごしに掛け合っている声だった。


「騒ぎになる前に、早めに牢から出してあげた方がいいかもしれないな。でも、外に出るには、守る人数が多すぎるか」


「それについて、シトスと話していたのよ」


 思案顔をしたトゥームが、三郎に答える。


「外では、戦闘が継続中との事ですので、牢に囚われ疲弊している方々を連れて出るのは良策とはいえませんね。それにどうやら、王都正門に居たセチュバー軍が、こちらへ向かっている様です」


 地上での戦闘の様子を受け取ったのか、シトスがゲージに目を落として言った。


 王都正門を攻めている軍から、再度閉鎖された門を打ち破り突入したが、セチュバーの兵が一兵卒も見当たらないとの報告が上げられていた。


「とにかく、急いで牢から解放しましょう。王城側へ出るか、兵舎側へ戻るか、決めるのはそれからだわ」


 トゥームはそう言うと、牢鍵の保管してある机へ向かって歩き出す。


 グレータエルートの者達は、既に牢を開放する作業へと移っていた。倒れたセチュバー兵の遺体を探り、牢の鍵を所持していないか確認するなど、手際良く動き出している。


 シャポーも「ですね」と言うと、ムリューを見つけて小走りにそちらへ駆けて行ってしまった。


「確かにそうだ」


 三郎も手伝おうとしてトゥームの後を追おうとした。だが、トゥームが振り向いて三郎を制止するように言った。


「一度集まってもらうから、サブローには安心して待機してもらえるよう、解放した方々に声をかけてもらっててもいいかしら」


「うぇ、俺?」


「そう、お願いするわね。教会評価理事『様』」


 トゥームは、有無を言わさぬ笑顔で「さま」を強調して言うのだった。


(教会評価理事って、お仕事がそんなに無い役職でしたよね?牢に囚われてるのって、王様とか貴族とか諸国のお偉いさんとかじゃなかったですかねぇ。はぁ、肩書が役に立つんならいいんだけどさ・・・)


 三郎が「はぁ」と一つ大きな溜息を吐き、諦めて役目を果たしましょうかねと顔を上げた時、トゥームがいくつかの牢の鍵らしき物を手にして三郎の傍まで来ていた。


「勇者テルキもこの中にいるかもしれないわ。出来るだけ気を付けてね」


 トゥームは、三郎の耳元へ口を近づけると、囁くように言って通り過ぎた。


(迷い人だってばれないようにしろってことね。了解)


 トゥームの言葉で三郎は気を引き締めると、集まりつつある人々に笑顔となって声をかけるのだった。

次回投稿は9月8日(日曜日)の夜に予定しています。

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